はるの
2023-09-19 21:11:09
162116文字
Public スタートレック
 

空に心臓

+13|AOS spirk|2023.10.1|2023年の日本で暮らしているジムが、倒れていた迷子のヴァルカン人を拾う話。現代ものパロディです。

13.


 転送の光が解け、スポックは目を開ける。
 そこには、見慣れた景色が広がっていた。無機質で無造作な調度、空調が動いていても凍てつくような空気。
 ラボラトリーとして改造した、デルタ・ヴェガ前哨基地の一室。
 同時、銃声が響いた。目を向けると少し先で、艦隊の作業服を着た自分が、撃たれて倒れていくのが見える。その姿はちょうど、転送の光の中に掻き消えるところだった。銃器を向けていたのは、見覚えのあるクリンゴン人である。彼のほかには、似た装備の襲撃者が5人いた。
「スポック?!」
 頭を抱えたまま立ち上がったスコットが、こちらに向かってひっくり返った声を上げる。すぐさま銃声がして、彼の近くの備品が弾かれた。スコットは悲鳴とともに再び物陰に身を潜め、大声でキーンザーを呼ぶ。
 自分に銃口が向いたのを見て、スポックは抱えていた転送装置を対者の顔面めがけて投擲した。強打した相手が吹っ飛んだ隙に、机の裏に身を隠す。すかさず銃声に追い立てられて、スポックは金属のワゴンを引いた。盾にしながら中腰で移動し、棚に隠しておいたフェイザー銃をかすめ取る。殺傷モードに変えて短く息を吐くと、物陰から飛び出してひとり撃った。続けざま、その体に飛びつくように移動して、くずおれた体を盾にもうひとりを仕留める。
 ぎゃあ、とひしゃげた大声に振り向けば、スコットが掴みかかられていた。油断したスポックの顔をナイフがかすめ、横から襲ってきたそいつともみ合いになる。ぐっと奥歯を噛むと同時、相手の頭に重そうなスパナがヒットした。スポックはひるんだ敵を瞬時に突き飛ばすと、キーンザーとすれ違いざま相手に1発お見舞いする。そして素早く1回転して、スコットと乱闘している男を狙撃した。あとひとり。
「そこまでだな」
 最後の敵に向かおうとしたところで、真正面から拳銃を向けられた。スポックはぎり、と足を止めて、相手を睨みつける。
 そして、やはりこいつだ、と確信した。2023年の地球で、ジムを撃ったのはこいつだ。
「今、お前は転送で逃げ出したはずだが」
 自分のそばで、腰を抜かしたままのスコットは息をのみ、キーンザーはそっとそんな彼に近づいた。銃口は動いたキーンザーを捉え、彼が静止したのを見て、再びスポックの眉間に戻ってくる。
 次の瞬間、ひたり、と彼の首元に指先が吸いついた。
 途端、男は驚愕の表情を浮かべると、意識を失って崩れ落ちる。
 その体の向こうに立っていたのは、難しい顔をしたスポックだった。――つまり、年老いた姿の、2387年からやってきた、今では自分の協力者であるところの。
「いったい、何事ですか」
 彼は静かに尋ね、スポックは密かに安堵した。そして、目の前に転がった、生かしておく必要はないクリンゴン人を見下ろして、冷静に引き金を引く。
……つまり、私がこの時点に戻らなかった場合、彼らはミスター・スコットを害し、技術を盗んで私を追い、ジムを襲うわけですね。どこかの私はいったいどこで油を売っていたんだ。まさか後先考えず、真っ先にジムのところへ飛んでいったのか? 直情的だな」
 吐き捨てるようにそう言っても、老スポックは動じなかった。やや思慮深さを増したまなざしが、静謐にこちらを見つめている。
 なんとか立ち上がって尻をはたいたスコットのほうが、より怪訝な表情だった。スポックは彼に向き直る。
「時間のパラドックスについて、実証により判明しました。過去を変えても、その瞬間に未来ごとごっそり変わるわけではない。おそらく時は分岐して、そのまま進んでいくだけです。我々はAlternate Original Seriesのひとつにすぎない」
「は……?」
「私が観測したことをお話しします。まずは片づけを手伝っていただけますか」
 最初に投擲の的にされたクリンゴン人が、うめきながらよろよろと立ち上がる。スポックはそちらも見ずにフェイザーを発砲すると、すべての襲撃者を黙らせた。
 スコットは顔を引きつらせながら、おそるおそる口を開く。
「帰ってきた早々殺意がばか高い……、どうした? このスポック」
「とりあえず、話を聞きましょう」
 そんなスコットに意見を求められた老スポックは、ほんのりあきれたように息を吐いた。



 死体を外に放り出してから、スポックはラボに椅子を集めた。そして自分が行ってきたことを、このプロジェクトに加担した全員、すなわち、スコットとキーンザーと老スポックに話して聞かせる。
 彼らは地球が破壊されたのち、この地に取り残されてしまった艦隊士官だった。もちろん、正確に言えば、老スポックは異なる。彼は――彼も、と言うべきか――時空間事故に巻き込まれ、過去へ飛ばされてしまった未来のスポックだった。
 ヴァルカン星が破壊された原因は自分にあると信じている彼は、この地でひとり、朽ち果てるつもりだったという。
 けれど、彼はスコットたちと出会った。突如ネットワークから切り離され、地球の信号を受け取れなくなって困っていたふたりを、艦隊へ合流させるために、老スポックは未来の転送技術を彼らに伝授し、3人は最も近い艦隊支部へ移動したらしい。そしてそこで、地球の惨状と、壊滅させられていく惑星連邦の様子を目の当たりにした。
 地球が破壊された原因は自分にあると信じているスポックは、ここで老スポックに見出された。4人は話し合い、検討し、自分の立場や経験してきたこと、振りかかった災難を考査し、ひとつのプロジェクトを立ち上げたわけである。
 すなわち、未曽有の破局に見舞われた現在を救うため、過去を変える禁忌を犯そうと。
「ですが、結局、未来は変わっていません。私は確かに、私の行動を変えるよう、過去の私に宛ててメッセージを残しました。けれど、ここは何も変わっていない。今の私に、『艦隊本部で未来の自分からのビデオメッセージを見た』という記憶もない。どこかにいる違う世界の私は、確かにあのビデオを見たのでしょう。けれど、それが起こるのは〝ここ〟ではない」
「確かに、何も変わってない。今さっき、あんたが飛んでいったまんまだよ。地球は粉々で、艦隊は壊滅、俺たちは戦争をしてる」
 紅茶カップを伴いながら、どっかりと座っていたスコットは、落ち込んだ声でそう言った。テーブルに肘をつき、頭を抱えて、そのままうなだれてしまう。
「俺たちは、軍人じゃない。技術者だ。あんたは学者だ。俺が最も愛するエンタープライズは、戦艦じゃなくて探査艦だ。なあスポック、俺たちはいつになったら、自由に宙を駆ける船の乗組員に戻れるんだ? 俺たちはそのために、いや、お前さんは故郷を救うためだろうが、でも俺はそのために、その望みをかけて、タイムマシンを開発したのに」
「すべて私が招いたことです。私の選択が正しければ、きっとこんなことにはならなかった」
「それさ、爺さんのほうのスポックも言うだろ」
「事実です」
「うるせえよ。だから、それって結果論だろ? 俺、スポックたちに何回これ言やいいんだ?」
「ミスター・スコット。ですが」
「あんたの観測したことを前提とするなら、結局、あんたがそうする世界と、あんたがそうしない世界があるわけだ。けど、今のこの俺は、あんたがそうした世界の俺だ。だったらあんたが選ばなかった選択肢は、今の俺にも、あんたにも、意味なんかない」
「そう、ですが」
「だろ。分かったよ。分かったけど……、ちょっと泣かせてほしい。泣きてえ……
 スコットはかすれ声を上げて、背中を丸めてしまった。隣に座っているキーンザーは、気遣わしそうな表情で、彼の落ちた肩にそっと触れる。少なくない時間、現在をよりよく変えるために、たゆまぬ努力をしてきたのだ。結論として、このプロジェクトは失敗であるし、彼の悲愴を理解できないわけではない。
 スポックは、向かいに座る老スポックを見た。
 彼はずっと、静かな表情だ。けれど冷たくはなく、物柔らかな雰囲気をしている。それは彼の生きてきた年数を思わせ、彼が交流してきた人々の息遣いを感じさせた。ミスター・スポックは、出会った頃からずっとこうだ。彼のように何事にも揺らがない心を手に入れたい、と羨望したこともある。
 ――けれど。
「私は、後ろばかり見ていました。私が違う選択をしていれば、きっとすべて助けられただろうと。こんなはずではなかったと、ずっと考えていました。けれど、その違う選択をした私は、もはや私ではない」
 両手で目を押さえていたスコットが、何事かと顔を上げた。そのうるんだ双眸を、スポックは静かに受け止める。
「ならば私は、今の私ができること、すなわち、今この瞬間から先へ、先へと、よりよいものを探さなければなりません。私は私のままで構わない、と断言するのは、私にとっては恐怖そのものだと告白します。ですが、私はどうにかして、そうしたい。私はどうあっても揺らぐ者であり、それをなかったことにはできない」
「スポック……?」
「過去をやり直せないのなら、未来を作るしかありません。この破局を踏み越えて、進むしかありません。戦争を終わらせ、我々の故郷を新興し、艦隊を再建する努力をするほかにないのです。その先にしか、深宇宙を旅する我々は存在しない。ミスター・スコット、あなたの言うとおりです。我々はエクスプローラーなのですから」
 キーンザーは、そのつぶらな双眸をぱちぱちとせわしなくまばたかせた。
 スコットは丸く口を開けて、そのぽかんとした表情で、唖然とこちらを見つめてくる。
 老スポックは、真顔だった。
……どうやって?」
 当惑した声音で、スコットはそんな当たり前のことを訊いてくる。
 スポックにはもちろん、画期的な案などなかった。ちょっと小首を傾げて、いつもジムが根拠のない自信できらめくときのように、ただふてぶてしくするだけだ。
「それをこれから考えるのです。大丈夫です、ミスター・スコット。勝てないシナリオなら、勝てるように書き換えればいい」
「は、はああ? ちょ、いきなりシャカリキポジティブなんですけど? なんかまずいもんでも食っちまったんかスポック」
「そうかもしれません。めったにないものを口にした気がします」
「えっ、ト、トリコーダー……
「これは冗談です、ミスター・スコット」
「怖い怖い怖い!」
 何故か震え上がって自分の肩をさするスコットに眉を跳ね上げていると、ふいに老スポックが腕を伸ばした。テーブルの紅茶カップを取って、優雅にふたくち飲み、静かに戻す。そのたっぷりの時間を使って、彼は自分のペースを維持したあと、そっとこちらを見やってきた。
「それは、誰かの受け売りですか?」
「はい。そして、私はその誰かなら、必ず救うことができます」
 スポックはまっすぐ、年老いた自分を見つめ返してから、何故かぎょっとしているスコットに目を移す。
「これは私のわがままですが」
「わ、わがまま?!」
「これからの私には確実に必要なことです。未来への第一歩として、手伝ってくれませんか、モンゴメリー」
「モンん?! ちょ、距離の詰め方びっくりするな?! 涙ひっこんじゃった! あんなに一緒にいて、一緒に開発もして、一緒に悪事を働いたってのに、打ち解けてくれるのはこっちの爺さんだけだった! それがどうだ! やっぱツンの明けないデレはないな、スポックの夜明けだぞキーンザー!」
「私は真面目に話しています、ミスター・スコット」
「いきなり距離空けられた……。はいはい、分かりましたよ。今度はどんなご無体です?」
 わけの分からないテンションになる仲間に眉をひそめながら、スポックは腰にぶら下げたままのポーチから、腕時計型の装置を取り出した。スコットに手渡すと、彼はためつすがめつして、傷ついている箇所に顔をしかめる。
「これが2回前に作動したときの元座標、同じ時間へジャンプしたいのです。割り出してください」
「見た感じ、壊れてそうだけど。しかも2回前?」
「できるはずです。そして、私はどうしても、その場所へ戻らなければなりません」
「はあ……、でも、どうせ過去を変えても、今は変わらないんでしょ?」
 不可解そうなスコットに、スポックは真面目な首肯を返した。
「ええ。ですから、未来を変えます」



 計算はスコットに任せて、スポックたちは散らかったラボの掃除を始めた。キーンザーは上官に呼ばれない限り手伝ってくれるようで、こつこつと割れたものたちを集め、駄目になったものは廃棄し、床を掃き清めてくれる。
「ミスター・スポック」
 がらくたを抱えて部屋を出た老スポックを追って、スポックは長く暗い廊下に出た。
 呼び止めれば、彼は優雅に振り返り、落ち着いた表情で足を止める。
「ミスター・スポック。何かありましたか」
「ジム・カークを見つけました」
 スポックは、端的にそう告げた。
「あなたがよく話していたジム・カークです。ジョージ・カーク少佐の行方不明になった息子です。いえ、きっとあなたが知る彼とは異なるでしょう。彼は、私のジム・カークだ」
――君の」
……訂正します。私の世界の、私の時間軸に存在していたはずの」
「いいえ、君のでよろしい。よく伝わります。君が先ほどジムと呼んでいたのは、確かにジムのことなのだね」
 老スポックは、もう何もかも知っているような、まるで賢者のようなまなざしで、若いスポックをやさしく見つめる。
「会えただろう」
「謝罪します、ミスター・スポック。あなたがいずれ会うと主張してはばからなかった、おとぎばなしのジム・カークを、私はかけらも信じなかった」
 スポックが彼に見出されたときの、彼の最初の質問は、ジム・カークの所在についてだった。
 もちろんそのとき、スポックはジムの存在など知らなかった。脈絡のない質問と判断し、まともに取り合わなかったのだ。その後、彼の熱心さに折れて、ジョージ・カーク少佐の家族を調査したときも。ジム・カークは行方不明になったと知った彼は、何故かもう今後良いことは決して起こらないと確信したように、めったにない落ち込んだようなそぶりを見せたのだ。
 スポックは2023年の地球で、ジムの名前を聞いたとき、そのことを思い出していた。
 けれど彼の名字ははっきりせず、ジェームズという名前はありふれていた。カークという名を再び思い出したのは、幼少期のジムがどこかから転送されてきた可能性が浮上したときだ。必ず出会う、と無根拠の確信に満ちていたミスター・スポックの言葉を、そのとき初めて、スポックは信じたくなったのだ。
「彼は今、どうしていますか」
 再び歩き出した老スポックに、スポックは肩を並べた。
「身を挺して私をかばい、危機的な状況に瀕しています」
「なるほど。君の最優先事項を理解しました」
「はい。私は彼を救い、ここに連れてくるつもりです」
 もともと、その予定ではいたことである。スポックが彼に話したかったのは、その件だった。
 おそらくこの老人が、この世界では自分の次に、よそ者となるジムを守ってくれる存在になるだろう。そう考えたからだ。
 けれど、頼りになるはずの賢者は、軽快に片眉を跳ね上げてみせた。
「ここに? 君、いくらジムとはいえ、拉致はいけない」
「同意の上です」
 どことなく茶化すような口調である。スポックはむっとしながらも、もしかしたら彼でも浮かれることはあるのかもしれない、と思った。
「2023年から連れてきても、彼が排斥されないよう、あらかじめ根回しをしておきたいのです。それに、彼は戦闘訓練を経ていない民間人であり、なるべく外部からの危険を減らしたい。可能なら、辺境の船の中がよいかと考えています。転送後、状況に応じて安全圏の惑星へ案内できればと」
 廃棄物置き場に到着すると、老スポックは持っていたものを放り出す。軽く手を叩いて払い、背筋を伸ばしながら、彼はこちらの言葉を吟味するように沈黙した。出口に近いこの場所は、足元から寒さがしみ込んでくるような心地がする。
 戻るよう促そうか、とスポックが逡巡したところで、彼はそっと後ろで両手を組んだ。
「君は、ジム・カークがおとなしく安全な星でじっとしていると思うかね?」
 冷静で理知的なその問いかけに、スポックの論理的思考が反応する。彼と同じポーズで、スポックは小首を傾げた。
……檻に入れて施錠しても脱走するでしょうね」
「倫理上好ましくない発言だ」
「気をつけます」
「心にもないことを言うときは、もう少し気を遣いなさい。だとすれば、ともにいたほうが安全でしょう。機動力の高い船に置き、君が先導するとよい」
 賢者の言葉は、明朗にして快活だ。
 もうすでに決まったことのような口調で、彼は言いつけるようにこちらを見る。
「交戦はせず、斥候として動く役割を担うなら、ほかも文句はないはずです。船は私が用意する」
「あなたが?」
「ええ、ふさわしい船を」
 ミスター・スポックはそう言って、きらりと双眸をまたたかせた。