ツキシキ
2023-07-02 00:29:32
72006文字
Public
 

★刀剣乱舞・刀剣乱夢まとめ

7作品9振り。愛憎夢(刀さに)、死ネタ、ホラーなど。


→前ページから続く
____


 その後、へし切長谷部は無事手入れ部屋に入ることができた。しかし、受けたのは丁寧に身を休めるような扱いではなく、手伝いを挟んで瞬時に終わらせられるような慌しい作業だった。
 戦場で傷を負ったわけではなく、体の不調に近いそれまでも、手入れ部屋に入れば一度で治る。燭台切光忠はそのことを知っていたが、それでも念のため、手入れが終わるまで部屋の前で待っているつもりでいた。だから、審神者が貴重なはずの手伝い札をぽんと使ってしまったのには大層驚いた。
 半ば叩き出されるようにして手入れ部屋から出てきたへし切長谷部は、黙って立っている審神者を見るなり、その場にひれ伏した。そして開口一番、こう言った。

「主命を果たせず…………どう、詫びれば、いいのか」

 燭台切光忠が見たところ、血の気も戻っているし先ほどの生気の無さは感じない。それでも、審神者と向き合うへし切長谷部は顔面蒼白と言ってよいほど絶望しているらしかった。

…………

 審神者は口を開かない。気まずい沈黙が場を満たす。燭台切光忠は自分がここに居ることを場違いに感じていたが、逃げ出すように中座するのも弱気に思えて嫌だった。だから仕方なく口を開いた。

「なんとなく想像はできるけど……主命って言うのは、雪の中に放っておかれることをだったのかな」

 審神者は燭台切光忠には目を向けず、へし切長谷部を見下したままで言い捨てた。

「そうよ。あそこで一歩も動かずに一日耐えなさいと言ったの」
「っ、そんなのは!」

 燭台切光忠は声を荒げかけて、いったん言葉を切る。平静を欠いても意味は無い。落ち着くために深呼吸を一度挟む。

「そんなのは、いくらなんでも無理だろう? きみならそのくらいわかるよね」
「でも、」
「でももだってもないよ。流石にこれじゃ長谷部くんがかわいそうだ」

 と。燭台切光忠が続けようとした説教は、予想外の方から止められた。

「おい」

 深く、深く、審神者に対するそれとはまったく異なる声質で、燭台切光忠に呼びかけたのはへし切長谷部だった。明らかに怒気を孕んだ声。
 まず燭台切光忠が考えたのは、へし切長谷部の矜持を傷つけてしまったかもしれないということだった。あれだけ気を遣っていたはずなのに、可哀そうだなんていう言葉を使ってしまっていた。想像以上に自分が動揺していると悟りながら、呼びかけられた方へ顔を向ける。
 ぎらぎらと殺気に満ちた瞳と目があった。

「ごめん長谷部くん、きみを庇うとかじゃないんだけど、その」
「違う」

 言いかけた言葉は、酷く冷徹な一言で切って捨てられた。

「違うって、何が……
「貴様は誰に対して物を言っている?」
「え」
「主の判断に間違いなどあるわけがないだろう。主がやれと言ったのなら俺はできなければならないし、この不始末だって、元はと言えばお前が邪魔をしたから起きたことだ」
…………

 言われた燭台切光忠は、二の句も告げられず、呆然とした。鈍器で頭を殴りつけられたような心地がだった。同時に、背筋を冷たいものがなぞっていくのも感じていた。
 理解できない怪物は審神者だけではなかった。身近だったはずの、憐れな被害者だったはずの彼もまた。
 正気か、と、尋ねようと声を出す前に、審神者が凛と反論した。

「へし切。責任転嫁はやめなさい。みっともない」
……ですが」
「例え光忠が善意からお前の邪魔をしたとして、払いのければ良かっただけの話でしょう」
…………何分至らず、大変申し訳ありません」

 無茶と不可能が淡々と流されていく会話を、燭台切光忠はもはや眺めることしかできなかった。とても、とてつもなく遅ればせながら、彼はやっと学んだのだ。
 へし切長谷部が本丸に来た時点で、修復などできないほどに正気の道は逸れてしまったと。この二人はその時からすでに全く別の、理解不能な怪物に成り果ててしまっていたのだ。間に割って入ろうとする自分こそが、彼らにとっては異物に過ぎなかった。
 彼を一人取り残して、会話は続く。

「お前は何でもこなすのではなかったの」
「勿論です、そのつもりで俺は、」
「嘘つき。できなかったじゃない」
「──っ! 恐れながら! 今度こそは必ずや果たしてみせます! 例えどのようなことでも主命とあれば必ず」
「もういい」

 審神者は、言い募ろうとするへし切長谷部を黙らせた。それだけではない。以前に言った嫌いという一言よりもさらに鋭く残酷な言葉を選んだ。

「へし切。お前はもういらないわ」

 死刑宣告と等しかった。
 へし切長谷部は、ひゅっ、と息を呑んだ。審神者を穴が開くほど見つめ、先の言葉が本当かと、続く言葉で気紛れに撤回されやしないかと、一縷の望みで時を待つ。
 しかし、審神者の口は閉ざされる。無情にも時が過ぎていく。

「返事は?」

 焦れたように審神者が言った。それで全てが確定してしまった。
 へし切長谷部は唇をわななかせる。主の判断は絶対だと、いましがた言ったばかりだ。ならば、この言葉も当然に、疑う余地すら無く正しい。ゆえに答えを躊躇ってはいけない。
 頭の中では彼なりの理論が一切の破綻なくして繋がっているのに、それでもなかなか声が出なかった。
 けれども、やはり彼らしく、審神者を待たせてはならないという一心から、すぅ、と息を吸った。

………………………………………………………………………………は、い」

 きっぱりと言い切るはずの返事は、細く長い吐息の後、弱々しく響いた。誰が聞いても、そこに未練や否定や恐怖がたっぷりと込められているであろうことがよくわかる口調だった。
 それでも審神者はそれら一切合財を無視して、へし切長谷部の方を見ることすら止めてしまう。そして、唯の傍観者に成り下がってしまった燭台切光忠に呼びかける。

「光忠、今日済ませておかないといけないことって何か残ってる?」

 ぼうっとしていた燭台切光忠は一拍遅れて反応する。急に普段の日常らしい事務話に戻ったことに戸惑いはしたものの、頭はきちんと今日の残った任務を洗い出すべく働いた。
 出陣任務も終えたし遠征班も既に送りだしている。あとは内番組を入れ替えるくらいだった。そう答えると、審神者は少し考え込むように宙を見やってから口を開く。

「それ、貴方がやっておいて。次の内番係は決めてあるから」
「え、ええと、交代の言付けくらいならできるけど、成果報告は……
「明日の朝聞くわ」

 有無を言わさぬ語調で審神者は言った。燭台切光忠は近侍に任命されて長く経つが、業務をこんな風に丸投げされたことは一度もなかったので大層驚いた。彼女は例えどんなワガママを言おうと、肝心な審神者としての指揮や任は決して投げ出さない人だったから、なおさらその驚きは大きいものだった。
 燭台切光忠は理由を尋ねようとして、けれどもそれが無駄だということをつい先ほど痛いくらいに実感したところだったので、ぐっと口を噤んだ。

「ああ、それと。それが終わったらへし切と近侍を交代してね」
「え」

 声を漏らしたのは燭台切光忠の方だったか、へし切長谷部の方だったか。二人ともが口をぽかんと開けて呆けてしまっていた。

「それは、良いけど」

 燭台切光忠は歯切れ悪く承諾する。近侍に固執していたわけでもなく、むしろ、審神者の真意が闇に隠れてしまった今では、傍を離れられて有難い申し出とも思われる。とはいっても、やはり確認しないわけにはいかず、

「長谷部くんのこと、いらないって言ったのは、嘘だってこと?」

 呆然とした気持ちで問えば、

「嘘であんなこと言う訳ないじゃない。いらないわ」

 と絶対零度の態度で答えられた。燭台切光忠はついへし切長谷部に視線を向けてしまう。すると能面のような顔がそこにあって、ぞっとしてすぐさま視線をそらした。

「へし切」

 審神者はしかし、感情が抜け落ちたようなへし切長谷部の様子には構うことなく、例のように冷たくその名を呼んだ。呼ばれた彼は対照的に、平素の機敏さからはとても見ることができないようなのろのろとした動きで、視線を審神者と合わせた。

「聞いていた? 私は夕餉と湯浴みを済ませたら寝るわ。準備しておいてね」
…………主命と、あら、ば」

 へし切長谷部は幽鬼か何かのように呟いた。
 審神者は、話は終わったとばかりにくるりとかかとを回して、自室の方へ戻っていく。
 燭台切光忠は、へし切長谷部に何かを言おうとしたが言葉が見つからず、結局控えめに退室することだけを告げて、その場を逃げるように去った。



◇◇◇



 燭台切光忠が外に出てみれば、雪はすっかり止んでいた。しかも、落ちかけた日がうっすらと本丸を包み込んでいることに気づく。色々なことに振り回されて、彼の知らない間に随分と時間が経ってしまっていたようだ。
 何色とも断じにくい暖色の空は、少しすればすぐさま真っ暗に塗りつぶされてしまうのだろう。そして、暮れた日が昇り朝になればひょっとすると、へし切長谷部とはもう顔を合わせられなくなるかもしれない。
 以前までの燭台切光忠なら、躊躇うなり引き留めるなりしただろうが、今はただ戸惑いだけがあった。

(僕のせい、なのかな)

 自問する。あの時、雪に埋もれたへし切長谷部を助けに行かなければ良かったのだろうか。そうすれば、へし切長谷部と審神者との、あの冷え切って痛々しい関係は未だ続いていたのだろうか。
 そんなわけがない。脳内で断言する。あんな無茶がいつまでも続くわけがない。いずれ、おそらくは今回のように審神者が見捨てる形で終わっていたはずだ。燭台切光忠が何もしなくても、あの二人にだけ共通するらしい常識でもって。

(余計なことをしちゃったかな)

 そうかもしれない。こればかりは燭台切光忠一人だと断言できない疑問だった。引き金を引いたのが誰であれ、少なくともそのきっかけを作ったのは自分だ。
 美しいはずの夕焼けが、燭台切光忠を無性にざわつかせる。何かまずい、という嫌な予感が霧のように漂っている。
 けれども、また余計な徒労を背負い込むのは耐えきれない、と。燭台切光忠は思考を打ち切って、諦めた。