ゑ/圓堂
2025-03-26 23:40:55
27579文字
Public 管理NO3250本丸
 

【刀剣乱舞】その愛を何と呼ぶ・前編<web再録>【創作男審神者×一文字則宗】

2021年8月インテックス大阪開催の閃華の刻で頒布し現在は完売となったさにごぜ本のweb再録となります。こちらは前編となります。
再録にあたり(色々ととんでもなかったので)そこそこ加筆修正を行っています。
刀剣乱舞というジャンルにきて初めて出した、最初のさにごぜ長編です。さにごぜが特命調査慶応甲府を経て邂逅するまでの物語を綴りました。
本をお迎え下さった皆様本当にありがとうございました。



***


————明けて、入電当日。



大広間には、かつて新選組に関わった刀剣男士が五振りと蜂須賀虎徹が揃っていた。皆一様に押し黙り、呼吸さえも躊躇われるほどの空気に支配されている。
しかし注視してみると、自ら静寂となる者、その静寂にありのまま身を任す者、空間の重圧に耐えるように口を噤む者、と各々の想いを秘めているのが見て取れる。




静寂を破ったのは、大広間へと向かってくる足音と、それが止んだと同時に静かに開かれた障子戸の戸と桟が擦れる音であった。
皆の視線が一斉に音源へと集まる。
普段と変わらぬ草臥れた姿の主が、政府より支給された通信機器を携えて立っている。

一身に受ける視線を意に介す事無く、彼は静かに大広間へと足を踏み入れた。



――へぇ、珍しいね。今まで一度も来なかったくせに」

やっと静寂を破るきっかけを得たように、加州清光が口を開いた。険のある声音を隠しもせずに主へと言葉を投げ付ける。
こちらもやっと静寂から解放されたという様子で、加州、ちょっと、と小声で制そうとする堀川国広。
そしてその彼を無言のまま仕草だけで諫める和泉守兼定。
その様子を一瞥する事もなく加州清光の横で押し黙ったまま、大和守安定は仄暗い瞳で主を睨み付けている。

長曾祢虎徹と蜂須賀虎徹は、各々沈黙を保ちながら主の一挙手一投足を見守っている。



……そうだな」

主は入電の準備に取りかかりながら、淡々と加州清光の言葉を肯定した。
周囲の全ての動きを気を留めるような素振りは一切無い。



特命調査は政府から命ぜられる任務の中でも少々特殊である。
通常任務は主が携帯電話やスマートフォンの代わりに持たされている、時の政府のみの連絡を受信する小型の通信端末からか、もしくは簡易的な封書にて通達される。しかし特命調査は先の通り、まず時の政府の公的な封書にて初報がもたらされ、次いで本丸に直接指示を出す『監査官』もしくは『調査員』より映像通信にて入電がある。
主がセッティングしているのはその映像を投影するための機器だ。プロジェクターに似ているが、どことなく映写機を思わせるフォルムをしている。
原理は主でさえも解っていないが、この機器と通信端末を接続しデータを受信すると、機器上にホログラム映像が映し出される仕組みになっている。映りは非常に不鮮明であるが、音声はそれなりに聞き取れるため、指示を受けるのには支障はない。
何故こんな回りくどい仕様になっているのか、疑問は感じたとしても誰一人時の政府に口を出すものはない。出す権限など端から与えられていないのである。

主が投影機器と接続された通信端末を操作し、座卓の上にそれを置く。
加州清光と主の僅かな会話以降再び沈黙していた一堂にとっては、こと、という軽い衝撃音さえも、この大広間には随分と大きな音で反響するような心持にさせられた。




随分と長く感じられた静けさを再び破ったのは、無機質な着信音。
次いで浮かび上がる『入電』の文字に、停滞していた広間の空気が俄かに騒めく。

準備を整えた後最後方へと移動した主に、蜂須賀虎徹が目くばせをする。その合図を確認した主は仕草だけで蜂須賀虎徹に受信を命じる。
それに従って、蜂須賀虎徹は慣れた手付きで端末を操作した。



『高度暗号通信傍受』

『現在解読中』

『解読終了』
『画像不鮮明』

『出力開始』



空間に映し出される文字の羅列が、目まぐるしく切り替わる。
そして暗転。


相変わらず画質は非常に悪い。
何が高度だ、と主は心の奥で誰にともなく吐き捨てたが、そんな毒は一瞬にして霧散する事となる。

暗闇に近い背景から滲み出るように、一人の人物の姿が胸元より上のアップで浮かび上がる。
目元から上はより濃い暗闇と不鮮明さで窺い知る事は出来ない。それはいつもの事だ。




―――聞こえるか。……こちらはいつでも正月の監査官』



自らを監査官だと名乗る男の口上に、主はまるで時が止まったかのように釘付けられた。
自分が息を飲む音さえ煩いほどに、映し出されるそれ以外の全ての時間が止まったように感じた。

衝撃に麻痺しそうな頭の中を懸命にフル稼働させて、主は目の前の映像の人物の言葉とこれまでの記憶、知識を総動員させる。




慶応三年、甲府。
いつでも正月の監査官。

不鮮明な画像の中にすら埋もれる事なく映える金の髪、そのシルエット。
飄々とした物言いの中にも失われぬ、悠然とした品格。



全ての点が線となり、やがて一つの結論を導き出そうとしている。だがしかし、それを主は認める事が出来ない。





(違う、こんなのは、都合のいい解釈だ)

(そんな筈が無い、有り得る訳が————





————主、終わったぞ」

長曾祢虎徹の呼びかけに、金縛りのように硬直していた主の心身はやっと戒めを解かれた。

「あ、あぁ、悪い」

明らかに動揺を隠しきれていない主の様子に、流石の加州清光と大和守安定も含め、一同が困惑した目を主に向けている。
主は、しかしやはりその視線すらも意識の外にあるようだった。腕組みして壁に凭れ掛かった姿勢をそのままに、目を閉じて大きく深呼吸をする。

やがて目を開け、主は少しだけ俯けていた顔を上げる。皆一様に神妙な顔つきで主自身を見つめている。
主はやっと今、この本丸に就任してから初めて彼らの顔を、瞳を真正面から見たように思えた。

……加州清光、部隊長を頼む。大和守安定を主軸として、他の隊員達は部隊長を補佐してやってくれ。それと蜂須賀虎徹、お前もついて行ってやってくれ」

普段からは想像もつかない主の凛とした声だけが、大広間の空気を震わせる。
皆、主の言葉に固唾を飲むように食い入る。

「こんな事言ったって今更かもしれないが、俺にとっても、お前達にとっても今回は大事な任務になる。必ずケジメをつけて、必ず生きて帰ってこい」

最後の台詞は、蜂須賀虎徹でさえも面食らった。
他の刀剣男士達も同様であったが、それはまごう事なき主の真摯な想いなのだと、理屈抜きに全員が理解していた。





斯くして、彼らとこの本丸は、やっと錆び付いた歯車を軋ませながら、停滞した時を動かし始めたのである。