河童の皿箱
2025-04-02 09:42:52
33860文字
Public 遊戯王:長め
 

娑楽斎が端午の節句を祝うだけ

娑楽斎が端午の節句を祝うだけ
※設定に誤りがある部分あり。未修正。



 柱の上からの跳び蹴りに距離を離し、その勢いを殺さぬまま背後に走り回り、繰り出される拳には手を添えられ、僅かな力で受け流される。その瞬間にぐっと踏み込み、肘を突き出すが、ひらり躱され。掴みどころのない体術に、チャレンジャーはすっかり翻弄されていた。いけ、やれ、やっちまえ、いやいや勝つのは忍者だろう。周囲を取り囲む観衆達は、土俵上に立つ2人の戦士のどちらが勝つか、予想を立て、声援をかける。

 さあチャレンジャーラゼン、素早い身のこなしにお疲れ気味か!? 忍者側はまだまだ余裕綽々ですよ!

 マイクを握った派手なくノ一の実況が、更に観客を焦らす。おい何やってんだよ、やっちまえ! だが、戦士たちはそんな声など何のその。チャレンジャーは一息のもとに息を整えなおし、互いに互いの目をキッと睨みつけては、また土を力強く踏み込む。
 拳と防御の応酬は目にも留まらず、今までの挑戦者がたどり着けなかった最終ステージすらクリアしてしまうのかと、観客たちが固唾を飲んで見守る。右に左に振られる拳、流し目で捉え、躱すなり、受け流すなりの自由自在に、チャレンジャーは足払いを繰り出し、忍者はひょいと小さく跳び上がる。チャレンジャーは回る勢いをそのままに、頭をぐいと地面にこすりつける程下げ、手と強靭な体幹が天と地を逆転させ、空を舞う忍者を胴体をとうとう捉え、蹴り飛ばした。
 吹き飛ばされる忍の体。しかしながら、何らかの苦痛を訴える様子はなく、すたり、地に舞い降りては、手を叩いた。――お見事。この祭りで初めて、この手合わせを完遂したチャレンジャーに、観客席からも盛大なる拍手が送られた。




 すっかり熱くなった体を、相も変わらずせせらぐ川の冷たさが、じんわりしみこむ。分厚い靴を脱いで、足を川に付けては、粽の葉をひとつ剥き、ぱくり。自分ともうひとりが石臼で米をひき、運び、こねてこねて作り上げた甘味には、葉の香りがふんわりとしみ込んでいた。体を動かした後にはちょうどいいなと、子供達が水遊びではしゃぐそばで、青髪の男はひとり、特別なおやつをまたひとつ。
 よう。突然背中を強く叩かれ、のけぞる男。なんだよと振り向けば、何とも憎たらしい顔をした兄弟子の姿があった。すっかり白く染まった髪と、胸に突き刺さり脈動する太陽色の鉱物に目が行く。が、まあ、変わった様子はないか。兄弟子は言う。手合わせ見ていたぞ。ほんの少しだけ良くなってたじゃないか。誰に許可を取るでもなく、隣にしゃがみこんだ兄弟子に、まあな。それより、そのままだとコート濡れるぞ、と弟弟子が返せば、兄弟子は裾をまくり上げ、髪と共にまとめて膝と胴で挟み込んだ。
 ここに入り浸っていたようだが、何をしていたんだ? 兄弟子が問いかければ、弟弟子は上を指さす。そこにあるのは、色とりどりの鯉幟。次に、指で金の形をとる。なるほど、路銀稼ぎか。兄弟子がはためく鯉幟を見上げ、納得すれば、弟弟子は袋から葉に包まれた粽をひとつ、取り出して渡す。なんだ、くれるのか。掌の上のそれを眺めた兄弟子に、弟弟子は頷く。別に闘りに来たってわけじゃねぇんだろ、それに、1人で食うには量が多い、と。

 それからしばらく。特段何を話すでもなく、川辺で涼みながら菓子の粽を平らげた頃、弟弟子がちらりと隣を見ると、兄弟子は包む草を開いたまま固まっていた。中身は本場の中華粽。肉と野菜を炊きこんだ、一番飯感の強いボリュームのあるやつ。こういう物は好んで食べていたはずだが、食べるでもなく、観察でもなく、まるで凍り付いてしまったかのように動かない。眉間にしわが寄っているような、そうでもないような。兄弟子はふと、眼鏡をくいと持ち上げて、目を隠す。まあ、のんびり喰いたいんだろう。弟弟子がまたひとつ、袋から柏餅を取り出し、葉を外してぱくり。

 それからまたしばらく。弾力のある餅と、それに良く合う柔らかな甘さの餡子と葉の香りをすっかり堪能した弟弟子は、再び兄弟子を見る。そこには、中華粽をひと口かじって、噛むでもなく、飲むでもなく。ふと、かけらを口に入れたまま、ラゼン、と兄弟子は震え声をこぼす。水か茶を貰えないか。
 一体何事かはわからないが、ひとまず自分の水筒を開けて差し出す弟弟子。兄弟子はすまないと小さく呟きながら、一気にあおり、口の中のもち米たちを喉の奥へ流し込んだ。それから、口を押え、そっぽを向いては、弟弟子に食べかけを差し出す。弟弟子は流石に察した。苦手な味だったか、それとも痛んでしまったか? と。兄弟子のそれを受け取ってぱくり。いや、特段変な味はしない。ともなれば、まあ、苦手な味だったのだろう。特段突くでもなく、弟弟子にとっては美味なそれはすっかりなくなって、けれどしっかり働いた腹には、どうにもいまいち足りていない。
 なら、他の奴を喰うか、と弟弟子が袋を漁るが、兄弟子は止める。いや、いい。俺はその葉のにおいがダメだ、体が全く受け付けない、と。見たことが無い様子に、弟弟子はふと思い返す。一度だけやった端午の節句のお祝い、たしかあの頃は……思い違いでなければ、葉に巻かれた料理を喜んで食べている兄弟子の姿があったはず。
 まあ、大人になれば味の好みも変わるよな。弟弟子はそう考えて、じゃあ、と固まった兄弟子の背をばしりと叩く。まだ店開いてるから買いに行こうぜ、菓子が多かったから塩気が欲しい、と。兄弟子は、せっかく来たんだし、そうしようか、と立ち上がる。
 足を拭き、靴を履き、河原から階段を上ると、ふと主催者の屋台が目に入った。もう餅も粽も作っておらず、そろそろ客足も坂を下りるほうが多くなってきて、しかし暇をするでもなく、屋台で書類を広げては、それらを確認しながら、携帯で誰かと連絡を取っていた。そう言やあいつ、悪い龍を追い払うためになんとかかんとか言ってたような。弟弟子はちらり、兄弟子の胸に刺さった結晶を見る。

 まさかな。