ツキシキ
2023-07-02 00:29:32
72006文字
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★刀剣乱舞・刀剣乱夢まとめ

7作品9振り。愛憎夢(刀さに)、死ネタ、ホラーなど。


刀剣男士が審神者を殺そうとする話 大和守安定の場合


大和守安定メイン。軽い嘔吐描写あり。審神者は台詞をちょこちょこ言うくらいで無個性寄り、性別の指定も無し。
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 人の身体を取って現世に現れた時のことだ。僕が目覚めてすぐに出会ったのは、腐れ縁のあいつだった。加州清光。あいつは僕の姿を見るなり、プッと吹き出して、何それ、と嘲笑った。それほど不細工な見てくれなのか、はたまたどこかが人の形として間違っているのか、思わず身を縮める僕にあいつは続けてこう言った。

「お前、自分で気づいてないの? あの人そっくりなんだけど?」

 あの人。名前をわざわざ出さずとも、それが誰かはすぐさま思いついた。血の気が引く、というのはまさにあの時の僕のことだろう。僕は叫ぶようにして、姿見はないかと訊いた。相手はとても面倒くさそうに腕を持ち上げて、僕をまっすぐに指さした。正確には僕の後ろをだ。幸か不幸か、求めるものは僕の真後ろにあった。

「沖、田、くん…………

 相貌も結った髪も隊服までもが。思わず鏡面から目をそむけてじっと手の平を見た。激しく動いたわけでもないのに汗の粒が光っていた。この手が僕を振るっていて────違う、これは僕の手で、沖田くんはもう死んで、死んでいて、なのに目の前のこれは何だと。

「う゛、ぇっ」

 喉の奥がいやに詰まって酸っぱい味がして、堪えようとして手を口元にやったらそれはまるで沖田くんが血を吐く時のようで、それでますます気持ちが悪くなって、

「は!?ちょっ、ここで吐かないでくんない汚いんだけどちょっと、畳が、いやこれ手入れ部屋、あっ主、主ー!?」

 白くて細い手の上に汚い吐瀉物を思い切りぶちまけた。



◇◇◇



 こんな酷い形で、僕は再び戦に出ることになった。
 僕らが人の姿を取る際、元の持ち主を投影することは多いそうだ。だから僕が“こう”なったのも致し方のないことなのだと、審神者は言った。
 審神者。歴史の改変を阻止すべく遣わされた特別な存在。現世における僕らの新たな主。
 ────僕はなんだかそれがとてつもなく気に食わない。
 誰の許可を取ってそんなご大層な地位についているんだと、まあそんな言い方はしないけど意味合いとしてはそういったことを訊けば、政府からだと端的に答えられた。ご題目を唱えるようなその答えもやっぱり癪に障る。
 沖田くんが僕を引き継いでくれと言ったんなら納得もいくけれど。
 そんなことはありようもない。だって沖田くんは……

「安定、そろそろ出陣だけどー? なにぼけっとしてんの」

 加州清光の声だった。わかってる、と返して本丸を立つ。





 ………………戦果は悲惨だった。
 切り込み隊長として出張った短刀達の攻撃はことごとく通らず、むしろこっちが深手を負うばかり。僕自身も、重傷は避けたにせよとても続く戦には耐えられそうにない。出陣前派意気揚々としていた清光も、勢いを失って意気消沈としていた。
 帰還すると、審神者が慌てて僕らを手入れ部屋へ放りこんだ。といっても部屋は限られているし、手伝いもそう頻繁に呼ぶことはできない。だから傷の酷い短刀達を直す間、僕と加州清光は手持無沙汰に手入れ部屋の前で座り込んでいた。

「主、怒ってるかな」

 ぼそ、と隣が呟く。独り言のようでもあったけど、こいつが放っておくと面倒なことになるのは常々学んでいるから、仕方なく構ってやることにした。

「なんでさ」
「だって、俺、勝てなかったもん」
「仕方ないだろ。戦術が悪かったんだから」

 愚痴るように零せば、不満が形になってますます膨れ上がっていく。そう、戦術が悪かった。索敵も完璧で相手の隙を突く余裕は十分にあったのに、あろうことか、圧倒的に不利な陣形で戦えとの命が下った。ふざけんなと叫びかけたところで間髪いれずに敵が攻めてきて、こんなざまだ。
 そういえばあの命令の意図は何だったのか、聞きそびれたままでいる。だけど少なくとも、知将が意図して不利に見せかけるようなものとは違うはずだ。

「考えなしの戦なんてやられちゃ、困るんだよね。傷つくのはこっちなんだ。まあ、あの人は僕らと違って先陣切るわけじゃないからわからないだろうけど」

 つらつらと愚痴が溢れ出てきて、それでも止める義理なんてないし真っ当な不満だったからひたすらに言葉を重ねた。すると続く言葉に被せるようにして、清光が、

「沖田くんと違って?」

 嘲笑、した。

…………何、その言い方。沖田くんの話はしてないでしょ」
「でも言いたそうだったじゃん。先回りしてやっただけだし」
「勝手に僕の考え決めつけないでくれる?」
「じゃあ違うの? 違わないくせに」
「まあ、あの人が戦に関して素人だっていうのはあるけど。だから僕らはこんなに必要ない傷をつける羽目になる」
「あー、あー。言い訳臭っ。『沖田くんじゃないなんてヤダヤダ』ってことじゃん結局。はっきりそう言えばいいのに」

 カッと頭の芯が熱くなる。炎熱よりも暗い、降りかかる血の嫌な熱さに近い。

「っ、ならお前は、沖田くんのこともう忘れたの!?」
「うるさいな! 叫ばないでよ鬱陶しい」
「叫ばせてるのはそっちだろ!!」

 立ち上がりかけたところで、勢いよくふすまが開く。各々気まずそうにしている短刀達と目があった。

「あ、空いた?んじゃ、お先」

 口喧嘩は急に終わってしまって、短刀達からはぎこちない会釈や気まずそうな眼差しを受けて、僕はどうしようもなくなって、立ち上がりかけた中途半端な姿勢のまま、転がり込むように手入れ部屋へ入った。



◇◇◇



 手入れの間も怒りは収まらないまま、行き場をなくしてもやもやと留まり続けた。
 言った言葉は全部本心だった。あいつが煽ってくるから多少過ぎた物言いをしたかもしれないけど、だからといって取り消すつもりはない。
 …………本当に、あいつは沖田くんのこと忘れちゃったのかな。
 あいつはすっかりあの審神者に夢中で、ことあるごとに通いつめては自分の自慢話をしたり着飾った爪を披露したりしている。なついているのは誰がどう見ても明白だ。
 しかもあいつは審神者のことを“主”なんて言い出す始末だ。僕の、僕らの主は、沖田くんじゃなかったのか。そもそも沖田くんと違って、審神者は自分の名すら教えてくれない。役職名さえあれば呼ぶには足ると、その通りではあるけれど、そこに繋がりはないように思う。
 別に、僕と同じ感情を持ってほしいとか言うわけじゃない。でも、あまりに沖田くんのことが話に出ないから、沖田くんを覚えているのはひょっとして僕だけなんじゃないか、なんて考えが浮かんでしまう。

 ────せめて、沖田くんに一目会えたらこんな想いも吹き飛んでくれるだろうに。

「っ!?」

 自分の思いつきだったのに、動揺して息を呑んだ。あまりに自然に浮かんだものだから、いっそうぞっとした。
 もう一度、沖田くんに会う。
 いいや、それだけじゃない。
 僕には身体がある。声がある。ただの物じゃない、振るわれるだけのそれじゃない、言葉を交わすことができる。僕が、僕達が、彼の刀であると伝えられることがどれほど、どれだけ、誉であるか。

 会いたい。

 思ってしまうともう駄目だった。止められない、ぐるぐると同じ思考しかできなくなる。こういうのを人は夢というんだろうか。それとも呪いだろうか。どちらでも変わらないかもしれない。
 もはや選択肢はなかった。
 しかし、事は慎重に起こさないといけない。ただでさえ勘の鋭い加州清光がいて、幾本もの名刀があるんだから。絶対に失敗するわけにはいかない。そのためにはどうすればいい?
 真っ先に思いついたのは出陣して歴史改変の部隊に紛れることだった。けれどそれで簡単に行くなら悩む必要がないわけで、実現はやっぱり難しいだろう。奴らから見た僕らは敵だ。例え志を同じくすると言ってもそう易々とは受け入れられないに違いない。それに、奴らと同じような姿になるもの嫌だ。だってあんな人ならざる姿じゃ沖田くんと言葉を交わせられるかわからない。

 それならどうすればいい?
 自問する、どんどん考えが暗く落ち込んでいく。
 そうだどうせなら。思いつく。



 審神者を殺せばいいんじゃないか?



 そうしたら歴史改変を止める者はいなくなる。改変の範囲もその意図も僕らには伝わっていないけど、ひょっとしたら、沖田くんがあと少し、数日だけでも生き延びる可能性は、あるのかもしれない。それだけじゃない。加州清光だって“主”を失えば、本当の僕らの主を、沖田くんのことを思い返してくれるかもしれない。

 ああ。
 思いついたら止まらない。新しい呪いが生まれた。



◇◇◇



 機を窺って事を成すのが一番。すぐさま行動に移りたかったけれど、逸る想いをぐっと抑えて待ち続けた。こればかりは絶対に失敗するわけにはいかないのだから。
 そうして、時は来た。
 審神者が病で倒れるなんていう、因果な形だった。
 別段、命に関わるようなものじゃない。床に伏せって数日もすれば治る様なものだと本人は言っていた。ただし、人の病が僕らに移るのかはわからないが、念のため僕らは寝所を離れて過ごすように言いつけられた。
 敵襲があるとしても本丸の奥まで来ることはそう無いだろうということで、その命令に異議を唱えるものはいなかった。暇を告げられた他の奴らは皆本丸の周囲の警備や自身の鍛錬、あるいは休息に時間を使っている。
 ここまで丁寧に整えられた機が今後あるだろうか? 答えは否に決まってる。それでも念には念を込めて、日の落ち始める頃まで待った。
 ただでさえ気だるい夕暮れ時に、わざわざ干渉してくる者もいない。幸いにも誰に咎められることもなく、僕は寝所まで辿りついた。



 耳を当てる。物音は聞こえない。おそらく相手は寝ているんだろう。
 音を立てないよう、ゆっくりとふすまを開く。中は暗く、灯りもまだ点されていない。擦り足で身を入れて、後ろ手で素早く閉める。
 
 布団に身を横たえる審神者がそこにいる。

 さあ、後はもう簡単だ。
 刀を鞘から静かに、静かに抜く。



「くっ、ゲホ、ゲホッ」

 急な咳に僕は自分でも驚くくらい身を震わせて固まった。



 起きてたのか、想像以上に具合が悪そうで、どう誤魔化そう、何をためらう必要がある、ただ一振りすればいいのに、ああ、この声は、濁った音と、肺の空気が漏れ出す音が、嫌だ、嫌だ、嫌だ────

……し、に、……か」

 審神者が上半身を起こして僕を見ていた。擦れた吐息に紛れて発せられた音が、僕に向けての言葉だと気づくのには時間がかかった。同じように音が吐き出されてようやく、僕は動いた。身を寄せて、口元に耳をやった。

「殺しに、来たのか」
「そ、」

 そうだよ、と返すつもりだった。僕は沖田くんに会うんだと、お前が邪魔なんだと、常々嫌だと思っていたと、色々と言ってやりたいことがあった。
 なのになんで僕の声は震えてるんだ。
 違う、こいつが酷く弱々しいから。まるで重病人のような真似をするから。
 ゲホゲホとまた嫌な音がする。そのせいで考えがかき乱される。

……今にも、死にそうだね」

 自分でも意識しないまま、ずれたような言葉が飛び出た。審神者は苦笑して、でも続く咳に眉を寄せた。咳に紛れるようにして言う。「嬉しくなさそうだ」と。

「そんな、ことは」

 嬉しいに決まってる。それを証明するために、心からせいせいしたみたいな笑みを浮かべてやろうと頬を動かす。悪党のような、嫌な笑いをしてやろうと。なのに、口元がわなないて、どういうわけか視界が滲む。

「僕のっ、」

 声を出した拍子に、ぼたぼたっと目から水が溢れた。涙だ。なんで僕は泣いてるんだ。考えながら、それでも言いかけた言葉は止まらない。響く咳の音に負けないよう、声を荒げる。何よりも言わなければならないのは、僕がずっと不満で、ずっとずっとこいつに言ってやりたいと思っていたことは、


「僕の主は沖田くんだけなんだよ!」


 息が熱い。鼻の奥がつんと痛む。
 そんな僕をまっすぐに見て、相手は笑った。加州清光のよくやる様な嫌な笑みではなくて、もっと柔らかな微笑みだった。
 あれだけ咳をしておいて、なんで笑えるんだ。沖田くんはどうだっただろう。嫌だ、思い出したくない。思い出したくない? 忘れるなと憤っていたはずなのに?
 ぜ、と咳をしながら、審神者は言う。

「わかっているよ」

 即座に言い返す。

「わかってない! 誰も、何も、わかってない!」

 手を挙げかけて、そこに刀が握られていたことに気づく。今さらだ。何を問答していたんだろう、すべきことはたった一つなのに。腕が震えて動かない。



「私は沖田ではないから、病では死なない」



 頬を打たれるのと同じくらいの衝撃を受けた、気がした。



 合間合間で咳き込みながら、審神者は続ける。聞き取りにくいそれに何故か僕は耳を傾ける。
 気を遣って主と呼ぶ者もいるけれど、自分は主ではなく審神者なのだと。だから、無理に認める必要はないのだと。そういったことを言った。
 じんわりと、氷が溶けていくように時間をかけて、それらの言葉は僕に染みていった。



 そういえば、僕はこの人に、沖田くんの話をしたことがあっただろうか。よくよく考えれば、無かった気がする。腰を落ち着けて会話をしたことすらなかったかもしれない。こんな機さえなければ。
 だって、この人は敵だと思っていたんだ。新しい主なんだと加州清光が言っていたから。大事な沖田くんのいるべきところが奪われたような気がした。でも、違った。この人は沖田くんじゃない。当たり前すぎる、こんなことに、僕は随分と手間をかけた。

「沖田くんと違って……

 言葉にすればそれは形となってますます実感が湧く。だから、僕は言う。

「そうだね。全然違う。沖田くんは、病で、血を吐いて────」

 言ってしまう。

「死んでしまったから────」



 ああ、ああ!

 眠ったのだと、病に倒れたのだと、あまりに長い間ひたすらに誤魔化していたことを言ってしまった。認めてしまった。息が熱い。声も、腕も、身体中が震える。握った刀を取り落とす。涙が、ぼたぼたと落ちて止まらない。

「沖田くん、沖田くん、沖田くん」

 会いたい、言いたい、僕みたいなのを使いこなせるのは沖田くんしかいないんだと伝えたい。でも駄目なんだ。例えこの現世で僕がどれだけ事を成そうが、あらゆる手段を使おうが、どうしようもない。
 沖田くんは、死んだ。死んだ。死んだ。それで全てがおしまいだ。
 大声を挙げて、僕は泣いた。咳が続いて苦しいだろうに、審神者は迷惑そうな顔一つ見せずに、僕の頭をそっと撫でた。だから僕は許された気がして、情けないくらいにわめいた。


 ただただひたすらに沖田くんの名前を呼び続けた。届かないことは知っていた。



◇◇◇



「あのさぁー、恥ずかしくないわけ?」

 あの後、僕の大声に駆け付けた加州清光は、ぐちぐち言いながらも収拾をつけてくれた。具体的などうこうは思い出すのも恥ずかしいし、こうしていちいち言われなくたって世話をかけたことくらいはわかってる。

「だから、悪かったってば。ちゃんと詫びに団子も買っただろ」
「いーや、そんなんじゃ収まんないね。特上の紅でも買ってもらわなきゃ」
…………はいはい」

 あれから、無理に沖田くんを意識することはなくなった。そのおかげかは知らないけど、僕ら二人での言い合いも険悪ではなくなってきている。
 今になってようやく、加州清光も、沖田くんのことについて戸惑っているんじゃないかと思えるようになった。むしろ、思い出したくないのかもしれない。僕が人としての自分の姿を初めて見た時に嘔吐してしまったように。審神者の咳込む仕草に錯乱したように。
 僕はやっぱり沖田くんのことをしっかりこの身に刻みつけておきたいとは思っている。でも、それが醜い執着になってしまわないように、上手に距離を置くことを知った。
 だからきっと、もう呪いは起きない。



「あっ、主だ!」

 隣で喜びの声が挙がる。僕にとってあの人は主じゃないけれど、それでも、

「畑仕事、終わったよ」

 笑顔を向けるくらいには、認められる存在だと思う。



<終>