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riririnf
2025-07-05 10:01:12
52804文字
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恋、薔薇薔薇
ヌヴィフリ花吐き病書いてみた・前編
【一章】花吐き人はかく語りき P1~【二章】罪人は睡蓮の夢を見るか? P4~【三章】恋、薔薇薔薇 P10~
※モブが結構喋ります。捏造・ネタバレ過多。
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罪人は睡蓮の夢を見るか?
フォンテーヌが予言の危機を乗り越え、早半年。栄えあるエピクレシス歌劇場で、とある演目が大成功を収めていた。
マチネもソワレも連日満員御礼、カーテンコールは鳴り止まず、無名だった主演女優は一躍時の人となっている。
本日は大千秋楽。影の立役者たる監督フリーナは、楽屋で興奮冷めやらぬ劇団員達に囲まれ、口々にお礼を言われていた。
特に主演を務めた女優は感極まった様子で涙ぐんでいる。
「フリーナさんの指導で、私、変われたんです。本当にありがとうございます
……
!」
「ああ、誇るといい。よくぞ僕の厳しい稽古に耐え抜いた。今この瞬間の気持ちを忘れないように。それはキミのこの先の役者人生を支える、かけがえのない財産となるだろう」
フリーナが労いの言葉をかけると、主演女優の瞳が一際明るさを増した。彼女には今、輝かしい未来への階段が見えているのだろう。
フリーナはこの瞬間を気に入っている。蛹から蝶になり、華々しく羽ばたいていく瞬間。そしてその手助けが出来たことを誇らしく思う。
この喜びは神の座を降り、彼女達と同じ目線に立つようになってから初めて知ったことだ。
「この後打ち上げなんですけど、フリーナさんもどうです?」
別の劇団員が笑顔で誘ってくる。しかしフリーナは首を横に振った。
「お誘いありがとう。でも今回は遠慮しておこう。外せない用事があってね」
「そうですか
……
。残念です。次はご一緒しましょうね」
店の予約があるからと、わらわらと劇団員が退出していく。フリーナはひらひらと手を振り、皆を見送った。
途端静まり返る空間。一拍の後、ごほごほと咳き込む音が数度響き渡る。
音の発生源であるフリーナは慌てることなく不透明な小袋を取り出すと、口元を抑えていた手を外す。そして掌に乗った色彩豊かな花弁達を袋に入れた。
「
……
ふぅ」
一連の作業を終えて、やっと一息をつく。
フリーナが花を吐くようになってから、百年程が経とうとしている。その間、色々と
……
本当に色々とあり、身分や生活環境は大きく変わったけれど、花吐き病に関してだけを語るなら、存外フリーナは上手にやれている。
まず、吐く花弁の量が増えた。そして頻度も。今のフリーナにはもう、病の進行を留めてくれていた不老不死の呪いがないからだ。
それだけ聞けば何も安心は出来ないが、それでも病状はいつか書物に記されていた内容よりもずっと穏やかで、フリーナは精々一日数回、花弁をはらはらと吐き出すのみで済んでいる。
色も白一色ではなくなって、形もバリエーション豊かになりはしているけれど、これはこれで、目を楽しませる効果もなくもない。
百年もお付き合いをしているから、心身共に慣れてしまったのかもしれない。いっそ抗体でも出来ていて、このまま完治してくれればよいのだが、流石にそれは楽観的すぎるだろうか。
……
あと一年
……
、いや、半年でいい
……
。
この生活が長く続けられないことは分かっている。
今はまだ、人気が無くなるまで吐き気を堪えることが出来ているけれど、そのうちに何処彼構わず撒き散らすようになるのだろう。
フリーナはそうなる前に見切りをつけて、人里離れた場所に移り住む気でいる。
仕事も順調で、友人も出来て。今の生活を手放すことは、とても寂しい。
けれど、うっかり人前で嘔吐して、その花に誰かが触れてしまうような事態になってしまったらと思うと、そうも言っていられない。
自分のせいで誰かを苦しませるなんて、絶対にあってはならないこと。分かっている。分かっているから。
……
だから、もう少しだけ
……
。
フリーナは小袋の口を厳重に結んでポシェットに仕舞うと、楽屋を後にした。
楽屋を出て数歩も進まぬうちに、フリーナは顔見知りの男に呼び止められた。
「どうも、フリーナさん。今日の公演、素晴らしかったです。流石としか言いようがない」
「ありがとう。その称賛は是非、劇団の皆に向けてやってくれ」
厄介な人物に出会ったな、とフリーナは内心で舌を打つ。
彼は有名な演劇評論家だ。若いながらも彼の視点は的を射ていて、水神を演じていた頃から今に至るまで、フリーナが関わる舞台には必ず劇評を書いてくれている。
軽妙洒脱な立ち居振る舞いが女性に人気のようなのだけれど、フリーナは彼がどうにも苦手だった。
「勿論、彼らにも拍手を贈ります。特に主演の演技は良かった。フリーナさんの薫陶がよく見えました。貴方あっての成功だったと思いますよ」
彼はフリーナの大ファンだと公言していて、神を降りて人間になってからも、その熱は冷めないらしい。そのせいか、彼の批評はフリーナ中心に寄り過ぎている。
もっとも世間にはそれがウケているらしいし、芸術の見方は誰かを貶めない限りは自由であるべきだから、咎めることも出来ない。けれど気持ちのよいものでもない。彼が見ているのは今のフリーナではなく、水神の残影に過ぎない。
「とにかくお疲れ様です。よければこれを」
ぎくん、と身体が強ばる。
役者顔負けの優美な仕草で彼が差し出してきたのは、レインボーローズの花束だ。背に隠し持っていたらしい。
本数はそれなり。きちんと数えない方がいいような気もするし、ちゃんと把握して今後の関わり方を考えた方がいいような気もする。どちらにせよ、あまり向き合いたいとは思えなかった。
「僕は裏方だから、贈り物の類は一切お断りしているんだ。知らなかった?」
というのは建前で、本音はただ花を受け取りたくないだけだ。花だけを禁止するのもおかしいので、一律禁止にしているに過ぎない。水神だった頃にはよい言い訳が思いつかず、諦めていた。
フリーナにとって花とは、己の愚かさや醜さを否が応でも突きつけてくる、いわば罪の象徴だから。
「フリーナさんがそう仰っているのは知っていますけど、裏方にだって花を受け取る権利はあると思います。誰が欠けたって、舞台は完成しないわけですから」
これ以上ない正論だ。返答に詰まっているうちに「どうぞ」と花束を渡されてしまった。
甘い香りに息苦しさが募っていく。
「それで、よければこの後ディナーをご一緒しませんか? ホテル・ドゥボールの席を押さえてあるんです。今夜はマジックショーもあるみたいですよ」
どうやら食事の誘いの為に待ち伏せされていたらしい。こういうことは初めてではない。角の立たないあしらい方だって心得ている。
けれど今は、漂う薫香が喉を塞いで、上手く言葉が出てきてくれない。
「──フリーナ殿?」
「「!!」」
声の方向に振り向いたのは、殆ど同時だったように思う。
「ヌヴィレット
……
!」
水神が去った今や、フォンテーヌで最も貴き身分となった最高審判官の登場に、フリーナは思わずその名を呼んでいた。
重厚で優雅な法衣の裾を宙に泳がせながら、ヌヴィレットが近付いてくる。
「そろそろ閉場時刻なのだが、君はここで何を?」
「えっ、あ、それは
……
」
ヌヴィレットの視線は劇評家の彼に向けられていた。特別強い言い方ではなく、言えない程疚しいことをしているでもないのに、それでも彼は慌てていた。
威厳溢れる最高審判官に一般人が相対する機会などそうはないから、気持ちは分からないでもない。フリーナは同情心から助け船を出してやることにした。
「今日の舞台の感想を貰っていたんだ。彼は劇評家でね」
「え、ええ、そうなんです」
彼はこくこくと頷く。その顔色は悪い。
何もそこまで怯えなくとも。犯罪者のような態度に、ヌヴィレットの眦が鋭くなっていく。悪循環だ。
フリーナは両人の態度を無視して話を続けた。
「閉場時間に気が付かなくて悪かったね。──キミ、僕はヌヴィレットに用があるから、先に帰っていてほしい」
「えっ!?」
目を見張る彼にニコリと微笑む。
「折角誘ってくれたのに、すまないね」
「
……
はい」
目に見えて落ち込んだ様子で、彼は立ち去った。彼が角に曲がって見えなくなって、更にしばらく経ってから、ヌヴィレットが口を開く。
「
……
何から訊ねたものかと思うが
……
。まずは私への用件とは、なんだろうか」
「ああ、あれは嘘。彼を帰らせる為の方便さ」
さらりと返すと、ヌヴィレットはなにやらショックを受けたような顔をした。とはいえ、この流れでそんなわけはない。フリーナの読み間違えだろう。
「ごめん、怒った?」
嘘をつかれて機嫌を損ねたのだろうか。そう仮定して謝ってみる。
「
……
いや、問題ない。ただ君からの用事など「水の娘」の公演時以来だったので、少々期待しただけだ」
期待。状況にそぐわぬ単語に一瞬首を傾げ、そしてすぐに思い至った。
「どんな無理難題を吹っ掛けられるかって? キミは僕をなんだと思っているんだい?」
つまり、嫌味だと。
心外だ。確かに過去、特巡隊にドリルライフルを装備しろ、などの無茶振りをしたこともあるけれど、あれは破天荒な神としての印象を強める為のイメージ戦略だ。今はもう、そんな傍若無人な振る舞いをする必要なんてないというのに。
「そういう訳ではないのだが
……
」
ヌヴィレットは少し考え込んで、けれど結局上手い言い訳が見つからなかったようで、まったく別の話題を振ってきた。
「君はあの青年に付き纏いを受けでもしているのか? 帰らせる為に嘘を用いるほど?」
ああ、そうなるのか。これはちょっと悪手だったかも、とフリーナは気づかされる。
どう言い訳すべきか、今度はフリーナが頭を悩ませる番だった。しかしフリーナが答えを用意する前に、ヌヴィレットは鋭い視線で畳み掛けてくる。
「私が声をかけ、君が事情を説明している間ずっと、彼は酷く狼狽していた。あれは被告人が追い詰められている際の感情の動きに酷似している。それは彼の中に疚しい事情があったからではないかと、私は憂慮している」
「そりゃあ、最高審判官どのに詰問されれば、大抵の人は怖がるよ」
「それ自体は否定しない。大抵の人間は、私を前に恐怖や緊張を覚える。だが、それを差し引いても、君が対応に困っていたことは事実だろう」
折れないヌヴィレットにフリーナは眉を顰める。
フリーナの正体が只の人間だったと知られてから、彼は随分と過保護になった。
神だと偽り、上司ヅラして偉ぶっていた過去を思えば、本来嫌われていてもおかしくなかったから、それよりは余程マシなのかもしれないが、それにしたって限度というものがある。
パレ・メルモニアを出ようとするフリーナに、一般人には見合わぬ高級住宅を薦めてきたり、一生働かなくとも生きていけそうな援助金を毎月支給しようとしてきたり、その暴走具合は枚挙に暇がない。
当時はなんとかヌヴィレットを説得したが、今また同じような議論が巻き起こりそうな気配をフリーナはひしひしと感じていた。
「護衛を雇ってはどうだろうか。知らぬ顔は不安だというならば、再びクロリンデが君につけるよう、私から話を通そう」
ほら、来た。フリーナはげんなりしながら言い返す。
「最強の決闘代理人を護衛に据える一般人なんていないよ。分不相応にも程がある。それにクロリンデとは折角友人になれたんだ。もう上司と部下の関係には戻りたくない」
「君を一般人と定義するかは議論の余地があるが、クロリンデとの関係性について、君の心配は理解出来る」
雇い雇われの関係になり賃金が発生すれば、どうしてもそこに付随する義務や権利が発生する。護衛は常に周囲に気を配らなければならないから、例えば同じテーブルでケーキを食べられなくなる。それは嫌だ。
ヌヴィレットもそこは理解してくれたらしい。ならどうか、このまま引き下がってくれ。
「ならば私が護衛につくのはどうだろうか」
「はぁっ!?」
希望は脆くも崩れ去り、より悪化した提案が飛び出した。
「キミ、話聞いてた!?」
「勿論。私に給金は不要だ。審判官は癒着防止の観点から副業を禁じられているからな」
「そこじゃない!」
得意げに語るヌヴィレットを切り捨てる。
「だから僕は一般人なんだって! 最高審判官が護衛につくなんて、おかしすぎるだろう!」
「そこなのだが、大スターたる君がフォンテーヌに持つ影響力は絶大ゆえ、一般人というよりは、準公人とするのが適切だと考えている」
「なっ!」
「よって護衛をつけることは、なんらおかしなことではない」
まずい。日々勤労に励み、名を売っていることが、こんな風に裏目に出るとは。
フリーナはなんとか反論を試みる。
「キミに限らず、そもそも護衛なんていらないよ。今の僕には神の目がある。僕だって戦えるし、いざとなったらサロンメンバーが守ってくれる」
「武力に訴えるだけでは解決出来ないこともある。だから君も彼への対応に苦慮していたのだろう?」
その通り。ディナーに誘われ花束を渡されただけで、サロンメンバーをけしかけるわけにはいかない。彼らの一撃は魔物だって沈ませる程なのだ。
「そ、そうは言ってもキミは忙しいだろう? 迷惑はかけられないよ」
「迷惑など考えなくともいい。確かに常日頃とまではいかないが、公演最終日など声を掛けられやすい特別な日において、防波堤となるくらいは出来るだろう」
ああ言えばこう言う。ほとほと嫌気がさしてくる。人の気も知らないで。
そういえばヌヴィレットに会うのは何ヶ月振りだろう。意識して接触を避けていた。彼はフリーナにとっての劇薬だ。適切な用量なんて分からない。というより、多分ない。
対してヌヴィレットにとってのフリーナは、薬どころか毒にもならないのだろう。だから、こんなにも気安く話しかけてくるのだ。それが悔しい。
「とにかく! 護衛なんていらないから! ほら、僕はもう帰るよ。もうすぐ閉場時刻なんだろう?」
「む
……
」
フリーナは強引に話を打ち切った。閉場時刻というルールを仄めかせば、真面目なヌヴィレットは強く出られない。閉場が遅れれば、他の職員にも影響が出るからだ。
「もうじき暗くなる。少しだけ待っていてくれ。送ろう」
「大丈夫だよ。我が国の警察隊は優秀だ。そうだろう?」
「しかし
……
」
ヌヴィレットはなおも食い下がってくる。
分かっている。ヌヴィレットは純粋にフリーナを心配してくれているだけ。彼は優しいのだ。
でも、その理解が今も喉奥を撫でてくる花弁を阻んでくれたりはしない。フリーナは先程から何度も有形無形の様々を飲み込んでいる。
花の香りが気持ち悪い。一刻も早くこの場を立ち去りたい。けれど形振り構わずなんて手段を取るには、それこそ抱える花束が邪魔だった。
──そうだ、この花束のせいだ。楽屋を出る時間だって計算していたのに、これのせいで予定が狂って、それで移動中のヌヴィレットに出会ってしまった。全部、これのせい。
こんなの完全に八つ当たりだ。でも、そう思わなければ、とてもやっていられない。
半年
……
いや、百年前から殺し続けたものが、こんなどうでもいいやり取りで溢れ出そうとしているなんて。
「そんなに言うならさ、これを貰ってくれないかい?」
フリーナは全ての元凶をヌヴィレットに差し出した。薄い紫色の瞳が見開かれる。
「くれた彼には申し訳ないんだけど、僕の家にはこんな立派な花を飾れる大きさの花瓶はないし。これを持ち歩いてたら、いざって時に剣を振るえないからね」
流石に苦しい言い訳だろうか。ヌヴィレットはフリーナと花束を交互に見つめた後、そっと花束に手を伸ばした。
「受け取ろう。怪しい人物からの贈り物だ。何が仕込まれていないとも限らない」
あんまりな言い草だ、とフリーナは少しだけ笑ってしまった。でも否定もしなかった。その勘違いはとても都合がいい。
花束の所有権がヌヴィレットに移る。きっと意味深な本数のレインボーローズ。
フリーナは今、ヌヴィレットにも、あの青年にも、どちらに対しても不誠実な態度を取っている。自分勝手で最低な人間だ。
いたたまれなくて、ヌヴィレットから目を逸らそうとして。──でも、出来なかった。
思わず見蕩れてしまったのだ。
花束を貰うことなんて、あまりないのだろう。慣れない手つきで、潰さないよう慎重に花を抱えるヌヴィレットは、それでも役者なんて目じゃないくらいに様になっていた。
贈り主に対しては散々だったのに、花には誠意を尽くしている。罪を憎んで人を憎まずを地でいく彼だから、そういう接し方が出来るのかもしれない。
だったら。その手の中に収まる花束は、罪人のそれでもいいのではないか。出処なんて気にしなくても、彼の美しさは少しも損なわれはしないから。
……
僕の、花でも。
それは願いというには、あまりに小さく、けれど確かにフリーナの中から零れた本音。
気づいた瞬間、ゾッとした。
伝染ってほしいなんて思ってない。ヌヴィレットを苦しませたいわけじゃない。でも、フリーナはどこかで花を──この想いを受け取ってほしいと思っているのだ。
そんな浅ましさに気づかされた瞬間だった。
「どうか気をつけて帰ってくれ。寄り道などしないように」
「もう、さっきからなんだい、キミは? 子ども扱いしないでくれ!」
自分とは真逆の、濁りない視線が痛い。
──僕はいま、上手く笑えているだろうか?
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