さもゆ
2024-11-16 22:21:28
45032文字
Public BF
 

【BF腐】ツイログ

ツイッターまとめ!女体化とか学パロとか暗かったりとかもあるから地雷原です!
最初の1ページだけ月英。あとはA英、CPなし。

2020.4.4 たまごのお粥pixiv投稿作品


(英がなんやかやでどうにかなってAになんとかしてもらうシリアスだよ59丁目ワンシーン)

バスルームの攻防




 失態は、人数の多いリンクスメンバーをきちんと把握しきれていなかったことではなく、見ない顔だと思ったにも関わらずその男をリンクスのひとりだと思い込んでしまったことでもなく、その男から半ば無理やり飴を食べさせられてしまったことでもなく……一連の流れを、彼の部下から彼に知られてしまった、自分の演技不足が原因だ。
 不足も何も、そもそも演技の技能などもとから持っていないし、加えて強制的な生理現象など誤魔化せるわけがない。体温上昇に、発汗、心拍数増加に伴う動悸、目眩、そして性的興奮。それらは全て飴玉ひとつで引き起こされた。
 コングとボーンズに事情を話し、取り繕う暇もなくバスルームに飛び込んで鍵をかけたのが数時間前。息切れだらけで呂律が回っていたか怪しい事情を受けた二人が、彼にそっくりそのまま連絡したのも数時間前。
 時間の流れをこれほど呪わしいと思ったことはない。
 苦しみがずっと続いている。よもやこれが永遠に続くのではないかと錯覚し、いいやそんなはずはないそのうちあの鍵の閉まった扉が外側から開けられるはずだと恐れる。
 そうしたら、永遠は一瞬で崩れ去り、代わりに瓦礫の残骸から絶望がひょっこり顔を出してくるだろう。
 自分で慰めてもどうにもならぬことを、彼によってどうにかしてもらうなど、そんなのは耐えられない。絶望だ。よりによって、性的な事柄を、一番の友人、あのアッシュ・リンクスに!
 僕だけはそこから無縁のところに立っていなければいけなかった。彼のためにも。分かっているだけ、余計につらい。
「クソ……ッ」
 排水溝へと流れゆく水に、白色はもう混ざらない。けれど、体を支配する熱と悪心だけが治まらず、人の前に出たならば理性のない獣へと成り下がってしまう予感がした。
 冷たいシャワーも役に立たない。身のうちは熱いのに肌の表面ばかり冷やされ境目がつきつき痛む。いっそ水を張って溺れてしまおうか、思ったが、それは息ができなくなったらすぐに呼吸を得ようとするだろう。
 シャワーを止める。目眩がひどい。手足が震えている。口の中を切ったのか血の味がした。噛み締めていた唇を戦慄かせ、深呼吸する。
 出よう。
 溺死は駄目だ。そのやり方は、自宅の風呂場じゃ、死ぬのを諦めてしまう。
 ちがう、死にたいわけじゃない。正常な判断を下せよ。正常な判断? するべきことはこの僕を見た時の彼が傷を負わないよう、適切な行動をすることだ。正常か異常かなんてのはどっちでもいい。
 ぽたぽたぽた、水滴を滴らせながら脱衣所に出る。上だけ着ていたシャツがべったり肌に張りつき、緩慢な動作を更にのろくさせた。脱ぎ散らかしていた下だけを集め、下着を履く。睫毛に乗っていた雫が垂れた髪に揺らされ目に落ちた。ぼやける。水面下。息はできている。溺死は駄目……
 脱衣所の棚には、拳銃がある。
 種類は知らない。黒色。持ったことはない。ただ、護身用、いざという時のために、どこの家庭にもある、だから一応、ここに置いておくからと──鏡面の、棚に。
 洗面台に手をつく。指を伸ばす。鏡は開くようになっている。黒目と目を合わすこともせず、開けた。
 拳銃がある。
 同時に、脱衣所のドアがノックされた。
 コン、コン、コン。三回。カチャリ、鍵が外側から開けられた音がした。ノックしたくせに。彼は冷静だ。低い声が扉越しに名前を呼んでくる。
「英二」
 心臓がうるさい。
「そこにいるのか? 話は聞いた。……開けていいか?」
 おそらく、返事は望んでいない。陽動のようなものだろうと思った。この体を戒める事象に対しての、ささやかな注意の引き方。逆効果だ。
 どうしようもなく泣きたくなって顔を歪めると、水滴が顎を伝い落ち、そして、右手はとっくに拳銃を握り締めていて更に泣きたくなった。傷つけたくない。それだけは真実であるはずなのに身体が言うことを聞かない。劇薬に侵され僕を殺せと命じられた友人はこんな気持ちだったのだろうか。思い、涙が零れ落ちた。
「開けるな」
 拒絶の囁きが、聞こえていたかいなかったか、ドアノブが捻られる。絶望を見たくなくて瞼を閉じ、震える銃口を自分のこめかみに押し当てる。見なければいい。こうしていれば、彼が傷つくことはない。……身体は。
 ドアが開けられ、どれくらいの時間が経過しただろう。
 自分の荒い息遣いと脈拍、時折床を叩く水音、それしかなく、疑心がどんどん膨らんでくる。彼は何をやってる? なぜそんなに静かなんだ? もしかして、幻覚や幻聴の類だった? そうならどんなに良いだろう! 目を開けたら、ドアはしっかり閉じられていて、自分以外誰もおらず、鏡には自殺間際の日本人! これが本当なのではないか?
 そうしてとうとう、鼓動がうるさい中、僕はそっと瞼を開けた。
 絶望がひょっこり顔を出している。
 ひょっこりどころではない。二本足で立ち、佇み、真っ直ぐ自分を見ている。アッシュ・リンクス。恐ろしいほどひたむきな視線がこちらを射抜いている。僕が瞠目したのを見て取るや、僅かに口の端を歪めた。
「英二」
 彼が僕の名前をたった一度呼ぶだけで、どれだけのものが含まれていることか。
 そして一歩、足を踏み出してきた。
「来るな」
 泣き声で強く拒絶し撃鉄を起こすと、彼は静かに立ち止まった。
「僕に……僕に銃の使い方を教えてくれたのは、きみだ」
 だから撃ち方を知っている。
 銃口さえ対象に当たっていれば、どれだけ下手くそでも銃弾で貫通することができる。誰だってできる簡単なことだ。
「ごめん。今の僕じゃ、きみに何をするか、分からない。きみを傷つけたくない」
 もう既に傷つけている。
 銃口を向けている先は自分の脳みそでありきっと彼の心でもある。でも心臓じゃない。死ぬことはない。僕が死ねば、彼が僕に襲われることもない。
 めちゃくちゃだった。
「落ち着いて、よく聞け。英二」
 また一歩、詰めてくる。
 自分をただ見つめている瞳と視線を合わすのが危険だと判断し、せめてもと両の瞼を強く閉じた。また一歩。彼は足音を消すことをしなかった。
「俺はお前を助けることができる」
「いやだ」
「解毒薬を持ってる。お前は俺を傷つけない、そいつで俺を撃つことも、襲うこともしない」
 できない、ではなく、しない、と言うのだ。
 引き攣れた呼吸を繰り返し、「じゃあ、」震える右手を暗闇の中彼に向けた。
「じゃあ、出て行ってくれ。薬を置いて。ありがとう、ごめんね、ちゃんと飲むから……
 一歩、二歩。
「英二」
「来るな!」
 三歩。
「頼むよ……アッシュ」
 足音が止まった。
 首を竦め、鼻を啜り、左胸を強く掴む。濡れたシャツから水が滲み、腕に垂れ、それから名前を呼ばれる。
「英二」
 右手首を掴まれた。
 表面だけ冷えていたのが内側と変わらぬ熱さに戻される。温度の境目がなくなり、瞬く間に全身へと熱が駆け巡り、耳の奥で血潮がごうごう唸り出した。僕はハッと目を開いた。
「アッシュ──」
 咄嗟に突き飛ばそうとした力は利用され、彼に銃を持つ右手首を引っ張られることになる。腰に腕を回され、鮮烈な翡翠が僕を見下ろしていた。かと思えばそれはすぐにぼやけ、瞬いて調節することも無駄なほど間近に迫る。開いた口に口が押しつけられた。
 伸ばされた右手から、銃が二発、暴発した。
 何かが割れた音とどこぞに穴が空く音がし、しかしそんなこと気にしていられない音がやけに大きく口内から耳を犯してくる。くちゅり、抵抗する舌を絡め取り何かを喉奥に落とし込まれた。喉が鳴る。もっと。おぞましいことを考えた頭を制すように、膝の力が抜けた。
 彼は僕を抱きすくめ、ずっと掴んでいた手首をまるで許しを請うように指先で撫でると、銃を押さえた。
「ごめんな」
 謝る声は震えていた。
 そこでようやく自分がどれだけ彼が泣くのを我慢させていたかを知り、抱きしめてくる背中に腕を回せたらと思った。
 薄れゆく意識、ぽたりと水滴が床に落ちる音だけが、響いていた。