河童の皿箱
2025-04-02 09:42:52
33860文字
Public 遊戯王:長め
 

娑楽斎が端午の節句を祝うだけ

娑楽斎が端午の節句を祝うだけ
※設定に誤りがある部分あり。未修正。



 日の傾いた夕暮れに、薄闇色の帳が降りる。一等星が空に輝く頃、子供達は穏やかな渓流から出てきては、ずらりと坂道に集まっていた。危ないので前には出過ぎないでください、お子さんの手は離さないでください、身長の高い方は後ろへお願いします。あぁ待って、先に人力車通してあげて。能楽師と御巫達の声を人々は素直に聞き入れて、その時をじっと待つ。客を上まで運び続けた人力車が、下へ下へと下って行って、ようやく出来上がった列の中では、人々の胃袋を満たした料理人たちに、鯉幟を作り上げた裁縫屋と画材屋、薬玉を提供した調香師たち、坂の少し上の方では黒の少年と白の少女が肩を寄せた。更に坂を上った先、鯉幟の根元のあたりでは、ぼうっと眺める忍者たちと、この祭りの準備を主催者と共に担った男2人。赤い男は少年を連れ、青い男は兄弟子を連れていた。

 川の上の舞台上では、黒衣がちょこちょこと走り回り、その中心で雅楽師が琴を調律し、満足いく音が出れば立ち上がって横持ちする。雅楽師が手をあげ、黒衣が頷き、その手元で機材を操作すれば、ドンと激しい打撃音が、特設スピーカーを通して鳴り響く。
 それと同時に、渓流に、巨大な筆を携え立つ人影。突如、会場がふっと淡い霧に包まれて、傾いた陽の光が届かなくなる。だが、筆先の軌跡は鮮烈に光り、残り続け、雅楽師の声と爪弾く琴の音と共に、筆はおどり始める。
 幾重にも重なる波と、激流と。それを遡るネオン色の鯉は、ざぶん、ざぶん、と。その波すらも、己が力に変えていく。たおやかな琴の音が、勇ましい声が、暗闇に舞う紫色が、遥か昔から続く物語を紡ぎ出し、そして祈りを捧げる。
 サングラスに光が反射する。きらり煌めき見えた顔は、とても晴れやかな表情で。ネオン色の鯉は、次々、次々に姿を見せ、川を遡上していく。
 子供たちは、わぁ、と声をあげる。すると、子供達が持っている薬玉に、ふっと光が灯った。浮世絵師が坂道の淡い光に目を向けると、大きく手を振り、そしてパフォーマンスはクライマックスへ。
 光る筆先ががパッと剥がれ、別れていく。別れた先から宙に浮かび上がり、また筆となる。巨大な筆が水から顔を出した鯉を1匹捕らえ、色をなぞると……なぞられる端から、鯉は姿を変えて行く。勇壮な面立ちに、勇猛な角、凛と生えそろった鱗は激しい光を帯びて、体を水からのしのしと上げ……猛々しい龍が、人々の未来への祈り、その結晶たる龍が、水から飛び出し、空へ、空へ、高き空へと昇っていく。
 龍は吼え、そして笑う。他のネオンの鯉たちも、龍の姿を模って、空へ空へと昇っていく。そして、人々の薬玉の灯がふっと離れ、渓流を泳ぐ鯉幟たちに宿れば、鯉幟たちもまた、空へと自由に舞い踊り、空へと飛び立つ。
 尾の先を水の底に残した龍、空に子を連れ昇り行き、集まる色とりどりの子たちを見下ろして、高く、高くへ昇っていく。坂道の子供達も、大人たちも、祈りの形にぽかんと口をあけながらも、誰もかれもが色に、光に、見惚れていた。

 からん。琴の音が終わる頃、龍たちも、鯉幟たちも、姿を消していた。ひゅうと風が吹き、もう何もいない支柱の頂上、矢車がカラカラ回る。渓流に立つ男は、ヘッドマイクを通して話し始めた。

 皆様、本日はお越しくださり、誠にありがとうございました。束の間の休日でしたが、楽しんでいただけたでしょうか。今日、この祭りを無事に開けたのは、参加してくださった皆様のおかげであり、そして、準備に駆けつけてくれた全員のおかげでもあります。この場を借りまして、改めて、感謝申し上げます。そして、今日来てくれた子供たちー! ちったぁ良い思い出になったかー! 帰るまでが祭りだからな、気を付けて帰れよー!

 人に満ち満ちる坂道から、子供達の元気な声が山々に響き渡った。