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はるの
2022-08-08 22:36:46
117528文字
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スタートレック
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未踏の楽園
全年齢|AOS spirk|2021.4.15|STBのあと、ヨークタウンでふたり暮らしをするジムとスポックがそのうち付き合う話。「そのうち付き合うタイムライン(
https://privatter.me/page/65a92eff4fa14
)」シリーズの集大成になりますので、シリーズ内他作品からの遠慮ないエピソード引用を含みます。
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出航日が決まったことを受けて、じゃああれやこれやと引継ぎをせねばならんな、とマッコイが医局に切り出すと、何故か大量の仕事に見舞われた。いったい今日は何だったんだ、と思いながら、疲れた体を引きずって帰宅すると、玄関前に不審者が立っている。すわ押し入り強盗か、と身構えたマッコイだったが、そろそろと近づいてみれば、何のことはない、ヴァルカン人の同僚だった。まあ、こんな夜更けにぬぼっと突っ立っているのは、十分に不審ではあったのだが。
「スポック?」
耳のいい彼は大抵、近づくだけで気配を察知してくれる。その機敏さはいつも鬱陶しいくらいなのだが、今日はこちらの呼びかけに、びくと体を揺らしてみせた。あれ、と思っていると、彼は勢いよく顔を上げてこちらを見る。
「レナード」
なんだ、その捨てられた犬丸出しの表情は。
マッコイは、思わず真顔になった。珍しく感情をありありと映しているスポックが、寂しげな様子で、夜中にひとり、自分の部屋を訪ねている。もうそれだけで、しこたま厄介な問題が発生した、ということが分かろうというものだ。回れ右して帰りたい、と切実に願うが、帰るにはスポックを倒さないと玄関を通れない。完全に詰みである。
「なん
……
」
「ジムを知りませんか」
「ジム?」
「あなたのところに、いると、思ったのに」
頼りなげにそう言って、スポックは立ち尽くし、途方に暮れた。茫洋とした双眸はこちらをはっきりとは見ておらず、意識は頭の中をまさぐっているように少し遠い。ジム、と聞いて、マッコイは顔をしかめた。昼間に彼が取った謎の行動に、整合性がついてしまったからだ。
今日の昼下がり、メディカルセンターに突然やってきたカークは、私用の端末を変えたと言って、勝手にマッコイの連絡帳をいじっていた。なんでまた突然、どっかに情報流出でもしたのか? と不安に思って訊いてみれば、なんとなく、というアホみたいな回答だ。いつもの気まぐれにしては質が違うので、何かあったんだろうな、とは思ったものの、緊急のときはこっちに連絡して、と言い残し、彼はすぐさま帰ってしまった。自分の帰宅時間はこのありさまだし、明日、改めて様子を伺いに行こうかと思っていたのだが。
「連絡は?」
「つきません。端末をオフにしてしまっているようで」
「ああ
……
」
つまり、やつは逃げたわけだ。
今はスポックと暮らしているから、つまりこいつから逃げ出した。ということは、ふたりの間で何かあったのだろうが、このスポックの捨てられた様子を見ると、どうもまた、あいつひとりで大回転しているようである。まじで勘弁してほしい。
はあ、と疲れた溜息を吐き出すと、スポックはぎゅっと眉間に皺を寄せた。
「ああ、とは? レナード、どうしてそんなに落ち着いているのです」
「落ち着いてはいないが
……
、はあ」
「ジムがいなくなった、と言ったのに、あなたが取り乱さないのはおかしい。居場所をご存じなんですか?」
「その判断は間違っちゃいないが、間違いであってほしかったな。居場所は知らん。けど、緊急連絡先は知ってる」
「
……
やはり、あなたには、連絡を」
「おい待て、お前まで珍妙な三角関係を創始するのはやめろ。たぶん、上官にも伝えてるだろ、曲がりなりにもキャプテンだ」
「ジムは。
――
いえ、ジムに」
厳しい表情で虚空を睨み据えながら、けれど足元は重心を前後させていて落ち着きがない。こんな隙だらけのスポックが、本当に現実に存在するんだな、ジムの幻覚か何かじゃなかったんだな、と変な感慨に包まれながら、マッコイは動転した彼の体を押しのけて、玄関を開錠した。すると逃げられると思ったのか、スポックは強い力で腕を掴んでくる。
おい馬鹿力、医者の腕を大事にしろ、と小言を言おうとして振り返り、マッコイはその揺れる眼差しに言葉を飲み込んだ。しかめっ面にならざるを得ない。
「ハイポ嫌いのちびっ子が、診察台に座らされるとそういう顔をする」
「レナード、あなたを頼ってここへ来ていないのなら、いったい彼はどこへ」
「知らん。一夜くらい自分でなんとかするだろ、子供じゃないんだ」
「ですが、あなたを頼らないなんて」
「うるせえ、俺が頼りないみたいに言うな。だいたい、お前に遠慮したんだろ。ああ見えて気遣いをするやつだ」
「気遣い?」
「お前がそんなふうにガタガタになってても、気にせず『まあ入れよ』なんて言えるの、全宇宙探しても俺かジムくらいだぞ」
マッコイは遠慮なく腕を振り払い、ひるんだ彼の手を外した。扉を開けて、彼と相対して、しかめっ面のまま鼻で笑う。
「
――
まあ、入れよ」
スポックは、真顔になって首を傾げた。
「とてつもなく汚い」
「腹の立つ滑舌だな」
招き入れたスポックは、さっと間断なく部屋の様子に目を配り、眉をひそめながらそう言った。とてつもなく、に強いアクセントを置くそれに似たような顔を返しながら、マッコイは荷物を放り投げて鼻頭を揉む。
「まじで疲れてるから、もてなされると思うなよ。飲み物が欲しいなら適当に漁ってくれ」
「レナード、ジムは」
「分かった、分かった。でも俺はシャワーを浴びる。喧嘩でもしたか?」
「
……
していません。して、いないと思う。私の認識では。彼はいつも好意的で、ごく幸せそうにしていた」
「あー
……
、うん、幸せな」
それは、でも、少し前まで幸福に怯えていた男のことである。なんとなく、もともとのそういった、カーク自身が抱えている問題に、スポックの抱えている問題が乗算されて、彼のキャパシティをぶっちぎったのではないか、と想像ができた。けれどこればっかりは、自分のような外野がどうこう言っても、結局は本人が決断しない限りどうにもならない。
あー、うん、ともごもご言っていると、スポックからきっつい視線が突き刺さってくるので、マッコイは早々にバスルームへ引っ込んだ。お前が真相を吐かせる努力をすべきなのは俺じゃなくてあいつだろう、と心の中で悪態をつく。
「けれど決して、私の明確な好意を受け取ろうとはしなかった」
「そういうのを怖がるやつだろ、そもそもあいつは」
スモークガラス越しになっても、スポックは会話を中断しようとはしなかった。よほど切羽詰まっているものと見える。ドアの向こうで立ち尽くしているぼんやりとした姿を横目に、マッコイは構わず服を脱いだ。
「私も、それは承知です。それは
……
、時間をかけて、少しずつ慣らすべきことなのかと」
「それで? お前はどうしたんだ」
「どう、とは」
「気を遣って優しくしてやったのか? あいつに遠慮して、あいつの好きなようにさせた? それともあいつに逃げられたくなくて、お前のほうから手を引っ込めた?」
「
………
」
「それじゃあだめだな、逃げられる」
ざあっと勢いよくシャワーコックをひねる。スポックが何かを言ったような気がしたが、水音にかき消されて判然としなかった。けれど、今はこっちが先だ。気持ちのいい適温の湯を頭からひっかぶりながら、マッコイは目を閉じる。
脳みそは疲労に膨張していた。いつだって、無理難題をひどいタイミングで言ってくるのがうちのツートップである。明日にしてくれと切に思うが、時間は決して待ってくれない。ぐいぐいと顔を洗いながら、結局のところ、マッコイは諦めた。クルー全員を困難から救い出すのが彼らの仕事であるのと同じ精度で、彼らが困っているのなら、助けるのは自分の仕事だと思っているからだ。
すっかり寝る準備を整えてバスルームから出ると、相変わらずスポックは呆然と突っ立ったままだった。それに軽く笑ってしまいながら、マッコイはキッチンへ向かう。
冷蔵庫から水を取り出して、一気に半分まで飲んだ。そしてリビングを振り返れば、物で散らかった雑然たる部屋の真ん中で、ヴァルカン人が完全に道筋を失った遭難者みたいになっている。重症だな、と思いつつ、マッコイはカウンターに片手をついて、そんな彼をのんびりと眺めた。
尋ねるような眼差しが、こちらにまっすぐ据えられている。何がだめだったのか、取り残されたリビングで考えあぐねた様子だった。
「俺は気楽な親友だからな。あいつを好きに、楽に、自由にさせるのが俺の仕事だと思ってる」
静かに、そう切り出すと、彼はすっと背筋を正す。素直な生徒を前にしているようで、ちょっとだけ笑える雰囲気だった。おかしいだろ、こいつが俺の生徒とか。
「でも、お前は違う」
「ですが、私も彼には平安であってほしい。そう願うことはおかしなことですか?」
「やつを壊してしまうことを恐れて何もしないでいたら、何も変わらんという話だ。好きにさせるなんてもってのほかだ。俺はずっとそうしてきて、結局何も変えられなかった」
「
……
レナード」
「ああいや、問題は解決できなかったって意味だぞ。関係を変えたかったわけじゃない。というかやめろ、そういう邪推は。俺にとってジムは特別だが、そういう特別じゃない。一緒にするな」
「
――
特別」
「よし、きさまがそのつもりなら俺は寝る。帰れこの尖り耳」
「ま、待ってください」
迷子で頼ってきたくせに、不機嫌そうな視線を向けられて、マッコイは飲みかけの水を冷蔵庫に仕舞った。わざと苛立ちの表情を向けて、まっすぐ寝室へ向かおうとすると、スポックは一転して、慌てた様子で落ち着きがなくなる。見えないところで笑みを噛み殺しながら、マッコイはむっとした表情を彼に向けた。素直にしゅんとするヴァルカン人など、今夜を逃せばしばらくは見られないだろう。
「邪推は謝罪します。すみません、あなたが水くさいなどと考えてしまいました」
「
……
待った、お前もそっちか?」
「お前も、とは」
「ジムを取られる嫉妬じゃなく?」
「もちろんそれもありますが、私の心情はほとんどあなたにお話ししてしまっているのに、あなたが本心を隠しているのなら、それは不公平というものです」
「
……
うん、なんつーか
……
、似た者同士だよな、お前らって」
「正々堂々と決闘をして、決着をつけましょう」
「あ、結構です。なんだその血みどろスポーツマンシップ」
がっくりとうなだれて、マッコイは安楽椅子に撃沈した。調子に乗った途端にこの、攻撃力の高いド天然である。何故か勝てる気がしない、という脱力を噛み締めていると、頭上から心配そうに名前を呼ばれた。お前のせいだぞ、と思う。こういうとき、マッコイはカークとものすごく分かり合えるような気がするし、スポックの仕方なさで一晩飲み明かせるような気がしてしまう。
のっそりと顔を上げれば、やはり突っ立ったままのヴァルカン人がいた。質素な表情に、今はずっと焦りをうっすら乗せている。
「ジムはなあ、溺れるくらいにひたひたに愛してやって、やっと愛されてる自覚を持つようなタイプだ。愛されたら愛し返したくなっちまうタイプだし、そのくせ愛を明け渡すことには極端に怯えるタイプで、自分の中に溜まりに溜まったその誰か宛ての愛で窒息して死ぬような、ろくでもない生態をしてる」
「
……
どうして、そのような八方ふさがりなことに」
「そりゃ俺にも分からん。今までのあいつの人生が、あいつをそのように作ってる。だから、お前が考えるべきは理由じゃない」
「しかし、理由が分かれば対策も練られるのでは?」
「そうじゃねぇよ。あいつの成り立ちを解明したって仕方ない。あいつがすでに〝そう〟あるなら、もう全部関係ないんだ。お前は『時間をかけて、少しずつ慣らすべき』と言ったがな、そんな時期はもうとっくに過ぎてんだよ。こんな積み木崩しみたいな生態のあいつが、お前んちに転がり込んだんだろ? 相当だぞ、それって。つまり、あいつはもう愛についての何かをきっと、心の中で決めちまってる」
「
――
愛についての、何か」
「んで、その結果がこれだ」
「
……
それは、つまり、私とは距離を置くと」
「なあ、スポック」
あけすけに傷ついた表情をするスポックは、なんだかこちらが悪いことをしているような心境になって腹立たしい。きゅっと唇を結んで顎を引く彼に、マッコイは小さく溜息をついて、彼を見上げた。少しだけ、微笑むようにして。大丈夫、とは断言できないが、その方向のなにがしかを受け取ってくれるように。
「ジムはそういう、手のかかるやつだ。だから、中途半端に手を出すな。そんなふうならやめちまったほうがお互いのためになる」
「私は
……
、ですが、真剣に」
「要るのは真剣さじゃない。全部明け渡す覚悟だ。自分の下の世話をさせてやるくらいの気持ちを持てよ、スポック。ヴァルカン人が禁忌にしているような全部を、あいつの責任にするくらいだ。お前には難題だろうが、これにはそういう愛が要る」
「そ
……
、の、ような、ことをして、ジムが」
「ジムが、なんて考えなくていい。だってジムはお前がいいんだ。何されたってお前がいいに決まってる」
「
………
」
「だから、あいつが手放しに愛を明け渡せるようにしてやれ。それで万事解決だ」
ぱっと両手を挙げて、マッコイは立ち上がった。まあ、実際ちょうどいいとは思うのだ、あのふわふわした親友に、こいつのクソデカヘビー級の愛情は。そう思って隣を見ると、スポックはとてつもなく難しい顔をして、思考の海に沈んでいる。マッコイは軽く肩をすくめながら、彼の腕をぽんと叩いた。
「ま、1回好きにしてみろ。たぶんそれで分かるから」
「好きに、ですか」
「あいつだって好き勝手やってんだ、こっちも遠慮せず、言いたいことを言ってやれ。だいたい、これはジムが甘ったれなのが悪い」
「
……
あなたが、ジムの肩を持たないなんて」
「なんだ、その言い草は。俺はいつだって公明正大だぞ。ジムが悪いときはジムが悪い」
「そうだったでしょうか
……
」
「うるせえ。よし、分かったな? 分かったなら帰れ、俺は寝る」
「いえ、肝心のジムの居場所を」
「寝かせろよ! もう! そのうち帰ってくるだろ」
「何のためにここへ来たと」
「わーかった! 分かったから、明日だ。全部明日。連絡するから! 寝る!」
言いたいことは全部言い終わった、と思った途端にひどい疲労に襲われて、マッコイは閉じた目を片手でこする。どうのこうのと言いすがってくるスポックは捨て置いて、ぶんぶんと手を振りながら、一目散に寝室へ突っ込んだ。しばらく、スポックはリビングで逡巡しているようだったが、そのうちガチャンと玄関の閉じる音がして、帰ったらしいことを察する。突っ伏した枕に沈み込んで、マッコイはほっと顔の力を抜いた。
だめになったらそのときは、また力になってやればいい。
――
ま、結婚という形で責任を取るのはお断りだが。そんなことを考えながら、ゆるやかに眠りへと落ち込んだ。
翌朝、マッコイはごりごりの寝不足を引きずってアラームに叩き起こされた。小さく悪態をつきながら端末を手繰り寄せると、珍しい相手から1件、メッセージが入っている。
ウフーラからのその着信は、何故か位置情報だけだった。
それであらゆることを悟って、朝から頭痛に襲われる。あいつ、とんでもないところに逃げ込んだな。そりゃスポックは近寄りがたいわ。
まあ、話したかったこともあるんだろう、というかきっとありすぎるくらいだ、と考えながら、マッコイはしぱしぱする目をぎゅっぎゅと開閉した。そうしてから、迎えを寄こす、とだけ返信する。
朝の支度を終えて、時間ギリギリに家を飛び出すと、移動中にスポックへ位置情報を転送した。彼はこの場所が誰の家なのかを知っているはずだから、きっと目を剥いているに違いない。ざまあみろ、とほくそ笑みつつ、今日も快活な、くそ忙しいメディカルセンターに到着する。
仕事がひと段落したタイミングで、コーヒーブレイクをしながら、マッコイはふと、彼らのスケジュールを確認してみた。
カークはもともと休みで、ウフーラからは欠勤申請が出ている。彼女も突然の襲撃にあったクチだろう、この様子だと、夜更けを越えてもぐちぐちと言い募るカークの世迷言を聞いてあげていたのかもしれない。ご苦労なことだ。
そしてスポックはというと、早退申請を上げていた。
「あいつ帰りやがった
……
!」
まさかの行動に思わず膝を打って、コーヒーをこぼしかけた。ものをこぼすのはカークだけで充分である、あまり驚かせないでほしい。肩を怒らせてカップのバランスを保ってから、マッコイは改めて画面を眺め、心底あきれた溜息をこぼした。
その音がずいぶんと優しいものになってしまったことについては、積極的に気づかないふりをした。
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