ゑ/圓堂
2025-03-26 23:40:55
27579文字
Public 管理NO3250本丸
 

【刀剣乱舞】その愛を何と呼ぶ・前編<web再録>【創作男審神者×一文字則宗】

2021年8月インテックス大阪開催の閃華の刻で頒布し現在は完売となったさにごぜ本のweb再録となります。こちらは前編となります。
再録にあたり(色々ととんでもなかったので)そこそこ加筆修正を行っています。
刀剣乱舞というジャンルにきて初めて出した、最初のさにごぜ長編です。さにごぜが特命調査慶応甲府を経て邂逅するまでの物語を綴りました。
本をお迎え下さった皆様本当にありがとうございました。






『高等部の半ばまではとても意欲的で志の高い審神者志望の学生だったんだよ。だけどある日急に『頑張る事』を全てやめてしまったんだ』————主という男について、かつてそう語ったのは、高等部時代の学友や指導者達である。審神者になる以前の彼を知る者達は皆口を揃えてそう話す。



更に昔、彼がまだ真っ新な少年だった頃——彼は審神者という職業を知り、純粋に『自分にはこの道しかない』と思っていた。

彼はごく普通の少年ではあったが、常に肌身離さず一冊の文庫本を持ち歩いていた。
それは小説だった。
著名な作家が新選組の生き様をありありと描いた、誰もが知るであろう有名な作品だ。

幼少期の彼には少々小難しい筈のその本を、読めない漢字は親にルビを振ってもらい、分からない言葉は意味を調べ、彼は繰り返し何度も読んだ。幼少期から少年期の大半、それこそ擦り切れるまで読み続けた。
平民だった者達が、激動の時代の奔流に飲まれながらも武士であろうとした——そんな新選組という幕末に生きた男達の歴史は、少年の心を何よりも熱くさせた。

そんな新選組の中でも、何よりも少年時代の主の心を掴んで離さなかったのは、かの天才少年剣士・沖田総司——がただ一度だけ振るったという『菊一文字』という刀であった。
小説の中で描かれる菊一文字と沖田総司の物語はまだ幼い彼の心すら打った。そして何度もその物語を読み返す度、次第に彼の心は菊一文字に焦がれるようになっていたのだった。

そんな少年が『審神者』という職業の存在を知って、目指さぬ道理が無かった。
危険は伴うが花形の国家資格である事もあり、周囲に反対する者など皆無であった。彼は憧れのままに学業に励み、いつか審神者となって菊一文字なる刀剣男士と出会う日を夢見ていた。





彼が常に学内で主席をキープし続け、審神者の資格試験を控えていた頃、一つの悲劇が彼を襲った。

それは『菊一文字という刀剣の存在の完全否定』だった。



時間遡行軍が現れ審神者という職業が生まれてから、刀剣に対する学説は確実な真実性を求められた。それは刀剣男士という付喪神を顕現させるために必要不可欠だった。
『実在する刀剣である事』というのが絶対条件であり、それを満たさない『創作の中にしか存在しない刀剣』は顕現不可能——それが政府の見解であった。

菊一文字は小説や講談によって長く人々に愛され、たとえ現物の行方は判らずとも実在する刀なのだと信じられてきた。誰もがそう信じて疑わなかった。
しかし、学術的権威が長きにわたって調査を重ねた結果、残ったのは『菊一文字という刀は現実には存在しない』という事実のみ。この結果に歴史学者達の間でもショックを受ける者は多く存在した。
だが、当時学生であった主よりも大きなショックを受けた者はいなかったのではないだろうか。



彼は最早引き返す事すら叶わない地点で、自身が目指していた人生の目的地への拠り所を失ってしまうこととなった。それでも、自らが敷いてしまったレールの上を歩んでいくしかなかったのだ。