ツキシキ
2023-07-02 00:29:32
72006文字
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★刀剣乱舞・刀剣乱夢まとめ

7作品9振り。愛憎夢(刀さに)、死ネタ、ホラーなど。


座敷牢の当番を勤める話(小夜左文字)


ホラー?のような少し不思議系。理不尽を静かに受け入れてしまう小夜の話。小夜左文字視点。
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 とても穏やかな人だと思う。
 審神者という特別な役をこなしながら、驕ることもなく、不平に僕らを扱うこともなく、にこやかに過ごしている。よくよく僕らを見ていて、少し疲れた様子を見せれば休ませてくれるし、万屋の帰りには団子をくれることもある。人であるなら馬の合う合わないだってありそうなものだけど、そういったそぶりは一切見せない。鬱屈とした僕や気難しい兄達にも分け隔てなく接してくれる。

 穏やかな人なのだと思う。
 けれど、どうしても拭いきれない不穏さがそこにはある。



「今日の座敷は小夜、宜しくね」

 朝、出陣の準備をしているところであの人に命を下された。穏やかなあの人のする唯一の命令だ。そういえば、今日が僕の番だった。

……わかった」

 応えるとあの人は柔らかく笑んで、あわただしく立ち去った。去り際、宜しくねと再び念を押しながら。それに僕も頷いて返した。
 座敷の番は夜だけど、座敷を命じられた者は後々に響かないよう出陣を控えることになっている。刀装を外して普段着に袖を通した。
 もうそんな時期か、と独りごちる。なんだか最近、順番が回るのが早い気がする。実際は、きちんと順繰りに一人ずつ入っているはずなんだけど。
 今日僕の番ということは、たぶん昨晩は宗三の兄様の番だったはずだ。これ見よがしに外ばかりを眺める姿が目に浮かぶ。声をかけに行こうかと、一瞬考えるのだけど、結局取りやめた。どうせ僕なんかが行っても何の足しにもなりやしないことはわかりきっていた。



◇◇◇



 急に空いた予定を埋められるほど活動的でもなく、ぼんやりとしていたら早くも日が落ちかけてきた。本丸が夕日に焼けて真っ赤になる。血のようだ。

(そろそろ行かなきゃ)

 身を起こして離れへと向かう。
 古参の打刀達に聞いたところ、もともとここには離れなんてなかったらしい。それをわざわざあの人が偉い方にお願いして作ってもらったんだそうだ。偉い方達も随分戸惑ったそうだけど、普段は唯々諾々と働き成果を挙げてくるものだから、このくらいはと大目に見てくれたという。
 離れは質素な作りで、それほど大きくもない。吹き抜けではなくきちんと壁が拵えてあるけれど、窓は一つもない。建物が夕日を背にして暗い影を形作っている。そこにあの人は立っていた。

……ごめんなさい。遅かった?」

 座敷の番になったなら、日が暮れるまでに離れへ来るよう命じられている。一応時間に余裕はあったけれど、待たせてしまっていたようだから謝った。相手はやっぱりいつもの通り、柔らかく笑った。

「ううん、約束は日が暮れるまでに来ることだもの。まだ大丈夫よ」

 まだ、大丈夫。言われた言葉に心が引っかかる。座敷の番になった時だけ、この人は意地悪い言い方をする。決して表だって責めているわけではないのに、言われた僕の心は妙にささくれだっていく。……少しだけ、宗三兄様を思い出す。
 悪い人ではないんだろう。ただただ穏やかなだけなんだろう。それでいて、僕みたいに、刃を尖らせる上手いやり方を知らないだけなんだろう。そういう風に、いつも考えてしまう。
 暗い影から離れたあの人は、離れの閂に手を伸ばした。

「じゃあ少し早いけど、いいかな?」
「うん」

 扉が開く。軋む音がする。それほど古いものではないだろうに、どうしてだろう。わざわざ訊くほどのことではない気もして、疑問は埋められていく。
 建物自体が日に背を向けるようにして立てられているせいで、扉を開いても中は暗いままだ。シュ、と心地よい音がして、見れば、あの人が燐寸を擦っていた。蝋燭だのランプだのを持ってくればいいと思うのだけど、何故かいつも使われるのは燐寸だ。どういうわけか、この座敷の番に関しては色々と拘りがあるらしい。
 離れの中がぼんやりと照らされる。格子がまず目につく。いくつもの格子が重なって、ただそれだけがここにある。

「はい、どうぞ」

 そう言われて、僕は前に進み出る。格子の一部が開かれて、僕を招きいれようとしている。四つん這いになると、手に畳の感触がした。本丸の畳と違って湿り気がある。ぺたぺたと手足を這わせて進み、中央に座した。
 格子越しにあの人が微笑んでいる。目の前が格子しかないものだから、これじゃあどちらが牢に入っているのかわからない。なんてふざけたことを考えてみる。

「明日の朝に迎えに来るからね」

 これも、僕にはよくわからない決まり事だ。それでも疑問は埋まりゆく。僕は頷いた。

「それじゃあ、おやすみなさい」
「おやすみなさい」

 その言葉を最後に、火が吹き消された。軋む音と風の流れで、扉が閉まったのがわかった。ついに一人になった。



◇◇◇



 この座敷牢に閉じ込められるのは何度目だろう。
 初めての時は何かの罰かと思ったけれど、毎回朝になれば何事も無かったかのように解放されるものだから、不安はどこかへ流れてしまっていた。やることもなくただこうして座っているだけ。いつの間にやらこの儀式めいた妙な命令にも慣れてしまった。
 暗すぎて、自分の手のひらすらよく見えない。何となしに床へ手を這わせれば、畳の縁に触れた。そのまま探っていって広さを確かめる。それが終わったら今度は手を上へ持っていって、格子の高さを確かめる。囲まれた四角がいくつあるのか数えてみたりもする。とても精緻な作りをしているのに、ただこれだけのために作られただなんてもったいないように感じる。
 何がしたいわけでもない。単なる暇つぶし。なのについ、来るたびに同じことをしてしまう。僕らが順番にここへ閉じ込められるのも、つまりはこういうことなのかな。なんてわかったふりをしてみるけれど、たぶん違うんだろう。
 格子の隙間から手を伸ばす。何かに弾かれることもなく、伸ばした指先はいとも簡単に外に出る。そもそも木材で作った座敷牢だなんて僕らに意味はなくて、出ようと思えばいつだって出られるんだ。そんなことあの人もわかっているだろうに。よくわからないな、と思う。

 それでも別に、座敷の番は嫌いじゃない。
 分からないことは多いし、妙だとは思う。それでも、いやに明るすぎる日の元に居る時とか、快活な声を上げて駆ける他の短刀達を見る時とかと比べれば、ずいぶんと居心地が良い。一人でいることを許されている気がする。
 僕が初めからこうやって孤独でいれば、復讐なんてものに身をやつす必要はなかったんだろうか。考えても仕方ないことだけど、考える。全て忘れて明るく、という道も確かにあるんだと思う。ただ、そうなるともはや僕は小夜左文字でないおぞましい何かになってしまうようにも思う。
 じわじわと、考えが淀んでいく。それでも止められない。湿っぽい空気が、真っ暗な視界が、不自由なこの場所が、心を淀ませていく。濁った汚水に身を浸からせているような感じがする。

 結局のところ、僕はこういうものでしかないんだと思う。
 求めるのは団子でも安らぎでも笑顔でもない。ただ、鬱々とした世界で殺意を研ぎ澄ますためだけのものにしかなれないんだと。

 あの人はそれを知らしめたいのかな。


 考える、考える。






 ……………………ぎ、と軋む音がする。
 それで僕はいつの間にか外に朝が来ていたことを知った。



「小夜、おはよう」
……おはよう」

 本当は一睡もしていないし、する必要も僕らはない。だけど、それをいちいち告げる必要もない。

「一晩お疲れ様。小夜は良い子だね」

 手が伸びてきて、頭をくしゃくしゃと撫ぜられた。何が良いことなのかよくわからなかったけど、素直に頷く。
 長い思索の一晩はあっけなく終わりを告げて、僕は牢から出された。離れの扉が閉まる。なんだかたいそう惜しいものをあそこに残してきたような気がして、じぃっと扉を見つめていた。

「小夜? 行きましょう?」
「うん…………

 どれだけ言葉にしようとしても言葉にならない。不明瞭なものに後ろ髪を引かれながら、離れを去った。
 こうして、座敷の番は終わった。達成感にはほど遠い、底知れない不穏さばかりが心に残って────それもきっと、戦の中で忘れられるのだろうと思った。




<終>