はるの
2022-08-08 22:36:46
117528文字
Public スタートレック
 

未踏の楽園

全年齢|AOS spirk|2021.4.15|STBのあと、ヨークタウンでふたり暮らしをするジムとスポックがそのうち付き合う話。「そのうち付き合うタイムライン(https://privatter.me/page/65a92eff4fa14 )」シリーズの集大成になりますので、シリーズ内他作品からの遠慮ないエピソード引用を含みます。



 スポックとのふたり暮らしにも、ずいぶんと慣れてきた。
 だんだん、今の暮らしが普通になってきて、なんだかずっと前からこうしていたような気持ちを覚えることもある。
 当初はスポックから、キスはなしですか、なんて問いかけられることもあったが、ふたりの関係を明確にしようとするそういった言葉を、しばらく彼からは聞いていなかった。カークも最近は、いちいちくっついたり、布団にもぐり込んだりということを、積極的にはしていない。そんなことをしなくても、彼がそばにいるということを、十分実感できているからだった。
 前とはまったく違うのに、前と同じになったみたい。
 それは不思議な感覚で、満たされているような、落ち着かないような、そんな心境だった。けれど、ずっと穏やかだ。
 今日はスポックも休日で、朝から部屋の整頓をしたり、書斎や物置にこもって勉強や瞑想をしている。カークもカークで、ストレッチと筋トレをして、シャワーを浴びて、パッドでできる仕事を進めてから、ベッドに寝転んでビデオゲームで遊んでいた。そのうちに腹が減ってきて、スポックはどうするんだろうと思いながらリビングに戻ったところで、カークはゆるっと顔をほころばせる。
 珍しく、スポックは居眠りをしていた。
 ソファをいっぱいに使って横たわっているその姿に、そろそろと近寄って、カークは彼の顔のすぐそばにしゃがみ込む。
 すうすうと、規則正しい静かな呼吸。この音に耳を澄ましているだけで、本当に幸せな気分になる。
 ずいぶんと慣れたもんだなあ、と感慨深く思って、カークはこれ幸いに、じっくりと彼の端正な顔を観察した。以前のスポックなら、こんな無防備な姿を見せることなんてしなかっただろう。よくよく自分になついてくれたものである。なんだか野生動物とのふれあいみたいな感じだが、あながち間違いでもないと思う。警戒心の強い、林の中の象が、こうして腹を見せてくれている。もうそれだけで、人生いっこぶん、満足できるだけの幸福がある。
 ふふっと息を漏らしてしまって、カークは慌てて口元を押さえた。それからにこにこと寝室へ取って返し、自分が普段使用しているタオルケットを持ってくる。そっと慎重に、スポックの体にかけると、起こさなかったことを確認して、静かにリビングをあとにした。途中のキッチンで栄養調整食を1本くすねて、忍び足で寝室へ舞い戻る。
 音もなく寝室の扉が閉じられたあと、スポックはむくりと起き上がった。



 ゲームに夢中になっていたら、いつの間にかずいぶんと時間が過ぎていたらしい。ぽこ、と音を立てて受信したメッセージを見て、カークは目を丸くしたあと、遠慮なく爆笑した。
 ――飯行こ。
 スポックからの、そんな端的なメッセージだったからだ。
 カークはすぐさまゲームを放り出して、クローゼットから外出用の服を引っ張り出した。急いで着替えてリビングに駆け込むと、スポックはすっかり起きていて、膝の上に畳んだタオルケットを乗せている。彼が手元で繰っていた端末から顔を上げたのとほとんど同時に、カークは彼の隣に飛び込んだ。弾むように座ると、勢いに負けてお互いの肩がぶつかり合う。
「どうした? 突然」
 にんまりとした顔でスポックを覗き込むと、彼はしれっとした表情で見返してきた。
「たまには良いかと」
「うん、良いね。シスコの全部の飲食店攻略する勢いだったよな、前は」
「あなたはなんでも美味しそうに食べるので、連れて行きがいがありました」
「誘ったのは俺のほうが回数多いだろ」
 そんなことを言いながら、早速とばかりに立ち上がる。玄関へ向かえばスポックも素直についてきて、久しぶりに外食をすることになった。
 エントランスを抜けて街へ出て、人の行き交う道を歩きながら、こうしてふたりで出かけることはほとんどしてこなかったな、と今更ながらに気づく。カークが出勤する日には、いつも連れ立って出かけているのだが、私用でこうして揃って出るという機会は、作る発想すら忘れていた。カークは結局、スポックをジョギングへ誘うことはしなかったし、スポックは休日でも完全にインドアなタイプである。外出を意識しないとこういうことになるのか、とカークは新鮮な驚きを覚えつつ、そっと隣を盗み見た。
 スポックは、プライベートでも、あまりヴァルカン人らしい格好をすることがない。それは目立たないようにという配慮なのかと思っていたのだが、地球人だらけのサンフランシスコではなく、ヨークタウンのような種族のサラダボウルでも同様だった。理由を聞いたことはない。量産品のほうが手に入れやすいから、という適当な理由である気もするし、ヴァルカン星への郷愁に関わる、ちょっとした湿っぽい話であるのかもしれなかった。いずれにせよ、彼は何を着ていてもスマートだったし、カークの自慢の副長である。
「どこ行くかは決めてんの?」
「あの角の向こうのダイナーが」
「ああ、知ってる。雰囲気よさそうだよな、一度行ってみたかったんだ」
「地球ふうのレトロな雰囲気で、あなたが好きかと。評判もいいそうです、地元の士官に伺いました」
「へえ、そりゃ楽しみだな」
 肩を並べて店へ入れば、そこそこに混んでいた。さざ波のように満ちる各テーブルからの話し声を割って、ふたりは案内された奥のテーブルに落ち着く。メニューを開けば種類が豊富で、目移りしてしまうほどだった。
「おすすめとか言ってた?」
 地元民に伺ったというスポックにそう投げてみると、彼はメニューから顔を上げる。
「チキンソテーが美味しいと」
「お肉だ」
「この機会に動物性たんぱく質を取られてみては?」
「あ、そういう気遣い? 別に俺、草食生活に不満はないぞ」
「ビールもあります」
「どうしたんだよ、大盤振る舞いだな」
「たまには良いかと」
……なあ、じゃあ、君も飲めよ」
「ビールをですか?」
「うん。たまには良いだろ?」
 なんだか無礼講でもするような、そんな態度のスポックに、カークはきょとんと首を傾げた。何か彼の中でおめでたいことでもあったのだろうか。それとも、単調になってきたこちらの生活に、少しでもいろどりを添えようと精いっぱい考えてくれたのだろうか。だとしたらかわいすぎるし、もうこの時点でデートとしては満点である。
……分かりました、少しだけ」
「ほーんとにどうしたんだ今日は~? スポック~?」
「やめてください。何でもありません」
 向かい合った机の下で、こそこそとふくらはぎ同士を合わせてこすってやると、スポックは落ち着きなく身じろいでから、眉を寄せて目を逸らした。



 店内のカウンターには、ヤシの木のネオンサインが輝いている。使い古された赤い革の座席は、座り込まれて沈み方に安定感があった。国道標識みたいな看板にメニューが書きつけられていて、味のあるイラストと一緒にごちゃごちゃと壁を覆っている。そんな雰囲気の中で、カリフォルニアを彷彿とさせる料理をテーブルに並べれば、あっという間に地球に帰ってきたような心境になった。種類の豊富なビールメニューの中から、景気がよさそうなパッケージの瓶をチョイスする。
 陽気なラベルの瓶ビールを持ったスポック、という光景は最高に愉快だった。ちょっと待って、と乾杯前に端末を取り出し、問答無用でシャッターを切る。カメラを構えた途端に眉を寄せたスポックも、それはそれでかわいらしかった。
「笑って笑って」
「笑う必要を感じません」
「じゃあ俺のこと考えて」
……ジム」
「どちらかというとウィスキーとかが似合う顔になっちゃったな」
 戸惑うスポックをよそに何枚か写し取ってから、カークはやっと自分の分の瓶を取る。どこかほっとしたような表情も素敵だった。瓶を差し出して首を傾げれば、スポックも同じく瓶を差し出して、反対側に首を傾げる。
「何に乾杯する?」
「必ず何かに乾杯しなければならないものでしょうか」
「まあ、だいたい。こういうときは」
「どのように対象を選ぶのですか」
「うーん。そのときの気分。いいこととか、好きなこととか」
「それでは、あなたに」
「お前そういうことをしれっと言っちゃうのがまじお前だぞそういうの」
「ジム、乾杯を」
「はあ。はあいはい、俺とお前と、今日という素晴らしい日に」
 触れ合った瓶の首は、とても涼やかな音がした。
 カークは瓶を呷りながら、スポックがビールに口をつけて、ごくりと喉仏を動かすしぐさをつぶさに観察してしまう。飲んだ! と内心で騒いでいると、スポックもこちらを見下ろすように目を合わせてきた。思わず吹き出しそうになって、カークは瓶を離して口を押さえる。
「嫌そうな顔すんなよ」
「珍獣を観察するような視線が気になったものですから」
「いや、正直ビール飲んでるスポックとか珍獣だよ、幻の生物、UMA」
「人物証明書を提出しましょうか?」
「んっふふ、その言い方。懐かしいな」
 ダイナーの雰囲気からか、お互いにアルコールを飲んでいるという条件からか、それともたまたまそんな感じだったのか。美味しい料理をつまみながら、好き勝手に交わす会話は、昔の話題が多くなった。出会った頃のこと、出会う前のこと、してやったこと、失敗したこと。お互いの印象だとか、クリストファー・パイクのこと、未来から来たスポックのこと。そんなふうな、自信に満ちた青き時代、けれどいつでも必死だった、甘くて苦い過ぎ去りし日々を。
「くそ面倒な新人だっただろうな、俺は」
「あらゆる意味において、そうでしょうね」
「わ~嘘をつかないヴァルカン人」
「私も、きっとそうだったでしょう。新米だった時分から」
「そうだよな、スポックだってOJTを受けるんだもんな」
「新しい価値観だらけでしたね」
「ヴァルカン科学アカデミー主席入学を蹴ってきた秀才に教える立場の人、可哀想……
「今思えば気まずい表情をされていたように思います」
「面倒~! 新人時代の君と会ってみたかったなあ」
「出会った頃とさほど変わらないかと」
「さぼって女の子と遊んでたら?」
「ミスター・カーク、居残りです」
「はは。なーんか、そう考えると大人になったよな。俺も、君も」
――そうですね」
「私は変わりません、キリッ、じゃないんだ?」
「なんですか、その『キリッ』は」
「君の素晴らしい眉毛が吊り上がる様子をオノマトペで表した単語だ」
「変わりました、私も。それが大人になるということかは分かりませんが」
……うん」
「変わったことが良かったのかは、きっとこうしてまた数年後に、思い返してやっと分かることなのでしょうね」
「それ、めちゃくちゃシックな言い方だな。君、詩人になれるよ」
「変わって良かったですか? ジム」
「変わってないとこもあるだろ?」
「ええ。変わらないところも、変わったところも」
「良かったと思う?」
「あなたは?」
……分かんない」
「私は」
「君は?」
……私も、分かりません」
「ふふ、いいね、悩める青春の日々だ」
「いつ大人になれるのでしょうか」
「なれないかもなあ、この分だと」



 大げさに声を上げて笑うようなことはなかったけれど、そんなふうに穏やかで、優しく微笑み合うような時間は、とてもとても贅沢だった。ビールはいろんな種類を何本かお代わりして、肉も野菜もデザートも、ゆっくりと時間をかけて腹に収める。身も心も満足して、やっと店を出る頃には、ずいぶんと夜も深まっていた。
 恒星を光源に持たないヨークタウンのナイトタイムは、空が宇宙そのままだ。地上の明かりを反射して、天井の保護壁がうっすらと見える。久しぶりのアルコールは足元をふわふわさせていて、ぐんと首を逸らして見上げるだけで少し後ろにふらついた。さりげなくそれを支えたスポックは、アルコールにも強いようで、しっかりとした足取りである。
「たまには良いな、こういうのも」
「喜んでいただけて良かったです」
「そっか、デートに誘ってくれたのは君だったな」
「ヨークタウン中の飲食店を攻略しますか?」
「君、酔ってるだろ」
「酔っているのはあなたです」
 歩道を歩く人も少なかった。白い街灯の明かりが点々と連なる道を、カークは気持ちよく歩く。とてもいい気分で、このまま少し散歩していきたい感じだった。顔もほてっているし、水辺を歩くのもいいだろう。そんなことを考えて、勝手に道を逸れていっても、スポックは何も言わず、ただ優しく付き合ってくれる。
 いつもジョギングをする公園まで足を延ばして、ぶらぶらと散歩した。隣接する人工池は、対岸の明かりを水面にゆらゆら伸ばしている。浄化層を経由して循環するため、わずかに流れがあるからだろう。階段状になっている一角から浅瀬に出られるようになっていて、カークは迷わず靴を脱ぐと、ズボンの裾をまくりながら、駆け下りてばしゃんと水に入った。ふくらはぎ半分くらいの深さである。
「ジム」
「つめたい!」
 咎めるようなスポックの声に、振り返ってそう伝えた。水際まで降りてきたスポックは、じっとこちらを見つめている。街灯の明かりでかろうじて分かる、少しだけ心配するような表情だ。
 カークはにっこり笑って、足元の水をアサッテに蹴飛ばした。
「暗くて危険です。それに素足では怪我を」
「へいきー」
「あなたのそれが平気であったためしがない」
 水が冷たくて気持ちいいのと、夜中に学校のプールに忍び込むような高揚感と、スポックの意識全部が自分に釘づけになっているという嬉しさで、カークは気にせずばしゃばしゃと歩いては水を蹴った。たぶん、酔っているのだろう。きっとそう思っておいたほうがいい。
「君とボーンズが俺を助けてくれたとき、スウォームシップで突っ込んだよな。覚えてる?」
「はい」
 あのときを思い出しながら、今度はつま先で水面をつつく。初めて足を手に入れた人間を想像して、足の裏で水面を撫でながらくるりと回った。
「水の中で目を合わせたときの君、人魚姫みたいだったよ」
「人魚でも姫でもありませんが……
「きれいだったよってこと」
 ちゃぽん、と音を立てて立ち止まり、顔を上げる。陸のスポックは、まるで焦がれるようにこちらを見ていた。
 1歩、そのまま前に出て、溺れてしまえばいいのに。
 どうか濡れずに、きれいなままで、そこにいてほしい。
 同時にそんな気持ちがやってきて、息が詰まりそうになる。
……あなたのほうが、きれいでした」
「ええ?」
「あなたの……、澄んだ目を、差し込む白光が透かしていて……、その星の輝きに、私はすべてを奪い去られ」
「ちょ、ちょ、ちょ、すごいな、シェイクスピアみたいだ」
「私はあなたに出会って、君を夏の日にたとえた彼の心情を理解しました」
「そりゃ、実に情熱的だ」
「このような自分がいることを、私は知りませんでした。私は変わったのでしょうか、それとも、変わっていないのでしょうか」
「ダーリン、少なくとも俺は知ってたぞ。君が情熱的だってことくらい」
「ダーリン?」
「君が俺をデルタ・ヴェガに放り出したときから、ずっとね」
 こちらのよこしまな気持ちなんてお構いなしに、スポックはなんだかとてつもなく、ひたむきな様子だった。こういう彼の一途でけなげなところは、自分にはもったいないくらいに愛おしい。思わず頬がゆるくなってしまうし、とんでもなく幸せになってしまう。
 カッとなって臨時の副長を船外追放するなんて、相当の熱がないとできないことだ。あのとき、カークはスポックを、激情を秘めている人だと理解した。そしてその印象が、今日まで裏切られたことはない。
 答えるこちらを見つめたままのスポックは、まるで息をのむようにした。
 彼が驚いていることが意外で、カークは振り返ったまま首を傾げる。
「ジム」
 深くこいねがうような声音に、足元でぱしゃんと音が鳴った。
「あなたが好きです」
 ――ああ、スポック。
 ああ、と思う。ああ、スポック……
 カークはにこりと微笑むと、ばしゃばしゃと派手な音を立てて階段へ向かった。
「え?」
「ですから、あなたが」
「何って?」
「聞いてください」
「なんだって~??」
……ジム」
 スポックの肩を勝手に借りて、片足ずつぶんぶんと振って水気を切り、それぞれを問答無用で靴に突っ込む。中が濡れてしまうけど、まあ仕方ないだろう。よいしょとかがんでまくり上げていた裾を戻すと、案の定、いくらかは布の色が変わってしまっていた。まあ、これも仕方ない、つまり乾かせばいい話である。
 にんまりとした顔つきでスポックを覗き込めば、彼は憮然とした表情だった。うん、仕方ない。無理もないだろう。カークはぽんぽんと彼の肩を叩くと、威勢よく踵を返した。上を向いて歩けば、何もこぼさずに済むだろう。あの保護壁の向こう、宇宙の果てに、真の幸せがあるはずなのだ。
「今日は飲みすぎたな、スポック」
「私はアルコールでは酔いません」
 いくらかのタイムラグののち、それでも律義に肩を並べてくれたスポックは、感情を押し殺したような、不自然に無感動な声音で返事をした。カークは微笑んだまま、顔を戻してスポックを見据える。
「飲みすぎたんだよ、お互いにな」
 強い視線でそう言うと、彼は一瞬、迷子のように目を揺らした。
 そして何かを飲み込むと、口をつぐんで前を向いた。



 好きだなんて言われたら、言わせたあなたが悪いのよ。
 昔、世話になった女性にそう言われたことがある。何もかもをだめにしたくなかったら、恋なんてしちゃだめよ。
 カークは、まったくもってそのとおりだと思っていた。根本的に下手くそなのだ。人をだいじにすることが。
 だから、あまり走りすぎないように、いつだって気をつけていた。欲張りになりすぎないように、ずっとずっと、気をつけていたはずだった。慎重に、距離を取って、大切なものを大切にできるように。
 けれどもう、正しい距離を測ることすら、自分はおろそかにしてしまっている。
 そのことに気づいて、愕然とした。
 キスはなしにしよう、なんて宣言で、はっきりと線引きをしたつもりでいい気になって、あれから自分は彼に何をしただろう。
 結局いつだって、スポックからのアクションを待ち望んでいたんじゃないのか、このばかな自分は。



 公園からの帰り道も、帰宅してからシャワーを浴びても、ふたりの間に会話はなかった。スポックはまるっきり無表情で、黙々と身支度を整えて、早々にベッドへ入ってしまう。自分で突き放しておいて、カークはそれが恐ろしかった。スポックから感情を感じないなんて久しぶりで、突然何光年も離れてしまったような気がして、今すぐ泣きわめきたくなる。
 自分から、ああしておいて。なんて傲慢で欲深の、ろくでもない生き物だろう。
 あとからシャワーを済ませたカークは、そろりと寝室に入って、静かに照明を落とした。それからこわごわ、ベッドに入り、ゆっくりと横になる。このベッドがシングルサイズだったら、仕方なさを装って、彼とくっつくことができるのに。そんな益もないことを延々と考えていると、本当に悲しくて、寂しくて、どうしようもなくなった。そして目いっぱいの逡巡のあと、ついにカークは寝返りを打って、スポックの布団にもぐり込む。
 ぴたりとくっつくと、スポックは身を硬直させた。こちらも体をがちがちにしたまま、息をひそめて様子を窺う。
 しばらく、そのまま、呼吸もうるさいくらいの沈黙を共有した。
 そのうち、彼は観念したように力を抜いて、ゆっくりと腕を動かす。そして温かい手のひらで、こちらの背中を優しく撫でてくれた。
 カークはぎゅっと目を閉じる。
 ごめん、と心から懺悔した。
 我慢できなくてごめん。
 こんなずるくてきたない気持ちのまま、君に触ってしまってごめん。
 いつまでもやめられなくてごめん。
 君を好きになってしまって――
 とっ散らかった心のまま、思わず胸にすがりつくと、スポックは髪にキスをした。