ツキシキ
2023-07-02 00:29:32
72006文字
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★刀剣乱舞・刀剣乱夢まとめ

7作品9振り。愛憎夢(刀さに)、死ネタ、ホラーなど。


金魚藻屑(一期一振)


一期一振メイン。ホラー?な因果応報話。不思議なことが起こるけど理由は明かされない。一期一振←女審神者描写あり。
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 金魚とは皆、橙色をしているものだと思っていた。
 出目金と言われれば真っ黒のそれが出てくるし、紅白の金魚がいることも知識としては知っている。ただ、金魚と言われてぱっと浮かぶのは、縁日の夜店で見かける橙色だ。といっても、夜店に行ってはしゃいだ思い出はずいぶんと昔のことなのだけれど。今はすっかり私も大人、小さな頃の無邪気な自分など思い出せるはずもない。
 私と一期一振はふたりでぼんやりと水槽を眺めていた。水槽は女の両腕でも抱えられる程度の大きさで、とても豪邸とは言えないが、中の金魚は悠々と泳いでいる。たった数匹しかいないのに、どれもが違う色をしていた。

「皆、色が違うのね」

 そんな当たり前のことを呟く私に、一期一振は柔らかな笑顔を向けてくれた。どんな馬鹿なことを言っても微笑んでくれる彼は、未だ慣れぬ本丸の中で一等信頼できる。彼は決して私を嗤わず、決して私を裏切らない。だから私はどこまでも気を抜いて、気楽に甘えることができる。一期一振のほうも、むしろ童女のような言動を好んでくれるようで、私が無知を晒す度、にこやかに知識を与えてくれた。粟田口の弟達を束ねる兄上役としての振る舞いが芯まで染み付いてしまっているのかもしれない。となれば打算塗れの私は理想の妹分から程遠いのだろう。
 そう気づいていながら、私は言葉を続ける。

「金魚は皆橙色をしているものだと思っていたわ」

 世間知らずの嘯きだ。私の想いを知らぬまま、一期一振は純粋な白手袋に包まれた指先で水槽に触れた。硝子越しにそっと一匹を指す。全身が橙で、尾びれだけがうっすらと白い。

「主がおっしゃるのは素赤でしょうな。ほら、丁度これのような色でしょう」
「そう。それしか見たこと無かったの」

 何も知らない子どものふりは意外と見破られないままで、一期一振は頷く。

「ふむ。私も目で見るのは初です。刀の身であったのだから、当然ではありますが」
「なのに種類を知っているの? 物知りなのね。いえ、勉強家と言ったほうが良いのかしら」
「はは、それほどでも。ただ人の身を取らせて頂いた以上は、色々と見聞を深めねばと思ったまでです」
「それを勉強家と言うのだと思うけれど

 一期一振は柔和に笑って、褒め言葉を受け流した。正面から直球に褒めても、一期一振はあまり真剣に受け取ってはくれない。褒められ慣れていないのか、はたまた謙遜が過ぎるのかわからないが、何にせよ賛辞を受け取ってもらえないのは少しばかり寂しいものだ。
 そんな気持ちが表に出ないよう、私は話を金魚に戻した。

「あの、紅白にも特別な名前があるの?」
「あれは更紗でしょうな。こちらは白勝ち。そしてその、右方に回っているのが赤勝ちと申します」
「へぇ……

 殊勝に話を聞く、ふりをする。よどみない説明の、その内容よりも、私は一期一振の声と指先にばかり集中していた。金魚の尾びれの滑らかな動きに合わせて、一期一振の指先もつぅと水槽を撫でていく。表面から少しだけ浮いたその指は、手袋と水槽を擦っても嫌な音が出ないようにというさりげない気遣いからなるものだ。どこまでも隙が無く、上品な仕草に私はつい見惚れてしまう。

「主がお気に召されたのはやはり素赤でしょうか?」

 一期一振は私の視線が自身に向けられたものとは知らず、純然と問うてくる。私はそれに頷いて、再び嘘を増やした。今さら数えることはない。自分でも思い出せないくらいに私は嘘を重ねて、一期一振が期待し、それでいて良きものとは言い難い自分を作り上げていた。
 彼の指先がふいに水槽から離れ、私の瞳はそれを追う。金魚達から目を離す。金魚に気をやっているわけではないと明かされてしまいそうな動きだが、目の前のものが動いたのだからそちらに目をやるのはそう不自然ではないだろう。そうやって都合よく結論付けて、私は彼の指先がどこへ向かうのかと見届けようとする。

 ────ぼちゃん。

 ふと、立てられた水音に。

 私は警告に似た何かを感じて、慌てて視線を水槽に戻した。


 よくよく見れば、いつの間にか水槽の中に金魚が一匹増えている。これまた素赤である。



 いったいどこから。一期一振に尋ねるよう視線を向ければ、いつの間にか彼の指先は、薄く形の良い唇に辿りついていた。一本だけ、立てられた人差し指。秘密と静寂を約束する仕草だった。
 見惚れる。と、思った最中にその指は再び水槽のほうへ向けられる。

「これも、素赤」

 まるで金魚の身体を撫でるように指が動く。ゆるりとひれを動かして逃げる金魚が恨めしい。もし私があれならば、決して逃げることなどせずに、硝子越しの愛撫を受け入れるだろうに。


 ────ぼちゃん。


 妄想に飛びかけていた私の意識は、水音で呼び覚まされる。また、金魚が増えている。鮮やかな赤色をして、中心がふっくらと膨れている。横から見るその形はひし形に近い。

「こちらは猩々と申します」

 一期一振の指と唇はまた滑らかに動いたが、流石の私も、ここで疑問なく流れに身を任せることはできそうになかった。

「ねぇ、どうして金魚が増えているの? どこから? いつの間に?」
「おや、不思議なことをおっしゃる。橙の金魚しか知らぬと仰せになったのは主でしょうに」
「え」

 私は一瞬言葉を失う。確かにそう言ったけれど。それがどう繋がって、金魚が増えるというのか。何から訊けばいいものか戸惑う私を優しく放って、一期一振はひとりごちる。

「さて、次は何にしますかな。出目金がわかりやすいか」
「待って、」

 もはや指先などに注目している間はない。一期一振の不穏な言葉を止めようと、私は彼のほうを向く。


 ────ぼちゃん。


 向いてしまったその隙に。目玉の飛び出た金魚が一匹。

…………お気に召しませんでしたかな」

 その声色が、ことさらに。今まで聞いたこと無いほどの低さで響く。



「違うの、そうではないの、そうではなくて」

 一度、頭を整理させて欲しい。この奇妙な状況に、気づけば私の心臓は早鐘を打っていた。もはや幼女の真似はできそうにない。そうして知らぬ存ぜぬを装って、視線を外したその隙に、きっと金魚は増えるだろう。
 けれどそれだけならまだ怖くない。理解などできはしないが怖くはない。私が何より恐ろしいのは、だんだんと身体が冷えてくるのは、一期一振が。何よりも信頼できるはずの相手の、言葉にならぬ見えない場所が、じわじわと姿を変えているからだ。水音がするごとに、私の知らない冷たさに、彼が満ちていく気がするからだ。一瞬でも目を離せば最後、金魚が増えてしまうように、一期一振の知らない何かが増えていく気がするからだ。

「ではもっと増やしましょう」

 その無慈悲な言葉に、ひゅ、と息をのんだ。

「待って!」


 ────ぼちゃん。
 ────ぼちゃん。
 ────ぼちゃん。


 制止などは意味がない。規則的な水音は繰り返す速さを増し、跳ねる水しぶきは大きくなり、断続的だった水音は、ついに大きく連なる一つの音になる。それを感じていながら、私は一期一振から視線を外せないでいる。目を離すのは恐ろしく、満ちた水槽を見るのも恐ろしい。
 それなのに、どういうわけか。
 一期一振の指先が、つい、と動く。私の眼はそれに操られるようにして、頭ごと、水槽に向き直って、しまう。


 ぴちぴちぴちぴちぴちぴちぴちぴち。


 溢れている。
 赤が、橙が、黒が、白が、数多の色が溢れている。
 行き場を失くした尾びれが互いに絡み、身体を叩き、水槽の壁に挟まれ潰れている。だというのに、見えない蓋でもあるかのように、金魚自身は一匹も零れていない。ただ、増えた金魚分だけ零れた水が畳に溜まっている。

「これは、何……

 私は当たり前のことを問う。一期一振は優しく答える。

「金魚です。あちらが素赤、こちらが更紗」
「そうでは、なくて。今のこの状況は、何」
…………おかしなことをおっしゃる」

 一期一振は笑い声をあげる。快活で爽やかな、常日頃のそれである。

「今。主は私とふたりきりで、美しい金魚達を眺めています。これでは御不満か?」
「違う、それだけではないでしょう」

 私は言いながら、脳裏に浮かぶ疑問がどんどん増えていくのを感じる。



 そもそもどうして私は一期一振と金魚を眺めることになったのだった? 水槽はどこから持ってきた? 金魚はどこからやってきた?

 私はいつからこうしているの、他の者はどこで何をしているの、何故、この異常な事態を何故誰も不思議と言わないの。

 何故、私達はふたりでいるの。



「ご覧なされよ」

 一期一振は未だ私の眼を操って、一匹の金魚に目を向けさせる。押し合いへしあいして水面に上がってきたそれは、やはり素赤である。しかしそれが初めに目をつけた金魚なのか、私にはもう区別がつかない。

「こちらは、」

 素赤、と。来るはずだったのに。

「秋田藤四郎」

 期待した言葉は与えられなかった。



…………え?」

 また、思考が止まる。また、疑問が増える。金魚はひたすら満ちている。
 しなやかな指がすぐ隣の金魚を指差す。それは詰まりに詰まった他の金魚と水槽の壁に挟まれ、白い横腹を晒している。

「こちらは平野藤四郎」

 続いて指が下がり、水槽の底に打ちつけられている真黒な金魚を指差す。

「こちらが薬研藤四郎」

 ここまでくれば、理解が及ばなくとも察しはついた。

「こちらが────」
「一期一振!!!」

 私は叫び、彼の言葉をかき消した。




 淀みなく動いていた彼の指先が、唇が、跳ねる金魚が、零れる水のしずくが。全てがぴたりと時を失う。あまねく全てが静止したような錯覚を抱く。

「ねえ、何のつもりなの」
…………何、とは?」

 小首を傾げ、困ったように苦笑する、嫌味一つないその姿に。
 ぷつり、私の中で保っていた均衡が、途切れた。

「全て! 今、この場にいる全てよ! 何もかもがわからない!」
「ですから、こうして申し上げている。金魚達のことを、ひいては、我が弟達のことを」
「わからない、わからないわ!!」

 私は頭を振って否定する。金魚と藤四郎達がどう繋がると言うのか。
 こんな、狭すぎる場所に詰め込まれ、泳ぐどころか呼吸もままならず、息絶えかけているものたち。水槽を壊す力も、跳ねて自由を手にする力もなく、満ちに満ちてぴちぴちと互いを叩くしかない、たかだが魚だ。それらと、あの愛嬌のある短刀達は到底結びつかない。
 ひたすら拒絶する私を見て、一期一振は、笑った。
 ふっ、と。唇を歪め、眉を寄せる。私の初めて見る表情だった。



「今度ばかりは、“本当に”お分かりで無いご様子ですな」



 硬直する。硬直する私を、一期一振の瞳が射抜く。甘やかだったはずのその瞳は今、この世のどんな凶器より鋭く私を突き刺している。

「この水槽に、金魚は何匹いるとお思いか?」

 もはや私は唇すら自由に動かせなくなっている。目で金魚を数えることだって、一期一振の問いかけから逃げることだって、何一つ。

「では、質問を変えましょう。私の弟達は、はたして幾口か?」

 それなら分かる、と。喜色に転じかけた私の瞳は、再び一期一振に咎められた。

「この、本丸に。呼び出されぬまま放置され、狭い狭い蔵で捨て置かれている我が弟達は、どうしていると?」

 それでようやく、私は思い出す。
 蔵と、野ざらしにされた刀達。



 刀を集めに集めれば自然と偏りも出てくる。中でも藤四郎の銘は多く、惰性で顕現させても居場所に困る。だから私は軽率に、専用の蔵へ刀のままで放置することにしてしまっていた。
 けれども、だからといって。私の中で都合の良い反論が浮かぶ。だって仕方がないことだもの。少なくとも一本ずつは顕現させているのだもの。つまり十分私はやっていて、彼らの扱いは十分、満ちていて。

…………そろそろ宜しいか?」

 あまりに鋭利で冷たいその声音に、私はさっと血の気を失う。彼に容赦などあるはずもない。私は、無知なふりをしていた自分こそが何も知らなかったのだと思い知らされる。私にとっての十分は、彼らにとって、とても及ばぬものだったのだと。

「ご、」

 強張る唇を、自由にならぬ身体を無理やりに動かして、私は声をあげた。

「ごめん、なさい」

 駆け引きなしの幼稚な様だった。
 しかし、もう見知らぬものとなってしまった一期一振が私を甘く許すはずもない。愚かな私に、柔らかく、それでいて薄皮の裏に冷徹を秘めた笑顔が向けられる。

「謝る相手をお間違えのようですな」
…………あ」

 一期一振の指先が、また、水槽のほうへと向けられる。白と、白と、白と白。満ちていた金魚は、知らぬ間に、皆が真っ白になっていた。どれも形は違えど蒼白で、まるで死に化粧のようだ。記憶の中ではひらひらと尾びれを揺らし色づく愛らしいそれらも、こうなってしまっては、ただ死んだ眼を向けてくる得体の知れぬ生き物である。
 一期一振はそれに驚いた様子もなく、硝子越しに、一匹一匹を愛おしむ優しい手つきで触れていく。そしてしばしの時間をかけてひととおり愛で終わると、その慈愛の眼差しを厳しくして、私のほうへと向けてきた。

「さあ」

 その仕草と眼光が全てを物語っていた。私はふらりとその場に手をつき、頭を垂れる。

「ごめんなさい……!」

 金魚は言葉を返さない。ただぴちぴちと鳴っている。
 これで許されるのだろうか、と、私は改めて顔をあげる。無数の金魚が変わらずそこにいる。光のない瞳は何も与えてくれず、ひたすら私を苛むように見つめ続けている。これで駄目なら、私は、どうすればいいのだろう。
 途方に暮れる私の腕に、温かなものが触れた。

「失礼」

 震える私の手へ、一期一振が自分の手を重ねる。震えが無理やり抑えられる。温かさが私に少しの安らぎを与えてくれる。まるで、許しのように。
 ようやくこの異常な世界から解放されるのか。
 私は一期一振の顔を見る。いつもの笑顔がそこにある。裏切りも恨みも無い、まっすぐな幸福の笑みが向けられている。
 一期一振はそんな微笑みと共に優雅な所作で、私の手を、導いた。




 ────ぼちゃん。




「っ、ひ!」

 急に温度は冷め、水が零れ、これ以上ないほど満ちていたはず水槽の中は、さらにぎゅうと詰められる。手のひらが、守るものなど何もない素の肌が、敵意の渦に飲み込まれる。
 ぴちぴちぴちぴちぴちぴちぴち。
 蠢く尾びれが、開閉する小さな口が、ざらりとした鱗の感触が。そんなささやかなものに痛みなど感じるはずがないのに、私の手から苦痛が鮮烈に、どの金魚よりもはっきりとした色で伝わってくる。思わず引き抜きかけた腕を、一期一振の大きな手が掴む。手首の脈が伝わりそうなほど強く握り込まれたまま、私の手はより奥へ、水槽の底へと飲み込まれる。金魚達がいっそう激しく尾を捻り、唇をはくはくと動かす。その気味悪さといったら! いっそ好きに斬り捨てられて辱められるほうがましだ!

「た、たすけ、助けて、」

 滑稽な震え声が漏れる。無意味とわかっていようとも、そうせずにはいられない。どこまでも、堪えがたく、どこまでも、不気味である。
 私は、唯一、この場で頼るには冷たすぎるものの名を呼んだ。
 呼ばれた彼はまた、笑う。

「はてさて。その言葉を永劫無視し続けたのは、どこの誰だったか。」




 そして視界は真っ暗に。
 同時、辛うじて温かだったはずの美しき指先もまた、色を失ってしまった。私はようやっと、私の周りでごうごう轟く、あらゆる理不尽を自覚する。増えて満ちて限りなく、助けも救いもありはせず、答えも理解も遠くの昔。
 見ぬふりをして嘘を重ねていた私は、とうに。
 全てが終わっていたのだった。



<終>