外伝 嘴と無花果

あらすじ
いとしま医学特区に居を構える東都医科大学附属病院。そこに勤務する心臓外科医、嘴馬遼士郎はパリトキシン中毒症で救急搬送されてきた三人の患者に対して刑事事件の疑念を抱き、特殊科学捜査官『螺旋捜査官』である市ノ瀬咲良に調査の依頼を持ちかけた。しかしそれ以前にも同じ中毒症で死亡した螺旋監察官の存在が浮上する。これは果たして偶然か? それとも意図した殺人事件か? 秘匿されたカルテと死亡診断書。背後で渦巻く権謀術数。東医が開発を進める新型手術支援ロボット。
果たして嘴馬と咲良は真実へ辿り着くことができるのか? 二人は調査を開始する――。

***

25/2/14 追記 #000~最終話まで掲載しました。そんでもってセルフ二次創作じゃなくてある話になったんでカテゴリ変えました。
25/2/12 追記 #000~#004まで掲載しています。
25/2/10 追記 #000~#003まで掲載しています。
25/2/8 追記 全編こちらにまとめます。少々お待ちください。現在は #000 のみの掲載となっています。

全年齢版です。これだけ見るとBL要素は薄い気がする。身も蓋もない言い回しですが、私の性癖を如実に反映したBLです。BのLです。
本作品は自創作「レゾン・デートル -天才医師 四宮椿の診療記録-」の外伝(BL)です。別に本編知らなくても何の問題もありません。

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――数刻後
いとしま医学特区 英国街



「想像以上の成果だ。ご苦労だったな、咲良」
「一つ聞かせてくれ。お前がイタリアから直にフランスへ飛んだのは、そのスアサイダル症候群に関係あるか?」
「大いにある」

ワイングラスを傾け、フルボディの赤――それの香りを立たせている女、四宮椿はそう言って微笑んだ。
微笑みというよりも獲物を見定めたような冷笑ではあったが、そんな笑みを浮かべているということは、彼女の瞳には俺には見えていない真実が見えているという事だろう。そうでなければフランスから戻った直後に俺を呼び出し、わざわざこのような会員制の店へ連れてくるはずもないのだから。
店内には花が満ちており、明かりは店の所々に置かれた間接照明と、カウンターに置かれたキャンドルのみ。バーテンダーが差し出した酒のつまみは俺が普段居酒屋で飲み食いするような俗っぽいものではない。明らかにこれ一皿で数千円が飛んでいく。椿は俺の内心を察したのか、「私の奢りだから気にするな」と言ってクラッカーを長い指先でつまんだ。
この店は夜八時から翌日の四時までしか営業しないという。他人に聞かれたくない密談には最適な場所だった。

「普段は各国でいがみ合っている神秘管理局が珍しく、此度は一致団結している。その状況の異様さが理解できるか?」
「何の冗談や、それ」

各国の神秘管理局は割と幻想種や神秘存在へのスタンスにばらつきがある。そのため滅多に「みんなで協力しよう」とはならないのだ。
最も俺たち螺旋捜査部が関りを持っている英国神秘管理局で言えば、『幻想・神秘にはできるだけ触らず、お互いの境界線を超えない』というスタンスを示していた。しかしポーランド神秘管理局だと『幻想・神秘は知識の教授のみ存在を希求し、生命の剥奪に寄るもの全てを打倒する』という方針を取っている。

「数年前からイタリア、フランス、ドイツ……この三か国で爆発的に自殺者が増えていることは知っているか?」
「ああ……けど、それは移民問題やら経済問題やらの背景もあるやろ。実際日本でも若年層の自殺者は増加傾向にあるよな」
「そう。緩やかにな。だがその背景に感染症があるとしたら、話は大きく変わる」 椿は赤ワインを飲み干し、カウンターに音もなく置く。「フランス神秘管理局は日本の医学特区制度に似た組織や学術研究都市を持っている。その学研都市を統括している医学会が、ヴァチカン神秘管理局に『熾天使降臨案件』の認定を要請した」
…………、おい、それって」
――そしてヴァチカンは即座に認定を了承し、欧州全ての神秘管理局にその情報が共有されている。もうわかるだろう」
「新種の、幻想種が発生した……、っつうんか? いや。二十一世紀やぞ? そんなことがあり得るんか?」
「私も正直信じていなかったよ。だがナポリでスアサイダル症候群に冒されて死亡した患者の遺体を見て、信じざるを得なかった」

椿の前に赤いカクテルが置かれる。シンフォニー・セレナーデと銘打たれたカクテルであった。カシスや苺を使った果実酒をベースに、ミルクを泡立てた層が積層された甘味のカクテル。同じものが俺の前に置かれる。

「彼の臓器には真っ赤な鉱石のような腫瘍が生えていた。私はそれを摘出し、解体魔術で読み解こうとした……、だが拒絶された。あれは明確に、強烈な意志で……私の心臓を捉えていた」
「感染はどう広がる? ヒト・ヒト感染するんか?」
「現状私が知る限り、その事例は無い。だが摘出直後の腫瘍からであれば感染することがあるようだ」
「じゃあ……飯田茗子と眞壁英生はその摘出直後の腫瘍に接触して……
「お前の話から推測するとそうなるな。が、基本的にはスアサイダル症候群をばら撒いている本体と接触しなければ感染はしない」 椿の指がチョコレートへ伸び、薄いホワイトチョコレートが唇へあてがわれる。「この疾患――どうも感染力が弱い代わりに、感染後の諸症状が多様であることに加え、強烈な希死念慮を生み出すことによって感染者を自殺へ導く性質がある。お前が推理した通り、眞壁英生もまたその抗いがたい希死念慮の手に溺れ、飛び降りたのだろう……
「今回ばっかりはどうしようもねえな……綾島副院長はいけ好かねえけど、この件が世間に公表されたらパニックになる。治療方法は? ナポリ医科大はなんか知っとるんか?」

ナポリ医科大学は東都医科大学同様に、幻想・神秘に対抗するための研究機関を持っている。ヴァチカン神秘管理局が背後から支えているため、魔術師が職員として入っているらしいと聞いたことがあった。

「基本的に治療方法は外科手術。腫瘍を完全に摘出することで根治可能だ」
「ならやっぱ……スアサイダル症候群を隠し通すっつうのはあんま現実的な案やねえな」

俺は螺旋監査部にどう報告するか、ひいては上司――海堂霧雨にどう報告を上げて螺旋捜査官たちを動かしてもらうか。どうするのが最適だ? ORIGAMIの問題もそうだが、メティスの学習データにスアサイダル症候群患者の記録が入っていると高井まりなに言われた以上、あれもどうにかして一旦スクラップにしなければ。嘴馬先生は教授会に諮ると言っていたが――

「一つ私から妙案がある。スアサイダル症候群の事実を公表し、感染症ではなく新手の精神疾患や全身症状を伴う悪性新生物として公表するのだ」
「がんとして? いや無理があるやろ」
「患者の絶対数が少ない今ならやりようはある。それと欧州で爆発的に患者が増えている原因は、信仰だ」
「信仰? ……チッ、そういうことか。キリスト教……自殺への恐怖が幻想強度を上げとるんか」
「その通りだ。明日の教授会でこの件を一通り報告するが、お前はどうする?」
「どうって……どういうことや」
「咲良。お前、このままだと吊られるぞ」
「あ?」

俺は訳が分からないまま椿に手渡されたスマホの画面をのぞき込んだ。そこにあったのは――週刊誌のゲラ。椿と親しい記者が寄こしたのだろう。
嘴馬先生と俺の関係性について、面白可笑しく書き散らかされた文章と写真。そして、ORIGAMIによって引き起こされた医療過誤について。心臓外科にその責任の全てをおっ被せるような文章が並ぶ。

「醜聞攻撃とは、綾島も万策尽きたらしいな」
「これは俺の方でどうにかする」
「やめておけ、慣れないことはするものじゃない」

椿は形のよい唇を横へ引き、俺の胸ポケットへ何かを入れた。口紅だった。彼女が好んで使っている――というよりも、彼女のために外商が持ってきたその逸品を俺に投げ渡した。

「顔色が最悪だ。それでも塗って、己を奮い立たせておくといい。
――さあ、咲良。獲物が飛び出したぞ。狩りの時間といこうじゃないか」