〈後編〉紺色彼氏とオートクチュールプラン

18000字ほど〈後編〉 一次創作BL「レンタル彼氏」物 社会人CP 眼鏡年下大型ワンコ×紺色が好きな、しっかり者だが変わっているところがある美人 ハンドルネーム上の名前は櫂人(かいと)×透萌歌(ともか)です。一日デートと後日談。


 バスに乗って、行きたい場所のふたつめの湖畔へ。
 降車する他の客も行き先が同じなのか、ぞろぞろ、歩いていった。
 ひっそりとした水の苔と荒々しいような緑の匂いが混じった林の中の道を進むと、急に何も無いようにぽっかりと視界がひら拓けた。
 近づくと、吸いこまれそうに感じた。湖面に反射し、山々が逆さに映っていた。
 こんもりとした緑が中心はどっしりとしながら縁はゆらゆらと揺れる広大な鏡のようだった。
 名画みたいだ、と僕はまた櫂人を振り返って、「綺麗ですね」と言った。
 ほとりに立ち並ぶ皆が見事なフォトジェニックな湖の鏡面を携帯で撮っていた。それにもれず僕と櫂人も撮った。
 桟橋と水面をすいと浮かび流れるように泳ぐ鳥がいた。
 ボートに乗ることができる、とは事前に知っていた。でも乗るかどうかは決めていなかった。
 空いているようだ。
 僕はなんというか、はっきり言えば、ボートに乗ってみたかった。でも立派に、力強く漕げる自信はなかった。だから、「しおり」にはただ、ボートあるみたいですよ、と書いておいた。この時点では、どんな人が『櫂人』か、わかっていなかったし。
……せっかくだから、乗りますか?」
 完全に漕ぐのを任せるつもりじゃなかったけど、櫂人くんは大半を漕いでくれそうだ、と当てにして僕は言った。そっと見上げると、櫂人があまり表情を変えずに、僕にミュージアムショップの袋を渡してきた。
 そして羽織っているシャツを脱ぎ出すものだから、びっくりした。
 漕ぐの、気合いが入っている……僕は横で見ていた。半袖Tシャツ姿になった櫂人くんがなんだか、真剣そうな、しかめ面のようで余裕そうな表情でボートを見下ろしていた。
 桟橋はぎしぎしと鳴っていて、足元気をつけて、とボート乗り場の中年男性が言う。
 ボートは乗りこむ途中、ちゃぷちゃぷと不安定に揺れた。僕はミュージアムショップの荷物を胸に抱きしめて座った。
 静かな湖面を、櫂人は軽々と漕いで、そこだけ何か健康的な光景に見えた。
 僕はといえば、漕ぐのは任せて半袖姿の櫂人の上半身の逞しさ、筋肉にちょっと、どきっとしながら、小舟からの眺めを楽しんでいた。湖畔から離れ、こんなふうに、広々とした湖の上で、ボートでふたりきり、というシチュエーションにもちょっと、どきっとしていた。
 櫂人も楽しんでくれているかとオールさばきを見ていたが、透明な水の上で、僕は淡々と漕ぐ櫂人に笑いかけて、この時間を満喫し、おとぎ話のアニメーションみたいにロマンティックなバラードでも流れてくれたらいいのに、なんてことも思った。
 
 戻ってきてから、湖畔の散歩道を半周する。
 僕は旅は好きかと訊いた。
 櫂人は首を縦に振るから、僕は最近どこかに行ったか訊ねた。
 友人と遊覧船のフェリーに乗った話を始めた櫂人に僕は相槌を打った。
 話の終わりに、大学時代はバックパッカーとかしたこともある、とついでのようにしゃべる。僕はその体験をもっと聞きたくて、そして、あと旅が好きなら、どこかにいっしょに行きたいなんてことを思った。

 デートは、今日だけなのに。

 そのことについて考えると、気分が暗くなってしまいそうで、僕はことさら明るい調子で、バックパッカーの体験談をもっとねだった。
 僕の声音が、あからさまだったのか、櫂人はなんとなく微妙な表情で「どうかしたか」という空気に変わって、シャツを羽織って僕の手からミュージアムショップの袋を取った。

 土産物のテイクアウトで買った、名物のお菓子を、ベンチに座ってつまむ。
 それから、僕は桟橋で言い忘れた「ありがとうございました」とオールを漕ぐのを任せっきりにしてしまったお礼を言って、労うみたいに手のひらをゆるく重ねた。
 一瞬、ぎょっと櫂人の身体が引いたが、僕は重ねたまま、そっと握り、まだ何か言いたかったのに、なぜか、見つめて黙っていた。
 すると、櫂人はなにか眩しそうに眼鏡の向こうで目を細めてから、「……いや」と顔を俯くように回して、そらした。
 照れ屋さんかもしれない。