由崎
2025-05-12 00:38:56
21437文字
Public
 

永遠よりも長く、君を待つ

英ベスツリーを大幅に加筆・改稿しています
仏ジャン匂わせ有

※5/19完成しました
誤字脱字あるかも


幕間 「魔法の肖像画」

それは、季節がまた静かに巡るある日の午後だった。

陽射しは穏やかで、風は冷たくなく、どこか懐かしい匂いがしていた。
屋敷の書斎でイングランドは静かに椅子に座り、壁にかけられた一枚の絵を見つめていた。

若き日のエリザベス。
赤毛と高い襟飾り。毅然とした視線。
そして、誰よりも強く孤独な微笑。

「なあ、ウェールズ……絵画と話せる魔法、教えてもらえないか?」

不意にそう声をかけた弟にウェールズは目を瞬いた。
めずらしく、ほんの少し照れくさそうな声だった。

「えっ、もちろんいいよ!呪文だからすぐできるよ!」

彼は軽く笑いながらも、イングランドの目の奥に沈んだ影を見逃さなかった。

……ところで、なんで急に絵画と話したいの?」

イングランドはしばらく黙ったまま、視線を絵に戻した。
そして、まるで独り言のように言った。

……この絵と、話したいんだ」

ウェールズはその言葉を聞いた瞬間、ふっと微笑みを消した。

……イングランド、その絵は、彼女じゃないよ。
お前が愛した彼女じゃない。……ただの肖像画だ」

イングランドの眉がわずかに寄る。それでも彼は静かに呟いた。

「そんなの、分かってるよ」

絵に描かれた彼女は、もうこの世にいない。
声も、ぬくもりも、何一つ残ってはいない。

けれど、それでも、話したいと思った。
ほんの少しでも、もう一度、あの頃のように。

……話したいんだ。たとえ声が返ってこなくても、そこに“彼女”がいた記憶だけで、救われる気がするんだ」

その声はとても静かで、とても寂しかった。
長い年月のなかで、いくつもの別れを繰り返して、
それでも忘れられなかった、たった一人の“妻”。

……そっか」

ウェールズは短く言った。
その瞳はまっすぐにイングランドを見つめて柔らかく微笑んだ。

……うん、いいよ。おにーちゃん、頑張るよ!」

彼は両手を組み、そっと呪文を唱え始めた。

魔法の言葉は風のように室内に溶けていった。
まるで静かに眠っていたものがわずかに呼吸を始めるように。

イングランドはただ黙って肖像画に向き合っていた。

愛した者の面影。
もう戻らない時間。
でも、それでも忘れられない想い。

ウェールズはそっと横に立っていた。
何も言わず、何も尋ねず。
ただそこにいるだけで弟の孤独を少しでも薄められるように。

それは、ほんの小さな魔法、確かに心に残る大切な記憶のひとつだった。