外伝 嘴と無花果

あらすじ
いとしま医学特区に居を構える東都医科大学附属病院。そこに勤務する心臓外科医、嘴馬遼士郎はパリトキシン中毒症で救急搬送されてきた三人の患者に対して刑事事件の疑念を抱き、特殊科学捜査官『螺旋捜査官』である市ノ瀬咲良に調査の依頼を持ちかけた。しかしそれ以前にも同じ中毒症で死亡した螺旋監察官の存在が浮上する。これは果たして偶然か? それとも意図した殺人事件か? 秘匿されたカルテと死亡診断書。背後で渦巻く権謀術数。東医が開発を進める新型手術支援ロボット。
果たして嘴馬と咲良は真実へ辿り着くことができるのか? 二人は調査を開始する――。

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25/2/14 追記 #000~最終話まで掲載しました。そんでもってセルフ二次創作じゃなくてある話になったんでカテゴリ変えました。
25/2/12 追記 #000~#004まで掲載しています。
25/2/10 追記 #000~#003まで掲載しています。
25/2/8 追記 全編こちらにまとめます。少々お待ちください。現在は #000 のみの掲載となっています。

全年齢版です。これだけ見るとBL要素は薄い気がする。身も蓋もない言い回しですが、私の性癖を如実に反映したBLです。BのLです。
本作品は自創作「レゾン・デートル -天才医師 四宮椿の診療記録-」の外伝(BL)です。別に本編知らなくても何の問題もありません。

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「なるほどなあ。泉と高井は浮気関係。そんでもって二人で行った旅行先で釣ったアオブダイで盛大に当たった、と」
……斎藤さん、目ぇ据わってましたよ。あれ二人が退院したらとんでもねえことやらかしそうで怖いんすけど」
「ははは、違いねえな。咲良、そんなお前に素敵なお知らせだ。さっきICUから連絡あってな、なんとか峠は越えられそうってよ。ただ暫く入院は必須だろうな」
「そうですか。まあ、それならもう特に心配は要らないですかね」

俺は精神的な疲れがピークに達していた。まだ午前中だというのに残業をこなしたぐらいの疲労感を覚え、地下駐車場の一角で遠巻きにされている喫煙所にて、嘴馬先生へその仔細を報告した。彼は慣れた手つきで唇に挟んだ煙草に火を点け、俺の方へ一本差し出す。俺はそれを受け取ったものの、ライターを持っていないことを思い出す。

「貸してください」
「ん」

そうして彼は口元へ手を遣り、そのまま火のついた煙草の先を俺が口に咥えた煙草へあてがった。妙に艶めかしいその動作にほんの少し見惚れていれば、「見過ぎ」とはにかむ。
慣れていると思わせるのが、どうにも悔しかった。埋まらない時間を意識させられることが気に食わない。

……前から聞きたかったんですけど、何で俺とこんな関係を続けてくれてるんですか」
「強いて言うなら、打算かな」 予想はしていたが、実際にそう言われると何となく胸を掻き乱される。「お前は椿のワトソンで、元外科医の螺旋捜査官で、しかも東医の出身者だ。お前とお近づきになっといた方が、今の権謀術数渦巻く東医では立ち回りやすい」
「あんたも、椅子を狙っているんですか」
「まさか。椅子なんて要らない。俺はただトラブルから身を遠ざける術として、こういう方法を取ってるだけだよ。……失望したか? 野心が無くて」
「いいえ。あんたに野心があったら、俺を選ばないでしょう」

俺を選ぶ理由は、教えてもらえないらしい。彼の唇からぷかぷか吐き出されている紫煙の行く先を眺めながら、情で人を選ぶ男ではないと思った。
都合のいい存在。その言葉が浮かぶ。俺は勝手に彼へ期待し、勝手に傷ついていた。

「どうした、咲良」 嘴馬先生がまだ長い煙草を灰皿へ押し付け、少し俺との距離を詰める。「昨日といい……なんか様子が変だぞ」
「別に何もありません。気に障ったなら、謝ります」
「謝罪が欲しいわけじゃない」

思わず逸らした視線は鶯色に捕まえられた。顔に触れる指先はどこまでも優しく、そこに情事を誘うような惑引はない。ただ俺の心の内を案じ、ただ今は優しくありたいと願っているような気配があった。彼の長い指が俺の乾いた唇に触れる。

ん、ぅ……ッ、ふっ」

誰か来たらどうするとか、この様子が監視カメラに映ったらとか、そんなことを頭の端で思う。しかし――与えられる口付けに俺は耽溺していた。僅かに離れた唇、軽い息継ぎの後、再び唇が重なる。

「っ、ぁ………う、
「咲良」 柔らかい声で名を呼ばれ、少し熱っぽい吐息が俺に降りかかる。「確かに打算でお前を誘った。それは認めるよ」
……それ、何の言い訳ですか」
「言い訳じゃない。もう打算じゃないからな。俺は興味のない相手に優しくするほど人間出来てねえよ」
「嘘ばっか言いやがって」 思わず口をついて出たのはそんな一言だった。絶対に言うべきじゃなかった、と後悔してももう遅い。「あんたが八方美人なのはよく知ってる。それがあんたの処世術だってことも」
「咲良、待て。違う」
「この一件俺に『任せる』とか言ってる割に、俺がしくじった時の事考えて立ち回ってますよね」
「それは――……でも、」
「分かってます。飯田茗子の死は東医の上層部に間違いなく関係がある。そしてそれに関して色々知ってるやつが脳外科にいる、でしょう」
「参ったな」 嘴馬先生は頭を振った。「お前、占い師向いてんじゃねえの」
「そりゃあどうも。まあ本業は陰陽師のパチモンみたいなもんですからね、螺旋捜査官なんて」

軽く指の腹で煙草を叩き、灰を落とす。じわ、と紙が燃える。再びそれを唇へ当て、主流煙を吸い込む。普段吸う銘柄とは違う苦みの強いものだ。それは彼が好んでいる銘柄であり、いつも彼の部屋に漂う匂いでもある。
無駄に感傷的になっている自覚はあった。だが――

「椿に聞いたんですが、死亡診断書は東医で発行されたんでしょう? でもそれは閲覧できない。カルテすら見れねえ。こうなってくると本当に彼女はパリトキシン中毒症で死んだのか……その前提から考え直すべきやと思いますよ。何か知ってるなら教えてもらえませんか」
…………お前のその勘の良さが、今は憎たらしいよ」

降参だ、と嘴馬先生が言う。訳知りで適当言っとったんかちゃ、と毒を吐けば彼は「すまん」と素直に非を認めた。

「あんたにとって、飯田茗子の件はアキレス腱なんですね」
「莫迦な嘘で誤魔化そうとしたことは謝るよ。……これ下手したら俺、首が飛ぶかもな」
「飛びませんよ。幻想が絡んでるなら『ありそうな事案』へいい具合に改竄する。それが俺らの存在理由ですから」
「幻想は、絡んでねえよ」

静かに彼が言う。傷を塩水に晒すように、その声は僅かに震えていた。
俺はその様子にこの一件において関わっているという、『東医の上層部』が誰なのかを悟った。

閲覧できないカルテ。
閲覧できない死亡診断書。
椿の言った『嘴馬の言葉を真に受けるな』という言葉の真意。

飯田茗子という螺旋監察官の死亡理由と、彼女が持っていた金融商品が流れた先。
彼の瞳の奥には暗いものが宿っていた。傷つけるべきじゃなかった。もっと深く考えるべきだった。そもそもどうしてそんな話をしたのか。ひねくれていたのは俺の方だ。

「俺から見ると従姉妹にあたるんだ。彼女は何故か遺産相続人を俺に指定していた。理由は分からん」
「死因はパリトキシン中毒症なんですか」
「断言はできねえ。でも俺が最後に見たカルテの記憶が確かならそう判断できる。だが……死亡診断書を作成したのが、眞壁英生で――その後はお前の知る通りだ。あらゆる情報が閲覧できなくなった」
……明らかにキナ臭え動きやな」
「だろ? まあ、前も言ったが、この件はただ俺が気にしてるだけだからな――お前がわざわざ危ない橋を渡る理由はない。そもそも螺旋監察官の死を秘匿しなきゃならねえって相当だろ。悪かったよ、妙な事頼んじまって」
「ここまで来て『はいそうですか、忘れます』って言える質だと思います? あんた本当にわざとやってますよね」
「わざとじゃねえよ。……怒らないでくれ。なあ、咲良」
「いいえ、今日はもう許してやりません。閉店です」
「勘弁してくれよ。今日お前に夕飯してもらおうと思ってたのに」
「ハァ? 人を体よく飯炊き係にしないでもらえますか。本当いい加減しろや」

俺は灰皿へ短くなった煙草を押し付けた。そのまま深く、口付けて息を奪う。苦い味が混じり合い、唇を離す。普段は決して見せない驚いたような表情がそこにあった。
まさに、鳩が豆鉄砲を食ったような顔であった。