由崎
2025-05-12 00:38:56
21437文字
Public
 

永遠よりも長く、君を待つ

英ベスツリーを大幅に加筆・改稿しています
仏ジャン匂わせ有

※5/19完成しました
誤字脱字あるかも


「古びた指輪」

春の気配が町を包みはじめた頃、
空気も少しずつやわらぎ、陽差しにはやさしい温もりが混じっていた。

それに合わせるようにアーサーとエリザベスの距離も少しずつ変わっていった。

最初はただ、弟のことで感謝の言葉を交わすだけだった。
近所付き合いの延長にすぎない形式的な会話。
季節が巡るにつれて、ふたりは庭先で顔を合わせることが増えた。
庭に咲いた花の話。
近くのカフェのパンが美味しかったという噂。
弟の調子が少しずつ良くなっているということ。
そんな他愛ない会話が少しずつ心の距離を縮めていく。

その日もなんということのない午後だった。
庭先で水をやっていたアーサーの手元にエリザベスの視線がふと止まる。

彼の左手、薬指に小さな銀の指輪が光っていた。

色は少しくすみ、表面には細かな傷がいくつも刻まれていて時を抱きしめるような静かな美しさを持っていた。

「その指輪……素敵ね」

ほんの軽い気持ちで言ったつもりだった。
アーサーはふと動きを止めて目線を落としてから静かに口を開いた。

……これは、妻からもらったものなんだ」

エリザベスの目が見開かれる。

彼が結婚していた?

若々しく見えるその姿からは想像もできなかった。
今は兄たちと暮らしていて、独身にしか見えなかったから、なおさらだった。

……妻は、昔に空へ還ったよ」

彼の声は穏やかだった。あまりにも静かで、遠くて。まるでこの世ではないどこかを見つめるような瞳をしていた。

エリザベスの顔から血の気が引いていく。

「ごめんなさい……そんな、大事なものだなんて知らなくて……!」

思わず深く頭を下げる。
言ってはいけないことを口にしてしまったようで胸が締めつけられた。

けれどアーサーはただゆっくりと首を横に振った。

「いいんだよ」

その声は低く、優しく。彼の緑の瞳は、今そこにいるエリザベスではない誰かを見ていた。
遥かな過去に消えてしまった、たったひとりの人。
失ってもなお、心から消えずに残り続けている存在。

春の陽光が、二人の影を淡く揺らす。
風の音だけが、そっとその場を通り抜けていった。