3話✧燼械

✧執筆協力
ふかひれ。様

✧スチル協力
米2ろう様ふかひれ。様NoE様



核シェルターを出て数時間が経過した。道なりにいや道であっただろう場所をグラディエーターは進んでいた。既に西日が照らし初めている。早くしなければ夜になってしまう、と焦りの感情が芽生え始めた時、遠くになにか大きなシルエットが見えた。目をこらせばそれが地図に書かれていた絵と同じ、原油採掘機だということがわかる。
その近くには人影と思われる小さな影が見えた。

「やっと見つけたぞ!」

ずっと走っていた疲れよりも高揚感が勝り、彼の目はさらに光り輝く。

この姿を手に入れてからグラディエーターは本来知る由もなかった様々な技術を目にしてきた。

鳥のように空を飛ぶ機械に人間のように自ら考え行動する機械。

自分には想像もできないようなものをいくつも作り出した未来の人間に彼は心を踊らせていた。

きっとこの時代の人間達なら──

俺の想像をも越えていく物ばかり生み出した彼らなら──

全盛期のコロッセオを越える熱い戦いを見せてくれるかもしれない!!

いつの間にか人影は大きくなっており、その全貌が見える。そこにはざっと見て300人以上の兵士が集まっていた。近くには戦車や軍用車も止まっており、それらを初めて見たグラディエーターはさらに心を踊らせる。

(ここからだと全員を闘技場に引き込むのは無理だな。もう少し近づかなければ)

とはいえこれ以上の接近はかなり危険だということは既にわかっていた。樊凌の言っていたように敵国もドローンのような兵器を使用しているかもしれない。もしかすると既に自分は敵の射程範囲にいるかもしれない。

いつ死んでもおかしくない。そんな状況にグラディエーターは笑みが抑えきれなかった。

「ははっ!!さぁ!俺にどう対応するんだ!?早くしなければこちらから攻撃させてもらうぞ!」



人間たちは狼狽えていた。遠くに怪しい人影がこちら向かって来ていることに気付いてはいたがその目的が分からなかった。圧倒的な力と機械に全てを任せ、その上敵の土地だと言うのに完全に油断しきっていた彼らはこの事態に対応が追いつかなかったのだ。

何もかもが圧倒的に、予測できない。ひとりで乗り込んできたこの男が、どうしてもただの人間に見えなかった。

(人間の動きじゃない_!)

目の前に迫るその不気味な存在感に、兵士たちの動きが鈍くなる。そんな彼らと反比例するように敵との距離が縮まれば縮まるほどアドレナリンが湧き上がりグラディエーターの動きは超人的なものになっていた。

「どうやら俺の方が早かったようだな!」

グラディエーターは静かに微笑み、グラディウスを両手でしっかりと握りしめた。深く息を吸い込むと、目を閉じ、心を整える。

「Qaumdiu stabit Coliseus stabit et Roma_」

その言葉が、静寂の中で力強く響くと、空気さえも震える。全ての詠唱が終わるとグラディエーターは一気に地面にグラディウスを突き立てた。刃が土に食い込むと、まるで時空が歪むかのような瞬間が訪れる。

周囲の荒れ果てた地面は波紋状にまっさらな地面へと変わり始めた。最初は透けていた地面が、次第に固い足場へと姿を変えていき、目の前に広がる荒野に古代の闘技場が建設されるように、しっかりと形を成していった。音もなく、だが確実に。壁が、柱が、そして天井が形作られ、まるで時間を逆行させるかのように、かつての栄光がその場に蘇る。

グラディエーターは、その景色を見つめながら、目を細めた。その瞳には過去の栄光と共に決して失われることのない意志が宿っている。だが、ほんの一瞬、彼の目線は地面に落ち、過去を追憶するように静かに息を吐いた。

その刹那、周囲の沈黙を破るように、突如として観客の歓声が空間を包み込んだ。最初はただのどよめきだったものが、瞬く間に歓声となり、まるで遥か昔のアリーナがそのまま再現されたかのような熱狂が響き渡る。

グラディエーターはゆっくりと目を開けた。その瞳が捉えたのは、かつて戦いの舞台となった闘技場、そして今も熱気を帯びた満席の観客席だった。観客の顔が、期待と興奮で輝いている。

グラディエーターは冷静に視線を下ろす。その目に映ったのは、まるで小動物のように周囲をきょろきょろと見渡し、狼狽えている人間たちの姿だった。彼らは一切の戦意を感じさせず、ただ恐れと混乱に満ちている。そんな彼らがどんな闘いを見せてくれるのかグラディエーターは楽しみで仕方がなかった。

「お前たちの戦いを見せてもらおうか」

期待を込めた言葉を呟いたグラディエーターはグラディウスを引き抜き、瞬時に客席へと移動した。
数百人規模の試合。それは古代ローマ帝国において大勢の死刑囚の死刑を行うためにも行われた。
グラディエーターは最も視界がよく、座席の質もいい中段に座っていた。ふと目に入ったワインを配っていた者に声を掛け、1杯のワインを口にする。
周囲の観客達は誰に賭けたかや誰が強そうかなどこれからの試合に心躍らせているようだ。

「なるほどあの兵士は中々良い体格をしているな。おっ、あっちの兵士は冷静に周囲を見渡しているな?」

グラディエーターが兵士を一人一人観察していると隣に座っていた男が彼に声をかけた。

「おう兄ちゃん良い眼をしてんな〜!」
「ははっ!当たり前だろう!俺が見込んだ人間達だからな!」
「ははは!兄ちゃんも強そうだし、そりゃぁ見ものだな!!!」

自信満々なグラディエーターに男は楽しそうに笑う。
その時白い布が静かに舞い降り、試合開始を告げる。
そして、突如として重厚なトランペットの音が轟き渡る。その音はまるで時空を引き裂くかのように鋭く響き、観客席の興奮を一気に引き出した。
すかさず、皇帝席と闘技場の四隅に掲げられた黒い旗が風に揺れ、空気が一変する。
彼らは本能的に、ここで生き残るためには「全てを殺すしかない」という事実を瞬時に悟った。
今まで感じたことのないほどの冷徹な殺意が心に渦巻き、それと同時に、他人からも初めて本気の殺意を感じ取る。
仲間としての絆も何もかもが、一瞬にして闘争本能によって塗りつぶされていった。

「うわぁぁぁぁぁぁ!!!」

その叫び声が響くと、兵士たちは躊躇なく、目の前の仲間に手を伸ばす者、顔を殴りつける者が次々と現れる。
目の前にいる者を力任せに傷つけ、壊し、殺すことだけが彼らの本能となっていた。
その光景を見て、客席からは歓声が消え、ざわつき始める。観客たちの期待が一気に萎んでいくのが感じられた。

「ただの低レベルな殴り合いじゃないか

グラディエーターはつぶやくように、その光景に失望の声を漏らす。
彼が求めていたのは、この程度の粗野な闘争ではない。彼が観たかったのは、魂を賭けた戦い、戦士たちの真の闘志が交錯する瞬間だった。

「どうしてだ!?想像すればどんな武器だって手に入るだろう!?お前達は俺には想像もできなかった色々な武器を使っていたじゃないか!」

思わず席から立ち上がったグラディエーターに、他の観客達はこんな低レベルな試合にそんなに興奮するのか?と白い目を向けている。

「ちょっと兄ちゃん〜?見込んだ人達ってほんとに〜?」

隣に座っていた男はグラディエーターに嘲笑うような表情を見せる。
グラディエーターは席に座りなおし、もう一度彼らに目を向けた。
その瞬間、客席から歓声が上がった。闘技場の中央が赤く染まっている。

どうやら誰かが剣を手にしたようで、1人が無双状態になっている。そしてそれを見た他の人間が真似をして剣を持ち、何も持たない者を次々に殺している。命乞いをする何も持たない弱者、驕り高ぶる武器を持った強者。はたまた油断した者を背後から斬り殺す者に角で存在を消して丸くなっている者。

大勢による殺し合いらしいその戦い。次々と人が死んで行き自然と勝ち残る者が生まれていく。その様子に観客は湧き上がっていた。
しかしグラディエーターは1人、なんとも言えない表情で闘技場から目を逸らしていた。まるで現実から目を背けるように。

(これが最も熱い試合なのか?俺が期待したほどの熱意は存在しないのか?)

彼の心の火が断念で消えそうになった時、一斉に観客達が立ち上がって今までに聞いたことも無いほどの歓声をあげた。

『いけぇー!!!』
『なんだあの剣術!!!』
『どこの剣闘士だ!?』


グラディエーターは急いで立ち上がり闘技場に目を向けた。彼の目に、闘技場の中央を舞う赤い人物が映る。

彼は両手に握った小刀で向かって来る人間の耳を削ぎ、鼻を削ぎ、肉を削いでいく。彼は蝶のようにひらりひらりと闘技場を移動し、蜂のように素早い手つきで刀を振るう。彼が進んだ道には痛みで悶え苦しむ人間が残されていた。

そう、グラディエーターを含む観客達の視線の先にいたのは樊凌だった。

「リ、リンリン!?なぜここにいるんだ!!??」

グラディエーターは驚きの声を上げ、思わず手に持っていたワインを落としてしまう。そんな彼の視線に気付いたのか、それともたまたまなのか樊凌はグラディエーターが観客席にいることに気付き手を振った。

その瞬間、消えかかっていたグラディエーターの心の火が業火の如く燃え上がる。

彼だ!

彼こそ自分の願いを叶えてくれる!

「あぁ!!やはり樊凌!!お前は俺に傷を負わせただけある男だ!!!」

グラディエーターは観客席から心の底からの歓声を上げた。