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riririnf
2025-07-05 10:01:12
52804文字
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恋、薔薇薔薇
ヌヴィフリ花吐き病書いてみた・前編
【一章】花吐き人はかく語りき P1~【二章】罪人は睡蓮の夢を見るか? P4~【三章】恋、薔薇薔薇 P10~
※モブが結構喋ります。捏造・ネタバレ過多。
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──初めて花を吐いたのは、もう百年程も前のこと。麗らかな陽気が心地のよい朝だったと記憶している。
はらり、と白い花弁がひとひら自身の口から生まれ、口を覆っていた手指の隙間から零れ落ちていったあの衝撃は、今でも忘れられない。
「
……
なに、これ」
すぐには事態を飲み込めなかった。人が花を吐くなんて当時は聞いたこともなかったし、フリーナは寝起きだったのだ。頭が働く筈もない。
デュベを隔てて膝上に乗った白色の、けれどデュベの白とは少しも混じり合わない生命の瑞々しさを持った〝それ〟と暫し見つめ合った末にフリーナが出した結論は── 一旦、目を逸らすことだった。
花を吐くのは今日が生まれて初めてだけれど、裏を返せば、そのまま今日が最後の日になるかもしれない。そんな淡い希望に賭けた。
要するに現実逃避だが、あまり長くフリーズし続けるわけにもいかないのだから、やむを得ない。フリーナには当時、完璧な神を演じる義務が課せられており、ある程度割り切って切り替えていかなければ、とても一日がまわらなかったのだ。
得体の知れない物体を軽率にプベルに放り込むのも気が引けて──中身の処分は清掃役が行うからだ──フリーナは手持ちの中で一番分厚い紙を用いた便箋に花弁を隠し、鍵の掛かる引き出しに押し込んだ。
もう二度とお目にかかることの無いよう願いながら。
願い虚しく、フリーナは翌朝以降も白い花弁を吐き続けた。
朝にたった一枚だけとはいえ、吐く瞬間は気持ちが悪いし、原因不明の現象は単純に気味が悪い。
いよいよ無視出来なくなったフリーナは、フォンテーヌ国内は勿論、テイワット各地に潜ませていた諜報員にも指示を出し、密かに原因究明に乗り出した。
そして知る。これは病であるのだと。その名は『嘔吐中枢花被性疾患』。通称────
「花吐き病
……
」
エゲリアの時代の古い書物に記されたその名は、発症と潜伏を繰り返しながら続く奇病であるとのことだった。
記載は更にこう続く。
吐く花は多種多様。だが度重なる嘔吐により罹患者は徐々に衰弱していき、やがて──死に至る。
ひゅ、とフリーナは息を呑んだ。
死ぬ。それは困る。まだ死ぬわけにはいかない。
フリーナには、使命があった。いつか訪れる『ある盛大な、歌劇のような、すべてを終わらせる美しい審判』。それによりフォンテーヌの人々が救われるまで、水神を演じ続ける
……
つまり生き続けるという使命が。
フリーナの生死は、フリーナだけの問題ではない。この肩にはフォンテーヌ国民全員の命運が乗っている。
……
落ち着け、落ち着け
……
。
どくどくと騒ぐ胸元をシャツごと握り締めながら、言い聞かせる。
……
治療法だって分かっているんだ。大丈夫、僕は死なない
……
。死ぬわけにはいかないんだ
……
!
書物には唯一無二の治療法も記してあった。フリーナにとっては、とんでもない無理難題だ。それでも。
出来るかどうかではない。やるのだ。フォンテーヌの未来のために。
そうして決意を固めはしたものの──結論から言うと、フリーナに死は訪れなかった。
数ヶ月は死の恐怖に怯えながら過ごした。眠れぬ夜を幾度も越して、欠伸を噛み殺す日々が続いた。
お気に入りのケーキも味がしなかった。喉奥に花弁が詰まっているような、ありもしない錯覚を覚えた。
同時に完治の為の〝とある努力〟も欠かさなかったが、まるで手応えを感じず途方に暮れていた。
そんなある日、唐突に気がついた。一向に病が進行していないということに。
書物には多種多様で度重なる、と記してあったのに、フリーナは依然として朝に白い花弁を一枚吐き出すのみで、数ヶ月経っても健康そのものだ。
「
…………
もしかして」
これは仮定の話だが、フリーナにかけられた不老不死の呪いが、病の進行を防いでいるのではないだろうか。
呪いの恩恵はこれまでもあり、おかげでフリーナは風邪一つ引いたことがないし、寝不足でも、みっともなく目の下にクマを作ったこともなかった。
ならばそもそも花吐き病自体にかからないようにしてほしかったが、常識の枠に納まりきらない奇病だ。かかってしまった以上、現状で満足するしかない。
……
僕は、死なない
……
。
いささか希望的観測であることは否めないが、実際ここ数ヶ月、病になんの進展もないのだ。ある程度、信ずるに足る根拠ではないだろうか。
「
……
よかったぁ
……
っ」
口に出すと同時、ふらりと身体が傾ぎ、フリーナは咄嗟にソファの肘掛けを掴んだ。沈み込むように手の甲に額を預ける。
……
大丈夫。まだ、フォンテーヌは沈まない
……
。
フリーナはしばらくそのまま動けなかった。
死の恐怖から逃れられ、少し心の余裕が出てきたフリーナは、とある疑問を抱いた。
毎朝対面する白い花弁を摘み上げ、陽光に透かしながら問うてみる。
「キミの名前はなんだろうね?」
花の正体を探ることは、そう難しいことではなかった。薄々察しがついていたのだ。
フリーナが毎朝吐き出す白い花弁の形は、我が国の特産品レインボーローズに似ていた。とはいえ、レインボーローズそのものではないことも分かっている。かの花は薄桃色。白ではない。
ならばこの花は、レインボーローズと似た形の花──チューリップではないだろうかと、そうあたりをつけた。
適当に理由をつけて白いチューリップを自室に届けさせたフリーナは、今朝に吐き出した花弁と見比べて、まったく同じ形と手触り、そして香りだと、そう確信を得た。
けれど、だからといって何になることもなかった。
花の正体が分かったところで、病が治るわけではない。毎朝苦しい思いをするのも、こそこそと花を処分するのも、変わらず朝のルーティンであり続ける。
……
こんなものかぁ。
なんだか酷く虚しい気持ちになった。
独りきりの自室で、お行儀悪くソファの背もたれに身を委ねて、いかほどか。ふと、花言葉なんてものがあるじゃないか、と思い至った。
このひとひらの花弁が想いの発露だというのなら、せめてその意味くらい知っておいても、罰は当たらないだろう。
──あとから振り返れば、きっと自分は疲れていた。
隠し通さなければならない秘密を抱える中、病という足枷まで追加され、いくら病が進行しないとはいえ、この先どれほど続くか分からない舞台に上がり続けるには、あまりに心許なかった。
だから胸に蔓延る空虚を払拭出来るなら、どんな些細なことでも試したかったのだ。
フリーナは立ち上がり、どこかふわふわとした足取りで本棚へと向かう。花言葉辞典はこの中にある。物語の脚本において、花言葉は絶好の題材だ。
書庫に行く手間が省けたことを幸運にすら感じながら、ページを捲る。そしてそう労せずして目的の記載が目に入る。白いチューリップの花言葉は、
『許してください』
ぴた、とフリーナの全てが止まった。
周囲から音は消え、時の歯車さえ静止した空間の中、たった七文字の単語を食い入るように眺める。その間きっと瞬きすら忘れていた。
くしゃ、と不意に指先が異音を奏で、フリーナの意識は引き戻された。
「ぁ
……
」
皺にしてしまったページ紙が嫌に胸に刺さって、フリーナは頼りなげな声を漏らした。
先程までの奇妙な高揚はもうすっかり吹き飛んでいて、現実を見ろと突きつけられているようだった。
花を吐くなどという摩訶不思議な奇病は、発症原因すら常識の枠に収まらない。それは──『片想いを拗らせる』こと。
花を吐くようになってから、フリーナは多くの問題に悩まされた。
どうして、どうしよう、どうすれば。色々な疑問が頭を巡った。
病名が分かっても同じことだ。思慮しなければならないことは山ほどある。
けれどただの一度も、誰に、とは思わなかった。考えるまでもなく、答えは分かりきっていたからだ。
──ヌヴィレット。
具体的なきっかけなんてない。気がつけば好きだった。
でも、そんなものだろう。人の感情や経験すべてがドラマティックで出来ているわけではない。
しいて言うなら、長きを生きる貴き水神に、一番近しい存在だからかもしれない。
水神フリーナの次に高い身分である最高審判官にして、かつてテイワットの頂点に立っていた元素龍。
本来神とは決して相容れない間柄であるはずなのに、どこか詰めが甘いところもあって、妙なところで面倒見がよくて、あれこれと小言を言いつつも、いつもフリーナを助けてくれて。
抑揚の少ない話し方は聞きようによっては怖いのだけれど、何故だかそれが耳に心地よくて。
気づいた時には、もうどうにも出来なくなっていた。
白状すれば初めて花を吐いた朝ですら、微睡みの中でほんのりとヌヴィレットのことを考えていた。朝食に彼が選ぶ水は何処産だろうかと、至極くだらないことだ。
本当に、くだらない。──そんな体たらくだったから、花に咎められたのだ。
朝の目覚めに考えるべきは、国土を脅かす水面上昇についてでなければならなかった。
フォンテーヌを救うという、己の全てを賭さなければならない最重要課題を抱えていながら、その実彼に余所見をしていたなんて、有り得べからざる罪である。
「ぁ
……
っ」
するりと指から辞典が滑り落ち、重く硬質な音色が響いて、フリーナは肩を跳ね上げた。
どこか聞き馴染みのある音調は、まるで判決前に打ち下ろされる最高審判官の杖の轟きのようで。
「ごめ、
……
なさい
……
」
気付けばそう零れていた。
「ごめん、なさい
……
、ごめんなさい
……
ッ」
目尻から雫が伝う。止まらない。口を手で覆っても、言葉も嗚咽も抑えきれなくて、フリーナはその場に蹲った。
「ごめん
……
、ごめん
……
っ」
誰に向けてでもなく、ただ謝り続けた。
とにかく申し訳なくて、情けなくて、恥ずかしかった。
──至らない神様でごめんなさい、と。
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