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riririnf
2025-07-05 10:01:12
52804文字
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恋、薔薇薔薇
ヌヴィフリ花吐き病書いてみた・前編
【一章】花吐き人はかく語りき P1~【二章】罪人は睡蓮の夢を見るか? P4~【三章】恋、薔薇薔薇 P10~
※モブが結構喋ります。捏造・ネタバレ過多。
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話題の舞台とあって、歌劇場は満席だった。ヌヴィレットだけなら最前列中央席と決まっているが、今日はフリーナがいる為に、その例は適用されなかった。案内されたのは客席からは見えづらい関係者席だ。
フリーナが一人で観劇する時でさえ、客の意識を散らさないよう二階席を選ぶのだ。二人揃うとより目立つということは、正しく認識しなければならない事実であるし、それは別に構わない。真に優れた舞台はどの席、どの角度から見ても素晴らしいから。
だから問題は自らの座席の場所ではなく、その席が彼の隣だということだった。いや、デートで観劇しているのだから、別々の席だったら興醒めだけれども。それにしたって内容が
……
。
『モン・エトワール! 君は僕の一番星さ
……
!』
『まあ、素敵! マ・リュヌ、貴方は私の空に一番近い光よ』
大袈裟なくらいの熱量で、主演男女二人が大仰な台詞を紡ぐ。
これが物語のクライマックスならば見合うのかもしれないが、まだまだ序盤。今はデートの別れ際に抱き合いながら口づけを交わしているシーンで、妙に情感たっぷりだけれども、明日も二人は普通にデートの約束をしていたりする。
この舞台が人気を博しているのは、清々しい程徹底した二人のラブラブっぷりにあり、特に深みも山場もないけれど、何故かなんとなく癖になる。そういう評価を受けてのことだ。
ちらりと隣を盗み見ると、ヌヴィレットはおよそ不可思議なものを見る目を向けていて、彼が前評判を知らなかったのであろうことは、すぐ知れた。大方デートに最適、と興行主の謳い文句を真に受けてしまったのだろう。
ラブロマンスはこの五百年浴びるほど観た。けれど、こうして彼の隣で観るのは初めてで、上手く内容が入ってこない。
公演中、フリーナは何度も椅子に座り直した。
観劇後はフォンテーヌ廷に戻り、ホテル・ドゥボールで遅めの夕食を摂った。席に案内されるまでの間、ちらちらと他の客からの視線は感じたものの、それだけだ。巡水船の時のように話しかけてくる者はいない。
ホテル・ドゥボールの利用客は富裕層が多く、またヌヴィレットや水神時代のフリーナも利用することがあったから、皆それぞれ立ち居振る舞いを心得ているのだろう。
食事中、舞台の話題は一言も出なかった。代わりにこんなことを訊ねられた。
「先のナヴィア線でのことだが、何故君は彼に虚偽を述べたのだ?」
「虚偽とは人聞きが悪いね」
フリーナは苦笑する。
「だって勘違いされたら大変だろう。別に僕たち、そういう仲じゃないんだから」
デートは一般に想い合っている仲、ないしは惹かれ合っている仲で行われるものだ。でも〝これ〟はそうじゃない。治療行為の一環だ。
そういう主旨の回答だったのだが、ヌヴィレットは酷い顔をした。まるで胸にナイフを突き立てられでもしたかのような、痛そうな顔。
フリーナは己の失言を悟った。
確かにフリーナを好きになろうと努力している相手に、気のないことを言うのは無神経だったかもしれない。
「ああ、えっと、努力は伝わっているよ。大丈夫」
フリーナは慌ててフォローを入れたが、ヌヴィレットの表情は暗いまま。
結局いくら言葉で取り繕おうと、彼が一番よく分かっているのだろう。
フリーナだって、まるで彼を射止めた気などしないから。
ホテルを出る頃には、人影もまばらになっていた。
差し出されたヌヴィレットの手を取って階段を降りる。けれど階下に着いても、その手は離されなかった。
「ヌヴィレット? もういいよ?」
「いや、このまま歩こう」
「へ
……
っ」
ヌヴィレットはフリーナの了承も待たずに歩き出す。手を引かれる形になったフリーナも、やむなく足を動かした。
エスコートなら何度も受けてきたし、そもそも彼に教え込んだのはフリーナ自身だ。けれど、これは違う。これは────
……
手を、繋いでる
……
?
こんなの初めてだ。フリーナの手はヌヴィレットの大きな掌にすっぽりと包み込まれてしまっている。
頬に熱が集まってくるのを止められず、フリーナはその変化が顔に出てしまう前に声を上げた。
「ちょっと、ヌヴィレット
……
っ、こんなの見られたら
……
っ」
「勘違いされる、と? 別に勘違いではないだろう。今の私達は恋人関係にある。君がどう思おうとも」
苛立ちすら滲む声音に、一瞬息が止まった。
「君がそう頑なでは、治るものも治らない。周囲の視線を恐れるならば、人の気配を感じた時だけ一時的に手を離す。それで問題ないだろう」
畳み掛けるように理屈を並べられて、フリーナは黙るしかなかった。ヌヴィレットの言にどこまで合理性があるかを考えるには、手の温もりの主張が激しすぎる。
ただ──ヌヴィレットが真摯に恋人関係を築こうと努めているのに、フリーナだけが素面でいるのは礼儀知らずだったかもしれないとは、思い至った。
彼だって、別に好きでこんなことをしているわけではないのだ。ただフリーナを見殺しにするのも目覚めが悪いから、付き合ってくれているだけで。だからこそ彼は怒っているのだろう。
……
ちゃんとやろう。
彼の想いは関係ない。治療を受ける者の最低限の礼儀として、フリーナはきちんと恋人役を演じなければならない。
「
……
恋人なら、こうするものだよ」
掴まれた手をぎこちなく動かし、ヌヴィレットの指と指の間に自分のそれを差し入れる。
ぴくりと彼の手が跳ねたような気がしたが、気の所為かもしれない。それよりも自分の心臓の音が騒がしい。
「
……
そうか」
ぐっと彼の指に力がこもる。繋ぎ方一つでこうも変わるのだと、仕掛けたフリーナ自身初めて知った。
……
今、人が通ったら。
──いや、その可能性は、あまり考えたくない。フリーナはただ握る指先に力をこめた。
◇◆◇◆
結局人に会うことなく、その手は繋がれたままだった。
「今日はありがとう、ヌヴィレット。おかげで楽しい一日だったよ」
そうして無事自宅へと着いた時、フリーナは玄関扉を開けるより前に、親切な恋人へと向き直った。
解放された手が妙に寒く重たく感じられる。振り払うように殊更明るく微笑む。
努力の甲斐あって、ヌヴィレットも満足げに口の端を上げた。
「それは何よりだ。私としても非常に有意義な時間だった。また次のプランも考えてこよう」
「もう? 随分と気が早いことだね」
さっそく次を仄めかす可愛らしい恋人におかしくなって笑みを零すと、薄い紫色の瞳が細められた。
そのままふと沈黙が訪れて、扉を開けるタイミングを逸したフリーナは、長く歌劇場を盛り上げ続けた大スターとしての杵柄をフル起動させる。
けれど今日一日大概のことは話し尽くしてしまっていて、残っているのはもう、気まずいあの話題だけだった。
「今日の歌劇、素敵だったね。主役とヒロインが最初から最後まで一貫して仲睦まじくて、見ていて安心感があったよ」
砂糖菓子のように甘やかな台詞の数々を思い出しつつ前向きな評論を渡すと、ヌヴィレットも正しくそのバトンを受け取った。
「そうだな。想い合う間柄とはかくあるべきだと学習させてもらった」
あれは極端な例であり、あんなのを学びにしたら、とんでもないことになる。
けれど、何事も最初は真似事から始まるのだ。よい機会かもしれない。
神妙な面持ちで頷くヌヴィレットに、フリーナはまた一つバトンを託す。
「
……
僕たちも、やってみるかい?」
勿論、嫌なら断ってくれて構わなかった。ヌヴィレットがこの関係をどこまで進めるつもりなのかが分からなかったが、この提案で測れる筈だ。
「それは
……
」
見開かれる薄い紫色の瞳の奥には今、フリーナと同じシーンが浮かんでいることだろう。舞台上の彼らはデートの始まりと終わりの度に、熱いベーゼを交わすのだ。
「
…………
そうだな。倣うこともまた、必要なことなのだろう」
少しの思考の末、そういう結論に辿り着いたらしいヌヴィレット。その手がフリーナの頬に添えられ、美しい顔がゆっくりと近づいてくる。
……
ああ、いいんだ。
フリーナはそっと目を閉じた。
よくファーストキスは何の味、なんて議論を聞くけれど、実際どうなんだろう。花蜜みたいに、とろやかで甘いものであってほしい、だなんて流石に夢を見過ぎだろうか。
彼の吐息が頬をくすぐる。そのまま優しく彼の唇が頬に押し当てられて。──その瞬間に、フリーナは夢から醒めた。
味なんか分かりようがなかった。酸いも甘いもない。無味ですらない。だって、なにも無かったのだから。
「
…………
では、また」
柔らかな感触が離れていくと同時、別れの挨拶が落ちてくる。フリーナも瞼を上げて、「うん、またね」と手を振った。
脚の長い彼の背が見えなくなるのはあっという間だ。
それは確かに舞台の通りだったのだけれど、そこは正直、フリーナが監督なら許しはしない演出だった。
だってあれだけ想い合っていて、毎度キスまで交わすのに、どうして一度も振り向かないの。女の方も簡単に切り替えて、家の中に入ってしまえるの。そんなわけないじゃないか。
だってフリーナの足は一歩も動かない。目も逸らせない。一度でいいから、こっちを見てよ、と背中に向かって叫びそうになる。
ほんの僅かな見送りを済ませたフリーナは、やっと玄関扉を開けて自宅の床を踏みしめる。そのまま閉めた扉に背を預けると、ずるずるとその場にしゃがみ込んだ。
──長い、長い一日だった。そう今日という日を振り返り。
「っ、
……
げほっ、」
色とりどりの花束で、玄関を埋め尽くした。
「ぅ、え
……
っ、ごほ
……
ッ」
止まらない。花が次から次へと溢れ出て、呼吸さえままならない。苦しい。苦しい。
気持ちのない相手と唇を交わすような、いい加減なことをするひとでなくて、よかったじゃないか。
距離の詰め方を見誤ったフリーナが悪いのだ。フリーナの提案を拒否しきれなくて、あれが精一杯だったのだ。
今日一日で痛いほどに伝わってきたじゃないか。彼はフリーナに尽くそうとする。それはフリーナに死の影を見ているからだと。
こんなことなら変に恋人を演じようとするのではなかった。余計なことをしてしまった。好きになんてならなければよかった。
そうしたら、こんな苦しい思いをしなくて済んだのに。
「っは
……
っ、ぅぇ
……
ッ」
吐いて、吐いて。また吐いて。
このまま枯れ果ててしまえばいいのに。
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