ゑ/圓堂
2025-03-26 23:40:55
27579文字
Public 管理NO3250本丸
 

【刀剣乱舞】その愛を何と呼ぶ・前編<web再録>【創作男審神者×一文字則宗】

2021年8月インテックス大阪開催の閃華の刻で頒布し現在は完売となったさにごぜ本のweb再録となります。こちらは前編となります。
再録にあたり(色々ととんでもなかったので)そこそこ加筆修正を行っています。
刀剣乱舞というジャンルにきて初めて出した、最初のさにごぜ長編です。さにごぜが特命調査慶応甲府を経て邂逅するまでの物語を綴りました。
本をお迎え下さった皆様本当にありがとうございました。



***


————夜。
 
昼間は緩やかな冬の陽射しが降り注いでいた本丸の敷地内には、今は日没後から降り始めた雪が土や草木を白く染めている。
冬のささやかな夜風が障子戸を微かに鳴らす音と、火鉢の中で炭が爆ぜる音だけが耳を騒がせる。全く以て静かな夜だ。



主は執務室のソファに寝そべり、すっかりぼろぼろになった文庫本の頁を捲る。
紙と指が擦れる音がやけに響く。

結局、あれほど絶望したのに捨てられず、この本丸まで持ってきた苦い思い出。
この本丸に就任した際に手荷物を持ち込んだ鞄にそのまま押し込まれていたそれを手に取るのは、今の主には少しばかり勇気が要った。
しかし、一度手に取ってみると、すっかり跡がついて直ぐに開いたその章に並ぶ活字を目で追うのは、そこまで難しい事ではなかった。



(何も、変わらねぇな)



そう心で呟き、あまりにも当たり前の事に主は一人鼻で笑う。


物語は、変わらない。
変わったのは、己だ。


章の最後の一節まで読み切ったところで彼は本を閉じ、今度は作業机の上の、いつでも視界に入る場所にそれを置いた。
まるでそれは、思い出の写真を立てて飾るように。

そしてすぐさま、例の『鳩』の映像を受信装置で再生する。
初日の彼らが監査官と合流するところから、甲府城に入る直前までを、まるで映画でも観るように鑑賞する。

映像が遮断されたのは昨日の事である。
通常、このような事態が全く無い訳ではない。仔細までは主も詳しくは知らぬが、本丸のある世界と刀剣男士達を送り込む世界は少しばかり時空の違う場所となっているらしい。その影響によってか、外部からの干渉を受けるという展開はしばしばある。

今回もその可能性は十分に有り得た。
しかし、少々タイミングが良すぎる事が主の中で引っかかっていた。

『鳩』の映像が遮断される直前で、主は映像を一時停止させた。
調査部隊を先行させた後、自身も甲府城へ入ろうとする監査官の姿が映っている。


彼は、真っ直ぐに『鳩』を見ていた。
それなりの距離があるにも関わらず、その唇が笑みを湛えているのが、何故か主には確信出来た。



(この男が意図的に遮断した……?だとしても何故……



湧き上がる疑問を、しかし主はすぐに取り下げた。
よれよれの開襟シャツの胸元から流れるような仕草で煙草とジッポを取り出し、火を点ける。
噛み締めるように、慣れた煙の味を確かめ、空気中へと吐き出す。

主は画面で静止したままこちらを見上げる男の姿を、一つ一つ細部まで確かめるように観察する。



映像越しにも見事な金糸の髪。
仕立ての良い二重回し。
黒と赤のコントラスト。
色素が薄いと思われる瞳。
僅かに見える佩刀——サイズ感から考えると太刀か。



確信出来る要素はまだ、無い。
だが、予感というものを信じるのであれば、それは主の中で次第に一つの形を作り始めていた。

もし。
もし、大般若長光の言ったように、昨日の迷信が明日の真理になるのであれば。




(俺は、あんたをどんな顔で迎えればいい?)




手元から立ち昇る紫煙の向こう側で真意の読めぬ笑みを浮かべる存在を、主はただ、今は遣る瀬無い思いを抱えて眺める事しか出来なかった。