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はるの
2022-08-08 22:36:46
117528文字
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スタートレック
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未踏の楽園
全年齢|AOS spirk|2021.4.15|STBのあと、ヨークタウンでふたり暮らしをするジムとスポックがそのうち付き合う話。「そのうち付き合うタイムライン(
https://privatter.me/page/65a92eff4fa14
)」シリーズの集大成になりますので、シリーズ内他作品からの遠慮ないエピソード引用を含みます。
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もうどこにも逃げられない、と思ったら、降参するしかなかった。
自分は追い詰められたキングで、あとはチェックメイトされるだけ。そんな状況に、安堵しなかったかと言うと、カークは目を逸らすしかない。だって、追い詰められて、吊るされて、ひと思いにやられてしまったら、それはもう仕方のないことだろ? だからいっそそうされてしまいたかったのは、カークお得意のずるい算段だ。
論理を置いて、正しいと感じることを。
スポックにそれを言わせるほど追い詰めたのかと思うと後ろめたかったし、スポックにそれを望まれるほど求められていると思うと馬鹿な自分は心の底から喜んだ。こんなふうにめちゃくちゃだから、せめてかけらでも正しくあれるように、こちらも嘘偽りなく心を明け渡すのが筋だろう。
というより、もともとこれは、全部彼のものなのだ。
自分から渡すものではなく、あるべき場所へ返すもの。
何故なら、俺はスポックのものだから。
「
……
すごいことになってる
……
」
「ジム?」
しばらくの間、彼の膝の上で子供のようにあやされて、だんだんと落ち着いてくると、ただすごい、という気持ちに包まれた。赤面しそうな気配を感じて思わず両手で顔を覆うと、こめかみにキスをしたスポックは不思議そうにこちらを呼ぶ。
ちら、と手を下ろして両目を出せば、彼はちょんと首を傾げていた。かわいい。
「君をこんなふうにしてしまったのは俺かな」
「あなただけではありませんが、大きなところではそうでしょうね」
「俺はまだ怖い。たぶんこれからもいっぱい好き勝手言うと思う」
「覚悟の上です」
「俺は君の思う10倍はずるいし、ひどい男だぞ」
「ええ、そうですね」
「よ、よゆーじゃん
……
、君をつなぎとめておくために、当てつけに死ぬくらいはしちゃうかも。君はそれが一番傷つくから」
「ずいぶんと過激なことだ」
「
……
嫌い?」
「好きです。あなたが泣こうが吠えようが、あなたであるなら私はどうでも構いません」
本当に、すごいことだ。
ただ感心して、その幸運を確かめるように、彼の頬に手を置いて眉間に口づける。ふ、とスポックが合わせて吐息するので、それだけで胸がいっぱいになってしまった。顔を戻すと目が合って、濡れた濃い眼差しに射止められる。まるで物理力を伴っているように、こちらの目の奥を照射して染み込んで、脳みそがもう彼のことしか考えられなくなるようだった。ぞくんと背筋が震えるようで、カークは小さく息をこぼす。恐怖のような、快感のような、ただ魅了される未知の感覚だ。
未踏の楽園、と彼は言った。ここがそうなら、永遠に罰せられていたい。
「ジム、ほかには?」
嬉しくて恐ろしくて胸が苦しい、という気持ちのまま目を細めると、スポックは両手を滑らせてこちらの手を握り込んだ。ゆっくりと絡まるそれが官能的で、頭が破裂しそうになる。これを自分に許していい、と思うだけで、あらゆる感覚と感情が倍に膨れるようだった。
「ほか?」
「あなたがついた嘘を教えてください」
「と、言われても
……
」
「
……
思い出せないほど日常的についているわけですか」
「こ、こわい。突然のアンブレイカブル・ファーストオフィサーはやめろ」
「相応の対応です、キャプテン」
「今、超いい感じの雰囲気だったじゃん
……
」
「あなたの迂愚が場をわきまえないので」
「うぐ。俺さあ、君と出会って、『アホ』の言い回しをめちゃくちゃ覚えたと思う。これは噓じゃない」
「私と出会ってから今までのうち、あなたがついた最も大きな嘘は?」
逃しはしない、という強い視線で、すました表情のスポックに見据えられる。指先は甘いままなのに、会話はいつもの馬鹿なやり取りだ。なんだかそれにほっとして、カークはぺたんと彼になついた。膝の上で胸板にもたれかかって、ひとつ残らずスポックにゆだねる。
「うーん」
「答えないのであれば、今までのあなたの軽挙妄動をあげつらいます」
「こわーっ。ちょっと聞いてみたいなそれ」
「ジム」
「分かった。嘘偽りなく」
「あなたはなんでも一度ごねないと素直になれないのですか」
「うるせえよ。そうだなあ
……
、正式な船長と副長として、初めてエンタープライズに乗る前」
「そんな前から?」
「声が怖い。副長の名前をなんて書くか迷ってた俺に、君が手ひどく、私が内定です、なんて言ってきたときがあったろ。ほら、大使と食事した帰りに、君が迎えに来て」
「ええ」
「あのときから、俺はずっと君に恋してる」
「
………
」
ほかほかしていい匂いのするスポックの体は、くっつきがいがあって気持ちいい。押し黙ってしまった彼に、ざまあみろ、なんてほくそ笑みながら頬をこすりつけると、なんとなく、ふわっと彼の体温が上がった気がした。
そっと見上げてみれば、スポックは喉をのけぞらせて、その魅惑的な曲線をさらけ出している。これは噛みついていいってことなんだろうか、と頭の沸いたことを考えながら身を起こすと、ソファの背もたれの上に後頭部を置いたスポックは、ゆっくりと眉間に手をやった。
「
……
あなたは本当にずるい人だ、ジム」
「え、スポック、ときめいてる? 俺にときめいてるのこれ。か、かわいい」
「それ以上の短慮軽率発言を禁じます」
「俺が馬鹿をやるたび語彙が増えていく」
でれでれと頬をゆるませながら、緑に染まった彼のかわいい尖り耳を撫でていると、スポックはおもむろに起き上がる。そして遠慮なく、両腕をこちらの背中に回して、強い力で捕獲してきたので、カークも遠慮なく、きゃーっと言って大はしゃぎした。
昨日の夜にスポックが用意した夕食は、中途半端なままキッチンに残っていた。それに気づいたスポックは慌てたように、片付けます、と言ったのだが、カークはとっさに静止して、今食べる、と主張した。
「常温で放置したものより、今から新しく作ったほうが」
「室温が高いからって、一晩放置しただけだろ、大丈夫だよ」
「健康に差し支える可能性は排除すべきです。ただでさえこれからは忙しくなるのに」
「じゃあ、加熱しよう。加熱。やべーのがコンタミしてても熱処理で殺菌!」
「無分別。軽忽。卒爾にして浅膚。軽佻浮薄」
「なに、なに、なんて??? 君あれだ、文学の先生にもなれるぞ」
「事実は小説より奇なり、を体感しています。分かりました、私がやりますから、あなたは荷物を片付けてください」
「その事実って俺のことか? いいよ、俺が食いたいんだし俺がやる。君こそ着替えてこいよ」
「任せておくとろくなことをしないので。これは捨てます」
「く、草たちーっ! 容赦ねぇーっ!」
結局、俺がやる、私がやる、と言い合いながら、ふたりで肩をぶつけ合って、少し遅めの昼食、もしくは少し早めの夕食、を用意して食べた。これはつまり、なんだかんだ言って部屋の中でさえ離れがたかった気持ちの発露なので、スポックがごねたのも同じ理由だったらいいなと思う。
ダイニングカウンターで隣り合って、手を動かすたびに腕が触れるのも楽しかった。椅子を回して隣に腿を当てるのも楽しかったし、ごくごく優しい眼差しで、カークのそんな軽挙を受け止めているスポックが愛しかった。
この数か月の間、似たようなことはしてきたはずなのに、ずいぶんと新鮮な感動がある。
自分の気持ちひとつでこんなにも変わるものなのか、と驚嘆するくらい。まるで世界そのものが新しくなったようだった。
「君、明日は出勤だよな」
「ええ、ラボからの小言を聞いてきます」
「ふはっ。君が小言を言われる立場か。今日の早退でぶっちぎってきたやつだろ?」
「プロジェクト自体に影響はありません。そもそも、私は手伝いだ」
「それだけ信用されてるんだよ。ま、君をそいつらにはやらんけど」
「
……
独占欲ですか?」
「悪いか?」
「いえ、なんだか新鮮で
……
」
「噓をつくなって言ったのは君だ」
スポックが風呂に入っている隙を狙って、カークは持ち出した荷物をすべて元どおりに収納した。バッグは衣装箱の裏に詰め込んで、インターホンのパネルの前に立つ。
ここに戻ってきたとき、認証されないカークに彼は心得た様子だった。つまり、認証者リストからカークが消されているとスポックは知っていたわけだ。
ひとりぼっちになっているリストに気づいたとき、彼はどんなに傷ついただろう。
元どおりに登録し直してから、カークは壁に自分の額を押しつけた。ごめん、と心から懺悔して、素直になりたいと願う。
バスルームから戻ってきたスポックを元気に出迎えて、シャンプーの香りがする彼を存分に嗅いでから、カークも身支度を整えた。ずいぶんと早い時間だったけれど、もうあとは寝るだけにしてしまって、今はふたりのソファでのんびりとお茶を飲んでいる。もちろん、土の味のするいつものあれだ。カークはそろそろ、これがないと落ち着かなくなっている。
自分が素直になれば、なった分だけ、スポックもうんと無防備になった。
それが本当に愛おしくて、肩に肩を預けたまま、うっとりと彼を見上げる。
「あなたはいったい、普段から何をどこまで偽っていたのだか」
「でも、独占と執着だぞ、首へのキスの意味は」
「はい?」
「君だってした」
自分のことを棚に上げてあきれているような様子に、むっと唇を尖らせて、カークはそのまま伸び上がる。スポックの首筋に吸いつくと、彼はこちらの腰に腕を回した。
「
……
あれは、脈拍を感じていたのではなく?」
「なんで突然バイオフィードバック検知だよ、あの雰囲気だぞ」
「あなたのせいです。あなたが、生き急ぐような真似をするから」
回された腕で引き寄せられて、今度は彼がこちらの首筋に顔をうずめる。触れる体温が心地よくて、カークは恍惚と目を閉じた。
「努力するって言っただろ」
「私からジムを連れていかないでください」
「
……
でも、スポック」
「あなたは運命の人だ、ジム」
スポックは、まるですがりつくようだった。しがみつくようにこちらを抱いて、顔を伏せて慎重に呼吸をしている。
ごめんな、と本当に思う。君を好きになってごめん。きっと一生、これは心の中で懺悔していくことになるだろう。
「俺は、そうは思わない」
だから、せめて素直でいることだ。
それに、泣いている彼に大丈夫だと言って笑ってやりたいのは、もうずっと自分が一番大切にしている衝動である。
よしよし、と髪を撫でると、スポックは顔を上げた。その呆然とした、ほとんど絶望したような表情に、カークは眉尻を下げて微笑む。
「ジム
――
」
「いずれ、君はヴァルカンに帰って義務を全うするかもしれないし、どうしたっていずれは、人生の半分を残して君を置いていく。もうそれだけで分かるだろ? きっと俺たちにとって、俺たちは『運命の相手』なんかじゃない。それに、俺はそれでいいんだ。運命なんてわけ分かんないものに証明は求めたくないし、何もかもが最初から決まってるなんて絶対に思いたくない」
「
……
あなたは、どうして」
「そんな薄情なことを、って? いいから最後まで聞いてくれよ、スポック」
彼らの文化に存在する運命論が、どれほどの確度をもって受け入れられているのかは分からない。けれど、自分にとっての運命論とはそういうものだ。スポックは瞳の奥を不安に揺らして、まるで取り残されてしまったようになっている。
カークはその顔を覗き込んで、にっこりと満面の笑みを見せた。
「あらゆる実験結果によって定理を裏付けるように、事実というものは実直な実績の積み重ねによって生まれる。そうだろ?」
「
……
ええ」
「だったら、俺のやることはひとつだ。俺は君の隣にいれるだけずっといて、君とたくさん実績を作って、最後の最後にこう言うんだ。それで、ミスター・スポック。検証の結果、我々は運命の相手だっただろうか?」
「
………
」
「な、論理的だろ。運命より俺に証明されろよ、スポック」
ぱちり、とまばたく彼の頬に、カークはそっと手を添える。穏やかな気持ちで見つめていると、もう一度、スポックはゆっくりとまばたいて、ふいになつくように、こちらの手のひらに唇を寄せた。
「
……
そんなロマンティックな論理は初めてです」
「馬鹿言え、大抵の論理はロマンから生まれる。あの空の向こうを夢見なきゃ、この世に宇宙船は存在しなかった」
「そうですね
……
」
静かに目を伏せて、手のひらに懇願のキスをするスポックは、無垢で清楚でいたいけだ。なんでこいつはこういうとき、すごくけなげになっちゃうのかな。そんなことを思いながら、自分も切なくなってしまう。
「それにほら、ずっと先で、君は若い俺に出会う可能性もあるわけだろ?」
元気づけようとしてそう言うと、スポックはぱちりと開眼した。じろ、とこちらを見る眼差しは、一転して理知的な様相である。
「いえ、私はもうロミュランの消滅を把握していますので、彼よりずっとうまくやります。ロミュランは消滅せず、ヴァルカンも消滅せず、あなたが宇宙で緊急出産されることもありません」
「そ、そっか
……
、まあ、そうだよな。俺の副長まじ有能
……
」
「寂しいですか?」
「ちょっとだけ。つまり、その向こうにいる俺、スポックに会えないのか」
「いえ、ジム。いいえ。私たちは必ず出会います。かのスポック大使のように、少し時期がずれるだけです」
「保証は?」
「ありませんが、実績があります」
自分の言った言葉をすぐに学習して返してくれるスポックに、カークは嬉しくなって抱きついた。ジム・カーク理論ほど非論理的なものはない、なんて言ってはばからないくせに、こういうところは素直である。
「じゃあ、君があらゆることをめちゃくちゃうまくやった日には、献杯をしてくれよ」
「献杯? 祝杯でなく?」
「いたかもしれない俺たちにさ」
肩になついて座り直せば、彼はすぐさまこちらの手を取った。絶え間なくつながろうとするそんなしぐさにときめいて、本当にすごいことだとカークは再三実感する。
スポックは取った手を持ち上げて、その甲に額を押し当てた。カークは微笑んで、彼の腿に手を添える。
「
……
あなたがそこにいてくれたらと思う、ジム」
「俺も、そう思うよ。たった一晩離れたくらいで、もうこんなにも君が恋しいんだ。君が俺を恋しがってくれるなら、その倍は俺も恋しいと思って」
「倍? 私の? 見くびらないでいただきたい、量は確実に私のほうが多い」
「君、すごいところでごね始めたな」
「あなたが死んだときのことを、私はまだ鮮明に覚えている。あの悲しみを再体験するのも忌避したいが、何よりも手の付けられないあの怒りが。あの怒りが、いなくなってしまったあなたに向いたらと思うと」
「あと、泣き言を言うときもすごく頑固だ」
「これを泣き言だと? 私は本当に、真剣に
――
」
「分かってるよ、スポック。でも俺はまだ、あと50年と生きるんだぜ? 君が少しでも寂しくない方法を考えるよ。俺の機転の良さは知ってるだろ、任せろって。それに、俺たちは超光速で生きてんだ、そもそも時間の概念なんて十分にあやふやで」
「ジム」
確かな声で名前を呼んで、彼はこちらの顎を掬い上げるようにした。
そのようにして合わされた双眸は、今までにもう何度も見てきた、奥に熾火を隠す目だ。ひたむきで、繊細で、強引で、カークの思考すべてをさらってしまうその輝き。
「私は
――
、私は、もう寂しい」
「
……
そんなこと、言うなよ、俺も寂しくなっちゃうだろ
……
」
「ジム」
こいねがうように、彼の両手が頬を挟む。体温の高い、さらりとした質感。呼応して、カークも彼の頬に両手を添えた。
見つめ合うと、じわりとした熱が起こる。ふいに訪れた強い衝動に、カークは一瞬、息を詰めた。
とても言えないような激情だ。けれど、それをさらけ出す誘惑に、もうすっかり抗えないでいる。
「なあ、だったらさ
――
」
緊張に唇を舐めると、スポックは思いつめた顔をした。
「だったら、俺が死ぬとき一緒に死ぬ? ヴェローナのふたりみたいにさ、毒で1杯、景気よくやるんだ」
「
――
そんな、そのようなことを、あなたには」
「心中持ち掛けるやつの安否を気遣うところあたり、君は甘いよな。それならさ、俺が死んだあと、君が耐えられないと思ったら、いつでも毒を呷ってくれよ。俺はいつでも、君を待ってるから。俺は悪いやつだから、君の長寿と繁栄を祈ったりはしないんだ。君がひとり寂しく泣いてるくらいなら、君を奪って連れ去るから」
「ジム」
「な? いつでも来てくれていい。スポック、俺は必ず待ってるから。だから、安心して生きてくれよ」
額に額を押し当てて、ずるくてきたない欲望を差し出す。口元は穏やかに微笑んだまま、けれど全身全霊で祈った。
この汚泥の中から取り出した、最後の願いだけは、どうかいつまでも純粋でありますように。
触れ合った額から何もかもが伝わるようにそうしていると、スポックはゆっくりと顔を上げた。
「ジム」
何度も呼びかけられる声は、まるで手繰り寄せるようだ。ほとんど糸に引かれるように、その双眸に惹きつけられる。
「
――
キスはなし、ですか?」
スポックは、とても真面目な表情で、まっすぐにそう尋ねた。何度か訊かれたことのあるその言い回しに、カークは素直に吹き出して笑う。
「意外と即物的なんだよな、ヴァルカン人は。それとも君がそうなのか?」
「この行為があなた方にとって、特にこの暮らしにおけるあなたにとって、特別な愛の尺度と把握していますので」
「愛の尺度だって。つまり、君は測りたいわけだ?」
「いいえ、ジム。示したいのです」
真面目に、誠実に、正直に。スポックはそのようにして、手放しの愛を明け渡してくる。
カークはもう、はち切れるような情動に、体じゅうを好きにされるしかなかった。泣いているのか笑っているのか、よく分からないことになる。
「ああ、もう。君が好きだ、スポック」
だから、こちらから彼の首に腕を絡めると、身を乗り出して口づけた。
ちゅ、と吸いついた彼の唇は、予想どおり温かくて、予想以上に柔らかかった。触れた瞬間に電撃を浴びたようになって、カークは自分が気絶しなかったことが不思議に思えて仕方ない。今絶対、スポックへの愛しさを振り切って死んだはず。そんな馬鹿なことを考えながら、ちゅっちゅと何度か吸いついて、体の芯を焼くちりちりとした欲を堪能していると、反応を返さないスポックは、そっとこちらの腰に両手を添えてきた。
触れているだけでも死にそうだから、まあ、多くは求めまい。そう考えながらも、カークはスポックの下唇を軽く咥えて、やわやわと刺激する。これ、割って舐めてもいいのかな。そう考えるだけでものすごく心臓が痛いし、後頭部がじわりと熱かった。やっばいなあ、とカークは思う。ゆだった頭で目を閉じて、彼の唇のあわいに舌を這わせると、途端にぐいと腰を締められた。
「ん?!」
ほとんど背中を反らせるような力に驚いて目を開けると、同時にゆるんだ唇を容赦なく割り開かれる。ぬるりと侵入してきた彼の舌は、少しざらついていて、とても熱かった。一度、指で少し触ったことがあるから、それは知っているんだけど。
まるで脳をとろけさせるような、こんな甘さと強引さは知らない。
「んっ
……
、んん、スポッ
――
、んぅっ」
しかもこいつ、喋らせないつもりか。四の五の言わせないつもりだなこのやろう。
ちょっといきなりすぎて動転したカークにはお構いなしに、スポックは舌を絡め、中をねぶり、あらゆるところに触れてきた。しばらくディープキスなんてしていなかったから、カークはほとんどわけが分からなくなる。
というかそもそも、これはスポックだ。誰とキスしたって上手にリードする自信のあるイケメン激モテ船長でも、スポックだと思うだけで軽く死ぬはかない生命であるということを、本人は重々理解して不殺に努めるべきである。ああ、もう。
舌の側面を撫でられて、口蓋をこすられれば、ひくんと体が跳ねてしまう。あまりに気持ちが良さすぎて、むずがるような声を上げると、スポックはねっとりと背中を撫で上げた。う、うそでしょおお。もっと清廉潔白だと思ってたのにヴァルカン人ってのは、エロスの権化か?? そんなパニックに半ば陥りながら、とうとう大きく息を乱して腰を抜かすと、スポックはやっとこちらを解放してくれる。
いや、腰はがっちり掴んだままだが。やっててよかったストレッチ。
「お、おま
……
、なんつーねちっこいキスを、ドしょっぱなに」
「さんざん焦らされましたので」
「じ
……
、はあ? そんなことしてないぞ」
はふはふと酸素を取り込みながら見上げれば、スポックは実にしれっとした顔つきだった。ヴァルカン人の肺活量やべーな、なんて思いつつ、けれどその唇はしっとりと濡れていて、カークは派手に心拍数を上げる。どきどきしながら指先で触れてみると、彼はぱくりとその指を食んで、熱をはらむ双眸をこちらに向けてきた。
「そうですか? この数か月、私は試されているのだと思っていました」
「そ、あ」
ああそのことか、それは悪いことをした。
そのように返答する余裕すら、彼は与えてくれなかった。再び覆いかぶさってきた唇に、これは大変なことになるかもしれないなと思う。
そして大抵の場合、自分のそういった勘は当たるのだ。
まあ、大変なことになった。ちょっといろいろ今でも信じられない。
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