外伝[1881-1891] 誰が金糸雀を殺したのか?

あらすじ
1885年、3月。諮問探偵シャーロック・ホームズと、その助手・医学博士ジョン・ワトソンの元にある依頼が届く。依頼の内容は『失踪した娘を探して欲しい』という極めてシンプルなものだった。しかしその依頼の二週間前に起きた、ある歌姫の死とその失踪が繋がっているようで……? 手掛かりは奇妙な手紙「R: WHO KILLED THE CANARY」、そして色濃く残る幻想の気配。その先にあるのは深い森と視界を奪う霧。鳥籠と信仰の密室__。誰が金糸雀を殺したのか? その命題に二人は挑む。


無印べったーの移植版です。一部名前や句点の修正を行いました。

スペシャルサンクス
笋様の作品「赤い純情」、ヘルメス様にご登場いただきました。本当にありがとうございました。素晴らしい作品をインスパイアさせていただき本当に光栄です。
Littorio様 アマネセール家のお名前を出させていただいております(事後報告)。ありがとうございました。


12
2018/The end of case: Who killed the canary


……以上がこの事件の顛末だ」

私は目の前で興味深そうに身を乗り出していたホークアイにそう告げた。横でチェルシーがペプシコーラのペットボトルを開封する。しゅわしゅわと炭酸が弾ける音が聞こえてくる。

「にゃあ~~」
「お前、炭酸好きだったのか」私はチェルシーに聞く。
「おうおう。ペプシはカロリーねえからにゃ。しかしうまい具合に俺の話は避けとるにゃあ」
……友人の傷口に塩を塗り込む趣味はない」
「どういうことです?」ホークアイはコーヒーを啜りながらチェルシーに問いかけた。「チェルシーさんこの事件に関係ありました?」
「ほら見ろ、ピンときとらん子がここにおるやんけ!」
「えっ、な、何だかすみません……」ホークアイは挙動不審になりながら謝った。「チェルシーさん……チェルシー・ハゥロー・フォークナー……えっ? え……ぁあああ!?」
「今かえ! まあいいにゃ」

チェルシーはコーラに蓋をして私から記録をひったくった。パラパラとタイプライターで記入されたその古びた資料を視線で追いかけていく。懐かしそうに眺めているが、その奥には未だ癒えない傷があることはよく知っていた。
マリア・アーキテクト。姉妹同然に思っていたはずのエミリア・ハーツクライ。そしてチェルシーの双子の妹であるジゼット・フォークナー。
チェルシーは大切なものをその時一気に失った。私とホームズはその後チェルシー、当時はハゥローと呼ばれていたが――を助けて今に至る。

「俺はこの事件で色々と失い過ぎたし、幻想に寄っちまったにゃあ」
「チェルシーさん、それは……」ホークアイは発言を後悔しているのか小声になりながら話しかけた。
「いやぁバレル、気にせんでいいよ。……もう百年とちょっと時間が経って、もう古い話になってしまったからにゃ。……俺は確かに親父に復讐なんてしてほしくなかった。でも無理な話だった。親父はユタリアを深く愛しすぎていた。それと同じように俺もマリアが好きだったよ。たとえ彼女がユタリアの残りかすから生まれたホムンクルスだったとしても。だからやっぱぁ、今でもど~~しても鳥の一族は苦手かにゃあ」

あの件以降ヘルメスの鳥含め、周辺一族について詳しい調査が行われている。その後彼らの血族は正式に純血貴族と認められ、『鳥の一族』という名が一方的に付けられた。彼らがそれに納得しているとは到底思えないが。

……チェルシー」
「気にすんな、ワトにゃん。お前さまも俺も同じだにゃあ。幻想に近づくってのはこういう事だと思うんよ。俺としてはいい事の方がよかったと思っとるよ。ワトにゃんが時間をくれたから、この神秘編纂研究を続けることができた。それに今だってそう」

チェルシーは微笑んでホークアイの方を見た。きょとんとしているホークアイは何が何だか分からないという顔で私とチェルシーを見比べた。

「俺は嬉しいよ。バレルに会えて」
「そう、ですか? 俺も嬉しいですよ」
「にゃはは。素直でいい仔だにゃ~~」チェルシーは大型犬を撫でまわすようにホークアイの頭を撫でた。されるがままにホークアイは頭を差し出している。私は二人のやり取りを薄目で眺めた。「――お前さまのひねくれ具合とは全然違うにゃ?」
……うるさい」私はチェルシーから視線を逸らす。
「? 二人ともどうかしたんですか?」
「別に~。なぁんでもないにゃあ」
……気にするな」

私は机の上に載っている『誰が金糸雀を殺したのか?』を手に取った。この本を書くにあたって、チェルシーにも相談したがこの猫は「最高にイケメンにしろ」だとか「一番人気が出るようにしてくれ」とか言ってきたので心配するだけ無駄だったな、とか思ってしまう。
それは一旦置いておいて、チェルシーはもう誰一人も残っていないフォークナー家の最後の一人であるだけではなく、彼こそがこの事件の生き証人だ。
チェルシーという名は彼がジゼットの名を捨てるにあたって自分でつけた名前だ。いい名前だと思う。

「あの、そういえば気になっていたんですが……」ホークアイは顔を上げて私に問いかけた。「この事件は結局神秘管理局で秘匿されたんですよね。シャーロック・ホームズはどうだったんです? 納得したんですか?」
「ああ、せざるを得なかった」
「あの後大変だったからにゃあ……」チェルシーは急に元気のない声でぼやいた。
「事件秘匿後ですか?」
「うん、ローレンス爺様が死んだからにゃ。金庫に放り込まれてた幻想種たちが一気にロンドンに解き放たれてそりゃあもう大変な有様だったんよ……百鬼夜行やったにゃあ……
「その対応で事件を追いかけている場合ではなくなった。メアリーはその暴れ回る幻想種たちを征伐するので目が回るほど忙しかったし、それのせいで秘匿作業が膨大になったからな……ホームズは書類作成に忙殺、私は忘却魔術を都市全体にかけ続け、挙句の果てには数か月の間三人で神秘の回収に明け暮れた」
「おうおう。しかもどさくさに紛れてモリアーティの野郎どもが俺の金庫から色々盗みやがったからにゃあ……
「あ、やっぱり盗まれてたんですね……」ホークアイはそんな気はしていた、と言いたげな顔で呟く。「あれ? でも鍵と魔力、両方無いと開かないはずでは」
「そこなんよ」チェルシーは真面目な顔になって言った。「事件から数百年が経過した今でも、どうやって連中が俺の金庫に入り込んで盗みを働いたのか――ひいては『金糸雀の涙』を盗みやがったのか、未だに分からん。蜘蛛の巣はどこにでもできるからにゃあ……まあ、あの件以降鍵も金庫も俺が魔術式をイチから書き直したし、そっからは鼠一匹入り込んだことはないんやけど……
「けど、何ですか?」
「ん~~。何でもないにゃあ」

チェルシーはコーラをごくごく喉に流し込んだ。猫耳がくるりと回転して何か音を拾っている。

(いつだって君は、きてくれていいんだからにゃあ)

耳が向いたその先には柔く微笑む女性がいた。
マリア・アーキテクトに似た風貌の妖精は私に手を振っている。チェルシーは瞼を下ろして朗らかに笑い、昼飯食べに行こうにゃあ、と私とホークアイの肩を小突いた。




Fin