ツキシキ
2023-07-02 00:29:32
72006文字
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★刀剣乱舞・刀剣乱夢まとめ

7作品9振り。愛憎夢(刀さに)、死ネタ、ホラーなど。


刀剣男士が審神者を殺そうとする話 加州清光の場合


加州清光メイン。加州はメンタルが、審神者は身体が病んでる。
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 安定が言うには、沖田は死んだらしい。らしいというのは俺がそれをこの目で見たわけではないからで、ひょっとすると主が死ぬわけないだなんて考えがまだ残っているからかもしれない。
 さんざ人を斬ってきた俺だけど、なんというか、逆にだからこそ? 死ぬっていうのがどんなもんか、よくわかっていないところがある。相手が話せなくなるのも動かなくなるのもそりゃひどく寂しいだろうけど、やっぱり俺の中では“だろう”のまんまで、実として感じられたことはない。────俺が先に使い物にならなくなったせいかもしれない。
 なので、俺の今の主がぜぃぜぃとヤバイ呼吸をしていても、俺はやっぱり死ぬん“だろう”としか思えないのだった。



◇◇◇



 片手で盆を支えて、空いた方でふすまを開く。同時に、何か妙なものが内から臭い出てくる気がして背筋が凍る。鼻を塞ごうとしたけれど、さすがにそれはまずいだろうと、頭の中の俺が咎める。床の間はうす暗い。窓を開けないせいか空気もどことなく濁っているように思える。
 主は近頃ずっと床に伏せっている。白い寝間着がくたびれてしまっていて、それを見る度俺はなんだかすごく嫌な感じがする。心配や不安よりも、うん、嫌な感じと言うのが一番しっくりくる。
 そんな嫌な感じが俺の声色にも影響しないように気を付けて、無理やり明るい調子の声を出す。

「主ー、起きてる? 水持って来たけど、飲めそう?」
…………

 主は声を出したみたいだけど、何と言ったのかまではわからなかった。あの張りのある声はもう聞けないのかもしれない。今となっては咳に紛れて擦れた声がかすかにするだけだ。
 灯りをつけると部屋がぼんやり明るくなる。もっと煌々と照らしてくれれば、隅の暗がりも布団の隙間も、何か潜んでいそうな嫌な気配も、全部消してくれるだろうに。



 主が身を起こそうとしたので、薬を載せた盆を脇にどけて主を支えた。背に手を当てると、骨のごつごつした感触と生温かい体温が伝わってくる。寝汗をかいていたのか少し湿っていた。
 やっぱりここでも俺は嫌な感じがしてしまう。それを誤魔化すように、水差しを主の口元へ運ぶ。定期的に飲み水は用意しているけど、主の唇は渇き切っていて、ところどころひび割れていた。飲み口が下唇のささくれに触れないよう気を配りながら傾ける。

「、ぐっ、」
「っと、ごめん。急だった?」

 なるべくゆっくり飲ませたつもりだったのに。主が噎せて零した水が、布団と身の着に染みをつくる。慌てて手拭いですぐさま拭いたけど、濡れた跡は残ったままだ。その丸い染みがいやに気になって、でも後回しにすべきことだとわかってはいたから、俺はもう一回水差しを手に取った。再び傾けて、さっきより慎重に、一口ごとに休みを入れて飲ませる。今度はきちんと飲んでもらえた。起こしたついでに、襟周りの汗も拭き取ろうと手を伸ばす。
 強く擦るとそれだけで皮が剥げてしまうんじゃないかと。そんなあり得ないことを考えてしまうくらいに主は弱ってしまった。軽快に駆け、からからと笑っていた頃が懐かしい。

「はい、終ー了。お疲れさま」

 そうっと身体を横たえさせれば、疲れたのか、主は気を失うように眠ってしまった。吐息は荒く、眉根を寄せたまま眠るその姿はとてもかわいそうだと思う。可哀そうだし、今まで俺のこと良くしてくれたし、俺もなんとかお世話して尽くしてあげないとなあと思う。
 ……思っているはずなのに、嫌な感じは消えずに俺の腹の中にどろどろ溜まっている。
 主の襟元に髪の毛が張り付いていたりとか。枕元や布団に噎せた水や咳き込んだ時の唾が散っていたりとか。長いこと着替えができなくて着たきり雀の寝間着とか。げっそりこけた頬とか、覇気のない眼差しとか、生気のない肌の色とか、ぜぃぜぃ擦れた声とか、なんだかそういう色々なものが、見ているともうたまらなくなる。嫌な感じばかりがこの部屋に充満していて、居心地が悪い。

「ねえ主、」

 呼びかけても返事はない。だから俺は続ける。

「なんか俺、……………………窒息、しそうで」

 主は眠っているから俺の声は届かない。もちろんだ、そうじゃなきゃこんなこと言わない。だって周りにいる俺が弱気なこと言ったら主はもっと弱ってしまうはずだから。弱ったら死んでしまうだろうから。



 死ぬって何なんだろうか。
 ぽっと浮かんだ疑問は、馬鹿で幼稚なガキが親にするようなもんのはずで、いつもなら何を今さらって嗤えるはずのものだった。けど、今、こうやってぐったりと伏している主を見ていると考えてしまう。死ぬって何だろうか。捨てられるのと違うんだろうか。
 わかってるよ、違うのは。誰にともなく答える。なのにおんなじ疑問が頭の中でぐるぐると行き場をなくして漂っている。

「主は苦しくない? 苦しいよね。窒息、しそうだよね」

 主は眠っている。でも、答えるように荒い吐息が、ぜぃ、と一度擦れて漏れた。
 主はもう明朗な声ではいと答えることすらできないんだ。そう思ったら、たまらなくて、なんだか全てが嫌な感じで、何もかもが。

「今までありがと、主」

 ぶぢゅ、と嫌な音がした。



 抜き身の刀が俺の手にあった。さっき主が噎せてできた染みがもうどこにあったのかわからない。ごぶ、と主が咳をした。いや、あれは咳じゃない。吐いたのは血だ。主の瞳がふらふら辺りを見回してから俺を見た。そこまで考えてやっとこさ何かとんでもないことをやらかしてしまったと気づく。
 手が痛い。ようやく俺は柄から手を離した。あまりに強く握りしめていたせいで、柄の紋様が手のひらにくっきり浮かび出ていた。しかも力を入れ過ぎた名残か、未だに手が震えている。

 もう一度主の方に目を向ける。一歩、近づいて、枕元にしゃがみこんだ。主の顔を覗き込んで見る。瞳は濁っていて、夕餉の焼き魚みたいだなんて、場に合わないことを考える。ならこれは生ごみか? ――なんだかそれはズレている気がする。でも何がどうとは言葉にできない。
 この顔だけ見れば、“これ”が主だったと、誰も気づかないに違いない。だって見るからに生きてない。唇だけがてらてらと血で潤っている。揚げ物を食んだ後の脂ぎった醜さが思い浮かぶ。なんで食べ物ばかり連想するんだろう。考えて、食はすなわち生きることだからだと思いつく。じゃあそれは果たしてこんな風に、嫌悪に塗れたものなんだろうか。
 それでも、やっぱり“これ”は主だったから、俺は親愛を込めて、唇に顔を近づけた。その拍子に俺の髪が垂れて、主の吐いた血に触れかけた。慌てて手で押さえて、ほぅと一息つく。顔を近づければ血の臭いも濃くなる。でも堪えて、唇と唇を、合わせた。



 あんなにひび割れてぼろぼろだったはずなのに、意外と唇は柔らかくて、舌で探ったらささくれた皮に触れたから、つい歯を立てて引き千切った。ささくれの、尖った感触が嫌だった。
 せっかくの親愛の接吻は、鉄錆みたいな味がした。嬉しいとか悲しいとかじゃなかった。このまま息を止めて俺も死ぬとしたら、なんて考えたけど、ぞっとして身を離した。だって、だって。

「主。…………死ぬって汚いね」

 寂しいより先に口をついて出た。どうしようもなく嫌な感じだった。



<終>