botanin5
2024-11-14 03:17:26
18728文字
Public 薬さに♀(小説)
 

わたしの赤

ハッピーエンド
薬研から審神者への恋愛感情ゼロの状態で、お付き合いがはじまりますのでご注意ください





「すっかり「恋人」が板につきましたね」

薬研と形だけのお付き合いを始めて二ヶ月を越えた。夏の盛りは過ぎて、縁側に座ればゆるく吹く風が心地よい。私の膝に頭を乗せて昼寝をしている薬研の髪に指を通して遊んでいると、畑当番を終えたらしい宗三が手ぬぐいを折りたたみながらゆったりと近づいてくる。「おつかれさま」と声をかけると、はぁと小さく息を吐いて、ちらりと薬研を見てからそっと隣に腰を下ろしてきた。

「正直、もっと早く音を上げると思っていました」
「どっちが?」
「どっちだと思います?」
「私」
どっちもですよ」
「薬研は優しいから、自分から止めるなんて言わないよ」

眠る薬研に視線を落とせば、すーと小さく寝息が聞こえる。彼は今日馬当番で、案の定顔を盛大に舐められたらしく、仕事を終えた後ぐったりと疲れた様子で私の部屋にやってきた。

「よく懐いたものですね」
「あはは、そんな動物みたいな」
「本当の恋人になれたんですか?」
まさか。私たちの関係はあれから変わってないよ。あ、でもデートは増えたかな。それに、手を繋ぐことが普通になった。それ以上のことは、申し訳ないから、しない。二人の会話もたくさんあるし、最近の薬研は今までよりずっとくだけて笑ってくれるようになったなぁ。それだけで、本当に嬉しいんだ」
「貴女はそれで満足なんですか?」

真剣な顔でこちらを見つめる宗三は、本当にいいひとだなぁと思う。私たちの少しずれた関係を知っているのは彼だけだ。本丸のみんなは、私と薬研は本物の恋人同士だと思っている。薬研は上手く振る舞ってくれたし、私もそう見えるよう振る舞っていた。

「幸せだよ。ほんとう」
「僕の主は頑固ですね」

困ったように笑う宗三につられて、こちらもふわりと笑い返した。




「やーげん、買い物付き合ってくれないかな」
「ん。いいぜ、荷物持ちしてやる」
「やった。ありがとう」

休日の午後。デートも兼ねて買い物に誘えば、いつものように薬研は快くついてきてくれた。本丸を出ると自然と繋がれる手に心が温かくなる。相変わらず薬研は完璧に恋人を演じてくれていた。

「今日はなに買うんだ?」
「ん~秋田が誉のご褒美にプラネタリウムが欲しいって言ってたから、部屋で組み立てれるやつ探そうと思って。あと、口紅が無くなっちゃったから化粧品のとこも行きたい」
「わかった」

薬研の優しさに慣れて、本当は私の事を好きではないという事実からなるべく目を逸らし、寂しさを誤魔化す癖がついた。相変わらず日記は続いていて、そこには嬉しかったことだけをどんどん溜めこんでいった。日記の中の私は、まだ片思いを続けている。でも、これ以上薬研に負担をかけたくなくて、きっと二度と伝える機会のない言葉たちは、これからもただ無為に積み重なっていくのだ。


目星を付けていた家庭用のプラネタリウムを選び、持ち帰って渡すか迷った結果、後で本丸にプレゼントとして届くよう手配してもらうことにした。きっと秋田は大喜びしてくれるに違いない。少しわくわくしながら、会計を済ませると、薬研が「小腹が空いたな」と呟いた。

「じゃあ、甘味でも食べて休んでから次の買い物しようか」
「そうだな」

レトロな雰囲気の喫茶店を見つけて腰を落ち着けると、薬研が手早くメニューを開く。ずいっと覗き込んでいると「これだろ」と指で確認される。無言で頷けば、薬研はさっさと店員を呼び注文を済ませてしまった。カフェオレとチーズケーキ。私の好みはすっかり把握されていて、嬉しさにむず痒くなってしまう。
今日は日記にこの事を書こう、と心に決めていると、コーヒーを口に運んだ薬研が指でテーブルをコンコンと小さく鳴らしている。なんだか落ち着かないようで、珍しいなと思い眺めていると、不意に口を開いた。

「あとは何を買うんだ?」
「えっと、口紅だよ。あ、でも荷物にはならないし、薬研は他のもの見に行ってくれていいけど」
「いや俺が選んでいいか?」
「へっ」

予想外の言葉に、素っ頓狂な声を上げてしまった。薬研が自らの意思で、私のために物を選んでくれたことは無かったのだ。付き合い初めに、贈り物などは必要ないと断わったのを律儀に守ってくれていた。金銭的な負担をかけることが申し訳なかったし、自分の酷い我儘を形にされたような気分になると思って避けていた節もある。それでもたまに、薬研が気を使ってお菓子を買ってきてくれることはあって、食べ物なら残らないからとありがたく頂戴していた。それだけでも十分嬉しかったのに。恋人のフリに拍車がかかっているなぁ、すごい、と素直に感心して、申し出を受け入れた。