河童の皿箱
2025-04-02 09:42:52
33860文字
Public 遊戯王:長め
 

娑楽斎が端午の節句を祝うだけ

娑楽斎が端午の節句を祝うだけ
※設定に誤りがある部分あり。未修正。



 どん、と響くは大太鼓。カラン、と鳴った三味線3匹、ひゅうるりひゅるりと、風吹くような笛の音。ちんちりちりちり、鈴が鳴り、大観衆は森を背に、踊れや歌えや大騒ぎ。楽器を演奏する天使たちも、それを先導する雅楽師も、そして舞台で舞い踊る踊り子たちも。みんなみんなで踊れや歌え。翻る衣に猛り、踏まれる炎のステップ。川の流る音に身を任せた、流麗なる水のバレエ。谷間を吹き抜ける風を捕らえる舞に、面をかけて身を振り手を振り。そこに秩序も法則もなかったが、ただひとつ、音を楽しむ思いだけが、この場を支配していた。
 ぱっと真上に昇った太陽が耀き、その祝福たる光が舞い降りる。川の水に反射してキラキラ、木々の間に零れ落ちて差し込み、舞台を、人々を、ぬくもりで照らす。ひゅうと吹いた突風に、渓流の鯉の群れはぴちぴちと跳ねはためく。ついに急を迎えたライブはその音の迫力をグンと増し、加速するそれに踊り子たちは振り落とされず、ずんずんずんずんヒートアップ。そしてバッと残響が山々を包み込めば、次にはわあああぁ! と、割れんばかりの大歓声が浴びせられた。

 それから、静寂を置いた昼時。娑楽斎の屋台で貰った粽と餅と、その他諸々の出店の料理を、踊り子たちはテーブルを囲ってもぐもぐ食べていた。誰が一番よかったか、なんて語り出した赤の踊り子。いやいや、今回はそうじゃないでしょと突っ込む青の踊り子。やいのやいのとやり合う中を、凛とした能楽師は見守り続ける。
 その少し離れたテーブル。たくさんの人と一緒に踊ったことが、緑の踊り子の胸の中には繰り返し、繰り返し、舞台上からの景色を思い返していた。緑の踊り子にとって、未だかつてないほど、心の深く深くから、熱がボッと燃え上がった、あの大歓声を。
 隣に座る能楽師は、いつものようにぼんやりしながら、本場の中華風粽をもぐもぐ。しっかり炊きこまれた肉と野菜と醤油の香りに、緑の踊り子も一緒にぱくつく。……美味しい。誰かと一緒に食べるご飯って、皆で作ったご飯って、こんなにおいしいんだ。隣の能楽師が、おいしい? と問いかけると、もちろん、と踊り子は返す。もちろん、そう、もちろん。初めてなのに、なんだか変な返事をしちゃったなぁ。チラリと隣に目を向けても、能楽師は変わらず粽を開いてパクパク食べていた。

 おーい、ハレ! おーい、ニニ。赤い髪の女と、青い髪の女がやってくる。それと同時に、赤と青の踊り子は、ぱっと顔を輝かせた。お母さん! 食べかけ粽を葉の上にポンと置いて、駆け出す背中に、緑の踊り子の胸の奥がきゅっと冷え込んだ。ハレ、アンタいい舞してたじゃないか! 豪胆な笑い声と、髪が乱れる程の激しい撫で方。その隣では、ニニ、ここでたくさんのことを学んだんだね、と、おっとりおっとり、優しい撫で方。母親と子供の笑う景色に、緑の踊り子はふと周りを見る。緑髪の女は、居ない。まあ、当然か。落胆するでもなく、けれど心の炎はしゅんとしぼんでしまって、また粽をぱくり。
 不意にぐいと引っ張られた先は、ぼんやり能楽師の腕の中。フゥリも、頑張った。いっぱい頑張ってる。ぽんぽん頭を撫でる、その手は不慣れであたたかくて。つい、鼻がツンとしたけれど、緑の踊り子はぐっと抑え込んで言った。セアミンだって頑張ったでしょ! えらいえらい! ぎゅうと抱きしめ、お返しとばかりに髪をガシガシ。目をまん丸くした能楽師は、それでもなお、緑の踊り子の頭を撫でた。
 おっ、そっちにいるのは? 赤の踊り子の母が、ふと緑の踊り子の近くまでやってくる。つい身を離して固めるが、赤の踊り子と青の踊り子は言った。紹介するね、この子はフゥリ。私たちの大事な友達なの! と。青の踊り子の母は、ふむと顎に手を添えて、そして緑の踊り子に頭を小さく下げる。いつもニニがお世話になっています。うちの子は、迷惑をかけていないでしょうか、と。赤の踊り子の母はその光景に目を瞠り、そして倣って頭を下げた。ねえ、ハレのこともよろしく頼んだよ。この子、おっちょこちょいなんだから、と。
 もう、お母さん。迷惑はかけて無いよね、フゥリ。私、大丈夫だよね? 青の踊り子はふと不安に駆られ、緑の踊り子に訊ねた。赤の踊り子も、お母さん、おっちょこちょいってことはないでしょ! そうだよね、フゥリ! と迫る。緑の踊り子はそんな様子につい噴き出して、そして背をピンと伸ばして胸を張った。当然です、私がしっかり見ておきますから! だって、私の、私の大事な……友達だもの!
 いよっ、よくぞ言ってくれました! 赤の踊り子は母と共に跳ねて喜び、青の踊り子の母は恥ずかしがる娘の隣でほっと胸をなでおろした。どうか、これからもよろしくしてあげてね。そういって、2人の母はまた祭りの喧騒へと溶け込んでいった。

 あー。びっくりしたぁ。
 ね、まさか遊びに来てるなんて……フゥリもびっくりしたでしょ? ごめんね。
 ううん、大丈夫。ご挨拶できて、うれしかったの。

 そう、嬉しかった。胸に再び灯った熱が、まだドクドク鳴っている。それは、愛想ではない、はず。そうでなければ、どうしてこんなに体が熱いんだろう。
 ふと気が付くと、テーブルの上の皿はすっかり空になっていた。アタシ、まだ食べ足りないや。もうちょっと買ってくる。あぁ、ちょっと。片づけて行かないと他の人に迷惑でしょ。慌ただしく走っていく赤と青の御巫。残された緑の御巫の隣を、能楽師の片割れは変わらず座り、空いているもう片方の席にも、もう片割れが座る。静かになった食卓と、往来する人々の賑わう話声と。

 ねえ、セアミン。わたし、ここに来れてよかった。……誘ってくれて、ありがとう。

 そう口にしても、能楽師はぼんやりと粽をもぐもぐ食べ進めては、頷くばかり。何を言うでもないいつもの姿。その肩に頭を寄せて、まあ今は、里の外だから。自分に言い聞かせて、灯る炎に心を解した。