riririnf
2025-07-05 10:01:12
52804文字
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恋、薔薇薔薇

ヌヴィフリ花吐き病書いてみた・前編
【一章】花吐き人はかく語りき P1~【二章】罪人は睡蓮の夢を見るか? P4~【三章】恋、薔薇薔薇 P10~
※モブが結構喋ります。捏造・ネタバレ過多。



 突飛で迂遠な思考回路のもと、どう巡ってか訳の分からない宣言を打ち出したフリーナの想い人は、細かなことはまた連絡すると言い残し、颯爽と帰って行った。フリーナが吐いた花々と共に。
 聞くに、元素龍であるヌヴィレットは人間がかかるような病に侵されることはないらしい。それを聞いた時、フリーナは心の底から安堵した。安堵出来る自分にも安堵した。
 とはいえ、曲がりなりにも吐瀉物に触れてほしくはなかったが、水球に包むという最低限の配慮が施され、秘密裏かつ安全に処分すると言われれば、引き下がらざるを得なかった。
 あの量の花を、一般人であるフリーナが誰にも見咎められずに取れる処理方法はあまりない。
 そう考えればヌヴィレットという存在は実に頼もしい協力者──共犯者と表現した方がより相応しいのだろうか。……いや、この表現もおかしい。法の番人を犯罪者扱いなんて。
 つまるところ彼との関係を示すのは、どう足掻いたってこの一言しかないのだろう。──恋人関係だ、と。
……大変なことになってしまった……
 ベッドに寝転がりながら宙に発した言葉は迷子のように途方に暮れていて、フリーナをより一層不安な気持ちにさせた。
 ヌヴィレットを茫然と見送ったあと、フリーナはひとまずシャワーを浴びて寝巻きに着替えた。そこまでは何となく機械的にこなせたけれど、こうしてひとたび身体を落ち着かせてしまうと、もうこの大問題から目を背け続けることは出来なかった。
 とはいえ、どこから思い返したものか。とにかく今日は色々とありすぎた。
 こういう時、人の記憶は直近のインパクトあるエピソードから再生する。例えば彼がフリーナが口をつけた水を奪って、あまつさえ飲み干したことだとか。
 ……か、間接キス……
 ぼっと頬が熱くなり、フリーナはごろごろとのたうち回る。
 どうしてヌヴィレットはあんなことをしたのだろう。先に杯を差し向けたのは自分の方だが、それにしたって。
 フリーナは混乱する頭を一生懸命に捩ったが、なんの結論も浮かんではくれなかった。
 けれど悩むだけ無駄なのかもしれない。傲岸不遜を気取った自覚はあるから、その意趣返しのつもりであったとか、案外喉が渇いただけだったとか、本当にどうでもいい理由かもしれない。
 フリーナにとっての一大事が、ヌヴィレットにとっても大事であるとは限らないのだ。
…………
 思い至れば冷水を浴びせられたみたいに思考がすっとクリアになって、フリーナはうつ伏せの姿勢で動きを止めた。そのまま枕に顔を沈み込ませる。
 本当のところ、ヌヴィレットの喉が上下に動いたその数瞬に、フリーナは期待したのだ。
 彼は水龍。あらゆる水に込められた感情に共鳴する。ならばフリーナの想いに共鳴してくれないかと、そんな都合のよい願望を抱いたのだ。
 とはいえ、ここは歌劇場の舞台ではない。物語ならば十分有り得た美しい結末も、現実にはそう起こり得ない。そもそも彼の中にそんな気持ちが存在しないから、共鳴のしようがないのかもしれない。
 ……失敗したなぁ。
 上気が去れば、次いで襲い来るのは後悔だ。
 思えば発症は百年前なのだから、想い人は故人だと嘯くのが一番説得力があり、後腐れのないルートだった気がする。
 だというのに咄嗟に逃げ道が浮かばなかったのは、ヌヴィレットがあんまり自然に、目当ての人物が存命であるかのように話を進めてくるからだ。
 意識的か、無意識か。どうやっても結ばれようがない相手だなんて、救いようのない展開を避けたかったのか、自身が本命だと心のどこかで嗅ぎとっていたのか。
 いくら考え込んだところで真相は暗い水の底を覗くかのようなものだけれども、フリーナがまんまとその策略に嵌ってしまったということだけは、確かである。
「まさか、こんなことになるなんて……
 先程とさして変わらない内容をぼやきながら、ごろりと身体を仰向けに戻す。
 おそらく水を飲んだ時、フリーナの感情は読まれただろう。普段は極力感情を読まないように努めているようだが、あの時のヌヴィレットには今までにない強引さがあった。つまり、もう誤魔化したところで無駄ということだ。
 これからどうなるのだろう。恋人になるとはどういうことか、ヌヴィレットはきちんと理解しているのだろうか。どうにも勢いだけで物事が進んでいる気がしてならない。
 ……もっと、ちゃんと考えた方がいいよね……
 そうは思うものの、靄がかかったかのように思考が働かない。
 目まぐるしい一日だった。出ていこう、隠し通そうとの一大決心が一度に崩されてしまったものだから、ここから先の指針が見えない。何が正解かが分からない。
 ……また明日、考えよう……
 言い訳と共にフリーナはそっと目を閉じた。途端、ずしりと全身が重たくなって、マットレスに心身が沈み込む。四肢をシーツに広げると、水面に揺らぐ浮草にでもなった気がする。
 ……軽蔑されなかった。
 入眠直前の取り留めない思考がふわふわと浮き上がる。
 彼の薄い紫色の瞳の中に、百年恋にうつつを抜かした愚かな女への侮蔑はなかった。純粋な心配だけが滲んでいた。
 ……充分だ。
 それだけで、もう全てが報われたような気持ちになれる。百年抱えた罪を丸ごと赦されたような錯覚を覚える。
 ……もう少しだけ……
 水面一枚隔てたような、刹那の夢を見ていたい。

 いつかは枯れて泥に沈むとしても。