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はるの
2022-08-08 22:36:46
117528文字
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スタートレック
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未踏の楽園
全年齢|AOS spirk|2021.4.15|STBのあと、ヨークタウンでふたり暮らしをするジムとスポックがそのうち付き合う話。「そのうち付き合うタイムライン(
https://privatter.me/page/65a92eff4fa14
)」シリーズの集大成になりますので、シリーズ内他作品からの遠慮ないエピソード引用を含みます。
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定期的に公園をジョギングしているので、街の様子に変化があると否が応でも気になってしまう。
次第にどこか浮ついたような雰囲気になっていく市井に首を傾げ、カークは帰宅してから律義に理由を調べ上げた。
曰く、ヨークタウン・バースデー。
つまり、この人工惑星が建造された記念日が、もうすぐやってくるらしい。ここに住む人々はそれを毎年祝うため、星の形をしたものを飾り、親しい人とディナーを囲むのだそうだ。雰囲気としてはクリスマスに近い。なるほど、と街を見てみれば、いつものアイスクリームスタンドが、期間限定で星型のチョコレートをアイスに乗せて提供していた。
こういった行事ごとについて、カークは思い入れがあったためしがない。昔は女の子と盛り上がる口実としてていよく使っていたし、エンタープライズ内の有志によって開かれたささやかなパーティに参加したこともあったが、特段自分から、何かを計画してどうこうする、ということはしてこなかった。その日にはその日のテンションがあるし、自分の都合を昔からの決まりごとにわざわざ合わせる、という必要を、あまり感じなかったのだ。
けれど、バースデー、と書かれたカレンダーに、カークはじわりとにじみ出るような感慨を覚えた。
誕生日を祝われることは、純粋に嬉しいことだ。
最近になってやっと理解した、そのシンプルな真理を反芻して、カークは温かい気持ちを胸の奥に閉じ込める。
そして、スポックのいない日中帯、まずはオンラインで、この記念日に用意すべきものを検索した。窓に貼るステッカーや、パーティ用のカクテルスティック、タペストリーやライトまで、ショップリストには季節ものとして記念日を飾る雑貨が大量に陳列されている。デフォルメされたカラフルな星型のバルーンから、すごく精巧に作られたヨークタウンの模型まで、想像以上に多種多様で、見ているだけで時間が過ぎた。まるっきりお祭り騒ぎだ、と思うと楽しくて、なんでもぽいぽいとカートに入れてしまいそうになる。結局カークは3日ほどかけて、きれいな惑星のモビールと、手のひらサイズのコンパクトなプラネタリウムライト、星雲を詰め込んで固めたようなキャンドルと、星のチャームがついた料理に挿す用のピックを注文した。もちろん、当日に届くよう手配済みだ。
それから、お祝いに最適な、ベジタリアン用の料理を調査した。美味しそうな写真を見て、これはと思ってレシピを展開し、作成手順の中に不可解な要素を見出して眉を寄せる。確かこの部屋へ転がり込んできたときに、料理を始めてみようか、なんてことを言ったような気もするが、完全にすっかり忘れていた。結局、自分の力量を斟酌して、最初に見ていたポトフまで戻ってくるのに、丸2日かけてしまう。好奇心の強さが災いして、気になったことをその都度、あちこち調べに行ってしまうせいだ。妙にイソフラボンについて詳しくなったので、スポックに披露する機会があれば一席ぶってやろうと思う。
スポックも、こういった行事ごとについて、思い入れがあるような振る舞いをしたことはなかった。その動機は自分とはまったく異なり、そもそも浮かれて騒ぐという文化が彼には存在しないためである。
ヨークタウン・バースデー当日、スポックはいつもどおり、普通に出勤していった。もしかしたら記念日自体、存在を知らないのかもしれない。そうでなくとも、お祝いにはちっとも興味がないのだろう。彼のこういうフラットなところを、カークは好ましく思っていた。自分も固執するタイプではないから、楽に思っている部分もある。けれど、それはとても彼らしかったので。
昼間に届いた荷物をいそいそと開封して、ひとりでごちゃごちゃと言いながら雑貨たちを取り出した。ディナーをダイニングで食べるとして、とカークはその優秀な頭脳で考え、モビールをカウンターの上から吊るすことにする。きらきらと光を乱反射させる素材の、カラフルな惑星の形をしたオーナメントがゆらゆら揺れて、なんだか気分までぴかぴかうきうきと揺れるようだった。どう見ても地球、の隣に赤く乾いた星があるので、きっとヴァルカン人も納得してくれるだろう。
ポトフを煮込んで、野菜を切って、お茶用のフレッシュハーブを準備する。彼と共に暮らすようになって、すっかり草食になってしまった。そんな自分も嫌いじゃなくて、カークはにこにことレードルを回す。キャンドルをつけて、照明を落として、プラネタリウムをつけて、そんなムードで迎えたら、スポックはなんて言うだろう。きっと突然のことに硬直して、そのあと嬉しそうにしてくれるに違いない。スンとした表情で、まるっきり平静ですよという雰囲気をまとって、それでもひたと濡れた双眸を向けるのだ。そんな彼の『嬉しい』も、カークは好ましく思っている。もうずっと、そんな彼のことを、ただひたすらに愛している。
この星図はずいぶんと雑で事実に悖ります、と安物のプラネタリウムに文句を言うかもしれないな、なんてことを考えてにやにやしていると、着信音が鳴った。カークはレードルを鍋に戻して、弾む足取りでリビングへ向かう。ソファに投げ捨てたままの端末を取ると、スポックの名前が表示されていた。ゆるゆるの頬をそのままに、カークは通話を開始する。
スポックが今手伝っている研究チームのひとつで、暴露実験中に事故があったそうだ。リアルタイムでの経過チェックが必要で、今日は泊まりがけでラボに詰める必要がある、とのことである。
「そっか。事故って大丈夫なのか?」
『はい。人身に関わる事故ではなく、実験上の事故です。結果がすべてだめになりそうなので、可能な限りの対処をしています』
「ならよかった」
『すみません、本日はヨークタウンの建造記念日だそうで、不在にしているメンバーも多く、人手が足りないのです』
「そういえばそうだったな。まあ、君は帰るだけだし?」
『はい。ですから、帰宅は朝になるかと。そちらは大丈夫でしょうか?』
「うん、大丈夫。もうだいぶここでの暮らしも慣れたし、ひとりでもへいき」
『
……
ジム』
どこか不安そうに、呼びかけられる彼の声の向こうから、慌ただしいラボの様子が窺えた。機械のアラーム音や、何かをがちゃがちゃさせている騒音も聞こえてくる。
――
計器見てくれるか!
――
もうやだこんな日に!
――
山超えたらみんなでワイン開けるぞ!
――
よっしゃ~!!
「なんか、大変そうだな」
『ストレス過多でハイになっているようです。本来ならこんな』
――
計器! スポック戻ってこい!
『分かりまし
――
、飲むのは後にしてください』
――
つべこべうるさい!
「はは、楽しそうだ」
『何ひとつ楽しくありません』
――
俺も何ひとつ楽しくない!
スポックは、ラボでずいぶんと大切に酷使されているようだった。想像以上に打ち解けてるんだな、と思いながら、微笑ましいやり取りにカークは笑う。
「早く行けよ人気者。分かったから」
『
……
はい、それでは』
「うん。頑張れよ」
にこにこと笑って、励まして。通話の切れた音がして、カークは微笑んだまま、目を閉じる。
「ばぁか」
誰にも伝わることのない、そんないじけたような声が、リビングに落ちて静まり返った。
ナイトモードに包まれた部屋で、カークは星雲のキャンドルをつけてダイニングにふたつ並べた。顔を上げてモビールにちょんと触れれば、きらきらと惑星が輝く。そっと笑みを浮かべてキッチンへ回り、動物性の素材を一切使っていないディナーを、自分の分だけ取り分けて、カウンターに並べた。フレッシュハーブを入れたポットに湯を注げば、ふわりと心地の良い、優しい香りに包まれる。
そんな完璧なダイニングを見下ろしてから、カークは少し考えて寝室へ向かった。窓辺ですくすくと成長しているポポックを手に取って、キャンドルの隣に安置する。ポトフのごろっとしたじゃがいもに挿す予定だった星のピックを持ってきて、鉢植えの清潔な土にそっと立ててみれば、とてもかわいらしい出来になって、カークは顔をほころばせながらひとりで座った。そして置いておいたプラネタリウムに明かりをつけ、部屋の照明を暗く落とす。途端にぱっと、部屋の中は小さな星屑の明かりに包まれて、にわか幻想的な雰囲気になった。
宇宙のきらめきと暗がり、その中で灯される小さな明かり。揺らめく炎を反射して、美しくまたたく惑星と、優しい香りの温かい食事。
カークは颯爽と、スプーンを手に取って、結局力なく、それをテーブルに戻してしまった。
ポトフを入れた大ぶりの器を横にずらして、そこに腕を組んで顔を伏せる。
スポックが戻ってくる朝までに、とカークは冷静に考えた。
それまでに、料理は全部捨てて、このかわいらしい雑貨たちもすべて粒子に分解してしまわないといけない。鍋はぴかぴかに拭いて元どおりに、それから換気をして、跡形もなく消し去って、いつもどおりに迎えなければ。すっかり寝てたよ、みたいな顔で、ちょっと寝ぼけたふうでもいい、夜勤明けで疲れて帰ってきたスポックに、災難だったなあ、なんて言って。ま、俺はひとりでのびのびやってたよ、たまにはこういうのもいいもんだな。そんなふうに、吹けば飛ぶような気軽さで。
今頃、スポックはしかつめらしい顔をして、計器とにらめっこでもしてるんだろうか。
いつの間にか振舞われているワインに、仕事中ですだとか、精密な実験中にアルコールは厳禁ですだとか、そういういつもの小言を、研究チームの浮かれたメンバーに投げたりしてるんだろうか。
そう思うと、なんだか妙に癪だった。
スポックの小言を受けるのは、俺の仕事のはずなのだ。スポックのそういうものは、全部エンタープライズのものだった。スポックに無茶を言うのも、それを仕方ないなと許されるのも、本来なら、本来なら
――
。
本来なら、今日はこの素敵な夜の中で、スポックは俺だけを見てくれるはずだった。
驚きました、とまったく驚いてない顔で言う彼の頬にキスをして、他愛のない話をしながらくっついているはずだったのに。
「
……
ばかみたいだなあ」
カークは頭を抱えるようにして、伏せたまま視線を上げる。みずみずしいシェフレラの葉を見つめながら、そんなふうにつぶやいた。今夜はこの子しかいないから、この子に話しかけるしかない。
「そんなの、勝手な話なのになあ」
勝手にこんな夜を用意して、当然のようにスポックと過ごすものだと、独りよがりに思い込んでいたのは自分のほうだ。
スポックは何も悪くないし、ラボのみんなも悪くない。事故が起きたのだって、誰かの悪意のせいじゃない。
何も知らないスポックに八つ当たりするなんて傲慢だし、スポックと一緒にいられるラボのメンバーに腹を立てるのも筋違いだ。なんてひどい独占欲なんだろう。こんなみにくい嫉妬を許すほど、自分はだめになってしまったのだろうか。幸せすぎて、ばかになって、ゆるめちゃいけないところまでゆるゆるになって、いつの間にか取り返しがつかないところまで来てしまったような気がする。
こんなふうな気持ちを抱えるようじゃ、スポックと一緒にいられないな。
はあ、と重い溜息をついて、再び腕の中に顔を突っ込んだ。
ずいぶんと長い間、そうしていた。
料理もすっかり冷めて、キャンドルも目に見えて減った頃、背後からばたんと音がする。
――
え。
と、突っ伏したまま硬直して、カークは一瞬にして混乱した。今のは完全に、玄関が開いた音だ。それから閉じた音。続いて規則正しい足音。この部屋で何度も聞いてきた、スポックが帰宅したときの音だ。
リビングまで来て、その音はぱたりと消え去る。息をひそめていても、物音ひとつしなかった。
きっと驚いているんだろうと思う。その顔を見られなくて残念だとも思った。ばかみたいに。
「
……
ジム」
やがて、スポックは静かにこちらまで歩いてくると、そっと声をかけてきた。寝ていると思ったのだろうか、ひそやかな声音で、そっと肩に手が触れてくる。
カークは顔を上げてしまいたくなくて、むずがるように顔をそむけた。
「ジム」
だって、今顔を上げたら、ばれてしまう。
スポックが帰ってきた。朝になる前に帰ってきたってことは、少しでも自分のことを気にかけて、ラボより優先したってことだ。
だからきっと、優越感にまみれた、待ち望んだ顔をしてしまう。みにくい嫉妬も独占欲も、きっと全部ばれてしまう。
「ジム、このようなことをするのであれば、必ず私に言ってください」
「いい
……
」
「いい、とは? 何も良くありません。ジム、顔を上げて」
「なんで帰ってきたんだよ」
「あなたに会いたかったからです。あなたのへいきという言葉が、言葉どおりの意味でないように聞こえました」
「なんで
……
」
「この暮らしであなたが私を知っていくのと同じように、私もあなたを知るからです。ラボはひと段落つけてきました。ジム、どうか顔を上げて」
優しく、けれど容赦なく。スポックがカークを思いどおりにしようとするとき、彼の手つきがそうなることを、十分に知っている。温かい手が薄着の肩をゆるく押して、とうとうカークは顔を上げた。こういう場合、ごねても最終的には降参することになる。そのことも十分に知っている。
こちらの顔を覗き込んできたスポックは、キャンドルの穏やかな明かりが作る薄暗がりの中、プラネタリウムの小さな輝きに彩られていてとてもきれいだった。至近距離で見るとよく分かる、雄弁に感情を宿して揺れる瞳が、まるで宇宙のように星を集めている。静謐さの中に、無限の謎を隠しているような、まるで愛おしいきらめき。
なんだかふいに、泣いてしまいそうになって、唇をぎゅっと押しつぶした。
そんなカークに、スポックはゆっくりとまばたくと、そっと顔を寄せてまぶたにキスをする。
「きれいだ」
そして彼はひっそりと、そんなかすれたようなささやき声を頬に落とした。
本当に涙をこぼしそうになって、ごまかすように慌てて立ち上がる。
「ごめん。スポック、ごめん。温めて、食べよう」
「
――
はい」
「着替えてきて」
「ジム、こういったことは、次からはきちんと申告するように。用事があってもあなたの元へ帰ります」
ああ、もう、泣いちゃうからやめてくれ。
もちろん、そんなことを口に出しては言えなかったカークは、一生懸命何度も頷きながら、震える手で自分の食器を持ち上げた。
どうかずっと、この人を損なうことがありませんように。
驕らず、優しく、隣にいれたら。まるであがなうように、そう願う。欲深い自分から生まれたものだとしても、この祈りだけは、ずっと純粋であってほしかった。
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