河童の皿箱
2025-04-02 09:42:52
33860文字
Public 遊戯王:長め
 

娑楽斎が端午の節句を祝うだけ

娑楽斎が端午の節句を祝うだけ
※設定に誤りがある部分あり。未修正。



 パチ、と目を覚ます。窓の外はすっかり明るく、晴れ渡る空の下で木々が揺れる。数日前に布団に突っ込まれ、それ以降仕事を禁じられた男は、やっと取れてきた眠気と、休み過ぎで鈍った体を贅沢に感じる。とはいえ、皆よく頑張って準備してくれたのだから、心配することは無いだろう。
 呼吸を整えつつ、男はふと思い返す。1日だけ宿を抜け出そうとしたが、出入り口で仁王立ちする鬼と、従える屈強な男たちを見た。それはそれは極めて古典的な鬼の形相と、呆れ顔の男達と。当然連れ戻され、布団に押し込まれた。
 体に力を込めて起き上がる。鏡を見れば髪は寝癖でぼさぼさ。外出る前に整えないとな。
 顔を洗い、よく拭き取って、化粧水を塗り、髪を整え、紐で留め、顔が乾いたころに筆を朱に沈め、すっと線を描く。――珍しく、一発で満足のいく隈取をかけた。目の下の隈もすっかり取れて、あぁ、良い顔になったな、と。顔の準備はこれでいい。あとは衣装を――丁寧に畳んだ自慢の一張羅に腕を通し、ベルトを締める。
 こんこんこん。扉が叩かれる。娑楽斎、居るよな、と。すぐに返事をし、サングラスをかけて扉を開ければ、2週間前からずっと手伝い続けてくれた、2人の男が立っている。おはよう、今起きたところだ。待ってくれ、あと飯食ったら行くからさ。彼らは言う。そうか。んじゃ、俺らも付き合うぜ、と。

 食堂では、つやつやの白飯と、焼きたての魚と、漬物と味噌汁という、実に朝食らしいメニューが待っていた。手を合わせて戴きます、と食べ始めれば、2人の男はここらであった話をしてくれた。
 昨日はアロマージ達が来てくれたんだ。大きい屋台にずらっと並んで、花で作ったボールを作っててさ。いっぱい吊り下がってて綺麗だったぜ。
 あぁ、ウイッチクラフトの連中も来てたぞ。アロマージ達とも仲良いみたいで、ボールに吊り下がる糸を渡してたか。
 セアミンとハレとニニとフゥリも、踊りの練習してたぞ。ステージも完成したし、俺たちも楽しみだ。今日は朝から米炊いててさ。後で俺たちが餅つきすんだとよ。
 小夜丸はなんか駐車場にデカい台を作ってたな。なんか鳥っぽいような、蜂っぽいような。犬連れた見覚えのない奴らも集まっててさ。あれがなんなのかは、俺たちにも教えてくれなかったんだ。
 不知火って神社の連中も来てたぜ。ワゴンと一緒に、下の方で案内の練習をしてた。シャトルバスは案内所に停まるんだったよな。
 俺の知り合いの料理人達も来てて驚いた。手軽に食べられるクッキーとかワッフルとか揃えてさ。しかし、キッチンカーって便利そうだな。あれだけで家になりそうだし。
 話題よりも先に朝食が尽き、ごちそうさま、と。手を合わせて片づければ、体のエンジンが徐々にかかってくる。が、それにしてもだるいな。外に出て腕を伸ばし、次に屈伸して。すると、2人の男はこういった。

 会場までジョギングで行こうぜ。
 おいおい、大丈夫かよ。体、まだ鈍ってんだろ。
 そういう時こそ動かすんだよ。大体、それでくたばる奴じゃないだろ。
 ……それもそうだな。
 ほら、行くぞ!

 肯定も否定もする間もなく、2人は駆け出していく。はー、しゃあねぇなぁ。先往く2人の背中を、男も追いかけていく。

 渓流が形作る川沿いを走れば、春の息吹に少しばかり遅れた白や黄色の花々が咲き誇り、しっとりとした風が夏の訪れを予感させる。たったった、と同じペースで走り続けて10分ともう少し。会場までは後半分。立ち塞がるのは急な坂である。
 だが、男の体は調子を取り戻していた。手本のように走る2人を、少し真似して、追いかける。体にかかる負荷が徐々に強まるが、苦ではなく、だんだん、だんだんと体が温まってきた。
 下の駐車場には案内所が設置されており、不知火の巫女とその友たる美女が出迎える。手を振る2人に手を振り返し、そして見送られる。少し進めば、五月人形のごとくじっと佇むカラクリ将軍が居た。……微動だにせず、はたして寝ているのか、起きているのか。
 たったった。沿道には屋台が軒を連ねるも、朝早くてまだ開いていない。キッチンカーで準備をする菓子職人と、その正面には料理人が2人。互いを向く視線は熱烈で、ばちばち火花を散らす間を通り抜ける。
 たったった。ようやく渓流が見えてくる。川の向こうの舞台では、少女たちと能楽師たちが振り付けの最終確認をし、その側では雅楽師と天使の楽団の音色が響く。あぁ、あいつらも呼んだのか。こりゃあ大演奏会になるな。手慣れていないだろう和楽器に苦戦する天使たちを、雅楽師は太鼓の節で先導する。ふと、走る男たちに気づいて、おーい! と。その呼び声に手を振った。
 たったった。中腹あたりか。最も大きな仮カラクリ小屋に、魔法使いたちが集まっている。その大きな軒先には、薬玉がぷらーりぷらり。籠にはこれでもかと植物が盛り込まれており、まだまだ作り続けても減る様子はない。季節の花々と五色の糸と、菖蒲の葉が風に吹かれて、ゆらーりゆらり。通りに抜ける僅かな間に、丹精込めて育て上げたのだろう、心地よい香りが届いた。
 たったった。何度も来ていた駐車場。視線を外せば、2人の男が頑張った今回の主役、鯉幟がゆらゆら泳ぐ。その前に作られた土俵には、小夜丸と――あぁ、ありゃあ忍者たちだな。そう教えれば、えっ、忍者なのか!? ファイアが声を上げた。そうだ、妖精以上に気まぐれだから、まさか来るとは思ってなかったんだよな。んで、あれは手合わせするつもりみたいだ。手合わせ、と聞いてラゼンが振り向き、口角が吊り上がる。へぇ、と。
 たったった。ずいぶん登ってきた。森が深くなり、木々のざわめきが聞こえる。そこにポツンと現れたのは、大きなタンクと、男湯と女湯。タンクの側で黒衣が不具合ないかと覗き込んでいると、足音に気づき、黒衣は手を上げた。もちろん、それにも手を振り返す。
 たったった。おいおいおい、どこまで行くんだよ。会場をとっくに通り過ぎ、山の上へと向かう2人。走り出したら物足りなくなったんだよ、あと少し付き合え。

 そして、渓流の頂上へと辿り着く。弾む息と、程よくほぐれ熱の灯った体に、ふうとひんやりとした空気を取り入れれば、あぁなんと心地よいことか。体中に血が巡る。ぼんやりとした頭が、すっきり目覚めてくる。何度か深呼吸をして、ふと見下ろせば、今来た道がよく見える。屋台の屋根の、渓流の鯉幟の、行き交う人々の色彩が、男の胸をうった。
 男は静かに、静かにその光景を見つめ、そしておもむろに口を開く。

 なあ。手伝ってくれて、ありがとうな。お前らの手を借りられなかったら、ここまで想像通りにできなかったと思う。……本当に、ありがとう。

 そんな言葉に、先を走った2人は顔を見合わせて笑った。
 燃え盛る赤髪の男は言う。おいおい、まだ祭りは始まってないだろ? それに、契約は今日が終わるまでだ。礼を言うにしちゃあ早すぎるんじゃねぇか?
 煙に燻る青髪の男は言う。お前が俺たちとはまた別の戦場に立ってるのはよくわかった。でもまぁ、余計な世話はかけさせんなよ。
 水辺に映える青髪の男は言う。はは、ラゼンは手厳しいな。でも、その通りだ。ファイアが言ってたように、セアミンも悲しませちまったし……流石に反省したさ。見えてきた課題もたくさんあるしな。それはそれとして、だ。端午の節句の祭りは、これからが本番。契約が終わるまで、まだまだ働いてもらうぞ。