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riririnf
2025-07-05 10:01:12
52804文字
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恋、薔薇薔薇
ヌヴィフリ花吐き病書いてみた・前編
【一章】花吐き人はかく語りき P1~【二章】罪人は睡蓮の夢を見るか? P4~【三章】恋、薔薇薔薇 P10~
※モブが結構喋ります。捏造・ネタバレ過多。
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「
…………
殿、フリーナ殿!」
「
……
っ!」
彼にしては珍しい声量にフリーナはハッと我に返った。
「あ
……
っと、なんだい、ヌヴィレット?」
出来る限り平静を装って口の端を上げると、執務机に向かって座る彼は、はぁ、と露骨に溜息をつく。
「今日の業務報告をしろと押しかけてきたのは君だろう」
呆れをたっぷり含んだ嫌味ったらしい部下の口調に、フリーナは目を瞬かせた。
ここはヌヴィレットの執務室。目の前にはフリーナの為に出された来客用のテーブルがあって、これまたフリーナの為に用意されたスイーツと紅茶が甘やかな香りを漂わせる。
どうやらソファに腰掛け彼の報告を聞きながら、うっかり意識をトリップさせてしまっていたらしい。昨日は中々センセーショナルな一夜だったから、フリーナは一睡も出来ていないのだ。
不老不死の呪いで多少の不調は一晩で治癒されてしまう便利体質でなければ、今頃人間らしく瞼がぼってりと腫れ上がってしまっていたに違いない。そんな中、彼の滔々とした語り口が格別の子守り歌へと変換されるのは仕方のないことだろう。
「『君の仕事振りを確かめる為だよ。数百年も務めていると、いくらキミといえども気の緩みが出てくるものだからね。厳しくいくよ!』
……
であったか。僭越ながら所見を述べさせてもらうと、緩んでいるのは君の方だと見受けられるがね」
そうだ、そういうことになっていた。そして、ぐうの音も出ないとはこのことだ。数ヶ月前のフリーナの建前をそっくりそのまま諳んじるとは、連日の監査
……
という名のちょっかいが、余程腹に据えかねていたらしい。
名目上業務報告はさせるものの、その実ことにつけては話しかけ、仕事の妨害をしていた自覚はあるので、気まずい気持ちを禁じ得ない。
「い、いいだろう、監査は今日で終わりにしよう。キミの勤労っぷりは充分に伝わった。これからも励んでくれたまえ」
怯む内心を隠しつつ、出来る限り偉そうに宣告する。ヌヴィレットは解放の安堵も、労いの言葉への感動もなく、「そうか」とだけ返事を寄越した。
流石にこのまま終わるのは、上司としての面子が立たない。フリーナは話題を繋げた。
「ここ数ヶ月、いろんな話をしたね。有意義な時間だったとは思わないかい?」
「そうだな。おかげで業務効率が三割程低下していたように思う」
「ハハっ! なかなか面白いジョークだね」
つれない部下を笑い飛ばす。
「今はそうとしか思えないかもしれないが、キミは後々これらの時間が持つ重大な意味を知るだろう。僕は神だからね。全ての行動には深い意味があるのさ」
それらしいことを言って煙に巻くのも、水神を演じる上での必須スキルだ。
言われたヌヴィレットはどう見ても納得がいった風ではなかったが、特に反論してくることもなかった。聞き分けがいいというか、諦めが早いというか。
「そうそう、特にあの話が興味深くてよかったな。〝キミの女の子の好みについて〟」
さも今思い出したという風を装い、無邪気に笑う。
「君がしつこく訊ねてきた、あれか」
その企みは成功し、ヌヴィレットも特に怪しむことなく返してきた。
「当時は君の意図が分からず、気の進まない問いかけであったが、思い返せば普段そのようなことを考えることはないゆえ、良いきっかけになったようには思う」
ヌヴィレットは己が何者であるのか、常にその答えを探している。彼が言うには、人の感情を辿ることに真相が隠されているように感じるらしい。
フリーナは我が意を得たり、と身を乗り出した。
「おや、やっとキミも分かってきたようだね。そうそう、人の感情を知る上で、恋愛というのは切っても切り離せないテーマだよ」
フリーナはここ数ヶ月、不審に思われない程度にヌヴィレットに恋の話題を振ってきた。それは誓って、面白がっての暇潰しなどではなく、生きる為の努力だった。
花吐き病には、これといった治療法や特効薬は存在しない。けれど代わりに(と言っていいのかも怪しいが)御伽噺みたいな完治法のみが存在する。
その御伽噺──『両想いになる』だなんて方法を知ったフリーナは当時、絶望の淵へと立たされた。
ヌヴィレットが振り向いてくれるかどうか、という問題以前に、そもそも恋愛事に興味があるかすら危ぶまれたからだ。
けれどフォンテーヌの命運がかかっていたのだ。諦めるわけにもいかない。
つまりフリーナはヌヴィレットと両想いになろうと、監査という建前を使って、ここ数ヶ月彼の周りをうろちょろとして、どうにか牙城を崩せないかと探っていたのだ。
呪いが死を防いでくれると気づいた今や、その努力はもう必要がなくなってしまったけれど、まったくの無駄というわけでもなかった。
さっきの通り、意外にも彼もまるきり興味が無いというわけでもないようで、それなりに気前よく答えてくれたのだ。
「それにしても驚いたよ。キミの好みが淑やかな稲妻人だったなんてね。現地ではヤマトナデシコ、って言うんだったかな?」
「フリーナ殿、適当を述べるのは止めて欲しい。すべて間違っている」
「ええ? そうだったかな?」
勿論ワザとだ。にやにやと口角をつりあげると、ヌヴィレットは「私はこう言った筈だ」と当時の言葉を繰り返してきた。フリーナの目論見通りに。
「
……
『私は容易く人間の感情に共鳴することが出来る。だが、こと恋情に関しては話が変わるようだ。私は恋情に類する感情に共鳴したことは一度もない』」
覚えている。一言一句違わずに。
だから、この先の言葉も知っている。それでも聞きたい。改めて胸に刻み込みたい。
「『それは恋情が、繁殖の本能に属する補助的感情だからではないかと推測している。この身は人に近かれど、その本質は龍。人とは誕生の原理が根本から異なるゆえに、恋情など不要なものなのだろう』」
これである。ハートを射止められるかどうか、という議論以前に、そもそも元素龍には恋愛という機能自体が存在しないのだ。
初めて聞いた時の絶望は、生命の危機と深く結びついていた。恐怖や混乱、様々な余分が混じりあった感情だった。
けれど今は純度百パーセント、たった一つの感情のみで満たされている。この経験が欲しかった。
「『──つまり、私に異性のタイプなるものはない。今までも、これからもな』
……
思い出していただけただろうか」
「ああ、そうだったね。思い出したよ。聞かせてくれて、ありがとう」
ご丁寧に念押しの視線をくれたヌヴィレットに、フリーナも丁寧に御礼を返す。
フリーナは今、失恋をしている。自らこの身を差し出して、望んで切りつけられに行った。
これはフリーナがこれからも神であり続ける為に必要な儀式であり、けじめであり、罰である。
これから先、彼の言葉と声を武器にして、浮つく心をその都度殺していけるだろう。大満足だ。
だというのに、ヌヴィレットは探るような目でフリーナを見つめてきた。
「
……
検討違いならば申し訳ないのだが、ここ数ヶ月、君は随分と疲れているように見える。部屋に戻って少し休んだ方がいいのではないだろうか」
相変わらず仕事をしない表情筋。けれど淡々とした口調の中に滲む気遣いを感じ取って、ぎゅぅ、と心臓を捻られたような心地がした。望みがないと知った時より、余程そこがズキズキする。
でも、ここは自室ではない。蹲ることも口を覆うことも、ましてや何がしかを溢れさせることなど、あってはならない。
「──アハハっ! どうしたんだい? キミらしくない。明日は雨
……
いや、爛晴かな?」
フリーナは込み上げる全てを笑い声に乗せて吐き出した。
気遣いを無碍にされた格好のヌヴィレットは眉間に皺を寄せ、先程よりも深い深い溜息をつく。
「
……
私は忙しい」
一言だけそう告げて、彼は机の書類に視線を落とした。フリーナの態度に呆れ返って、これ以上相手にするのは時間の無駄だと判断したのだろう。
それは大変有難いことだ。理解出来ないおかしな奴だと思われた方が、色々と追及されずに済む。彼はフリーナの意図通りに動いてくれる、実に優秀な部下である。
……
全部、これくらい簡単に終わればいいのになぁ。
今朝もフリーナは花を吐いた。変わり映えしない白いひとひら。それをいつも通りに処理──つまりは焼却した。
元は未知の物質を適当に棄てるのも怖かったからだが、書物には吐いた花弁に触れると伝染させてしまうとも記されていたので、結果的には正しい選択だった。本来の病状のように大量に吐いていたら、こんなに簡単には処理できなかっただろうから、その点においては幸いなのかもしれない。
……
ああ、あれも燃やそうかな。
初めて吐いたひとひらを、今も引き出しに抱えたままだったことを思い出す。なんとなくそのままにしていたが、病の正体も知れたし、どうせ明日も同じものと相見えるのだ。もう後生大事に取っておく必要もない。
封筒に閉じ込められた花弁は今、どんな姿になっているのだろう。過ぎた時を反映しているのか、あるいは。
そこまで考えた時、どうしようもない胸やけに襲われて、フリーナはぎゅっと目を閉じた。
──やめよう。もう何も考えず、封筒ごと燃やしてしまおう。
ごくりと息を飲み込み、瞼を開ける。そして目に付いたテーブル上のクッキーに手を伸ばす。
本来味わうべきメイプルたっぷりの甘やかさは、喉奥の鬱金香に遮られた。
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