由崎
2025-05-12 00:38:56
21437文字
Public
 

永遠よりも長く、君を待つ

英ベスツリーを大幅に加筆・改稿しています
仏ジャン匂わせ有

※5/19完成しました
誤字脱字あるかも

「春の再会」

田舎の空気は澄んでいて、どこか懐かしい匂いがした。
エリザベスは新しい家の窓辺に立ち、風に揺れる草の音にそっと耳を澄ませていた。
弟の静養のため、ロンドンを離れて移り住んできたこの土地はまるで時間の流れそのものが違って感じられる。

「父さん、そろそろご挨拶に行こうよ」

「そうだな。隣は兄弟で住んでいるらしいよ。賑やかかもしれないな」

父と連れ立って訪れた隣の家は、よく手入れされた庭が印象的だった。
ベルの音が鳴ると、ほどなくして玄関のドアが開き、若い男が現れた。
その青年は、エリザベスとその父をひと目見るなり、まるで時が止まったかのように硬直した。

……嘘だろ」

背後にいたもう一人の青年も、言葉を失ったまま視線を泳がせた。

赤毛の青年は北アイルランド。
金髪で柔らかな眼差しをたたえた青年はウェールズ。
彼らは目の前に立つ親子を見て、確信した。

その父親と娘は、かつてこの国で王座にあった者たちと、顔も声も、何もかもが同じだった。
そして少女、彼女こそ、イングランドが長く忘れられなかった存在。
彼がこの世界で最も深く愛した、ただ一人の人だった。

エリザベスは静かに微笑み、礼儀正しく頭を下げた。

「隣に越してきたテューダーと申します。どうぞよろしくお願いします」

その名を聞いた瞬間、兄弟たちは息を呑んだ。

……間違いない。あれは……かつての王たちだ)

――その日、イングランドは出張で不在だった。


数日後、イングランドが帰宅した。
玄関を開けると、兄たちの様子がどこかおかしい。妙に静かで、空気が張り詰めている。
とくにスコットランドはひどく不機嫌そうな顔で、何も言いたくないと全身で語っていた。

……なんかあったのか?」

イングランドが問いかけると、ウェールズと北アイルランドが目を見合わせた。
そして、言葉を濁すように答える。

……ああ。隣の人が挨拶に来てたよ」

「へぇ。どんな人?」

……まあ、挨拶しに行ったらいいんじゃない?」

「ふーん。まぁ、隣人付き合いは大事だしな」

何気ない様子で家を出るイングランドを兄たちは複雑な表情で見送った。

けれどイングランドはすでに何かを感じ取っていた。
妖精たちがざわめき、こっちへと騒いでいたのだ。

……騒がしいな。いったい何が――

妖精の導きに従い、森の小道へと足を進める。

その頃、エリザベスは弟の姿が見えないことに気づき、外へと探しに出ていた。
丘を下り、小道を歩く彼女の表情には焦りの色が浮かんでいた。

そして、彼はその姿を見つけた。

遠くからでもすぐにわかった。
あれは、間違いなく彼女だった。

四百年前、この世界を去ったたったひとりの女王。
自分が生涯でただひとり、愛した人。

信じられない想いで見つめるイングランドに彼女は少し戸惑いながら声をかけた。

……あの、小さい男の子、見かけませんでしたか?」

その声も、あの頃のままだった。

……いや、見ていないが、多分あっちにいると思う」

妖精たちが「小さな子がいる」と教えてくれていた。

もちろん、エリザベスにはその声は聞こえない。
けれど彼女は素直に彼を信じ、二人で森の奥へと進んだ。

弟の姿を見つけるとイングランドの胸が強く締めつけられた。
あの少年、その顔は、かつてわずか十六年の命を終えた、エドワード六世に瓜二つだった。

弟を抱きしめたエリザベスは、深く頭を下げた。

「本当に……ありがとうございました」

それだけの言葉だった。
イングランドには痛いほどに響いた。

彼女はもう何も覚えていないのだ。