お芋さん太郎
2022-07-26 21:11:55
38092文字
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僕のヒーロー

#ツイステ×映画ベイマックスのクロスオーバー
#シュラウド兄弟
#設定捏造
#オリキャラ・モブキャラ
#爽やか読後感
#最後にオマケあり





 世界は、狭くて、同じで、丸くて、そしてただひとつだ。
 でもみんな知っている。
 世界は狭いけど広いということ。同じだけど違うということ。丸いけどいろんな形があること。ひとつだけど無限の数が存在するということ。
 この世界だってもちろんそうだ。例えば、男と女とそれ以外。例えば、子供と大人とその間。例えば、スラムの住人と国の王族と街のケーキ屋さん。見る人の種族、属性、立場によって世界の顔はコロコロと変わる。
 だからとある少年の世界が、ある日突然どん底の真っ暗闇になってしまうことも、もちろんあり得るのだ。

 ワンダーランド内、科学連邦、工学領の大都市サンフランソウキョウの街角。とあるカフェの2階、ブラインドカーテンが日を遮る薄暗い部屋に少年はいた。
 その少年、ヒロ・ハマダこそが失意のどん底、人生の最底辺を味わっている真っ最中。2人がけのソファに体を預け、じっと物思いにふけていた。
 シンとした室内で耳に入るのは、下の階のカフェでヒロの叔母・キャスが接客している声と陶器のぶつかる音。その音の中に兄の声が入ることはもう二度と無いのだと思うと、それだけでヒロの頭と心は悲しみで染まる。

 大学入学のキップはゴミ箱の中。兄の友達からのビデオメッセージも途中まで見て閉じてしまった。辛くて悲しくてやるせなくて仕方がないのだ。なにしろ兄とは直前まで共にいた。あの時、大学が火事になったあの時、教授を助けようと中に入ろうとする兄をもっと強く止めていたら。行かないでと、力いっぱいしがみついていたら

 この数週間で何度『あの時』と思っただろう。
 自分を責めるなと誰もが言うが、責めずにいられるはずがない。あの時自分が間違えなければ、自分も叔母もかけがえのない家族を失うことはきっとなかったはずなのだ。
 涙は出なかった。
 ただただ手も足も頭も枷に繋がれたようにずっしりと重く、まともに動かす方法さえ忘れてしまった。

 タダシにとって弟のヒロが希望であるように、ヒロにとって兄のタダシは未来だった。タダシはヒロに進むべき道を指し示し、ヒロはキラキラと光輝くその道を兄の後を追うように進むはずだった。心の底からそう確信していたのだ。しかし、タダシの死によりその道はパタリと潰えてしまった。そして胸にぽっかりと空いてしまった大きな穴の塞ぎ方も知らず、部屋から出ることすらできずにいる。

 この先ずっとこのままなのかもしれない、ヒロがそう思ったその時だった。
 階下からキャスの甲高い声が響いた。

「キャー!あなたが『あの』?よく来てくれたわね!さあ上がって!ワー、すっごく嬉しい!ドーナツは何が好き?チョコ?ハチミツ?あ、もしかしてナッツ?」

 タダシが死んでから終ぞ聞くことの無かった喜びの声にヒロは首を傾げた。
 ギシギシと階段を上る音が聞こえる。キャスではない、もっと大きな人だろう。
 まったく心当たりの無い足音。自然と注意が部屋の外の階段へと向く。
 ゆっくりとその姿が見えはじめ、ヒロは驚きで目を見開いた。

 比喩ではない。
 頭を彩るサファイアブルーの炎。
 その鮮やかさとは対極に思えるほど血色の悪い肌は目の下に色濃い影を落とし、そのすぐ上にはイエローアンバーの星が瞬く。真っ黒なスーツをぴしりと着こなすも、残念ながらその背中は自信なさげに猫背気味だ。

「ア

 不機嫌そうに歪められた青い唇が不意に開き、ヒロはその隙間から音が発されるのを今かと待った。

「き、君の叔母さんちょっと苦手だ」

 あからさまに目線を逸らされながらそう言われ、ヒロは一瞬にして現実に意識を戻された。

「あの
「もう、兄さんってば!こんにちは、タダシ・ハマダさんの弟のヒロ・ハマダさんだね!僕の名前はオルト・シュラウドです。そしてこっちがホラ兄さん、自己紹介くらいちゃんとしなきゃ!」
イデア、です」

 イデアの後ろからひょっこりと顔を出したイデアにそっくりな色合いの小柄な男の子は、喋るのが得意ではなさそうな彼の兄と比べてずいぶんとハキハキとした声で楽しそうに喋る。
 しかし驚くべきところはそこではなく彼の体だ。光沢のあるツルツルしたボディは機械仕掛けで、腰からくるぶしのあたりまではゆったりとした末広がり。頭の部分はヘルメットのような紫のフェイスカバーで覆われている。   左胸に灯るサファイアの炎は命の輝き。全体的に紫と黒と金の装束でゴージャスな雰囲気だが、タダシの名前が出たということは兄の知り合いか何かで、これが喪服の代わりなのであろう。

 と、ここまで思考しやっとヒロは気が付いた。

「え、イデアってあのイデア・シュラウド⁉『魔導工学の天才』の?兄さんと知り合いだったの?嘘でしょ⁉」

 タダシの死後、食が細くなり悪くなっていたヒロの顔色が興奮で一気に明るくなった。

 この惑星にはワンダーランド(非魔法地域)とツイステッドワンダーランド(魔法地域)の大きく分けて2つの地域が存在する。ヒロの住むワンダーランドは住民の9割9分が非魔法族であり、この地域内では惑星の発する電磁波にほとんどの魔力がかき消されるために魔法が使えず、その代わりに科学が発達している。
 一方でイデアの住むツイステッドワンダーランドは、異なる電磁波が特殊な条件で重なり合って打ち消し合い実質ゼロとなっている。したがって自由に魔法を使うことができるのだが、空気中に自然に含まれる魔素が原因で電化製品が使えない。故にはるか昔は魔法族が多く住んでいたが、近年は科学と魔法ふたつの要素を併せ持つ『魔導工学』が発達したため非魔法族も多く住むようになってきたのが現状だ。
 この『魔導工学』だが、ここ10年ほどでさらなる発展を遂げている。ワンダーランドでも使用できる魔法道具の開発も進んでおり、有識者の見解ではあと50年でワンダーランドとツイステッドワンダーランドとの垣根はなくなるだろうとも言われているのだ。そしてその立役者となったのがイデアが7歳の時に開発した発明品の数々であり、それからというものイデアは『天才』の名をほしいままにしていた。魔法・科学の分野は問わず、工学に携わる者であれば誰もが知っているほどの有名人なのである。

「『異端の』ね。僕を天才って呼ぶのは僕を利用しようとする大人だけだよって前にもタダシとこのやり取りしたんだけど」
「ウワー!その髪の毛!本物⁉すっごくクールだね!」
「ヒッ!いやちょっと待って無理なんだけどこんな陽キャだなんて聞いてないってっていうかタダシの弟なんだから当然のごとく陽キャか、だよね。なんか僕みたいな陰キャが部屋まで押しかけてホントすいませんって感じ同じ空気を吸うのも申し訳ない。遠くから時間かけてきたけどスイマセン帰りますホラ行くよオルト」
「本題がまだだよ、兄さん。それにまずはご挨拶しなきゃ」

 ヒロにとっては突然のビッグネームの来訪、そしてイデアにとっては陽キャとの邂逅でお互いが冷静ではなかった。ヒロが興奮の声をあげればあげるほどに、イデアは萎縮してしまうのだ。
 オルトが早々に去ろうとするイデアを窘める様子を見て、ヒロもやっと息を落ち着かせた。

「ア、すみません。なんかその、ビックリしちゃって。僕はヒロ・ハマダ。あの、あなた本当にあのイデア・シュラウド?兄さんと友達なの?」
「こんな悪趣味な外見のイデア・シュラウドなんて他にいる?いるとすればそいつはこの世で一番可哀そうな人間だよ。君の兄さんとはアー、財布の隅にへばりついてる小銭の次くらいには友達だったと思うけど」
「もう!兄さん!」

 オルトが口をへの字にしてイデアを見る。フェイスカバーで確認こそできないが、きっとその下では咎めるようにイデアを睨んでいるのだろう。

僕ほどじゃないけど、あいつは確かに天才だったよ。惜しい人を亡くした」
どうも」

 ヒロが視線を下げた。近しい家族、唯一の兄弟を失った14歳の少年の傷は大きいらしく、それを感じ取ったオルトも悲しそうに胸に手を当てた。
 「ああ可哀そう」と、イデアに宿る僅かばかりの人の心もジクジクと痛む。

「あのドーナツいかが?」
「叔母さん。ありがと」

 キャスが階段の少し下から、入りづらそうに声をかけた。先ほどまでの騒がしい感じは一切なく、イデアは彼女の心情を察して下唇を軽く噛んだ。
 キャスからドーナツとコーヒーの乗ったトレーを受け取ったヒロが、テーブルの上にそれを置いた。イデアとオルトをソファに促し、自分は勉強デスク用のチェアに座る。

「兄は、研究室の火事で亡くなりました」
「ネットニュースで見たよ」
「僕が直前まで一緒にいたんです。教授を助けに行くと炎に入った兄を止められなかった全部僕が僕のせいだ」
「ヒロ・ハマダさん

 うつむくヒロにオルトが声をかけるが、膨大な彼のデータベースをもってしても賭ける言葉が見つからなかったらしく、名前を呼ぶにとどまった。

 その一方でイデアは思った。
 そうそうこれこれ。タダシもこんな奴だった。いや、タダシより悪い。さすが14歳思春期。世界のすべてが自分のもので世界のすべてを自分が握ってると思い込んで背負いこんで、アー黒歴史黒歴史。これが天才?タダシより?嘘乙JK。ホントこういうところだぞぽまいら兄弟。こういうところが最っっっ高にイラつく。

 イデアは眉間に皺を寄せてシュガーポットを引っ掴み、乱暴にそれを開いた。

「何杯?10杯ね。アそれ、いーち、にーい、さーん」
「ちょ!ちょっと待ってよ!何してるの⁉それ僕のコーヒーなんだけどッ!」

 シュガーポットと自分のマグを往復しているスプーンを、目をまん丸にして見つめるヒロが声を荒げた。イデアは手をあたふた動かしているヒロを一瞥だけして引き続き砂糖を入れ続け、さらにたっぷりのミルクを足した。ヒロのマグはもはやコーヒーとは言えない何かでたっぷたぷ。

「オルト」
「うん、兄さん」
「うげェッ!」

 オルトがとどめとばかりにチョコレートのぴかぴか光るドーナツをヒロの口に突っ込む。急に口をふさがれたヒロはむせ返ってしまい、涙目で二人を睨みつけた。
 飽きれた顔のイデアが薄茶色の液体を、静かにヒロの前に置いた。

「君に足りてないのは自責の念でも罪悪感でもなくて、カルシウムと糖分だ」
「成長期に必要なたんぱく質とビタミンも足りてないね」
「それと十分な睡眠と適度な運動、太陽光」
「それは兄さんも常に足りてないよ」
「そうだっけ?」

 ヒロは漫才のような軽いやりとりをしている二人をポカンと眺めながら、口に入ったドーナツを食んだ。

 とても、甘いと感じた。

「君はまだ14歳。そんな子供に責任なんてあるわけないだろ。自分次第でなんでもできると思い込むのは優秀な科学者の証拠だけど、なんでも自分の責任に感じるのはバカのすることだ」

 イデアは「ぼかァタダシに君が優秀な科学者だって聞いていたんだけどね」と小さく続けて、冷め始めていたコーヒーを啜った。

 チョコレートの濃厚で優しい甘味がヒロの味蕾を刺激し、そのまま脳みそを直撃した。ここ数週間は食事をしたのかどうかも覚えていない。味覚が働いたのがずいぶんと久しぶりのことのようだった。
 それと同時に、すべてのことが急に現実になったように感じた。頭の奥がチリチリと爆ぜ、機関銃に打たれたかのように次々と浮かびあがる兄との思い出。あの火事の日が衝撃的すぎてずっと蓋をしていた。一度開いてしまった蓋は飛び出る感情が邪魔をして戻せない。
 嬉しいことも、悲しいことも、どうしようもなく子供な自分もすべて受け止めてくれた、たった一人の兄。たった一人の血の繋がった家族。大きすぎる喪失感と悲しみがタダシとよく似た瞳から溢れ、ヒロの頬をしっとりと濡らした。
 そんな自分の様子に気が付いてワタワタとしているシュラウド兄弟がかつての自分と兄を見ているようで、それがまたいっそう虚しく、悲しく感じた。

「心拍数が上昇しているね。大丈夫?ヒロ・ハマダさん」
「あわわわ。拙者?拙者のせい?子供を泣かせた?犯罪では。ザ・社会的死。タイーホ待ったなしワロタ」
「兄さんの方が心拍数の上昇が激しいよ。落ち着いて、兄さん」

 年上なのに大人げなくてオドオドしたり急にイキッたりするイデアに、キャラキャラと笑いながらもしっかりとサポートするオルト。それはどう見てもタダシとヒロの兄弟とは全く違うタイプの兄弟像だ。
 それでもヒロは重ねてしまった。その光景が羨ましいと思ってしまった。
 自分の心に刻まれた大きな傷に、気が付いてしまった。
 そしてその心が叫ぶのだ。

「痛い。痛いよ」

 その『痛い』というヒロの言葉に真っ白な風船ボディが立ち上がり、イデアの眼が輝くのはほんの数秒後の話。