riririnf
2025-07-05 10:01:12
52804文字
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恋、薔薇薔薇

ヌヴィフリ花吐き病書いてみた・前編
【一章】花吐き人はかく語りき P1~【二章】罪人は睡蓮の夢を見るか? P4~【三章】恋、薔薇薔薇 P10~
※モブが結構喋ります。捏造・ネタバレ過多。



「お帰りなさいませ、ヌヴィレット様!」
「ああ、今戻った」
 エピクレシス歌劇場からパレ・メルモニアへと戻ったヌヴィレットは、パレ・メルモニア常勤のメリュジーヌ、セドナの出迎えを受けた。
 もう退勤時間は過ぎているのだが、ヌヴィレットの帰還を待っていてくれたのだろう。その健気さと真面目さが忍びなく、同時に嬉しくも感じるのだから、困ったものだ。
「わあ、綺麗な花束ですね。どうされたのですか?」
 セドナの視線はヌヴィレットが抱えるレインボーローズの花束にあった。
 最高審判官が花束を貰う機会など滅多にない。というより、初めてかもしれない。ヌヴィレット自身ですら、そう思うのだ。他者が物珍しく思うのも当然だろう。
 ヌヴィレットは道すがら、すれ違う国民達から、ちらちらとレインボーローズに視線を向けられていたことを思い出した。
 残業をしている共律庭の一部職員すらも、同じ目でこちらを見ている。
……すまないが、一つ仕事を頼んでもいいだろうか? もう退勤時間は過ぎているゆえ、都合が悪ければ断ってくれて構わない」
「いいえ、大丈夫です。なんでも仰ってください」
 セドナは即答し、瞬時に真剣な顔つきになる。可愛らしい見た目に反し、彼女は非常に優秀なマレショーセ・ファントムの一員だ。
 そしてマレショーセ・ファントムへの依頼ということは、往々にして平和な事案ではない。それを十二分に理解している共律庭の職員達は、何かを悟ったように各々の仕事に意識を戻した。
 パレ・メルモニアには、実に優秀な人材が揃っている。
「ありがとう。詳しくは私の執務室で話そう」
 いくら職員が協力的といえど、その誠実さに甘えるわけにはいかない。せめて場所を移すのが当然の配慮であろう。ヌヴィレットはそう判断し、セドナを執務室に招き入れた。
「この花の成分分析を頼みたいのだ。少なくとも私やメリュジーヌに対して危険はないと思うのだが、念の為慎重に扱ってほしい」
 扉を閉めると同時、花束を差し出す。道中ヌヴィレットが検分した限りでは何も問題はなかったが、人間にのみ害を及ぼす可能性も排除しきれない。人間は脆いのだ。
「分かりました。科学班に回しておきます。この花束は何かの事件の押収物なのですか?」
……いや。今のところは、何も」
 言われて気づく。何をこうも警戒しているのだろう。
 あの青年が熱心ながらも少々厄介なファンであったことは、フリーナの反応からも間違いない。だが、それだけだ。
 あの時は怪しくて仕方がないと思えた感情の動きも、時間を置いて振り返れば、取り立てて追及するようなことではなかったようにも思えてくる。
 少々過剰過ぎたのだろうか? 微かな不安が過ぎりつつも、自己の整理も兼ねてセドナに経緯を話す。
「とある青年が、公演後のフリーナにこの花束を渡していたのだ。私も一部始終しか見ていないのだが、あまり穏当な様子ではなかったし、フリーナ本人も所持したくないとのことだったので、預からせてもらった」
「それはよくありませんね。分かりました、徹底的に調査するよう指示しておきます」
「ああ、よろしく頼む」
 セドナがすんなりと納得してくれたので、ヌヴィレットは自身の懸念や振る舞いを肯定されたように感じた。これは過剰な警戒ではないのだと。
「それにしても、花束になにか仕込むだなんて残念ですね。レインボーローズは贈る本数によって求愛を表すとも聞いたのですが、台無しにする行為ではありませんか」
 セドナはレインボーローズを見つめながら眦を吊り上げる。
……そうなのか」
 初耳だ。ヌヴィレットはそういった世情に疎く、よくフリーナを呆れさせたものだった。
「はい、私も何本だとどういう意味になるかまでは覚えていませんが、『最愛』とか、『結婚してください』とか、色々とあるみたいですよ」
 人間って面白いことを考えますよね、と話を締めるセドナに、そうだな、と相槌を打ちながら、ヌヴィレットは己の警戒心がみるみる膨れ上がっていくのを感じていた。
 まさか、そうまで重い意図があったとは。
 裏方仕事にまわってから、フリーナが舞台に因んだ贈り物を一切受け取らなくなったことはヌヴィレットも知っていた。だから今日も不本意ながら手ぶらでフリーナの元に向かったというのに。
 今日、ヌヴィレットはフリーナが監督を務めた舞台を観劇した。それは多忙の中に偶然出来た隙間時間で、フリーナが出演しないまでも、そこかしこにフリーナの息吹が感じられる公演に、ヌヴィレットは大いに胸を打たれた。
 興奮のままに彼女を労い、感想を伝えたいと楽屋に向かった先に、あの光景があったのだ。
 困ったような、怯えたような、どこか苦しげにも見える様子でレインボーローズの花束を抱えたフリーナと、馴れ馴れしく距離を詰める無礼な男。──これを警戒するなという方が、難しいのではないだろうか。
……すまない、セドナ。今日はもう上がろうと思う」
「えっ、珍しいですね?」
 普段ならば、ここから長い残業が始まる。通例を崩す宣言にセドナが声を上げる。
 だがその驚きは一瞬のことで、セドナはすぐに笑顔になった。
「いえ、いいと思います。謝る必要なんてありません。ヌヴィレット様は働き過ぎですから、たまには早く帰られた方がいいです」
「気遣い感謝する、セドナ」
 仕事を頼んでおいて先に帰るなどと言う不届きな上司に対して、この対応。どこまでも純粋で清らかな眷属の心根に胸が温かくなり、ヌヴィレットは自身の口元が綻ぶのを感じた。
「まだ開いているお店もあるでしょうし、何処かに寄って行かれるのもいいと思いますよ」
「提案に感謝しよう。だが、もう寄るところは決めているのだ」
「そうなんですか?」
 首を傾げるセドナにヌヴィレットは頷いた。
「ああ、フリーナに会いに行こうと思う」
 頑なに断られた護衛の話。だが今一度腰を据え、きちんと話し合わなければならないだろう。何かあってからでは遅いのだ。
「それはいいですね。楽しんできてください!」
 実際はそう楽しめる用事でもないのだが、わざわざ水を差すものでもないだろう。ヌヴィレットはただ微笑で応える。
 セドナも嬉しそうに微笑んだ。
 フリーナはメリュジーヌからも人気が高い。異種族である彼女達から見ても、フリーナは美しく輝かしい大スターなのだ。
 実は、今日の観劇を薦めてくれたのもセドナだった。彼女の声がなければ、ヌヴィレットはその時間にも仕事を入れてしまっていただろう。
 公演後に感想を伝えに行こうと思えたのも、『しばらくフリーナ様と会っていないのではないですか? 折角ですから、劇のご感想を話されてみてはいかがでしょう?』との後押しを受けたからだった。
「──ありがとう、セドナ」
「いえいえ! いってらっしゃいませ!」
 自分には勿体無いくらいの気の利く優秀な部下に見送られながら、執務室の扉を開ける。

 国民にもメリュジーヌにも広く愛されるフリーナ・ドゥ・フォンテーヌ。
 五百年に渡る献身により、フォンテーヌを救ってみせた偉大なる少女。
 彼女がやっと手に入れた、ささやかな平穏を守らなければない。
 それがヌヴィレットに出来る敬意の表し方であり、課せられた責務でもある。