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ツキシキ
2023-07-02 00:29:32
72006文字
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★刀剣乱舞・刀剣乱夢まとめ
7作品9振り。愛憎夢(刀さに)、死ネタ、ホラーなど。
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「拍手、拍手、いざ鬼退治。」(前田藤四郎と今剣)
ホラー?のような少し不思議系。前田藤四郎視点。
____________
拍手、拍手、拍手、拍手。
薄暗がり、等間隔の畳の目、きゃあきゃあ喜ぶ児戯の声。
前田藤四郎は身に合わぬ大人びた顔つきでそれらを眺めていた。
兄役の一期一振はいない。同じく兄役を振られがちな薬研藤四郎も、この時ばかりは楽しく遊びに興じている。子どもの姿を持つ短刀の集められたこの部屋で一人、前田藤四郎、彼だけがこの場では傍観者である。
傍観者。前田は心の中で繰り返す。保護者でも兄でもない、傍観者である。言いかえれば異物である。
遊びの輪に入らない子など総じて疎まれるものだが、前田は暗黙にしてこの場にいることを許されていた。むしろ、同じ藤四郎の名を持つ者達は皆、遊びに加わりたがらない前田のことを気にかけ声までかけてくれたほどだ。もっともその気持ちが前田には申し訳なく、さらに気まずさを増すに至ったのだが、内を開示せぬ前田の事情を他の者は知る由もない。
前田が遊びの輪に入れないのには訳がある。
ちょうど、その原因が声をあげる。
「おにさんこちら、てのなるほうへ」
舌足らず、しかしよく通る声質で、響かせたのは今剣だった。その声に反応し、目隠しをされた秋田藤四郎が、おぼつかない足取りで歩んでいく。闇に慣れた身であっても、戦と異なる遊び事となればやはり動きは鈍るものだ。
ふらりふらり。その歩き方はどこか幽鬼のそれに似ている。俳諧詩文から想像されるそれと、今の“鬼”役の動きはとてもよく似ていた。
「おにさんこちら、おにさんこちら、」
はやし立てる声の中にはもちろん、今剣以外の兄弟の声もある。だというのに、何故か今剣のその声だけが妙に前田の耳に残る。ゆらめく秋田の後姿は今剣の声ばかりを求めているような気さえしてくる。
秋田を鬼にしたのは今剣である────
などと、半ば理不尽な考えが頭をよぎる。前田はそれを振り払うように、一人で首を横に振る。
いつの間にか今剣は秋田の後ろに回っていて、くすくすと笑い声を忍ばせる。
その吐息が自分に向けられれば。
生温かさと耳を擽る声、脳髄の裏を撫でられるような悪寒。おかしな想像にまで考えが及び、身の毛がよだつ。
決して今剣が嫌いなのではない。
見事な刀であると内実ともに認めている。戦闘能力に関しても前田の及ぶところではなく、第一部隊にもしばしば呼ばれ勝鬨を上げてくる。本丸においても時折、藤四郎達の集まった部屋にやってきては、こうして遊びに興ずることもある。今剣の無邪気な笑い声は兄弟達を笑顔にさせ、また修練では今剣の好戦的な姿に切磋琢磨させられることもある。
決して、悪い性質を持つ刀ではない。
むしろ好ましいと称して然るべきである。
しかし、そこまで理解していてなお、前田は素直に今剣を受け入れることができずにいる。
今剣がいるから遊びには加わらない、と。
率直に言うならば前田の意思はこうであり、実際に今もそれと察せられるような態度すら取ってしまっている。ひどく宜しくないやり方、幼児ですらこんなあからさまな真似はしないだろう。
前田は自分のことをそれなりに冷静な部類であると思っていたが、今の状況を踏まえるととてもそうとは言えそうになかった。真に冷静を称し分別ある者として振る舞うつもりならば、裏の気持ちを隠して遊びに夢中となるフリくらいはできなければならない。
だというのに。
感情とは時に理性まで縛るものである。
「ざんねんでした! ぼくはこっちですよー」
響く声に目をやれば、秋田が柱に抱きついているところだった。今剣が後ろに回ったと気づかないまま直進し、ぶつかったものを捕まえようとしたらしい。周りにいる乱や厚は秋田を笑いながら重ねて手を打ち合わせている。馬鹿だなぁ、危ないよ、ほらこっち、いやあっち、そんな勝手な言葉が方々と。秋田は目隠しされた頭を振って、声の出どころを探ろうとする。それを阻むように、また皆が手を打ち始める。
拍手、拍手、拍手、拍手。
打音が耳に喧しい。
再び鬼が歩きだす。千鳥足より頼りない。
くすくすくすくすくすくすくす。
今剣の忍び笑いがことさら大きく響く。
音だけで歩む兄弟の、弱々しさを嘲るように、所詮鬼など敵ではないと、まるでひけらかすかのように。
馬鹿にされている────
浮かぶ不穏な考えを再び振り払う。何もそういった意地悪い遊びではない。実際、秋田だって照れくさそうにではあるが笑っているし、部屋には終始楽しそうな声が響いている。
結局のところこんな穿った見方をしてしまうのは、前田がこの輪に入れていないせいというそれだけのことだ。傍観者だから自分の気持ちを目の前の景色にぶつけてしまう。淀んだ自分の感情を他の者も抱いていやしないかと、間違った共感を求めてしまう。
どんどん汚らしくなっていく自分に堪え切れず、前田は立ち上がった。突然動きを見せた前田に、皆の注目が集まる。目隠しをされた秋田だけがふらりふらりと歩いている。
前田は意識して頬を和らげた。なるべく場の雰囲気を壊さぬよう、自分は単なる添え物であり、ここで立ち去ったとてさして大したことでないと見えるよう。
「少し、席を外させて頂きますね」
言うと、各々が気がかりな表情を見せてくる。優しい者ばかりだ、と前田は有難く思う。けれども一方で、濁った自身の心が嫌でも比べられて辛かった。だからこそ前田は場を辞するのだ。
身を翻せば、ばさり、不必要なほど大仰な音が立つ。自分が背に羽織ったそれも、自らに誇りを感じられない今はただの布切れである。自然と、どこに向かうでもないはずの足が速まった。
背中を向ければもう皆の表情は見えない。まだ拍手の音は戻らない。ひょっとすると前田のことを何か話しているのかもしれない。もう自分のことなど気にしないでほしい。気遣いが今は痛かった。あれだけ耳障りに聞こえたはずの拍手が今は恋しかった。
どうか、不機嫌や癇癪でこの場を去ったと思われませんように。
あれだけわかりやすい動きをしておいて何を、と、自覚していながら前田は願う。
敏い彼らはおそらく前田の不快に気づいているだろうが、それでも気づかないふりをしていて欲しかった。ほんの少しだけ風に当たりたくなったのだと後からでも言えば、兄弟達は納得してくれるだろう。少なくとも、触れられて嫌なところを探るような者達ではない。それだけが救いだった。
◇◇◇
ようやく得られた一人きりの時間で、また前田は意識を鬱々と沈ませていた。
半端に傍観者を気取って、結局堪え切れず立ち去ってしまった。これなら初めから、遊びが終わるまでどこか別の場所で暇を潰しているほうがはるかにましだっただろう。何より、楽しそうに笑う彼らの雰囲気を自らのせいで打ち壊してしまったのが、前田の一番の後悔だった。
平時であればこんなことはない。これほどまでに淀んだ感情が浮かび出るのは、総じて、
「どうか、したのですか?」
「うっ」
ワアと。
声を上げずに飲み込めたのは見事と、自画自賛しても許されるだろう。あろうことか悩みの種が御自ら、目前に現れたのだ。
前田を追いかけてきた体で後ろから声をかけられたのならまだ耐性もあったろうが、回りこまれて正面、しかもその身軽な体躯を弄して天井からぶら下がっているのだから堪えようもない。
「どうかしたのですか? 前田藤四郎」
今剣は同じ問いを繰り返す。
柔らかく間延びする語調のはずなのに、詰問されているかのような心地がする。
表情のせいだろうか。笑みが潜まったその顔は、真っ赤な瞳を際立たせ、前田に見えぬ切っ先を突きつける。
「
……
いえ、何事も」
予期せぬ急襲にむろん動揺を隠す暇はなく、前田の誤魔化しようも稚拙極まりなかった。ゆえにそれは本音を滲ませ、誤魔化しというより、触れてくれるなという牽制に繋がってしまう。勿論、今剣が良い顔をするはずがない。
が、予想に反して今剣はぱっと花咲くように笑った。
「では、あそびましょう」
「いえ、せっかくですが────」
「だいじょうぶ。ほかの藤四郎たちはみな、むこうでつづきをしています。
これからのあそびは、ぼくらだけ、ですよ」
「
……
ですが
…………
」
そんな状況猶更ごめん被る、と言えれば何程楽であったことだろうか。
顔を背ける前田の、視線の先を今剣が機敏に奪う。不意に横入りしてきた顔に思わず前田は身を引いた。
真っ赤な瞳と白磁の肌。美しきと賞せられるであろう外見は、人ならざると感じさせてならない。
己も人あらざる身でありながら?
前田の認知のズレが軋みをあげていく。
その間を突き苛むように、今剣が口を開く。
「前田藤四郎はちょうしがわるいんですよね。だから、すわってできるあそびをかんがえました。おはなしごっこです!」
お話ごっこ。前田は脳内で単語を繰り返し、おそらくは歓談かと推測する。相手が空いてであれば歓迎すべきところであり、茶の一つでも淹れるところだろうが、どうにも前田藤四郎の心は重たく落ちて動かない。
「
……
お気遣いは嬉しいのですが少し、一人にして頂きたくて。調子が悪いわけではありませんので、お気を遣わずとも
…………
」
「いいえ、ちょうしがわるいでしょう? ぼくは、しっていますよ!」
今剣の断定に、前田は寄せた眉根をついつい隠し切れない。
そんな前田の態度はいとも介さず、その眼前で今剣の薄い唇は滑らかに弧を描く。何を知っていると言うのか、そんな前田の抱く反発心を煽るように。そして今剣の弧は緩やかに形を歪ませ、すぅと吐息が吸われる。
まるで前田藤四郎の生気を奪うかのように、呼吸音がおどろおどろしく響く。袂に剣は無く、殺意はみじんもなく、ただただ不可解のみが満ちている。そうして溜めた怪訝のよどみを、鈴音のように軽やかな声に変えて、今剣は突きつける。
「ぼくは、しっています。
────おまえはぼくが、おそろしいのですね?」
「
……
っ」
にたにたと笑みを崩さない今剣のその表情は、やはり幽玄たる何かに似ている。柳に身を隠し、灯篭の影に身を潜ませ、決して身の内を見せないながら相手の恐れだけを写し取る。
前田藤四郎の中で渦巻いていた、得体のしれぬ忌避感にようやく名前がつけられる。
そう、これは、恐怖である。
畏れでもなく怪でもなく、純然たる恐怖である。
敵であれば切って捨てれよう。
汚泥であれば拭き清めよう。
定かならずの霊魂ならば、祓い浄土の道もあろう。
しかし、今剣は、
「そんな、おそろしいかおをして!
ぼくは、おにではありませんよ?」
今剣はいけしゃあしゃあとそう言ってのける。
前田の心は煽られ続け、怖気と理解及ばぬ苛立ちとで綯い交ぜになっている。
鬼ではないと言う、
前田が何一つ言葉にせずとも鬼という言葉が出た時点でもはや答えは知れている。
同じ名を持つ者でないとは言っても同じ短刀の身、爪はじきするつもりは一切ない。
だが鬼であれば話は別となる。
おはなし“ごっこ”とは正鵠を射ている。
対岸の者とまともな会話ができるわけがない!
前田は落ち着かぬ心のまま、姿勢だけを凛と正して立ち上がった。
背に持つ布が翻る。風に膨らむそれは前田のはち切れんばかりの混沌たる感情を体現する。
今剣はしゃがみ込んだまま、前田をじぃと見上げるのみである。光を持たぬ鮮血の瞳が、何をしてくれるかと前田を映す。それに応えるように前田の心臓はどくどくと脈打つ。熱く滾った血潮がごうと耳裏で鳴り響き、もはや躊躇いは不要であると伝える。
瞳だけで他者の心を揺さぶる、不安定な存在こそが今剣である。
ゆえに、平穏を求むる者はこれを退治せねばならない。
いざ、剣を取るべき言い訳はここに立つ。
藤四郎たちの拍手が何処からともなくこだまする。
拍手、拍手、拍手、拍手。
いざ、いざ、いざ、いざ!
「あれ? どうして、かたなを、かまえるのですか?」
「
……
他の者に危害が及ばぬようにです」
「へえ! なるほど! なかまおもいのいいこですね! おまえはさすがの藤四郎! みごとりっぱのこころざし!」
「
……
あなたの存在は人を不安にさせる。あなたの物言いは人を狂わせる」
「ふふ、ふふふ、あはははは! なるほど! すべては、ぼくのせい、なのですね! 簡潔無欠、よいことです!」
刀は暗闇でも不思議と煌く。
浴びる鮮血はさらに刀身を輝かせることだろう。
前田は刀を振り上げる。
今剣は動かない。
まるで弱者であるかのごとく、しゃがみ込んで小首を傾げる。
生身を感じさせない薄い唇が、謳うように細く囁く。
「さあ? さあ? さあ? さあ?」
児戯のように釣られるその手。血色の無い死人の手。
ああ忌々しい、他の存在を奪うもの!
「おにさんどちら、」
凶刃煌き、さて、ぶつり。
◇◇◇
拍手、拍手、拍手、拍手。
薄暗がり、等間隔の畳の目、きゃあきゃあ喜ぶ児戯の声。
前田藤四郎の意識は余韻も無く覚める。
走り回る藤四郎達の姿は健全な子どもさながらである。
短刀として子の身体で顕現しようとも、精神までもが幼気であるわけでは到底ない。それでも藤四郎達は遊びに興じる。勿論人の身で為すこと全てが新鮮であるという面もあるだろうが、中には子の姿ならば成り切ってしまえという開き直りの者もいる。
だがしかし、奴は。
ふと前田藤四郎の脳裏が鮮血で染められる。
慌てて掌を見、鞘に収められた刀を見、纏う衣服へ目を走らせる。
鬼の残滓は見当たらない。
であればあれは夢だろうか?
きっとそうに違いない。
半ば願望も込めて前田は深く息をつく。
見当たるべきはずの鬼がいないことを、あえて見て見ぬふりをする。
しかし、それでも当然ながら、
人の世から消えぬのが鬼である。
「ざんねんでした! ぼくはこっちですよー」
ひょこりと顔を覗かせた、柱の裏に隠れたそれは。
目隠しされた秋田を嗤い、周囲の者を拍手で煽り、そして跳ねるように足を動かし、前田に誘いをかける。
「さあ、前田藤四郎もあそびましょう」
前田は締め上げられたような心地の喉で、どうにか返事をする。
「いいえ、今回は遠慮を────」
「あはははは!」
言い切らぬ間に大笑い、前田はびくりと身をすくませる。そんな前田を宥めるように、平穏柔和な声がかけられる。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。おそれることは、ありません。だってぼくらは、むじゃきなこども、ですから。ね?」
鬼の甘言は死臭が漂う。前田は自然と鞘に手をかける。
ああ、しかし、ここで成敗したとして。予感されるのは次である。
拍手、拍手、拍手、拍手!
周りの藤四郎達は、微笑ましく和やかな瞳で前田藤四郎を見つめている。
仲間内に入りたがらない子を、歓迎するような優しさで。
さて、鬼は果たして何れやら?
前田藤四郎の認知はかくも確実に狂いゆく。
拍手のみがただ、いたづらに。
<終>
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