〈後編〉紺色彼氏とオートクチュールプラン

18000字ほど〈後編〉 一次創作BL「レンタル彼氏」物 社会人CP 眼鏡年下大型ワンコ×紺色が好きな、しっかり者だが変わっているところがある美人 ハンドルネーム上の名前は櫂人(かいと)×透萌歌(ともか)です。一日デートと後日談。


 まわりは賑やかで、僕と櫂人のテーブルだけ、気まずく静かで、料理が運ばれてくる。
 魚介多めの盛りだくさんの食卓に「おいしそう」と無難なコメントをして、店の内装に目をやっているうちに楽器演奏の準備が終わったのか、中央から楽器の音が聞こえてきた。
 演奏されているジャンルの知識も曲の名前もわからなかったけど、その演奏は、会話が無くても、かろじて時間が成り立つような、晴れやかでスローなリズムのメロディを奏でてくれて、僕はなんとなく、ほっとした。でも、これに安心して頼って会話がまったく無いなんて、と櫂人に向き直った。
……
……
 もぐもぐと櫂人は食べていた。
 奏でられている音楽の感想という会話の糸口はあるのに、櫂人が飲みこみ終わるまで、僕は待って自分の前の料理に手をつけた。
 そこからひとつも会話のタイミングが合わなかった。しゃべることができない。でも、ゆったりと演奏が流れているから、息が詰まるような微妙な空気じゃなく、安らいだ間が保たれていた。
 そして僕は、最初、櫂人がもう話をしたくないのかとは内心、悲しく焦ったけど、どうやら違うみたいで、僕が食べているあいだには、演奏について「ドラムが良い」なんて感想を言って、櫂人が食べているあいだに、僕は「生演奏は迫力がありますね」と言った。
 次に僕が食べていると櫂人は有名なサックスのプレイヤーの話題。そして櫂人がもぐもぐ食べているときには僕は好きな映画のサウンドトラックの話。
 会話では無かったが、キャッチボールのようなものは続いた。
 そして僕は最後に、今初めて食べた地中海風の料理のメニューの話と自炊していることを話した。
 

 演奏タイムが終わり、拍手をする。
 追加した飲み物が運ばれてくる前に、櫂人は、なんだか、そっとこちらの様子をうかがうように眼鏡越しに見つめてきて僕ははっとして背筋を伸ばした。
 今日のデートについて、やっぱり厳しいお言葉を、苦言を、態度が悪いとダメ出しされるかもしれないと僕はぐっと身体に力が入る。
 しかし、僕の予想とは違う、何かまた、思い出し笑うような表情になり、櫂人は言った。

――あれから、包丁は新しく買った?」

 僕はとんでもないことを起こったのが信じられなくてしばらくなんのリアクションもできなかった。予期していなかったことに、対処できなかった。つまり、無言で櫂人を見続けるだけの時間が過ぎた。
 飲み物が運ばれてきて櫂人がひとくち飲む。
 さっきとはまったく違った焦りで、僕は信じられないという表情を変えられないまままばたいて、動かしにくい首をぎくしゃくと縦に振る。
 まさか、プロフィールのページだけでなく、あれを読んでいたのか。あの匿名設定の一件の(いいね)は、目の前の『彼』だろうか。
 今の今まで、そんなこと思いもしなかった。
 僕はさりげなく携帯を操作し、サイトの案内「ユーザー側はキャストの投稿に付ける(いいね)を匿名設定にできる」という部分を読む。
 そうだとしたら、『彼』は、櫂人はあれらの投稿を読んだ上で、僕に一日コースを申しこんだことになる。だが、あんな投稿を読んで一日コースを申しこみたくなるわけない。
 僕は訝かしんでしまう。
 それでも、ここで訊いてくるってことは、あんな投稿も『彼』の目に興味深く留まったのか。
 デザートにスプーンを差しこみ、すくった。
 『彼』が自分の投稿をチェックしていた、しかも面白く思っている、と焦りでうまく言葉が出てこなかった。
 そういう人と出会うとは、想像したことがなかった。
 今日の午前に、こちらに櫂人が歩いてくるのを見て感じたどきまぎと、同じようなどきまぎで、熱くなる喉に僕は冷たいデザートを飲みこんだ。