外伝 嘴と無花果

あらすじ
いとしま医学特区に居を構える東都医科大学附属病院。そこに勤務する心臓外科医、嘴馬遼士郎はパリトキシン中毒症で救急搬送されてきた三人の患者に対して刑事事件の疑念を抱き、特殊科学捜査官『螺旋捜査官』である市ノ瀬咲良に調査の依頼を持ちかけた。しかしそれ以前にも同じ中毒症で死亡した螺旋監察官の存在が浮上する。これは果たして偶然か? それとも意図した殺人事件か? 秘匿されたカルテと死亡診断書。背後で渦巻く権謀術数。東医が開発を進める新型手術支援ロボット。
果たして嘴馬と咲良は真実へ辿り着くことができるのか? 二人は調査を開始する――。

***

25/2/14 追記 #000~最終話まで掲載しました。そんでもってセルフ二次創作じゃなくてある話になったんでカテゴリ変えました。
25/2/12 追記 #000~#004まで掲載しています。
25/2/10 追記 #000~#003まで掲載しています。
25/2/8 追記 全編こちらにまとめます。少々お待ちください。現在は #000 のみの掲載となっています。

全年齢版です。これだけ見るとBL要素は薄い気がする。身も蓋もない言い回しですが、私の性癖を如実に反映したBLです。BのLです。
本作品は自創作「レゾン・デートル -天才医師 四宮椿の診療記録-」の外伝(BL)です。別に本編知らなくても何の問題もありません。

よかったら感想くださいの顔でWavebox置いときますね → https://wavebox.me/wave/b064pup7uhwd9l39/


#003-1
――翌日


どうせ朝が昼になるという嘴馬先生の予言は真となった。ベッドの上には二度目の情事の痕跡がそこかしこに残され、半裸で薄い掛布団を被っている嘴馬先生の体には、俺がつけたキスマークや噛み痕が白い肌に浮いていた。
彼の寝乱れた黒髪が、どれほど互いに求め合い――淫靡な欲望へ身を任せていたか物語っている。俺はぼさぼさの髪の毛を柘植の櫛で梳き、ベッドサイドに置いていた簪で無駄に長い髪をまとめ上げる。
んー、と眠そうな声を隣で上げている彼に愛おしさを感じながら、けれどその愛おしさを口にしてしまえば、彼が求めている俺とかけ離れたものに変わることが怖かった。

『好きだよ、咲良』

お互いの熱を体に残したまま、そう零されたことを思う。本心を見せてくれない人で、もう何年も付き合いがあるのに俺ときたらどうしようもなくこの関係が崩れる事を怯えていた。
彼は肌寒いのか、掛布団を引っ張り込んでいる。下着一枚の俺も冷房が少し寒く感じて、勝手にクローゼットの中にあるプラスチックの衣装ケースからスウェットを取り出して着た。嘴馬先生とそう体格の変わらない俺は、彼の服を着た所で何の問題も無いのだった。

「咲良……?」
「おはようございます。水いりますか」
「ん

ふにゃふにゃとした動作で手を動かし、水を所望する。俺は部屋を出てコップに水を入れて部屋へ戻り、上体を起こしてぼーっとした顔でそれを受け取った。

「あの……すみません。あんな、がっついて」
「いいよ。別に。頭空っぽにできて、助かった」
「そうですか」

俺はほっと息を吐く。豪快に欠伸をした彼の口元に鋭い犬歯が見え隠れする。馬子の血が混ざっていると普通の人間よりも犬歯が伸びるらしい、という話を思い出した。そりゃあこの歯で咬まれたら傷が残るわけやな、と納得しながら眠そうに目を瞬かせる彼を眺めた。

まず洗濯して、掃除して、昼飯――いや昼飯を食う気力がこの人にあるのか? まだ意識がぼんやりしているのだろう――ベッドの上に胡坐を掻いて座っている俺に、ぼすん、という擬音が良く似合う勢いで体を預けた。何か吹っ切れたような空気があるのだが、無理やり吹っ切れたことにしているのか、それとも本当に吹っ切れたのか、まだ判断がつかない。態度から読み取れる情報が少ないのだ。言葉は、まあ、多少なんとなく分かるようになってきた気がしなくもない。
だが完璧に隠されてしまったら駄目だ。俺は胸の奥が締め付けられるような感覚がして、できるだけ意識しないように思考から追い出した。

「あ」
「あ?」
「やばい! 生麺! 消費期限!」
「うわ!!」 俺は完全に忘れ去っていたそれを思い出す。とりあえず服を彼に投げ渡し、「とりあえず部屋の掃除してもらえますか。昼飯と夕飯に変えるんで――
「任せろ。ファブリーズが火を噴くぜ」
「ファブリーズでいいわけなかろうが! 洗濯機回せ!」

俺は慌てて部屋を出てキッチンへ駆け込む。野菜室を開くとそこには三袋のうどん生麺があり、食い入るように消費期限の欄を見つめる。

「危ねえ……明後日……
「本当危なかったな」 カウンター越しに嘴馬先生が俺へ話しかける。首元が緩い長袖シャツから、くっきりと昨晩俺がつけた痕が見えていた。
「誰のせいですか。……ハァ。遼士郎さん。もう生麺買うのやめてください」
「乾麺より生麺の方が美味しいだろ」
「たいして変わらんちゃ……っていうか洗濯機回しました?」
「回したよ。そんな疑うなって」 脱衣所の方から洗濯機が駆動する音が聞こえ始める。
「ん……? 柚子胡椒」
「ああそれ貰いもんだよ。宗像の方にある道の駅に売ってるらしいぜ」
……………二年も賞味期限切れとる」
「えっ。俺、それ割と……、この間も餃子につけて使ったんだけど」
……

俺はカスを見るような目で嘴馬遼士郎という男を見た。食事に対して頓着がないやつがここにもおる。というか四宮椿が『カロリーメイトと鯖の缶詰』というこの世の終わりのような食べ合わせをしているのはこの男のせいなのではないか? 嘴馬先生は椿の指導医だ――だから師弟揃って栄養さえとれれば、という考えなのではないか?

「な……何だよ。ピンピンしてるんだからいいだろ」
「いいわけがあるか」

かくいう俺は食事に対してかなりこだわりが強いという自覚があった。栄養がとれればいいというのは極論すぎる。

……あのですね。食事っつうのは最も身近な娯楽の一つです。それを疎かにしたらいかんちゃ」
「でもさあ。献立考えるのってめんどくさくねえか」
……何も俺は毎食料理しろ、とかそういう話をしてるんじゃないんです。俺の場合、ささやかな楽しみを食事と料理に見出してるだけなんで……そういう、日常のささやかな楽しみを、もう少し持って欲しいんですよ」

俺は殆ど使われた形跡のないステンレスの鍋に水を入れてIHコンロにかける。沸騰してきたのを見計らい、麺を二袋入れて茹で――それの間にもう一つのコンロで具を準備する。野菜は何故かやたらと種類豊富にあった。そういう所には気を配っているのか、と半ば呆れながらもう一つ雪平鍋を戸棚から取り出す。

「何するんだ?」
「今日ちょっと暑いし――野菜がやたらとあるので、茹で野菜と……うどんでつけ麺もどきにでも、しようかと」
「つけ麺……久しく食べてねえな」
「あの。参考までに聞くんですけど、普段の昼飯って何食べるんですか」
「あー……

彼は露骨に視線を泳がせた。俺は嫌な予感を嗅ぎ取る。

「カロリーバーと……鯖缶……とか……

ほれ見たことか。やっぱりそうなんやねえか。