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さもゆ
2024-11-16 22:21:28
45032文字
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BF
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【BF腐】ツイログ
ツイッターまとめ!女体化とか学パロとか暗かったりとかもあるから地雷原です!
最初の1ページだけ月英。あとはA英、CPなし。
2020.4.4 たまごのお粥pixiv投稿作品
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(A英、英ちゃん女体化の学パロ)
割愛ラヴァーズ・スクールライフ
アスラン・ジェイド・カーレンリースが奥村英二の姿を認めたのは全学年入り乱れてのドッジボール大会でのことだった。
彼のいる高校はひどく優秀らしく、予定より早く期末試験を終えたかと思えば余った日数で遊ぼうとし始める。もちろん、それは生徒を労ってのことではなく、教師たちの策略、テストの採点やら何やらで時間を獲得するための必要で不自由な放任処置だ。お前ら好きに遊んでこい、ただしもう高校生なんだから、決して馬鹿なことはするなよ、というわけである。しかもずる賢いことに、運動系が苦手な生徒たちのためにオセロ大会まで用意されている計画的なものだった。
そして彼といえば立てばレイピア座ればピエタ歩く姿はオオヤマネコと文武両道容姿端麗おまけにちょっとした不良性まで兼ね備えていたため、本人がいくら渋っても無関係に事というものは運ぶものである。つまり、彼はなんだかんだいくつになってもドッジボールに熱中してしまうクラス男子たちによって、本気のボール遊びに加わざるを得なくなった。優勝したらクラス全員にちょっとお高めのアイスを奢ると発破をかけた教師が原因なのも否めない。高校生なんだからと諌める側がそれでどうする。
ところで彼は二年生である。二年生というと高校生活に慣れまだ就職進学のことを深く考えずにいても余裕がある学年だ。そして、挟まれているだけに、上からも下からも情報が溜まりやすい。一年生のどこのクラスにあいつがいるから強い、三年生で気をつけなければいけないのはここ、と持ち前の情報収集力でドッジボールに知略まで持ち出すほど彼らは真剣だった。やるからには勝ちたい、それはもちろん彼とて思うことだったので、一年生は中国少年シンがいるクラスと月龍がいるクラス(しかし彼はおそらくオセロの方だろうと踏んだ。のちに予想は的中した。お見事!)、三年生は同じく中国少年ショーターがいるクラスが強いだろうと警戒した。同学年では、彼と同じくアメリカ少年のオーサーがいるクラスが厄介だとも。女子のことは女子に任せていた。
殺伐としている。
素晴らしく優秀な高校であったので、どうやら男女平等をうたい年功序列を気にしない規則性を持っていた。体育系と文系で分けるくせに性別と学年は分けてくれないらしい。非常に馬鹿で危険なボール遊びだった。それでもまあドッジが得意な者、好きな者しかいないのが救いだろうか。クラス単位でぶつかり合い、いくら運動ができる女子とはいえ彼女らの手前ある程度力をコントロールするというのが、男子たちの暗黙の了解だった。(何せもっと子どもの頃は散々女子にボールをぶつけてしまい泣かれたり倍返しされたり仲間内から冷やかされたりする過去を誰しも持っているので)
それをいうと彼は絶対に女子には当てないよう気を使っていた。しかも器用なことに気を使っているふうには見えない気の使い方だったので、その紳士さに女子があっと思うのは全てが終わってからという完璧案件。彼はそういう少年だった。そういう少年が警戒していたクラスはもちろん勝ち進め、そしてどうなったかというと、彼に尽く打ち破れていったのだった。割愛。
とうとう最終試合、残ったのは彼のクラスと中国少年ショーターのクラスであった。 二年生対三年生、体育館の半分を使い、もう半分には負けていった者たちの野次馬兼観客席が無秩序に設けられている。ショーター負けるな! 中国少年の声援が響いていた。
「やっぱお前とだよなあ」
つるっぱげを撫でつけながらショーターがスタート地につく。最初にボールを取り合う相手はもちろんこの高校で二大頭と呼ばれる(不本意な呼び名だ。彼らの趣味ではない)この二人だった。アスランはニヤッと年上の友人に笑いかける。
「ボールに間違われないよう気をつけろよ」
「あらやだひどぉい!」
試合は開始された。
内野がどんどん少なくなるより前、試合開始から約五分後、ぎゅうぎゅう詰めの内野が多少動きやすくなり同時に熱に拍車がかかってくる絶妙なタイミングで、アスランはあることに気づいた。
ひとりボールを避けるのが非常に上手い女子がいる。
もともと女子の数は少ないようだったが、内野はもうほとんどが男子だった。背の高い周囲の中、小人が紛れ込んでいると錯覚させるような、身につけた体操服が大きく見える女性徒だ。大きな黒目がじっとボールの行方と持ち主の動きを見ている。真剣な顔で、にこりともしていない。ひょっとすると間違ってドッジ組に来てしまったのではないかとアスランは思った。
しかしその考えこそが間違いであるとすぐに知る。彼女は男子の投げるボールを恐れることなく抱き取るし、取れそうにないボールは決して追いかけない、何より避けるのが上手かった。では投げるのはどうかと思うと中々どうして細腕の女子にしては威力があるのだ。油断したクラスメイトが外野に追いやられる。こうなると次からは警戒心が芽生え、おっあの先輩女子が投げるぞと身構えると彼女は手にしたボールを惜しげもなくショーターにあげたりする。(その時彼女はなんだか申し訳なさそうにショーターを見上げるだけで、口を開いたり笑ったりもしなかった。どう見ても文系に見える態度だ)
あとは軽く礼を言ったニンマリ笑顔のショーターが凶器的なボールを投げてくるだけである。こちら側は騒然とした。しかしきっとあの女性徒に目を惹かれたのは彼だけで、それをきちんと感じていた彼はいや普通にドッジに真剣なただの女子だろうと、気づいた存在を隅に置き目の前に集中しようとした。
ボールが行き交う。内野が減っていくにつれ外野が増える。ボールはあまりコートから外に出なかった。やったれアスラン! クラスメイトが叫ぶ。ああどうしてお前らときたら俺頼みなんだよここまできたら最後まで勝ち通さないと気分が悪いだろーが、心中で捲し立てながらショーターからのボールを受ける。そして振り被った。
彼は視野が広かった。
ついでに、コントロールも抜群だった。
だから、投げる一瞬で相手の内野に男子しかいないと判断し、ならちょっと力を強めても大丈夫だろうと加減を調整するのも、簡単なことだった。
(あっ?)
──そういえば、さっきの女子は外野に行っていただろうか。
背筋がひやりとした時にはもう遅い! ボールは彼の手を離れ狙い通りにショーターのもとへ飛んで行く。今までより速く強いボールだった。敏感に感じ取り様子を見ようとしたのかショーターが横に躱す。間髪容れずドゴン! だかバチン! だかとにかく重鈍い音が響いた。次いで、外野と観客側からの悲鳴、「エイジィ!?」ショーターの頓狂な呼び声。
アスランの目には自分の投げたボールがちょうど誰かの顔にぶち当たり跳ね返るのと、小さな体が床に蹲る一連の動きがしっかりと映されていて、彼にしては珍しく動揺し動けないでいた。
ショーターがいち早く駆け寄る。「おい大丈夫か、英二っ?」
えいじ、エイジ? 二か国語を操る自分にはそれは日本人の男の名であるように思えた。男? まさか。アスランからは顔が見えなかったが、あの細っこいふくらはぎは三年男子には見えなかったし、それより何より、相手側のコートには女子がひとりいたはずだ。背の低い、ボールで狙ったショーターの鳩尾あたりの背丈の
……
今倒れているような大きめの体操服を着た
……
彼の顔からサーッと血の気が引いていく。まさかでももしかしてでもない、あの女生徒にぶち当てたのだ!
半ば事故とはいえこれにアスランは大いにショックを受けた。彼は荒くれ者どもと喧嘩をよくする。それは彼が吹っかけるのではなく、大抵はやむを得ない力技による仕方のない喧嘩だ。だから、女の方が男より遥かに弱いことを、性差別でもなんでもなく事実として知っていた。暴力のない者にそれをぶつけるなんて、畜生の所業とさえ思っている。
彼がそうやって動けないでいたのは、僅か三秒ほどだったろう。その間先に動いたのは顔を押さえる彼女の方だった。彼女は乱れた黒髪を額や頬に張りつかせ、傍に跪くショーターに何事かを問いかけた。
ショーター、首から上ってセーフだよね。
隣にいる者にしか聞こえない声量、涙声だった。ショーターが曖昧に頷く。いかんせん彼女の鼻の頭から額まで真っ赤であったので。
彼女はよろよろ立ち上がり、大丈夫というふうに周囲に手を上げて見せた。
アスランは彼女が立ち上がったところでようやく我に返り、即座に駆け寄ろうとした。謝って保健室まで連れて行く気概で口を開きかける。彼女はおぼつかない足取りでボールのもとまで行き、拾い上げた。
そして初めてアスランのことを見た。痛々しく真っ赤な顔で、涙を溜め、キッと大きな黒目をつり上げ、その涙を散らした。
「いげーわっ、こんあほんだら!!」
弁明をしよう。
あのアスラン・ジェイド・カーレンリースが顔面にボールを受けたことについてだ。
まずひとつ。彼は非常に珍しいことに狼狽えていた。意図せず先輩女子を傷つけてしまったからだ。致し方ない。
ふたつめ。正面から見た女生徒の顔があんまり痛そうで、覚悟していたにも関わらずこちらの罪悪感を抉られ唖然としたから。致し方ない。
みっつめ。叫ばれた言葉が彼の操る二か国語に当てはまらず脳が理解処理に神経を集中させた。まあ致し方ないかもしれない。
最後に。よっつめ。
……
彼女の怒った泣き顔にどきりとしたため。
このどきりとは紛れもなく彼の心臓が存在を主張した擬音語なのだが、その一度で莫大な不安を彼の中に生み出させた。どきりってなんだ、どきりって。罪悪感とかじゃなく。それを深く考えるより先に激突。盛大に顔面へ。彼女の投げたボールが。
よって、彼はわざとボールを受けたわけではないということだ。
これは後々まで語り継がれるちょっとした伝説になることになる。彼か彼女にとって、あるいは両方にとって。
割愛。
「誠に、申し訳、ありませんでした」
さて場面は変わって保健室。整然と並んだベッドに腰かけ顔を氷で冷やす彼女に、同じく彼も顔を冷やしながら頭を下げていた。ちなみにそこは配慮するのかよと謎になるが二人の間にはベッドがひとつ空けられている。だがこういう者たちにとってはこの距離がちょうど良かった。本当なら開け放たれているベッドカーテンを閉じたいくらいだったので。
「いや、こっちこそ」
鼻頭に氷を押し当てている彼女は、少し固めの声でそう返した。
「ちょっと、大人気なかった」
見た目的に年上の女子には見えない彼女がその謝り方をするのはちぐはぐさがある。アスランは首を振った。
「いや、俺が悪い。ごめんなさい。大丈夫ですか」
「大丈夫だよ、診てもらったろ?」
「でも痛いはずだ」
「鼻がもげたとは思ったな」
「すみません」
ひとつ空けた隣同士のベッドで、彼は彼女に向き合い、じっと見てくる視線を甘んじて受け入れていた。これも彼にとって珍しいことだった。大抵の者は(老若男女問わず)彼のことを黙って長く見つめてくることがない。見つめてくるなら何か邪なことを考えているか、彼に見とれているか、慣れたかである。けれど彼と彼女は初対面、しかも加害者と被害者、加えて彼は視線の種類に敏感であったので、彼女がただ見つめてきているのに居心地を悪くさせた。観察されているわけでもなさそうだ。責めているふうでもない。彼女の癖だろうか、と思った。もしくは性格。
体は向き合っているのに視線は外しきりのアスランは、次になんと言おうか迷っていた。
そのうち、相変わらず彼女がどこか緊張しているように言う。「あのさ、」
「はい」
「もう戻る? 帰りの会、始まってると思うんだけど」
「いや、あんたが、」
「私は、終わったら友だちが荷物届けに来てくれるって」
「
……
じゃあ」
「戻っちゃう?」
何か高度な技で謝罪を要求されているのだろうか、と勘繰った。そういうふうには見えないけど、日本人には本音と建前がある。あるものごとを別のものごとに見せかけるのは彼の得意でもあったので、何もおかしくはない。
「あー、何をすれば
……
」
「きみがいなくなったら、暇になるなって」
「えっ?」
「え?」
「
…
What?」彼の本来の言語は英語だった。
外していた視線を持ち上げ、彼女に移すと、大きな黒目が瞬いているところだった。
きみがいなくなったら、暇になるなと思って。
彼女がもう一度言った。それは発音の下手くそな、でも理解できる英語だった。アスランも目を見開く。続けて英語で訊く。
「あんた、英語、できるの」
「少しだけだよ」
「充分だ、ちゃんと分かる。凄いよ」
「ゆっくり話してくれてる? ありがとう」
「ど、」
どういたしまして、は喉から出なかった。
それまでずっと真剣で無愛想な顔か怒った泣き顔かじっと見てくる真顔が、ふと和らいだからである。はにかんだ、と言った方が正しい。
どきりとした。ドッジボールの最中生まれた不安とはまた違うどきりだった。むしろあの不安が一切掻き消される。笑った顔に安心し、素直にそっちの方が似合うと彼は思った。
「先生もどっか行っちゃったし、きみまでいなくなったら、暇だなって」
なぜか英語で話している声は陽気でさえある。最初見た時と印象ががらりと変わっている。ただ、目だけは変わらず真っ直ぐだ。アスランの目を見ているのかその周辺を見ているかは判断しかねた。見ているのに、視線が合っていない。
「
……
俺も暇してるよ」
気づいたら答えていた。
「ほんと?」
「ほんと。今戻ってもどやされるだけだ」
「あー、ええと、ごめん」
「なんで謝る。あんたのせいじゃ
……
」
「私のせいでうちのクラスが勝っちゃったからなあ」
「あんたのおかげだろ」
「後半、きみ、使いものにならなくなっちゃうんだもんな。そんなに痛かった?」
「
……
目玉が抜け落ちたかと思った」
「すみません」
へへっと彼女が白い歯を見せて笑う。ジョークが意図した通りに伝わってアスランもにやりとした。居心地の悪さはどこへやら、ほかの女子には感じない話しやすさが彼女にはあった。
「俺でよければ、あんたの話し相手になるよ。お詫びも兼ねて」
「本当に気にしなくていいからね。ドッジにはよくあることだから」
(この年でよくあっちゃ駄目だろ)
「ええと、カーレンリース君は
……
」
「なに?」
「えっ? カーレンリース君は」
「教師みたいな呼び方だな」
「
……
アスラン君」
「アッシュでいい」
「アッシュ君は、」
「アッシュ」
「アッシュ」
「いいよ。なに? 待て、一応なぜ俺の名前を知ってるのか訊いても?」
「なぜって、そりゃ
……
まさか私がきみのストーカーか何かだと思ってる?」
「それで言ったら全校生徒が俺のストーカーかもしれなくなるな」
「そういうことだよ」
「そういうことか」容姿だけでも目立つ彼の名を知らぬ者など、この高校にはいないのである。
「その、アッシュ。こういうこと、何度も訊かれてるだろうから、嫌に思うかもしれないけど」
「なんでも訊いてくれ。構わないぜ」
「じゃあ。あのさ、きみの瞳が緑色ってほんと?」
アスランは虚をつかれた。全くの予想外の質問に、何から言えばいいか分からなくなる。
その仕方の質問は何度もされたことがないとか、さっきからあんた俺を見てるけど実は見えてなかったのかとか、いやでもドッジに参加してただろとか。今も澄み切った大きな黒目がこっちをじっと見て
……
気まずそうに、初めて、視線が床に落ちる。
「いやあ、実を言うと私目が悪くて。この距離でも、顔が、ちょっと」
「見えてないのか?」
「み、見えてるよ。ぼやけてるだけ」
「ドッジは」
「得意。ぼやけてるからかな? 余計に慎重になっちゃって」
「俺のこと見てるのも?」
「ご、ごめん。癖なんだ。じっと見ちゃうの」
「眼鏡とか、コンタクトは
……
」
「これに慣れちゃうと、見えすぎるのは逆に距離感が分からなくて」
「辛抱しろよ。危ねえだろ」
「うん。ふふ、そうなんだけど、」
「笑い事か?」
「だって、きみの方がよくされる質問をしてくるから」
「よくされるんだったら、」思わず声を荒らげかけると、当の彼女が飄々とまたじっと見てきたものだから、何を言っても無駄かと言葉を飲み込んだ。氷ののいた鼻から額までまだ薄ら赤く、太めの黒眉は困ったふうに下がっているくせに、視界がぼやけているらしい大きな黒目は頑固そのものだった。
彼は口をへの字にする。だから視線が合っている感じがしなかったのだ。
「
……
それで、なんだっけ」
彼は諦めた。
黒目がきらりと瞬く。
「きみの瞳って、緑色なの? みんな言ってるぜ、綺麗な色だって」
「そんないいもんじゃない。確かに緑だけど
……
そこからどういうふうに見えてるんだ?」
「肌が白いな」
「目がどこにあるかも分からないのかっ?」
「分かる、分かるよ。でも
……
これって目が悪い人にしか分かんない感覚だと思うんだけど
……
ううん難しいな。瞳の色までは、あまり」
「はあ。近くで見せてやろうか」
「いいのっ?」彼女はぱっと腰を浮かせた。「見たい!」拍子で手に持つ氷嚢から水滴が飛び散った。
こちらとしては冗談で提案したつもりだったのだが、今日一番明るい笑みを浮かべた彼女にどうにも引っ込みがつかなくなる。「い、いいけど」たじろぎつつも頷いてしまう。
移動して来ようとするのを手で制し、なんとなく氷嚢で冷えた顔を手の甲で拭ってから彼女の座るふたつ隣のベッドに歩み寄る。ベッドをひとつ越え、そして、そのベッド、彼女の目の前に腰を下ろした。
「どうぞ」
膝に頬杖ついて顔を突き出してやる。
「存分に確かめていいぜ、オネエサマ」
「
……
英二だよ」
ちょっと恥ずかしそうに名乗られた。
「エイジ。どうぞ」
「ありがとう。お言葉に甘えて」
アスランからしたら、目の色を見るというのは、この距離で事足りるだろうと思っていた。
けれど彼女からしたら、大人が二人は通れるベッド間のスペースでさえ曖昧なラインだった。英二はちょっと逡巡したのち立ち上がり、訝る彼のもとまで歩を進め(これもちょっと逡巡して靴一足分くらいの距離を空けてから)佇んだ。そして見上げてくる後輩男子の顔に手を伸ばした。
伸ばされたアスランはぎょっとしたが、指の細い小さな手が自分の肌に決して触れず、指先が目の下をなぞるように辿っていくので、なんでもないことのように接していた。ボールが当たったあたりをまるで撫でるような素振りをされ、触れられてもいないのにむず痒くなる。
「うわあ」
彼女が声を上げた。
「鼻が高いんだね。やっぱり白い」
「まあ、欧米人の大まかな特徴だな」
アスランは目のやり場に困ったが、体操服がいかに彼女の線の細さを際立たせているかについて詳しくなるのはもっと困ると思ったので、結局彼女の顔を見上げる形になってしまった。彼女がほんの少しだけ顔を近づけてくる。黒目が黒だけではなく焦げ茶と灰色もあることを知り、自分のぼんやりした白い輪郭と金の髪が映り込んだ。焦点が合っている。視線がかち合ったとようやく感じた。目がでかい。長いまつ毛。アスランは途端になんだか良くないと思った。そのまま彼女が首を傾げる。
「目が合ってる?」
「ああ。
……
ああ。何色だった?」
「緑色。ほんとに。緑と、黒と、黄色と、オレンジ、黄緑色、青
……
」
「そんなにないだろ」
「あるよ。なんか
……
太陽を飼ってるみたい」
「なんだって?」
「えーと、太陽? 違うかも、空みたいだ。つまりさ、一色じゃないんだよ。感動だな。凄い」
「
……
満足して頂けた?」
「あ、うん。とても!」
彼女は瞬きし嬉しそうににやつくと、彼からすっと離れ、勢いのまま後ろのベッドに座り込んだ。
「ありがとう! きっと一生見らんなかったぜ、きみの瞳なんて。痛い思いして良かったのかも。はは、当てられた時はついカッとなっちゃったけど。ほんとごめんね」
「ああ、うん」
「どうかした?」
「どうかしてる」
「えっごめん」
「違う、そうじゃなくて
……
」
そうじゃなくて。
彼は一体どうしてしまったのだろう。
あのアスラン・ジェイド・カーレンリースである。立てばレイピア座ればピエタ歩く姿はオオヤマネコ、鋭く美しく賢く口も上手い、言葉に詰まることなど滅多にない少年である。つい先ほど英二とは話しやすいと思ったばかりであったのに。
ここに第三者がいればひょっとすると「おっ?」と思うかもしれない。代わって彼の鈍感な部分に察しをつけるかもしれない。だがしかし残念。ここに彼と彼女以外の者はいないし、彼は実は五教科の中で国語を苦手としていた。点数は取れるがそういうことではなく、今この瞬間よく分からない自分の気持ちを言い表す術がないのは文学に精通していないからだと結論づけるくらい、自身のこういう問題が不得意だった。そういうものは全て詩が好きな腹違いの兄が持って生まれていったに違いない。
(グリフなら、この人の目を俺の代わりに喩えてくれる)
悔しい気持ちがしたのだ。
英二がこの瞳を空のようだと表現した時。ありきたりで、下手くそな、けれど綺麗と言われるよりよほど嬉しい言い方。そんなことないのに。
お前の方がよっぽど。
でも、彼は、その先をなんと言えばいいのか分からず、ついでに心臓が三度目のどきりを発症させていたのでもうわけが分からなかった。彼の兄なら弟の気持ちを代弁してくれるのに、彼はそこまで考えて、それはそれで兄が彼女の瞳を詩的に表現するのは何か嫌だなあとどきりの次にもやもやし始め、結局。
「おーい、英二。迎えに来たぜ」
保健室の扉からつるっぱげが覗くまで、鮮明な彼女の姿をじっと見ているしかなかったのだ。
さてこれからどうなるか。それはあれ、ご愛嬌ということで。
割愛!
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