トリミング 望普編9

twitterなどに掲載していた極短編のまとめです。望普、伏普、原作軸、現パロなどいろいろ。

「普賢真人、実は崑崙十二仙になりました!」


【反魂香】
「きみもどうだい」
手渡されたのは小さな薬包だった。手のひらにそれを受け取ると、ふわりと甘い香りが立ちのぼった。香だよと太乙はいう。香を焚く趣味があったのかと訊けば「きみにも必要かなと思って」とわずかに目を細めた。
「よく眠れるそうだよ」
反魂香というらしい。太公望は手渡されたものをじっと見つめた。
その話を聞いたことがあった。煙の中に死んだ者の姿を浮かび上がらせる香。眠る前に焚けば夢で逢うことができる。ただ、
「そんなのは嘘だって言いたいんだろう? 知ってるよ」
うっとりした口ぶりで、太乙は手のひらに包んだものに頬を寄せた。伝説だというそれは雲中子が持ち込んだもので、はなっから信じてなどいなかったといった。
やはり、と太公望はため息をつき、薬包を卓に戻した。
「わしは使わぬよ」
「そうなんだ」
「そもそもそんな怪しげなものを試す気にはならん」
「なんだっていいんだ、私は。嘘でも幻でも」
誰にいうともなく、歌うように太乙は笑った。
「長く生きていると、こういう瞬間があるんだよ。若いきみにはわからないだろうけれど」
嘘でもなんでもいいから会いたい。夢でもいいから姿を見たい。一人の人生は退屈すぎて、大切な人の面影すら薄れていくことに耐えられない。
一瞬だけ目を閉じ、意を決して踵を返した。彼の誘いがどれほど魅力的か知っていた。夢でもいいから会いたいと、そう願いながら目覚めた朝が幾度あったことだろう。
「普賢に会ったら、言うことはあるかい?」
振り返った先で、太乙は新たな香に火をつけていた。甘く重い香りが白い煙とともに部屋に広がっていく。
息を止めた。吸い込めばきっと歩き出せない。ここで立ち止まるわけにはいかない。
「そこでおとなしくしておれ、と伝えてほしい」
「了解」
楽しげに太乙は言った。「きっと伝えておくよ」
眩暈がするほど甘い香りを扉の向こうに閉ざして、太公望は長い廊下を歩きだした。