外伝 嘴と無花果

あらすじ
いとしま医学特区に居を構える東都医科大学附属病院。そこに勤務する心臓外科医、嘴馬遼士郎はパリトキシン中毒症で救急搬送されてきた三人の患者に対して刑事事件の疑念を抱き、特殊科学捜査官『螺旋捜査官』である市ノ瀬咲良に調査の依頼を持ちかけた。しかしそれ以前にも同じ中毒症で死亡した螺旋監察官の存在が浮上する。これは果たして偶然か? それとも意図した殺人事件か? 秘匿されたカルテと死亡診断書。背後で渦巻く権謀術数。東医が開発を進める新型手術支援ロボット。
果たして嘴馬と咲良は真実へ辿り着くことができるのか? 二人は調査を開始する――。

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25/2/14 追記 #000~最終話まで掲載しました。そんでもってセルフ二次創作じゃなくてある話になったんでカテゴリ変えました。
25/2/12 追記 #000~#004まで掲載しています。
25/2/10 追記 #000~#003まで掲載しています。
25/2/8 追記 全編こちらにまとめます。少々お待ちください。現在は #000 のみの掲載となっています。

全年齢版です。これだけ見るとBL要素は薄い気がする。身も蓋もない言い回しですが、私の性癖を如実に反映したBLです。BのLです。
本作品は自創作「レゾン・デートル -天才医師 四宮椿の診療記録-」の外伝(BL)です。別に本編知らなくても何の問題もありません。

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ブロッコリー、オクラ、コーン、それから袋入りのレタスとパプリカ。トマトはそのまま薄切りにして添えればいい。オクラとブロッコリー、パプリカは蒸し野菜にする。これまた賞味期限のヤバそうな麺つゆとポン酢を発掘した俺は、これを使ってつけダレを作ろうとカウンターへ並べた。
先程野菜室を開けた時、青ネギがあったことは確認している。じっと俺の作業を眺めている彼はどこか心ここにあらずと言った様子であった――昨晩散々付き合わせたのだから、まだ疲れているのだろう。

「寝ててもいいですよ。できたら呼びますから」
「大丈夫だ。……ちょっと、考えてただけだよ」
「何をですか?」
「茗子のカルテと死亡診断書をわざわざ秘匿データベースに移して、東医から閲覧できねえようにした理由」
「それは俺も疑問なんですよ。実は昨日、眞壁英生に話を色々聞けたんですが、あいつが言うには飯田上級は『殺人だ』っつう話でした。今ICUに入ってる高井まりなとトラブルを抱えていたとも言っていて、……まあ、どこまで信用できるか微妙なんですが」
……何でそんなことをあいつが知ってるんだ……?」
「それに関しては……俺もよく分かりません。ただ、高井まりなはDVの痕跡があったそうです」 俺は麺を笊へ移し代えて氷水で締める。「それに飯田上級が持っていた金融商品の使用目的も気になりますし――分からないことが多すぎる。恐らくあの三人も単なる痴情の縺れで片づけられない何かがあの三人にはあると考えるべきでしょう。あ……そうだ、飯田上級の金融商品は泉祐樹の会社で購入されたものなんですよね」
「ああ。そうだ」
「それ、いつ知ったんです?」 俺は訝しむような声を無意識に出してしまった事を少し後悔した。
「救急対応をした奴の中に、心臓外科のレジデントがいたんだよ。そいつが『患者が大和田証券の証券マンだ』って噂しててな」
「成程、院内の噂話を甘く見たらいかんっつうことですね」
「大和田証券は国内有数の大規模な証券会社だ。エリートもエリートだよな……

嘴馬先生は眼鏡をティッシュで拭いて顔にあてがう。レンズが傷つきますよ、と諫めたが、元からボロの眼鏡だよ、と笑って続けた。

「そうは言ったって、大和田証券なんて日本全国どころか世界にも支店や支社がある。別にそこで金融商品を購入することに不自然な点は無いよな」
「ただ今回はそうも言えんでしょう。泉はパリトキシン中毒症で入院している。飯田上級もパリトキシン中毒症による多臓器不全が死因だ。……バイパス術の有無に関わらず、彼女は……
……知ってたのか。まあ、そうだな――CABGを遣ろうが、WATSONだろうがORIGAMIだろうが、臓器破裂に絆創膏当てるようなもんにしかならねえことは分かってた。だけど、救命確率を上げるにはそれしかなかった。だがその結果、茗子は死んだ。彼女の肉体は弱り切っていて、手術に踏み切ったことが彼女を死へ追いやった原因なのは間違いない」

嘴馬先生の言葉には大いなる自罰が含まれていた。俺は押し黙る。
WATSON式というのは手術支援ロボット『WATSON』を用いた低侵襲心臓手術の総称である。現在東医で新たに開発が進められている新型手術支援ロボット『ORIGAMI』とはまた違うもので、これは鳴瑯大学という医用工学に強い大学が開発した純日本産のロボットだった。

……そういえば、飯田上級はORIGAMIの開発に関して何か関わっていたそうですね。確か治験のことでどうとか、と――眞壁が」
「ああ、そういえばそれについて話してなかったな」

嘴馬先生はキッチンに入り、電気ケトルで湯を沸かして続けた。戸棚にあったほうじ茶のティーバッグを湯呑に放り込む。

「WATSONって心臓外科に特化してるんだよ。だから他科の手術に使えなくてな。でも心臓外科は幸いなことに後進の育成が上手くいってて、開胸手術が得意な奴も、ロボットアームが得意な奴もいるし、指導医も優秀だ。小野寺がいい例だろ?」
「そうですね」

俺は器に水切りを済ませたうどんを盛り付け、蒸しあがった野菜たちと氷水に晒しておいたレタス、トマトを載せる。

「小野寺はWATSON式の担当件数だけで言ったら、遼士郎さんより多いんでしょう」
「おう。まあそんなこともあって、世間的にも『東医=心臓外科』のイメージがすっかり定着してる」

それは紛れもない事実だった。
東医は心臓外科に関して、一類と二類――二つの区分を持っている。一類は主に心疾患の外科的治療を、二類は心臓移植を主に扱う。日本国内において心臓移植の件数はそう多いものではないが、年間の心臓移植手術の三割が東医で行われているという事実を踏まえれば、如何に東医の心臓外科が高い技術を保有しているか理解できるだろう。

「けどさあ、東医の内部的には心臓外科ばっかり持て囃されるのはやっぱ気に食わないっていう向きがあるわけ。でそんな時に出てきたのがORIGAMIだ。ORIGAMIは脳外科の精密手術に使う事を想定した手術支援ロボットで、WATSONより腕の数が二本減らされてる。だけど、ORIGAMIは東医産だろ? だから不本意ではあるけど、東医の顔である心臓外科で使えるかってのは一応試す必要があった。今回小野寺がORIGAMI式でオペを行ったのもそれの治験だ。カレンちゃんに聞いたかもしれねえが……
「ええ。それは大河が言っていました。椿が第一助手に入っていたとも。そのORIGAMI式でオペをやるっつう患者の選定に、飯田上級が関わっとったんですね」
「そういうこと。で、こっから先が口止めされてた話な」
……聞かせてください」
「茗子のオペだが――あれ、ORIGAMIでやってるんだ。本人の同意なしにな。それに執刀医は俺ってことになってるが、実際切ったのは俺じゃない」
「眞壁ですか」
「そう。……ORIGAMIには画像認識を使った最新の手術支援機能が搭載されてる。鳴瑯大が開発した術式提案システムあるだろ?」
「メティスですか?」 俺は記憶を手繰りながら問いかける。嘴馬先生は「そうそれ」と言いつつ、コツコツと天板を指の腹で叩いて答えた。
「そのメティスがそのまんま搭載されてんのよ、あれ」
「そういうことか……つまりメティスのソースコードや学習データが流用されているわけですか」
「そう。ヤバいだろ」
「特級呪物ですね」

だろ~? と嘴馬先生は困ったように笑った。この話が全部本当だとしたらとんでもないことになる。
つまり整理するとこういう事だろう。パリトキシン中毒症により飯田茗子は心筋梗塞を起こした。冠動脈バイパス術が必要になり、恐らく嘴馬先生がそれを提案した。しかし眞壁英生が勝手にORIGAMIを使ってバイパス術をした挙句、術後に容体が急変――飯田は命を落とした……。インシデントレポートどころではない。完全に医療過誤だ。
眞壁の話を信用する訳にはいかんな、と俺はちらりと思う。二つの湯呑に沸いた湯を注いでいる彼を横目に、俺は作ったたれをうどんへかけた。麺つゆとポン酢、それからカボス。さっぱりしているので疲れた体でも受け付けるだろう。
不味いと言われたらどうしようかと少し心配したが、うまそう、と声を上げている彼を見て、大丈夫だろうな――と内心安堵した。