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太公望と普賢
トリミング 望普編9
twitterなどに掲載していた極短編のまとめです。望普、伏普、原作軸、現パロなどいろいろ。
「普賢真人、実は崑崙十二仙になりました!」
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【メビウス】
白と青と緑のコントラストが眩しい空間だった。
灰色の建物をくりぬいたように造られた中庭は今、夏の草花がにぎやかに咲き、大きな欅は太陽の日差しを受けながら、その下に木陰をこしらえた。根元にベンチがあるのは、その木陰で涼しい風を感じるためで、午前中の彼の定位置になっている。
庭を臨む廊下から、いつものかっこうで座る姿を確かめてから、普賢は庭に歩み出た。足裏に芝生のやわらかな感触を踏みしめながらベンチの傍に寄る。足音に気づいた彼が顔を上げ、そして眩しそうに目を細めた。
「普賢」
やあ、と普賢は笑いかけて隣に座る。白いシャツの袖を肘までまくり、膝には一冊の本。白衣のポケットに手をつっこんだまま「また見ているんだね」と覗き込むと「今日はここを」と開いてみせた。
彼が熱心に見入っていたのは世界地図で、指さした先には黄土色の砂漠があった。南北に貫く川が数本、うねるように描かれている。アルファベットで国名が記されているが、なんと読むんだろう。
「遠いの?」
彼は「とても」と満足そうに頷く。木陰を作る枝葉のむこうにちらちらと見える青空を、どこか懐かしそうな目で見上げた。
「行ってみたいのう」
行けるよ、と言いかけて普賢は言葉を飲み込んだ。
彼は太公望といい、この療養所で過ごしている。もう長くはないらしい。以前はずいぶん荒れたそうだが、カウンセリングを担当する普賢と接するときはいつも落ち着いた様子で、ゆったりおだやかに会話を交わす。
遠く異国の話題が多いが、いつここを出られるか、そもそも出られるかどうかもわからない。夏の色が似合うから、きっとその足で世界中を旅し、好奇心旺盛な目であらゆるものを見れば、いきいきと知らない国の知らない情緒を楽しむにちがいない。
「連れて行ってあげたいよ」と普賢はなるべくあかるく言った。
「僕も昔、旅行が好きで、あちこちに行ったんだ」
「仕事で?」
「ううん、なんとなく知らない場所に行ってみたくて。まったく知らない駅で列車を下りて、野宿したことだってあるんだ」
「野宿」
「観光客が来ないような小さな入り江の村で、日がな一日ぼんやり海を見たり、森の奥で野生の鹿の親子を見つけたり。楽しかったなあ」
目を輝かせて、太公望はその話に聞き入る。
「わしもそういう旅をしてみたい」
「そうだね」
「おぬしも一緒にどうだ?」
「いいね。きみと一緒だときっと楽しい」
夏の風が容赦なく吹き付け、開いたページをぱらぱらとめくる。あわててそれを抑えて、普賢は「部屋に戻ろうか」と声をかけた。
「また熱が出ると困る。そろそろ夕立が来そうだよ」
ベッドと小さな椅子しかない個室だった。西側の窓にブラインドが下げられ、強くなった西日を遮っている。素直にベッドに横になると、太公望は目を閉じた。その眼裏に、さっき地図で見た砂漠を思い描いているんだろう。
「いつか行こう、必ず」
髪を撫でると小さく頷く。しばらく見守っていると小さな寝息が聞こえてきて、普賢はそっと部屋を出た。
「それで」
大きな机に両肘をついて、医師は報告者を見上げた。
「悪くはないが、よくもない」
「ふーん。現状維持?」
「記憶が混濁して、現実と妄想を行ったり来たり。どれが本物の記憶でどれがそうではないか、判断は難しい」
へえ、と医師は首を傾げた。
「血液検査その他もろもろは異常なしだけど、なにが回復を妨げているんだろうね?」
考え込んだが思い当たることはない。それはまるで突然の夕立みたいに降りかかり、その日から同じ毎日をくり返している。
夏の午後の木陰の下。
地図を見ながら見知らぬ国の話をすること。
旅をしたい、いつか一緒に。
忘れたことすら忘れたまま、ずっと出口を探しながら迷路の中を歩いているようだ。旅をしたことを片時も忘れないくせに、誰と旅をしたかを忘れている。
いったい、どこに置き忘れたんだろう。
「で、まだ様子をみてあげるのかい?」
「もちろん」
「完全に記憶を取り戻す確率は限りなく低いよ。それでも?」
そう訊ねられ、彼は頷いた。
「あやつが探しているのはわしだ。わしがいてやらねばなるまい」
医師は「まあ、それできみがいいのなら」とため息をついた。
「わしがではない。普賢がそれを望んでいる」
「きみたちのどちらが
――
」
一瞬そう言いかけて、医師は口を閉ざした。怪訝そうに首を傾げると「いや、なんでもない」と手を振ってみせる。
「夏が終わるまで私はここにいるから、困ったことがあればいつでも聞いてくれ」
夏は終わらなければいいのに、と彼は思う。
眩暈がするほど暑い日差しも、くっきりした影も、いつまでも続けばいい。音を立てて扉を閉め、彼はそのむこうに夏を閉じ込めた。
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