さもゆ
2024-11-16 22:21:28
45032文字
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【BF腐】ツイログ

ツイッターまとめ!女体化とか学パロとか暗かったりとかもあるから地雷原です!
最初の1ページだけ月英。あとはA英、CPなし。

2020.4.4 たまごのお粥pixiv投稿作品


(世界線謎のB英、A英)

遅すぎるぜ、恋心




 お月さまみたいに綺麗な金髪だな、と思った。思ってみると益々その輝きに見えてきて、ついじっと視線を定めてしまう。こんなにまじまじその色を見ることはないから、僕は瞬きするのも惜しく感じて、そして今自分の持っているカメラを思い出して、無意識的に電源ボタンを押していた。
 じじじ、とレンズが飛び出ていく音が聞こえたわけではあるまいに、その人はふと僕の方へ振り返った。
 瞼が役割を果たす。ぱち、ぱち。瞬きをする。
 月のような綺麗な金髪の彼女は、その下の翡翠の瞳で、僕をじっと見ていた。
 視線が、つうと僕の手元に下ろされる。
……写真は駄目よ。モデル料、貰うことになるから」
 熟れた唇から、冗談ぽく、流暢な日本語が流れた。僕はハッとして頭を下げた。



 日本の観光地の山は、今や日本人より外国人観光客の方が多いふうになっている。たとえ地元では人気がなく、旅館や温泉がかろうじて開いている状態で、裏では廃墟やそこを住処にするホームレス、の死体、などがあっても、異国の人にとっては表が日本らしければ充分観光地になるというわけだ。加えて今は紅葉シーズン、あちこちにカメラを構える外国人がいる。
 もちろん、日本人の観光客もいる。僕がそうだ。見た目は実年齢よりずっと下に見られるけれど、実際は十九歳だし、こうして大学の長期休みに一人旅するという名目でいてもおかしくない。だから、同じように、日本語のうまい異国の女学生が一人で田舎の山の旅館に泊まりに来ても、何もおかしくはないだろう。
 僕が髪色に見惚れ、不躾なカメラで撮らずに終わった彼女の名は、バーバラという。僕より年上だろうと思ったけれど本当は二歳下で、アメリカ人。日本語のうまい理由は日本に来たくて必死に勉強したから。今回その日本に訪れる機会を得、こうして(一応は)観光地になっているここに来たらしい。
 お互い一人なものだから、普段なら絶対に出会わない相手に、少し会話をしてみようと思うのも必然だろう。僕たちはぽつぽつと名乗って言葉を交わし、近くの小さなベンチに腰掛けた。周りは紅葉一色で、その中では彼女の髪より僕の髪の方が目立つのだろうが、やっぱり金髪はきらきら輝いて見えて僕の胸を不安にさせる。
 お茶でもどう、と誘うべきだったのかもしれない。でも、それはちょっと……僕には荷が重い。だからといって、ベンチに座って、どうするってんだろう。ちょっとお話できれば、と思ったけれど、女の子にこの対応って、良くなかったかも。
 慣れないことに後悔しかけていると、一通り自己紹介を終えたバーバラが、僕に向かって首を傾げた。短い金髪が、ぱらりと頬にかかる。
「英二は、どうして一人で?」
「あー、と」僕は膝上のカメラを示した。「写真、撮りに」答えてから、ちぐはぐな答え方をしてしまったと気づく。彼女は気にしていないふうに続けた。
「写真好きなの? 見たいわ」
「あ、うん。えっとね……
 カメラを起動し操作していると、そっと身を寄せられて、どきりとする。小さなベンチだけれど、膝がぶつかるなんてことはなかった。それが今や膝どころか肩も触れている。距離が近い。カメラが見やすいように身じろぐと、僕のパーカーと彼女のジャケットが擦れあった。
「これ、とか。大学の帰り道で撮った三日月」
「わあ……きれい。ほかには?」
「あとは、あ、これ。昼間の月。ちょうど電線に囲まれてるみたいだったんだ」
「ほんとだ。捕まってる。月が好きなの?」
「うーん、うん、苦手克服のために、好きになろうとしてる、かな」
「苦手?」
「ええと、うん」うまい日本語が思いつかずに曖昧に頷く。
 バーバラは頭上を見上げ、枝葉の向こうの曇り空を細目で眺める素振りをすると、僕に向かって肩を竦めた。
「私は太陽が苦手。眩しいし、痛いから」今日は曇天だった。
 白人である彼女の肌は真っ白で、肩が触れる距離じゃないと気づかなかっただろう、頬にはうっすらそばかすがあった。緑色の瞳は神秘的で、勝気そうなのに、彼女の言動は控えめ。日の下で溌剌と笑うイメージもできるし、月の下で穏やかに微笑むイメージもできる。つまり、まさしく、
「お月さまみたいだね、きみ」
 と、僕の口が言った。
 すると彼女は目を見開き、それ以上に僕も自分の無意識な発言に驚愕し、その上、彼女が発する言葉にもっと慌てることになる。
「好きになろうとしてる、ってこと? 私のこと」
 緑の目が悪戯げに弧を描いた。
「エッ、いや、ちがくて、」
「違うの?」
「あ、うーん、えと」
「ふふっ」
「か、からかわないで。慣れてないんだ、こういうの」
 忙しなく彷徨わせていた視線をついに手元に落とすと、カメラの設定ボタンを意味もなく押していた指に、白く細い指先が重ねられた。どきっ、心臓が胸壁を叩く。ふわりと嗅いだことのない甘い香りが鼻から胸へと下りてきて、胸壁を一層痛めさせた。
「一人で来たんでしょう? じゃあ、彼女も、いないの?」
僕が最初にちぐはぐにしてしまったものが、ようやく正される。「う、うん」
「好きなタイプは?」
「えっ?」
「好きなタイプ」
 僕はちらっと横を見て、思った以上に金髪が近くにあったため、サッとまた目を落とした。
「外国の人って、ほんとに距離が近いんだね」
「全員じゃないわ」
「そ、そう。……好きなタイプなんて、考えたことないよ」
「私は?」
「え」
「私」
 ほぼ耳元で聞こえた声に、僕はびくりと身を震わせた。いつの間にか、彼女の左肩と腕、胸が、僕の体の右側に密着している。カッと耳たぶが熱くなる。彼女の吐息が首筋に当たり、脈が急激に速くなって、なんだかこのままでいいような、良くないような、そういう判断力が鈍くなってくる。
「英二」
 見たら終わりだ、と手元のカメラ、月の写真が言った。
「ば、バーバラ」
 僕は裏返った声で彼女を呼んだ。それから急いで立ち上がる。
「もうすぐ暗くなると思うし、旅館まで、送ってくよ」
 下手くそな逃れ方に、彼女は呆気に取られたのかぱちぱち瞬きし、不思議そうに首を傾げた。
「もしかして、男の方が、好きだった?」
 それを正しい日本語に訳すと、あなたはゲイですか? となるだろう。
 僕はふるりと首を振る。
「そういうのは、なんでも、いいかな」
 性別は気にしないよ、の意だ。



 夜になった。

 夕刻に彼女を旅館まで送り届け、僕も同じところに泊まっていたので「明日も会わない?」と誘われたが、僕は曖昧に返事して自分の部屋へ戻るふりをした。情けない、とは自覚している。彼女、なんだか、僕に気があるふうだった。たとえ旅行先の短い出会いだとしても、割り切って、もっとフレンドリーに接するべきだったかもしれない。だって向こうはちょっとしたお遊び程度に考えているだろう。固くならずに、それに付き合う方が、自然だったのかも……
 けれど僕にはそうできない理由がある。
 旅館を出て、温泉街から離れ、街灯もない裏道に入り、奥へ進む。道を抜けると目星をつけていた廃墟が姿を現す。もとはホテルだったけど、今じゃ割れた窓ガラスと派手な落書き、雑草に飾られた、死んだ建物だ。人の気配はない。それでも僕は念入りに辺りに人の気配がないか探ってから、割れた窓ガラスを踏み締めて中へと入った。
 エントランスにまで落書きが施され、忘れ去られたのか持ち込まれたのか、スプリングの飛び出たソファが置いてある。お菓子の袋や、鉄パイプ、蛇皮のような毛布、スプレー缶、それらが散らばり、埃臭く黴臭い場所。僕ははあと息を吐いた。十九歳の男子大学生が一人で訪れるには、あんまり不釣り合いな場所だろう。でも僕には慣れた場所だ。
 躊躇いもせずに汚れてガタついているソファに座り込む。膝を抱え、その間に頭を埋める。外ではそろそろ満月が出ている頃だろう。どれだけ分厚い雲が垂れ込もうが、蜘蛛の巣の張る真っ暗な天井に覆われようが、僕にはそれがよく分かる。
 埋めた頭の皮膚が引き連れ、閉じた口の中が疼き、尾てい骨が存在を主張し出したら、もう慣れたものだ。じっとしていればいい。
 そうして顔の側面についた耳がそろそろ仕事を放棄しようとした頃に、ぱきりと硝子を踏む音が聞こえた。
「誰だッ」
 咄嗟に鋭い誰何をし顔を上げる。側面の耳はもう仕事を終え、代わりに別の箇所へ耳の神経が通い始める。ぱき、ぱきり、入口から音がした。人間の足音だった。僕はソファの裏に飛び降り、窮屈になった靴を破く前に脱ぎ捨て、蠢き出した両手を後ろに隠し後退った。左右を確認する。左には上がり階段。右に割れた窓。もう一度暗闇の正面に目を凝らす。ホームレスか、不良か、度胸試しの若者か。いずれにせよお互い姿を認める前にこっちが逃げればいい。足音を立てないよう、足指の鋭く尖ってきた爪を引っ込め、右に踏み出そうとし──
「英二?」
 ──聞こえた声に、動くのを躊躇ってしまった。
……バーバラ?」
 囁くと、安堵した声が返ってきた。
「良かった。こんなところで何してるの?」
「そ、れは」
 こっちの台詞なんだけれど。
「きみこそ、なんで。危ないよ」
 胸のうちがざわめき始める。まだ、ちぐはぐなことが、ある気がする。なんだろう、なんだろう……
 いいやそんなことは後回しだ、彼女に僕の姿を見られてはいけない! 僕は焦って全ての疑問を見て見ぬふりした。
「バーバラ、旅館に戻りなよ。ごめん、送ってってあげることができないんだけど、こんなとこに女の子一人で、しかも夜は危ないから」
「でも私、お腹が空いてるのよ」
「お腹? あの、旅館でご飯出るだろ」
「ううん。さっき、食べ損ねたの。不思議よね……」もともとハスキーがかっていた高めの声が、段々低くなっていく。「……今まで、引っ掛からない人間なんて、いなかったのにさ」それは最早男の声だった。「なあ英二、やっぱり男の方が良かったりする?」何を言ってるんだ? 僕は戸惑い、そして、暗闇の中に金色を見た。
 一瞬ぎくりとした。月だと思ったからだ。それも満月の輝き。僕が苦手とし、あんなに綺麗で本当は好きなのに、直視できないもの。
 僕を人間でなく、なりそこないの、狼男にする夜空の支配者。
……きみ、まさか、」
 そこに佇むのは一人の青年だった。月のような綺麗な金髪と、翡翠の瞳を持った、真っ白い肌の──尖った牙を持つ。
 確かにさっきまでバーバラだった男が、得心したように頷いた。
「なんだ、人間じゃなかったのか」
 僕は脱力して座り込む。十九歳にして──百十九歳にして、初めて、ずっとかけられたかった言葉をかけられたからだ。「きみ、いったい、なんなの」震える声で問うと、男はパチンと指を鳴らした。すると衣装が一瞬にして古めかしい洋装になり、背中にかかるマントを広げて見せ、口の端を指で引っ掛けた。いーっと牙を見せられる。
「吸血鬼。分かりやすいだろ?」
「ああ……うん、うん」
 僕は頷くことしかできなかった。
「泣いてるのか?」
「ううん。泣きそうだけど、笑いそう」
「忙しいやつ」
「うん、あのさ、あの……
 僕は水っぽい鼻をぐずつかせ、毛と爪が目立つ獣の手になった両手を前に持ってきてズボンのベルトを握り締めた。
「色々、話がしたい。でもその前に、これ、脱いでいい? 尻尾が窮屈で」
「誘ってるのか?」
「まさか目の前にいた人間が肩幅の狭い上着脱いだだけで血を吸うタイプの吸血鬼?」
「まさか」
 一拍置いて続けられる。
「でもお前のことは正直タイプだ」
 僕はベルトを緩めようか暫し迷った。どうしよう、こんなこと、初めてだから分からないけど。
 やっぱりなんだか、ちぐはぐな感じが拭えない。









(70年後くらいの2人で暮らしてる期のA英↓)









 百十九年生きてきて初めて会った人外、僕より二歳年下の吸血鬼のアッシュがどうやら僕に恋心を抱いているらしい、と気づくのに、七十年はかかった。七十年前に感じたちぐはぐさはようやく噛み合い、僕はやっと彼が抱くのはただの友情や獲物に対する執着でなく、それよりもっと素敵で厄介な感情である、と理解したわけだけれど。
 だからといって、百十九年ろくに友だちもできず恋人どころか好きな人も作らなかった(作れなかった)僕にまで、同じような恋心が芽生えるかというと、これが中々に難しい。
 だって、彼は初めてできた特別な友だちなんだもの。何があっても手離したくない。友情で手一杯の僕に、恋情が入り込む隙間なんて、きっとあと百年くらいはかからないとできないだろう。手指はぴったり閉じられていて、友情が少しも零れないようになっているのだから。
 でも、向けられている感情が恋だと気づくと、それまで簡単に受け入れていたものの受け入れ方が、ちょっと違う意識になってしまう。
 最たるものは彼の食事だ。
 彼の主食はもちろん血液だ。今まで輸血や一夜限りの人間、ほかの動物から摂っていたそれは、僕と出会ってからほかの人間からは摂らないようにしているらしく、僕は彼と出会った頃「まあ人生初の注射だと思えばいいか」と少しの好奇心で食事を提供してしまったのだった。それ以来、彼は、血液は僕のか、ほかの動物のしか飲まない。これを僕は「まあ相当良質な血液だったんだろう」と初めて提供した血液サンプルが良好な結果だったんだなと喜び、このまま健康でいようと明後日の方向に意識したわけだが。
 彼が僕に恋をしている、と思うと、どうにも明後日の方向が間違いであると知らしめてくる。
 つまりは、なんだか、気まずいのだ。恋をされている相手に、肌を晒すのが。もしかしなくとも、これって、かなり、たちの悪いことをしているのではないか? そんなふうにも思った。

「あのさ、アッシュ」
 人間らしく暮らしている二人の部屋で、僕は人間らしくソファで新聞を読んでいるアッシュににじり寄った(彼は最先端をゆく機器も難なく使いこなせるのに、どうやら紙を好んでいるので、家には毎日新聞が届く)。時刻は彼の苦手な朝がとっくに過ぎ、僕たちの得意な夕刻に差し掛かろうとしている、もう少しで晩ご飯の時間。
「どうした?」新聞から顔を上げずに問われた。構わず僕は思いのまま告げる。
「きみが僕のこと恋愛的に好きなのは認めるけど、僕はそれに返すつもりがないのに血を吸わせるのは、なんだかきみを弄んでいるように思って」
 いきなりのことに、彼はゆっくり新聞から顔を上げた。表情は、ああ、良くない。
「それは、つまり、別れ話か?」
……そもそも僕たち付き合ってないよな?」
 生白く生気の抜けた、やけに迫力のある顔でボケたことを言うのは、よっぽど恐ろしかった。僕の正論に、彼は首を振る。
「付き合ってなくとも、友人としての、別れ話かと」
「違うよ」強く否定した。「きみは最高の友だちだもの」
「じゃあ、餓死を望まれている?」
「違う」確かに、さっきの言い方は、その意味に取れる。僕は彼の主食。吸血されるのが嫌だと言っているみたいに聞こえる。そうじゃない。
「だって、きみ、僕の血を吸うのは、下心もあるだろ? 恋って、そういうことだろ」
「もちろん」
 アッシュは幾分か気分が良さそうに頷いた。最近の彼は、僕が彼の好意に気づくことが、妙に嬉しそうだった。
「そうすると、なんだか、きみが……その……
「憐れ?」
「その、うん。僕、きみのこと好きだけど、きみの気持ちには、答えられないよ。血を吸われるのは、全然いいんだけど」
「凄い進歩だ。俺の恋心をきちんと理解して、それに誠実にあろうとしてる。お前らしいな」
「きみ最初から言ってただろ。『俺はお前のことそういう目で見てる』って。そういう目で見られてることを知ってる僕が、友情に甘んじて、そばにいるのは……ひどく……きみを弄んでいるように思う」
「そうだな」
「でも僕、きみと離れたくない」
「最高の友だちだからな。どうする?」彼は新聞を置いた。
「どうしよう」僕はソファに座り直した。
 彼はもう完全にいつもの余裕を取り戻し、僕より僕のことを知っているふうに上げた片膝に頬杖していた。決して解決策を提示せず、僕の思考の辿り方を楽しげに見ている様子でもある。「つまり、だから……」僕は思考のひとつひとつを零していく。
「きみが、僕に……恋しなくなるのは、どうだろう」
「どうやって?」
「七十年ものの恋心を一晩で消す妙薬を探す、とか」
「仮にあったとして、俺が飲まなけりゃ意味がないぜ、それ」
「ええと、じゃあ、きみが僕に幻滅すりゃいい」
「どんな?」
「僕、新月の日でも、きみのにおいならどこまでも追えるよ」
「ぜひ追ってくれ」
「なぜそうなる。てっきり不快になるかと……。じゃあ、うーん、どうしよう」
「ひとつご提案が」焦れたのか、助け船を出される。
「なんだい」
「簡単さ。お前が俺を嫌がればいいんだ」
「嫌がる?」
「お前の言う通り、俺を受け入れていることは俺に付け入らせる最大の要因になってる。けど、俺は英二が好きだからな、嫌がることはしないさ」
「嫌がるって、でも……」僕は眉を下げた。「きみ、僕に嫌なこと、ひとつもしてこないじゃないか」そうなのだ。
 アッシュは僕に愛を囁くけど、同じことを強要してこない。無理やり思いを遂げるような真似もない。友情を大事に抱えている僕を、ただ、理解し、寛容に受け止め、そばにいてくれる。血を吸う時だって、注射の定番である腕からだし、牙が肌を刺す瞬間は最初の方こそ見てられなかったけれど、一度だって痛くされたことがない。大量に吸われたこともない。キスのようなものだった。それが、僕を食料というわけではなく、ひとりの友だちとして大事にしているのだなと、深く信頼させている。
「試しに僕に嫌なことしてみてよ」
 頼りきった僕の発言に、彼は片眉を上げると、ちょいちょいと手招きをした。招かれるまま距離を詰めると、「うわっ」難なく僕の膝裏に手を差し込み体を持ち上げ、彼の膝上に座らせる。腰から上が密着し、ぐんと顔が近くなる。一寸の間もなく、僕の頬に金髪が擦れ、首筋に熱い息がかかった。
「ひ」
 牙が、食い込んだ、と思う。首筋から、肩にかけて。たぶん。一瞬痛みがあった。初めてだった。
 僕が動揺して硬直している間に、彼の唇が吸いついている箇所が熱を持ち、それがじわじわ全身まで侵していく。血を吸われている。その感覚がある。けど、いつもと、違う。
「あ、あの、あの、アッシュ」
 所在を失っていた両手で彼のシャツを掴み、必死に何事かを言おうとしたひくつく喉は、しかし、失敗した。
 ぢゅう。盛大に、強く、噛みつかれ、吸われた。ぞわわ、尾てい骨から背筋にかけて痛くない痺れが走る。
「あうっ」
 みっともない声が僕の喉から飛び出た。
 と同時に、びっくりしすぎて狼の耳と尻尾も飛び出た。
 僕の腰を抱いていたアッシュの手はびっくりしなかったのか、自然な動作で服の内へと入り込み、腰を撫で、そうして、ズボンの縁をなぞって窮屈に先だけ飛び出した尻尾に触れた。皮膚が疼いた。僕は駄目だと思った。何がなんだか分からなかったが、とにかく駄目だと強く思った。ので、叫んだ。
「ウワアーーーーッ!」
 叫んだついでにアッシュを突き飛ばした。これには驚いたのか僕の掌が見事に彼の額を強打する。もちろん膝上に乗っていた僕はそこから後ろへ転げ落ちた。後頭部をテーブルに打ち付け、派手な音がした。大惨事だった。僕は痛む頭と、熱くぬるつく首筋を押さえて、床にぐうと突っ伏す。
「い、い、痛い。ひどい、こんなのあんまりだ……
「おい、大丈夫か」
「きみ、なに、何したの」
「吸血鬼が生存戦略的に獲物を大人しくさせる吸血方の一つを、ちょっと」
「それ大失敗じゃないか、今が十九世紀なら僕の悲鳴できみは取っ捕まってる……
「嫌だったか?」
 僕ははたと口を噤んだ。
 後頭部の痛みで涙が滲む目を、恨みがましく彼に上げる。額を赤くし、唇を舐めたアッシュは、また分かっているような顔つきで首を傾げている。「嫌だった?」
 僕の首筋を押さえているぴったり閉じた指には、実は気づかない隙間ができていて、そこからつうと血が流れて、零れた。
「ちょっと……」僕は言った。「ちょっと、考えさせて。また七十年くらい」
 アッシュは牙を見せて笑った。「いいぜ。幸い寿命はたくさんある」気長すぎる返答だった。
 また少し、指には隙間ができ、そして、僅かに零れていくのを、僕は「嫌だなあ」ではなく「まずいなあ」と思った。……ような気がした。