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由崎
2025-05-12 00:38:56
21437文字
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永遠よりも長く、君を待つ
英ベスツリーを大幅に加筆・改稿しています
仏ジャン匂わせ有
※5/19完成しました
誤字脱字あるかも
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「隣人の扉と眠れる記憶」
隣人たちの正体を知ってからというもの、ベスは、なんとなくあの家に足を運ぶことができずにいた。
家のすぐ隣。ほんの数歩の距離なのにその間に目に見えない隔たりができてしまったようで、気まずさが心の奥にしこりのように残っていた。
そんな姉の気持ちを知るはずもなく、エドワードは変わらず明るく笑った。
「ねえ、またノースとアーサーさんと遊びたい! いつ行くの?」
その無邪気な声にベスは困ってしまう。
気持ちはまだ追いついていなかったが、弟の純粋な願いを無視することもできなかった。
だから、思いきって、あの扉の前に立った。
呼び鈴を押して少しするとドアが静かに開いた。
現れたのはアーサーさんによく似た顔立ちの男性。
彼の雰囲気はずっと穏やかで柔らかな空気を纏っていた。
「あれ? どうしましたか?」
優しく首を傾げながらベスとエドワードを交互に見るその眼差しはどこか親しげであたたかかった。
「
……
あの、弟が、ノースさんとアーサーさんとまた遊びたいって言ってて
……
」
「おねーちゃんと一緒なの!」
エドワードが嬉しそうに声を弾ませると男は目を細めて微笑んだ。
「ふふ、なるほど。僕はウェズリー。アーサーの兄のひとりです。どうぞ、お入りください」
その英語にはほんの少しだけ音のなまりがあった。
ベスはすぐに気づいた。それはウェールズ訛りだ。
イングランドの兄だというなら、この人はきっと“ウェールズ”なのだろう。
アーサーさんと同じ“国”の姿
…
「残念だけど、弟は買い物に出かけてるんだ」
ウェズリーは申し訳なさそうに眉を下げた。
「あ
……
そうなんですね」
ベスは思わず身を引くように一歩後ろへ下がる。
なら、改めて来直したほうが礼儀だ。そう思って口を開こうとしたとき。
「じゃあ、また日を改めます。突然すみませんでした」
「いえ、もう少しで帰ってくると思いますし
……
よければ、待っていきませんか?」
その一言にベスは戸惑いながらも彼の顔を見た。
誘いの声に敵意も裏もなかった。ただ、柔らかさだけがそこにあった。
「
……
少しだけ、お邪魔してもいいんでしょうか?」
「もちろんですよ」
ウェズリーはにっこりと笑った。
その笑顔はアーサーによく似ていて、けれど、まったく違っていた。
家の中に案内され、ベスはソファに腰を下ろす。
隣にはエドワードがぴったりとくっついて座っていた。
ほどなくして、ウェズリーが紅茶を運んできた。
湯気とともに優しい香りがふわりと広がる。
「どうぞ、熱いので気をつけてくださいね」
彼がそう言って差し出したカップを弟がにこにこと受け取った。
「ありがとう! おいしそう!」
無邪気な声にウェズリーも柔らかく笑った。
ベスもそっとカップを手に取り、一口含む。
温かな味が心の奥にじんわりと染み込んでいく。
香りもやさしくて、どこか懐かしい。
一瞬、張っていた肩の力が抜けるのを感じた。
(
……
あれ?)
ふと、手の先が少しだけしびれているような気がした。
湯気が顔に当たっているのに温度の輪郭がぼやけている。
喉の奥に、かすかなしびれ。
ごく小さな違和感が、ふっと意識の中に浮かぶ。
「
……
美味しいですね」
そう言った自分の声が、どこか遠くから響いてくるような違和感。
鼓膜がほんのわずかに厚い膜で覆われたように世界との距離が広がっていく。
もう一口、ゆっくりと紅茶を飲む。
二口目は妙に重かった。
舌の感覚がわずかに鈍く、味が遠のくようだった。
(これって
……
)
そのとき、軽いめまいが襲ってきた。
視界がにじみ、焦点がうまく合わない。
身体の中心がふわふわと浮いているようで足元の重さが消えていく。
咄嗟にエドワードを見た。
彼はソファの隅ですやすやと眠っていた。
「えっ
……
?」
さっきまであんなに元気だったのに。
いつの間に?どうして?
頭がついていかない。
理解と感覚のズレが不安を何倍にもして胸に迫ってくる。
「
……
なに、これ」
手が震えた。
カップを落とさないように必死でテーブルに置く。
その瞬間足元の力が抜けて膝が沈んだ。
全身がじわじわと痺れていくようで自分の身体が自分のものではなくなっていく感覚。
ゆっくりとウェズリーに視線を向けた。
彼は、もう笑っていなかった。
「
……
俺ね、スコくんやのんくん
―
スコットランドや北アイルランドのようにはなれないんだ」
その声は静かだったが、どこか微かに歪んでいた。
張り詰めた糸が静かに震えるような響きだった。
「義理堅くて、誇り高くて、赦す強さを持っているわけじゃない。俺はただ
……
いーくん、イングランドの心を持っていった“あなた”が、憎らしかった」
口調は穏やかなままだった。
けれどその奥に隠されているのは言葉にならない苛立ち、嫉妬、焦り、そして、悔しさだった。
“自分にはできなかったこと”を、記憶もない少女が自然とやってのけている。
そんな理不尽な運命に、ウェールズは誰にもぶつけられない怒りを抱えていた。
「
……
でもね、それ以上に、弟のために何かしたかったんだ」
ベスははっとして彼を見る。
そこにいたのは、優しげな隣人ではなかった。
弟の痛みに、自分のことのように傷ついてきた“兄”の顔だった。
「ずっと待ってたんだよ、四百年間も、いーくんは。たったひとりの人を。それなのに
……
気づいてもらえないって、どんなに苦しいか。俺、ずっとそばで見てたから」
その言葉に、ベスは息を呑んだ。
ウェールズの声が、わずかに震えていた。
それが悔しさなのか、罪悪感なのか、判断がつかないほど、彼の想いは複雑だった。
「だから
……
あなたに魔法をかけた。思い出してほしかったんだ。弟を、あなたがどう愛していたか」
彼はゆっくりと目を伏せた。
どこか、自己嫌悪にも似た影がその顔に浮かんでいた。
「
……
弟はね、ずっと“あの日々”に置き去りのままなんだよ。時間は進んでるのに、心だけが昔に残ったまま
……
向こうの大陸のあの子たちも、誰にも、救えなかった」
それは、呪いのような祈りだった。
怒るべきなのか、泣くべきなのか、ベスにはもう分からなかった。
目の前のこの人は、正しさを犠牲にしてでも、弟を守ろうとしたのだ。
(この人は
……
どこかで、間違えてしまったんだ)
でも、それでも、その愛は、確かだった。
間違いだとしても、愛だけは本物だった。
世界が暗くなっていく中で、ベスの意識は、ゆっくりと、深い眠りに沈んでいった。
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