河童の皿箱
2025-04-02 09:42:52
33860文字
Public 遊戯王:長め
 

娑楽斎が端午の節句を祝うだけ

娑楽斎が端午の節句を祝うだけ
※設定に誤りがある部分あり。未修正。



 掌に咲く春の花束を、匂い袋を閉じ込めた球体の外側へ、ひとつひとつ飾り付けていく。まるで世界が生まれ変わるかのように、徐々に、しかし素早く、球体は花に包まれ、それをまたひとつ、魔法の裁縫屋に手渡す。黒い裁縫屋は魔法の針を操って、花の球にするり、糸を通す。ぎゅっと結べば、何とも雅な薬玉が出来上がった。
 まさか、一緒にお仕事ができるなんて思っていませんでした、マジョラムさん。裁縫屋はふと、そんなことを口にした。あら、こちらこそ。花を指で撫でる調香師は微笑んだ。なにせ私たち、直前まで私ひとりの予定だったのですもの。場所を調整していただいて……合同の申し出を快諾くださり、本当に助かりました。ありがとうございます。恭しく頭を下げては、裁縫屋はあたふた、口はむぐむぐ。少し時間を置いて、ど、どうか頭を上げてください。私たちも嬉しくて……ただその、ちょっと、緊張していると、いいますか。あまりに素敵な薬玉……ですから、絶対失敗したくないんです。
 裁縫屋の掌に載せた薬玉は、大きな花が愛らしく花びらを広げ、きっと誰かの手に渡る。みんなで一緒に魔法をかけたから、普通の薬玉よりもずっとずっと長持ちするだろう。調香師はふふふ、と口に触れるかのように笑い、それもこちらこそ、です。ハイネさん、貴女がそうして、大切に糸を通してくれるから、私も張り切ってしまうのです。その言葉に、裁縫屋の胸はにわかに暖かくなり、えへへ、と笑った。

 この祭りで最も大きな屋台は、この魔法屋であった。人々は花の色と香りに導かれるかのようにふらりと立ち寄っては、そして次々にあれこれ目移りしていた。陶器、絵の具、金属腕輪に象嵌された宝石。そして、ガラス細工に布飾り。他にもまだまだ、アロマキャンドルに香油にお香に花、そして本日限定、菖蒲の入浴剤と薬玉。もちろん、値段もそれなりでまちまちであったが、訪れた人々は目で楽しみ、鼻で楽しんでいた。無邪気な子供が魔法のきらめきにすっかり夢中になって、あれ買って! ねえこれがいい! そんなおねだりに負けて、それじゃあこれをひとつくださいな。店員の少女たちははーいとこれを手際よく包み、会計をして客を見送る。
 調香師はふと、口にする。こうして、お客さんが喜んでくれるその先を見れるのは、なんだか新鮮ね。道端で小さな小さな子供が、買ったばかりの薬玉に鼻を近づけて、いいにおい! と、話している。裁縫屋は頷く。えぇ、こうして往来で私たちが作ったものを身に着けてもらえると、なんだか、なんだかとっても嬉しい。……頑張って仕事をしても、なかなか見れる光景じゃありません。裁縫屋はふと後ろを振り向いて、渓流で風を受けてはためく100匹の鯉幟と、それを眺める人々をじっと見つめる。とっても素敵ね、誰が作ったんだろう。そんな呟きについついにやついては、はっと振り向く。穏やかな調香師は、またふふふと笑っていて、裁縫屋の頬はぽっと熱くなった。

 それからまた、他愛のない話をしながら、薬玉を作っていく。ねえねえ、ハイネおねえちゃん。陶器を作る少女が、裁縫屋の服をくいくいっと引っ張った。どうしたの、としゃがんで視線を合わせると、少女はもじもじ。けれど、意を決して言った。お祭り、わたしも行きたい。すると、絵具を作る少女が止める。ポトリー、お店の手伝いもしなくっちゃ、と。裁縫屋は2人の肩をポンと抱いて、首を縦に振った。いいよ、もう十分手伝ってもらったから、大助かりしちゃった。お祭りに行っておいで。それに、ピットレも。お話ししに行きたい人が居るんでしょう?
 それを聞いた少女達は、手を挙げて大喜び。ほら、いこう! 早速とばかりに駆け出した少女たちのすぐそばを、陶器のうさぎは跳ねとび回る。薬玉を腕に下げた人々の間を、少女たちは走り去っていった。
 元気ですねぇ。えぇ、ほんとうに。裁縫屋は、調香師の言葉に微笑んで、またひとつ、手渡された薬玉に糸を通す。いつもいつも、大人と同じくらいお仕事を頑張っているので、こういう時くらいは、息抜きをさせてあげたいんです。……うちのマスターのサボり癖が無くなってくれれば、そういう時間も増やせると思うのになぁ。裁縫屋が唇を尖らせて漏らした、そんな小さな愚痴に、調香師はあらあらと笑った。それでも、調香師は裁縫屋の呟きに、心を通わす部分も多かった。
 そうね、ジャスミンとローリエにも、遊びに行ってもらおうかしら。なにせ、1年に一度のお祭りなのですから。