riririnf
2025-07-05 10:01:12
52804文字
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恋、薔薇薔薇

ヌヴィフリ花吐き病書いてみた・前編
【一章】花吐き人はかく語りき P1~【二章】罪人は睡蓮の夢を見るか? P4~【三章】恋、薔薇薔薇 P10~
※モブが結構喋ります。捏造・ネタバレ過多。



「ねえ、どれがいいと思う?」
 時刻は九時半。フリーナは鏡の前で白いワンピースを自身に当てながら、サロンメンバーに訊ねていた。
 デートというからには、やはりスカートだろう、白もいいけれど例えば紺色というのも斬新かもよ、と口々に意見をくれる。
 迎えまであと三十分しかないのに、未だに衣装一つ決められないなんて滑稽にも程がある。きっとヌヴィレットは何も悩まずに、いつも通りの服装で現れるに違いないのに。
 いつも通りの彼の隣に立つ、意気込んだ格好の己の姿を想像してみる。澄まし顔の彼氏の横でおめかしして浮かれる様は、どう見たって痛い女だ。
……うん、これでいいや」
 フリーナは手持ちのワンピースを適当にベッドに放り、結局いつも通りの青いデイドレスを身に纏った。
 よくよく考えれば、いかにもデートですという格好でいたら、周囲に恋人だと喧伝してまわるようなものではないか。この関係に気持ちなど伴わず、言わば救命行為なのだから、みだりに誤解を与えるべきではない。
 身支度を終えた頃には九時五十五分。どうにか準備は間に合った。
 ほっと胸を撫で下ろしながら、昨夜の一幕を思い返す。
『休暇が取れたのでデートをしよう』
 恋人となって十日目、やっと問診以外の言葉が出たと思ったら、これだ。
 ポカンとするフリーナをよそに「十時頃に迎えに行くので待っていてくれ」と言い添え、返事も待たずに帰って行った。フリーナにも予定があるかもしれないなんて、考えもしないらしい。
 とはいえ実態として、フリーナの日々のスケジュールはすべて彼に把握されていて、翌日の予定が無いことも筒抜けではあった。
 それが彼の言っていた条件緩和で、窓口には立たないが報告の義務はある、新規の仕事はヌヴィレットに要相談、というのが落とし所となっていた。
 流石に友人関係にまでは今のところ口出しして来ないけれど、そもそも病状が悪化した今、積極的に会う気にもなれなかった。万一伝染してしまったら堪らない。
 もしかしたら、そこまで見透かされているのかもしれない。そう思うとなんだか憎らしかった。
 もし昨日、明日は予定があるんだと返していたら、一体どんな顔をしたんだろう。確かめる勇気なんてないけれど。
 
「ごきげんよう、フリーナ殿。体調はどうだろうか?」
 十時ぴったりに迎えに来たヌヴィレットの第一声はそれだった。毎晩家に訪れる時とまるで変わらない。
 病人相手だから仕方がないかもしれないけれど、もっと色気ある台詞もあっただろうに。
 やっぱり意気込んでスカートなんか履かなくてよかった。ヌヴィレットも予想通りにいつも通りの格好だったから、尚更だ。
 フリーナは密かに息を吐きながら、十日間でお決まりとなった返事を返す。
「大丈夫。シグウィンの薬も効いているみたいだ」
 シグウィンから処方されているのは吐き気止めや、嘔吐時の筋緊張やストレスに伴う頭痛薬などで、根本の解決には至らなくとも、それらの症状が和らぐだけで有難い。
「そうか。あの子は優秀な医師だからな」
 愛し子の働きぶりを誉めると、彼は決まって嬉しそうな顔をする。それから不謹慎な己を戒めるみたいに厳しい顔に戻って、フリーナに諭すのだ。
「薬があるからといって、過信はしないように。今日も少しでも不調を感じたら、すぐに言ってくれ」
 デートは切り上げて早急にシグウィンのところに行こう、とヌヴィレットは簡単に言う。
 それは至極真っ当な気遣いで、寧ろ全く逆のことを言われようものなら、人間性──この場合、龍性か──を疑ってしまうところではあるのだけれど、それでも腹に重いものが溜まるのを止められなかった。
 今日一日、絶対に吐いてやるものか。

◇◆◇◆

 いざデートが始まってみれば、ヌヴィレットは実に模範的なフォンテーヌ紳士だった。
 段差があれば必ず手を差し伸べてくれ、フリーナが素敵な商品に目をとめれば、視線の先に気付いて必ず入店を促してくれた。
「好きに選ぶといい」
 どんなに高いものも、どんなにくだらないものも、ヌヴィレットは嫌な顔一つせずに購入しようとする。
「キミはこんな価値の分からないものを買うなんて、ってお小言をくれるかと思ったよ」
 流石に高価な品は遠慮したけれど、なにも買わないほど物欲が枯れているわけでもない。
 厳選の末に目をつけた七色に光るティーバックを手に持ちながら、からかい混じりに問うてみる。
「まさか。君が望むのならば、それはきっと価値あるものだ。君は何も遠慮しなくていい。気になるものは全て購入しよう」
「ふぅん、そう」
 パトロンもかくやの甘やかしを述べるヌヴィレット。反面その表情があまりに真剣で、フリーナはつい素っ気なく返した。
 分かっている。彼がここで「無駄遣いはよくない」なんて言える筈もないことは。
 ここで我慢をしてしまえば、次は買いに来られるか分からないから。
 フリーナよりもヌヴィレットの方がよほど現実をよく見ていて、だからこそフリーナも彼の視界に映るものを意識させられる。
 いざその時が訪れても、〝あらゆる水の対岸〟へは、きっと何も持ち込めないとは思うのだけれど。……皮肉だね。


 意外なことにヌヴィレットはデートに好まれそうな場所をよく知っていた。今日の為に調べてくれたのだろう。
「今季限定販売のスイーツらしい」
 差し出された水色のアイスクリームは、キュートなプクプク獣が描かれたカップに入っていた。真ん丸お目目と鋭い龍眼の四対がこちらを向いた時、フリーナは思わず声を上げて笑ってしまった。
 ヌヴィレットは不思議そうに目を瞬かせていたけれど、そのうちにフッと目元を綻ばせた。
 ──ああ、そんな顔もするんだ。
 心臓を鷲掴みにされたような心地になる。たまらなく苦しい。
「っ、ふ、ぅ…………ぉぇ……
 食べ終わった後、化粧直しにとパウダールームへ寄ったフリーナは、結局そこで吐いてしまった。
 持ち歩いている袋に花を押し込んで、それから持参していた処方薬をありたけ飲んだ。
 飲み水は水元素で生み出したから飲み合わせも怪しいし、もしシグウィンに見られていたら、長いお説教タイムが始まるだろう。
 これは稼働時間の前借りに過ぎず、明日にも響くのかもしれない。でも、構わない。
 ……今日だけ。今日だけでいいから。


 夕方にはアクアロード・ターミナルからナヴィア線に乗り込んだ。エピクレシス歌劇場で公演されている今話題の舞台を観る為だ。
 最高審判官との相乗りに、乗客がにわかに騒がしくなる。彼はいつも専用船に乗って移動するから、一般人と同じ船に乗ることは無い。
「ヌヴィレット様……!? フリーナ様も……!?」
 思わず、といった様子で声を掛けてきたのは、劇評家の青年だった。とんだ偶然もあるものだ。
「やあ、久しぶりだね。元気にしていたかい?」
 考えるより先に声が出てしまったのだろう。ヌヴィレットは険しい顔になってしまうし、露骨に怯える青年が少し不憫で、フリーナは敢えてのんびりと微笑みかけた。
「え、ええ。おかげさまで……。ええっと、今日はお二人で外出ですか?」
「ああ、その通りだ」
 フリーナより早く、ヌヴィレットが答える。それにまた青年は縮こまる。
「やはりお二人はそういうご関係なんですね。だとしたら、先日は大変な失礼を……
「え?」
 声を抑えて謝ってくる青年にドキリとする。フリーナの反応に青年もまた目を見開いた。
「違うのですか? てっきり今日はデートをされているのかと」
「ああ、そのと、」
「ああ~! 彼が市井を見てみたいと言うのでね! 面倒見のよい僕が案内してあげているのさ!」
 正直に答えようとしたのであろうヌヴィレットを遮って、もっともらしい理由をでっち上げる。薄い紫色の瞳が怪訝な光を宿してフリーナを向いたのが分かったが、気づかない振りをした。
「──まもなく出港の時間よ。「フォンテーヌ水路交通ルール」に沿って、次の危険物を持ち込まないで……
 ヌヴィレットが口を開きかけたタイミングで、丁度よくエルファネのガイドが始まり、彼は口を噤んだ。可愛い我が子の仕事を邪魔するなんて、彼には出来やしないから。
 おろおろとヌヴィレットとフリーナを見ていた青年も逃げるチャンスを逃さずに、ぺこりと頭を下げて、少し離れた席に腰掛けた。
「今回の航行の終点はエリニュス島。行ってみる価値のある場所はルキナの泉とエピクレシス歌劇場。左側上空には、有名なフォンテーヌ科学院。実験事故のおかげで新しい観光スポットができるなんて、ヒトの知性って本当に素晴らしいわね」
 敬愛する主の突然の同乗にも動じずに、エルファネはすらすらと口上を述べる。
 結局ヌヴィレットはエルファネの説明に聞き入って、フリーナはただ置き物のように彼の隣に座っていた。
 巡水船の上、夕陽に照らされ、風にそよがれるヌヴィレットは大層絵になる。
 風が心地よい航路だった。