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アスナショウコ
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【創作|馬子軸】アンシーリーコート
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外伝[1881-1891] 誰が金糸雀を殺したのか?
あらすじ
1885年、3月。諮問探偵シャーロック・ホームズと、その助手・医学博士ジョン・ワトソンの元にある依頼が届く。依頼の内容は『失踪した娘を探して欲しい』という極めてシンプルなものだった。しかしその依頼の二週間前に起きた、ある歌姫の死とその失踪が繋がっているようで……? 手掛かりは奇妙な手紙「R: WHO KILLED THE CANARY」、そして色濃く残る幻想の気配。その先にあるのは深い森と視界を奪う霧。鳥籠と信仰の密室__。誰が金糸雀を殺したのか? その命題に二人は挑む。
無印べったーの移植版です。一部名前や句点の修正を行いました。
スペシャルサンクス
笋様の作品「赤い純情」、ヘルメス様にご登場いただきました。本当にありがとうございました。素晴らしい作品をインスパイアさせていただき本当に光栄です。
Littorio様 アマネセール家のお名前を出させていただいております(事後報告)。ありがとうございました。
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幕間 2018/Remember, Who killed the Canary?
喧しい玄関ブザー音で意識がノートパソコンからそちらへ引っ張られた。
窓枠に器用に乗っかって陽を浴びていたエッグプラントが情けない声をあげて床に落ちる。ひっくり返ってジタバタしていたので起こしてやり、弾かれていないバイオリンが居座っている古びた椅子に座らせてから玄関ドアへ向かう。
「ワトソン先生、アガサ・クリスティー賞ノミネートおめでとうございます!」
陽気な鷹はそんなことを言って私
――
エマ=ジェームズ・ワトソンに赤ワインをずいと手渡した。まだノミネートされただけでしょう、と返してはみるものの差し出されたのは1960年代のブルゴーニュ。私はそれを渋々、という顔を作って受け取り、鷹ことバレル・ホークアイを室内に招き入れた。
「なんであんたがそれを知っている訳?」普段ほとんど本は読まないと言っていたのに、と思いながら問いかけてみる。ホークアイは分かりきった事のように答えた。
「ヤードの近くに本屋があるのはよーく知ってるでしょう。本屋の一番見える所にめちゃくちゃ積まれてましたよ、これ」
そう言ってホークアイは紙袋から『誰が金糸雀を殺したのか?』というタイトルが付けられたその本を取り出した。黄色の表紙紙に金の箔押しの文字をチョイスしたのは誰なのか、それは分からないが
――
少しだけ嫌な記憶が蘇る。
この事件は色々あって数百年単位で秘匿することになり、真相に関してこれまでは語ることができなかった。解決したはいいものの影響が広範囲に及びどうしても大掛かりな秘匿作業が必要になったことも理由の一つである。ホークアイの予期せぬ来訪に、私は執筆机の上に置いていた古い紙の束、即ち捜査資料を金庫に戻すか一瞬考えた。
この度盛大なネタ切れによってこの事件記録を引っ張り出してきたが、そろそろこのやり方には限界もある。
名探偵が死んで既に百二十七年という歳月が流れている。作家としてもう一発当てるにはもうホームズがため込んでいた捜査資料に頼る事はやめるべきだろう。そんなことは明白だったが、やめようと思っても結局私といえばネタ切れのたびにホームズに頼っていた。
「ワトソン先生、もしかしなくてもこの話ってやっぱりそこの事件記録がベースなんですか?」
「
……
目が良すぎるのよ。この鳶」
「酷い言い草ですね!? まあ一応狙撃手なので目がいいのは当然です。で、どうなんです? 聞いてください。そうだ俺この間『四つの署名』読み終わりましたよ! メアリーさん素敵な方ですね」
「当然すぎるわね。真理でしょう。メアリーの右に出るレディはこの世にいない」
「すげえ。ワトソン先生リアルにメアリー・モースタン全肯定じゃないですか」
「別にいいでしょ。一体何の用件でここに来たのよ」私はホークアイの脛を靴先で軽く小突いた。
「サインください!」
「著者サイン付き限定版を買いなさい」
「それは流石に冗談ですけど
……
その、事件記録の詳細を聞きたくて
……
。だってこの小説は創作八割でしょう? だから事件の真相が知りたいんです」
「
……
真相だけが知りたいのかしら?」
「いえ。できればその、全部」ホークアイは少し思い詰めたような顔で言った。「何故かは分からないんですけど、メアリー・モースタンという人の事を
……
この事件の事も、もっと知りたいんです」
ホークアイはそう言って私の瞳をじっと見つめていた。その琥珀色の瞳と表情がメアリーにそっくりで嫌になる。
『ねえ、ジョン』
そう言って彼女は柔らかく微笑み私の方を向く。こいつがどういう経緯でそう感じているのかは分からないが、彼女の事を知りたいと言うならば教えてやるのはやぶさかではない。
私にはそうする義務がある。
「いいわよ」
「えっいいんですか!?『誰があんたなんかに』って突っぱねられると思ってました」
「お前は私を何だと思っているのよ。別に秘匿期限は過ぎているから真相を語ったところでどうこうあるわけじゃないわ。ただ、聞いていて気味の良い話ではないけれど」
それでもいいのなら真相を語る。私はホークアイに告げた。鷹は一瞬表情を曇らせたように見えたが、教えてください、と私に向き直る。
やはりメアリーにそっくりだ。本当に嫌になる。
「じゃあ出かけるわよ」
ホークアイはキョトンとした顔になった。「出かけるって
……
どこにです?」まるで鳩が小首を傾げているようである。
「大英博物館よ」
便利な地下鉄のおかげで最近随分暑くなってきたロンドンの空気を感じずに済んだ。これが数百年前であったなら暑さに苦しみながら馬車で移動となる訳だが、おかげさまでそのような事はもう起こり得ない。
騎馬警官隊は日曜日も勤務とあって忙しそうに街を歩いている。騎馬のうち一頭が愚痴を溢しているのが聞こえたが、彼らとて好きでその職についている。何せその馬は馬子という獣人であるはずなので。
観光客でごった返す日曜日の大英博物館に入り、その中に併設されている図書館へ向かう。その図書館の一角に黒い本棚があるのだが、ある一冊の本を抜いて呼び鈴を押すとさらに奥、すなわち普通の人間には立ち入ることのできない空間へと行く事ができる。
本棚が滑るように動いて『staff only』という金属で装飾された文字の飾られた扉が現れる。ホークアイが後ろで「ハリー・ポッターみたい
……
」とテンプレート丸出しの感想を述べた。あれは事実と虚構が二対八ほどの比で混ざっている。私はその感想を右から左へ受け流し、扉を開けて奥へ進んだ。
暫く歩いて進めば明るい部屋に出た。中央に配置された天球儀を囲むように本棚の木が同心円上に配置されている。部屋自体が巨大な円形であり、壁沿いに配置された十二本の黒い柱はまるで時計の文字盤のようだ。床は夜空を写し出し、天井は白いドームに覆われている。
前を塞ぐように置かれていた本棚が滑って移動し中央への道を開いた。奥に立っている白衣の長身は気づかず天球儀を食い入るように見つめている。
「ついた。ここが神秘管理局の下部研究組織。神秘編纂課よ」
「神秘、編纂課
……
っていや! ワトソン先生! 俺入っていいんですか!?︎ 一般人ですよ一応!」
ホークアイは急に囁きのような小さい声で言った。確かに一般人で、スコットランドヤードの警官という一般人の肩書きもしっかり持っている。
だがそれだけではない。バレル・ホークアイはそもそも最初から一般人ではない。一般人が竜の加護なんて代物を持っているはずがないからだ。そういった意味でもこの男は管理局の監視・監督対象だった。
「チェルシー。
……
チェルシー。おい」
白衣の男に後ろから話しかける。ぶつぶつ思考に耽っていてこちらを全く気にしない。
神秘編纂課の職員はこの暇人しかいないのだ
――
しかもこの男はヤードと神秘管理局の繋ぎをする役目もある。最近は専ら引きこもりが仕事のようで、私の元にホークアイが事件を持ってくるから私がその役目をする羽目になっている気もしなくはない。
「チェルシー・ハゥロー・フォークナー!」私は痺れを切らして白衣の隙間から飛び出していた猫の尻尾を思い切り掴んだ。
「うぎゃ!!」チェルシーは飛び上がって振り返る。「おんどりゃあ何すんだボケがぁ!! ちぎれるかと思ったにゃあ!!」
「そうそう千切れんから安心しろ」
「ワトにゃんは年々俺の扱いが雑になっとるにゃあ」チェルシーはキャスター付きの椅子に腰掛けて銀色の杖を振った。どこからともなく椅子が二脚滑ってくる。
「すごい
……
ハリー・ポッターのやつだ
……
」
「ファンサはしねえとにゃ。それでこの子が例の鳥くんかえ?」
「そうよ」私は勝手にコーヒーメーカーでコーヒーを淹れながら答える。
「あっ、初めまして。俺はバレル・ホークアイといいます。スコットランドヤードで刑事をしている者です」
とって付けたような自己紹介をしてホークアイは着席した。その膝に黒猫がひょいと飛び乗る。可愛らしい鈴を首に付けていた。私は三人分のコーヒーを持って戻り丸いテーブルにマグカップを置いた。
「初めまして、叡智の子。俺はチェルシー。チェルシー・ハゥロー・フォークナー。よろしくにゃあ」
「『にゃ』? えと、こちらこそよろしくお願いします」
「チェルシーは猫の妖精、ケット・シーと混ざっている。だから精神性が少しケット・シーというか猫に近づいている
……
の」
「ワトソン先生なんか口調おかしくないですか?」
「うるさい。別に気にするな」私はチェルシーという旧友の手前、どっちに己を寄せるべきか考えあぐねて自分の姿を〝ジョン・ワトソン〟の方へ戻した。久々にこの姿に戻ったな、と思いながら左手を握ったり開いたりして感触を確かめてみる。
ホークアイは急に震えながら私を凝視し始めた。「い
……
」
「『い』?」
「い
……
イケメンだーーーーッッッ!?!?!? ワトソン先生すっごいイケメンだーーーーッッッ!?!?!?」
「喧しいやつだな。別にどうという事はないだろう。私は雌雄同体なのだし単にアメーバが形を変えたようなものでしかない」
「アメーバ!? そんなわけないでしょ! ワトソン先生、あんた絶対無自覚に青少年の初恋を奪って大変なことに」
チェルシーはホークアイの肩に腕を回して、「おうおうお前さまよく分かっとるにゃ~。ワトにゃんはにゃあ、友達のファーストキッスを奪った挙句俺の知り合いの性癖を捻じ曲げた前科持ちで
――
」
「お前いつまでそれを擦るんだ。一体何年前の話をしている」
「う~~んと
……
百年ぐらいかにゃ?」
「にゃ? じゃない。私がここに来たのはあの秘匿案件に関する全ての情報をこいつに渡すためだ。さっさとしろ」
「猫使いの荒いやっちゃなぁ~~
……
ちょいと待っとけ~」
チェルシーは本棚の森へ消えていった。ゆらゆらと尻尾をご機嫌に揺らしている黒猫はホークアイの膝の上で丸くなっていた。
私はその辺の本棚から適当に記録を引き抜く。偶然手に取ったそれは私が引き寄せたのかストランド・マガジンだった
――
パラパラと捲ってみればそこには『まだらの紐』が載っていた。急に懐かしい気持ちが蘇り当時を駆け抜けた探偵の声が聞こえてくる気がした。
チェルシーは本棚の向こうから大量の紙の束と本を抱えて戻ってきた。コーヒーを横に退けてそれを置く。押収した品もその中には含まれているが、タイプライターによって書かれた資料は恐らく以前私がまとめて管理局に提出したものだろう。一枚資料を手に取るが、やはりこのタイプライターは私が使っているものだろう。今でも時折現役で手紙を書いてくれている。
「とりあえず今出せるのはこれで全部だけど。にゃあ。けど何でまた今になってそんなもん
……
あ。あ~そういうこと! この間アガサ・クリスティー賞に入ったからかえ?」
「
……
別にそれは関係ない。こいつに聞かれたから答えているというのが正確なところだ。しかしどこから話すべきか
――
」
「そんなもん! 決まっとるにゃ」チェルシーは楽しそうに自分のデスクから『緋色の研究』を引っ張り出してきた。「お前さまは小説家なんだからにゃあ、普通に話せばええんよ。全てを明かすのは探偵の仕事だろ? それを語るのがワトにゃんの仕事のはずだにゃあ」
「まあ、そうだな」
私は一冊にまとめられていた事件記録を引っ張り出した。表紙には『百年秘匿』の文字が躍っているが、幸いとっくに秘匿機嫌は終わっていた。私はページを開く。古い本の匂いが鼻孔を擽った。
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