河童の皿箱
2025-04-02 09:42:52
33860文字
Public 遊戯王:長め
 

娑楽斎が端午の節句を祝うだけ

娑楽斎が端午の節句を祝うだけ
※設定に誤りがある部分あり。未修正。



 早速、娑楽斎がファイアとラゼンを連れてやってきたのは、魔法によって栄華を極める大都市、エンディミオン。悪目立ちせぬようにサングラスを外し、少しだけ髪を崩し、ローブを身に纏う。交通手形を見せ、巨大な門扉を潜り抜けると、空には燦燦と輝く太陽、その手前に巨大な魔法陣と結界が取り囲み、軒を連ねる店には不可思議な生き物の剥製や鉱石、何に使うかもわからない薬草等々が並び、どこもかしこも人で賑わっている。人々の合間を抜け、石畳をコツコツ歩き、大通りから外れる小道に入れば、そんな賑わいは徐々に遠ざかっていった。
 陰る路地にてふとファイアが足元に目をやると、まるで粘土でできているかのような兎が、足元にちょこちょこやってきた。驚いてついふらつけば、おい、踏むなよ、とラゼンがからかう。踏まねぇよ。ファイアが反論するが、こんな街に来るのは初めてで、空気の匂いも、雰囲気にも慣れず、どうにも落ち着かないのもまた事実。このまま一体どこまで行くのだろう。粘土の兎は足元を離れ、どこかへ走り去っていった。

 何度か曲がり角を過ぎた先、静けさに包まれた、とある通り。目に入った看板は、赤に緑に青に黄色。レンガ造りの家にピタッとハマった丸く可愛らしい窓からは、キラキラと魔法の粒子が溢れ出ては、煙のように空へゆらゆらのぼっていく。
 娑楽斎がようやく立ち止まったのは、その少し奥にある黒い看板の店の前。コンコンコン、と扉を叩けばすぐに、はい、と凛とした声が返ってくる。ガチャリ開けば、この魔法使いの国にはかなり珍しい形の、レザー質の黒服を纏う、長髪の女――ハイネが顔を覗かせた。
 あぁ、娑楽斎さん、お待ちしていました。あとは検品分のチェックと納品なのでさあ、どうぞ。衣装の印象よりもずっと柔らかく微笑んで、彼女は扉を開いた。

 その先には、実に様々な模様の布が管に巻かれ、鮮やかな色たちがずらりと並ぶ、いうなれば裁縫屋のような。薄暗い店内を照らす魔法のランプは結晶の色と同じく煌めき、古い木材の香りと、どこか甘い花の香りに、自然と心が落ち着く。歩けば微かにギィと鳴るそれすらも心地よく、ファイアとラゼンにとって全く無縁な店だが、2人は圧巻の品揃えと、絵本の中のような世界に目を瞠った。
 その中心にある大きな作業台では、まるで筆のように毛先の染まった大きなおさげの少女が、インクの入ったいくつもの小瓶と広がりっぱなしの布に囲まれながら、机に突っ伏して眠っていた。ハイネは言う。すみません、他の依頼も重なって、ずっと手伝ってもらってて。少し寝かせてあげてください、と。娑楽斎は声量を落として答える。いや、構いやしないさ。大口の注文だっただろうしな。
 奥の部屋に通されれば、そこには男達のちょうど肩幅ほどもある大きな木箱が山積みになっていた。ファイアがつい、指で数える。1つ2つおよそ20箱。ラゼンはつい口走る。まさか、これ全部、運べっていうのか。娑楽斎は口元を吊り上げて笑う。あぁ、そうだ、と。続けて、ハイネは言う。これでもまだ半分ぐらいです、あとは倉庫に入ってて。その言葉に、ファイアとラゼンは唖然とした。この男の無茶振り具合もそうだが、それに付き合った、あるいは付き合わされたのだろうこの女にも。
 ハイネが箱を1つ開けると、そこには魚のような布の塊、こと鯉幟が入っていた。しっかり広げると人よりもずっと大きく、頭と尻尾が部屋の壁にくっついてしまうほど。それを娑楽斎が受け取り、縫い目の入り方、色味に鱗や目の描き方、全て指示通りかどうか、しっかり目を通す。そして頷く。予想してたよりもずっと素晴らしい出来だ、と。同じように、箱にもうひとつ入っていた鯉幟の出来も確認し、こちらも問題なし。
 最後に娑楽斎はハイネが差し出した2つの書類にサインをさらっと書き入れ、一緒に金貨のたっぷり詰まった袋を渡した。ハイネが書類に不備がないか、金貨の数は足りているか数える傍らで、娑楽斎は取り出した鯉幟を畳み、箱に収め直す。
 ……はい、これにて取引完了です。ハイネが書類に大きなスタンプをポンと押し、紙をくるっと巻いて赤いリボンで留め、納品済みの棚に収める。あぁ、ついでだが、ピットレが起きたらよろしく伝えてほしいのと、この手紙を渡しておいてくれるか、と娑楽斎。ハイネは頷く。はい、しっかり伝えておきますね。もちろん、契約と報酬のことも。それに、お祭りの事も。私たち、楽しみにしていますから。

 さて、そんなやり取りを離れて見ていたファイアとラゼン。娑楽斎にこんな友達――或いは取引相手がいるなんて知らなかったな、と語るのはファイア。あぁ。ラゼンも頷く。そも、この3人が出会ったのはとあるジムでの出来事だった。それから度々話すようになり、ラゼンが主導して訓練するようになり。話すのはもっぱらトレーニングや戦いのことで、絵師をしているのは何となく知ってはいたのだが。こんな洒落た店に、しかも女の様子を見るに、ここに来たのは一度や二度ではないのだろう。普段見るようなバカ騒ぎや仲間との様子、2人の体術にかなわず吹っ飛ばされる様子からは、どうにも想像ができなかった。
 さ、待たせたな。娑楽斎はファイアとラゼンに向き直る。じゃあ、運び出していくぞ、と。ハイネがその身ほどもある鋏のような杖をふっと振るえば、ふわりと箱が浮かび上がり、3人の男の前に止まる。ラゼンが腕を回してみると、ずっしりとした重さが腕にかかった。まあ、この重さなら丁度いいぐらいだろう。ただ、箱の大きさから、2つも持ったら前が見えなくなる。仕方ない、ひとつずつ運ぶしかないか。

 そうして、男達は街の空いている道を選んで運び出していく。馬車の駐留所までくれば、そこには貨物馬車がひとつ待機していた。
 運び、積み、運び、積み。
 何度も往復するその途中、ファイアは疑問を投げかけた。浮かばせて運んでもらうってのは無しなのか、と。娑楽斎が答える。流石に数が多すぎるし、多忙なハイネに付き合わせるにはちょいと遠くてな。それに、お前らならいい運動になるだろ?
 2人は否定はしなかった、が。あんなにたくさんあるとは聞いてもいなかった。いや、それも織り込み済みの報酬額なのだろうとはわかるが。この程度ならまだまだ割のいい仕事ではある。が、釈然とはせず、ラゼンが先往く背中を小突けば、娑楽斎はいとも簡単によろめいた。

 馬車が箱を積みこんで、5回ほど出ていってようやく、裁縫屋の倉庫に積み上がった箱がなくなった。そのころには真上にあった太陽は傾き、そろそろ街灯がつくかどうか。貨物馬車にそのまま乗って、街を後にし、道の凹凸の通りに揺られる男達。
 これから荷物の集積所まで行って、貨物列車に乗せるぞ、と娑楽斎。ラゼンは言う。まさか俺たち、このまま荷物として運ばれるわけじゃあないよな、と。娑楽斎は笑って首を振る。流石にそこまで鬼じゃねぇよ。ちゃんと人間用の列車の座席は取ってある、と。
 ゆらゆら、がたがた。ランタンに勝手に火が灯る頃、馬車は止まる。ファイアが凝り固まった体をうーんと伸ばせば、集積所で待っていた人影に、よく目を凝らせば、木製のカラクリ達に、周囲を囲まれた。なんだなんだとファイアとラゼンは身構えるが、娑楽斎は静止する。そうだった、伝え忘れてた。こいつらはカラクリの国の町人たちでな、祭りってなわけで手を貸してくれてるんだ。
 お前、また変な知り合いが。ついラゼンは口走りそうになるが、自分もよくわからないアメーバかスライムのような生物と知り合いであると思い出し、口を閉じた。敵意があるわけでもなく、どこかひょうきんに荷物を指さすカラクリ達。早く下ろせと言わんばかりの態度に、男達が木箱をひとつ抱えると、カラクリ達は2人がかりで木箱を抱え、せっせせっせとコンテナに箱を積み上げていく。

 荷下ろしを終え、街へ帰っていく馬車を見送り、閉じるコンテナとそこに入っていくカラクリ達を見送り、貨物列車は走り始める。これで今日の仕事は終わりだ。とはいえ、このまま輸送先に向かうそう。3人は次に、寝台列車を待つ。
 しっかし、気軽に引き受けたこの仕事、どういう結果に結びつくのか、いまいち想像がつかないな。ファイアがぽつり呟けば、それもそうか、と娑楽斎。せっかくだ。会場に行くついでに、俺たちの風習とか由来とか教えてやるよ。ホームに滑り込んできた列車に乗り、魔法世界を後にした。