riririnf
2025-07-05 10:01:12
52804文字
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恋、薔薇薔薇

ヌヴィフリ花吐き病書いてみた・前編
【一章】花吐き人はかく語りき P1~【二章】罪人は睡蓮の夢を見るか? P4~【三章】恋、薔薇薔薇 P10~
※モブが結構喋ります。捏造・ネタバレ過多。


恋、薔薇薔薇

 衝撃的な一夜が明けても、フリーナはやはり花吐き病罹患者のままだった。
 病が思う両想いの定義とは、単に恋人になることではないらしい。そこはフリーナも全くもって同感だ。
 そもそも昨夜の出来事自体、全て夢だったのではないだろうか。そうと疑う程の急展開だった。
 しかし、それは杞憂に終わった。
……ヌヴィレット?」
 朝食後に何気なくポストを覗いたら、水神時代に幾度となく見た最高審判官専用の便箋が佇んでいた。一般人の安っぽいポストに似つかわしくない存在感が、逆に現実味を帯びている。
 一晩で書き上げて、出仕前に投函したのだろうか。彼の住まいはパレ・メルモニアで、仕事場もパレ・メルモニアなのだから、きっとこの為だけに彼は外出したのだ。
 余程重要な内容なのだろう。無駄に強ばる指先で苦労しながらペーパーナイフを操って、沙汰を覚悟して中身を取り出す。
 まずはお堅い時候の挨拶から始まって、これからフリーナの恋人になるにあたっての心構えなどが事細かに記してあった。
 あまりに長かったので詳細は割愛するが、要するに『君を好きになれるよう全力を尽くす』と、そういうことらしい。彼はいつだって真面目で全力で、そして誠実だ。
「わかってないなぁ」
 だからこそ、呆れてしまう。 
 言葉を尽くせば尽くすほど、それは彼に気持ちがないことの証明になってしまうのに。
 そんな逆説に彼は気づかない。
「書いてる途中に気づきそうなものだけれどね?」
 およそ十枚にも及ぶ手紙を書くのに、どれだけの時間を要したか。いかな速筆家でも一時間とは言わないだろう。案外、出仕時間ギリギリに投函したのだと思われた。
……大変だっただろうな」
 最後の一文字まで乱れず書かれた筆跡に、つい労いを覚えてしまう。フリーナは軽く溜息をついた。

◇◆◇◆

「こんばんは。お邪魔するわね、フリーナさん」
 夜にはシグウィンがやってきた。小さな彼女の後ろに付き添う保護者──ヌヴィレットからの手紙に書いてあったので驚きはしないけれど、申し訳なさは募る。
 伝染の危険性と、信の置ける医者という観点から考えて、メリュジーヌである彼女が適任だとは分かっているが、メロピデ要塞からわざわざ出張させるなんて。
「迷惑をかけてすまない」
「ううん、気にしないで。患者さんがいたら診察するのがウチの役目よ」
 メロピデ要塞の天使との評に相応しい笑顔でシグウィンは言う。
「楽にしていて。脈を測らせてね……食欲はある? あ、ヌヴィレットさん、そっちの器具を取ってくれるかしら?」
「ああ、これだろうか」
 流石長年メロピデ要塞の医務を預かってきたシグウィンは、幼げな手足をテキパキと動かし(あと口も)、フリーナの体調を確かめていく。
 ヌヴィレットも彼女の医療道具をメロピデ要塞から運ぶという任を請け負っていたようで、彼女の指示に従い荷物を広げ、求められた道具を手渡していた。
 フリーナだけが、所在無く座っていた。
「ウチもこの病の診療は初めてだけれど、出来る限りサポートするのよ。気になることがあれば、なんでも言ってね。明日には症状に合わせた薬も処方するから、完成次第持っていくね」
「えっ、そんなの悪いよ。僕が出向こう」
 シグウィンは看護師長として大変忙しいと聞いている。水の下から出向くこと自体がそれなりの労力で、更に奇妙な病に付き合わせているのだ。これ以上手間をかけるわけにはいかない。
「フリーナ殿、君は病人だ。あまり動き回るべきではない。薬の受け取りならば私が行こう」
 間髪入れずヌヴィレットが口を挟んでくる。
「うん、ヌヴィレットさんの言う通りなのよ。フリーナさん、無理をしてはダメよ?」
 シグウィンも彼の味方のようで、フリーナはあっという間に孤立無援になった。あるいは最初からか。
「でも、ヌヴィレットさんが来るのもダメよ。初回はウチが直接用法、用量を説明するわ。それが医師としての責任だからね」
 結局、シグウィンは誰の味方でもなかったらしい。彼女は誇り高く誠実に職務を遂行している。その為ならば、敬愛する主に意見することも厭わない。
 その姿が少し羨ましくて、フリーナは目を細めた。
 フリーナはいまや流されているだけで、自身のスタンスすら決められない。ヌヴィレットとの向き合い方が分からない。
 恋人という定義だけが浮いている。
「承知した。では二度目からは私が受け取りに行こう。その際はなにか差し入れも見繕おうと思う。希望があれば教えてくれ」
「本当? ありがとう、ヌヴィレットさん」
 だからといって、彼らの家族愛に胸を暗くするなんて、あんまり情けない話だけれど。

◇◆◇◆

 それからもヌヴィレットは毎日やって来た。とはいえ食事を共にするには遅い時間で、ただ玄関先で「体調はどうか、無理はしていないか」と訊ねては、花を回収して帰っていく。
 逢瀬というにはあまりに拙く、三日目くらいに、問診という表現が相応しいんじゃないかと閃いた。
 ──そんな有様で、どうやって僕を好きになるっていうんだい?
 喉元まで出かけた非難は呑み込んだ。一体どの口が言えるのだろう。フリーナ・ドゥ・フォンテーヌという人間の身勝手さが恐ろしくなる。
 道理はきちんと分かっているのに、それでもそんな小言を言える身分だと容易く勘違いしそうになる。恋人という符号を割り振られただけで。
 それに彼も、流石にただのお医者さん止まりではなかった。毎日お土産を持ってきてくれている。十六個限定のドゥボールケーキ。フリーナの大好物だ。
 とはいえ、生産工程が確立されたドゥボールケーキが未だに数量限定であるのと同じように、ご馳走とはたまにありつけるから価値が出るのだ。
 当たり前に食卓に並ぶようになったそれは、日毎ただのケーキに落ちていく。

 フリーナは遅まきながらに事態の深刻さに気がつき始めていた。
 我が国で最も多忙な最高審判官が、一市民の自宅を毎晩訪れる為にどれほどの労力を払っているかなど、想像に難くない。
 彼だけじゃない。薬の処方と定期診察を請け負うシグウィンにも負担をかけている。
 ドゥボールケーキだってそう。人気のケーキを毎日ヌヴィレット自らが買いに行けるはずがない。おそらくセドナあたりに代役を頼んでいるのだろう。
 それにフリーナが何の感慨もなく貴重なケーキを口に運ぶ一方で、夢のケーキが味わえないと嘆いている人が何処かにいるのだ。
 間違いなく、この関係は健全ではない。
 でも、ここで彼の負担を考えて彼の努力を固辞することと、拙いながらも言葉の通りに全力を尽くしている彼の誠意に応えんと振る舞うことは、一体どちらが正しいのだろう。
 そもそもフリーナが何を言ったところで、ヌヴィレットを納得させられる気もしなかった。
……いっそ花占いでもしてみる?」
 自身の作り出した花畑に身を置きながら、そっと呟く。
 一目で結果が分からないよう、なるべく花弁が多いものを手に取って、ぷちぷちと毟っていく。
 別れる、別れない、別れる、別れない…………
……何をやってるんだろう」
 そろそろ結果が見えるという頃、唐突に虚しくなって手を止めた。
 どちらの結果が出たとしても、大人しく従えるわけもないのに。
 無駄になった花びらが床に散っているのを、しばらくの間ぼんやりと見つめていた。