外伝 バスカヴィルの魔犬【後編】

あらすじ
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語――。
ベイカー・ストリート221Bに暮らす小説家、エマ=ジェームズ・ワトソンにある人物からとある純血貴族の不可解な死を解き明かしてほしい、と依頼が届く。忽然と姿を現した魔の犬。青い炎を吐き出す口、真っ黒なその犬に狂気を見出して死んだ男。これは殺人か、それとも神秘の気紛れか? ワトソンとシャルルマーニュはその地、ダートムーアへと向かう。
前編→ https://privatter.me/page/6596ce95596b9
中編→ https://privatter.me/page/6598c6d08eaa3

ついに後編です。クソ長いです。これで終わりなのでお付き合いいただければ~。頑張ってミステリっぽくしていますが、ガチでミステリ書いてる人が読んだら怒りそうだな…とちょっと思っています。概要欄に色々書いたら余計なネタバレしそうなので黙っとこうね~~。
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スペシャルサンクス:笋様、Littorio様
いつも遊んでくださってありがとうございます。
笋様より『鳥の一族』の皆さまのお名前や一部語録などをお借りしております。
Littorio様より『渡りの一族』の皆さま、アマネセール家の御家名をお借りしております。


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5




「毒を盛った。俺が? どうやって。大体どこに座るかどうかも分からないのに毒を盛れたはずがない!」
「それが分かるんだよな~~」呼ばれてやってきたシャルルマーニュが言った。「当然の話だが、新当主であるフィニアちゃんは上座だよな。日本じゃお誕生日席とも言うが……兎も角。その次席は一応貴族の俺とガチ貴族のヘカチェ。つまりジェームズは下座以外には座れない。それは既に分かりきった事だった。だからお前は俺らが夕食に入る直前に、ジェームズの食器とナフキンに毒を盛ったんだ」
「霊薬は名称から液体と思われているが実際は違う。液体のように見えるだけで、あれは意志の具現だ。魔力の『網』が液体のように見えるだけに過ぎない。物体に沁み込めばあとはそれを通して作用する」

私の言葉にステープルトンは椅子を倒して勢いよく立ち上がった。

「こんな馬鹿げた話に付き合っていられるか! 俺は部屋に戻る」
「まあまあステープルトンさん。最後まで聞きましょう」そっと瀬川がステープルトンの腕に手をかけた__が、乱暴にそれを振り払った。
「黙れ! ……お前まさかこいつらと一緒に俺を犯人に仕立て上げるつもりで」
「俺がどうしてそんなことをしなくちゃならないんですか」瀬川は冷静に棘のある口調で言い放つ。「俺に、チャールズ卿殺害の動機は何も無いんですよ?」
「貴様ァ!!」

瀬川の胸倉を思い切り掴み上げるステープルトンに慌ててシャルルマーニュとホークアイが止めに入った。完全に頭に血が登っている。私はペナンローヤーを取り出して二人を無理やり引き剥がし床に影を縫い留めて動けないようにした。

「何しやがった!! 離せ!!」
……今離してやるわけにはいかない。お前を自由にしたら瀬川が危うい」
「お気遣い痛み入ります」瀬川は目尻を下げて笑った。
「確かに物証は何もない。物証がない以上お前の言う通りこれは私の妄想に過ぎない」
「ほら見ろ、証拠は無いんじゃないか! 俺を犯人だと疑うなら証拠を出してみろ!!」ステープルトンは叫ぶ。私の隣でシャルルマーニュはスマホを操作して何か画像を表示した。
「これは歴代バスカヴィル家当主の肖像画なんだけどさ。右端、これ悪魔と名高きヒューゴー・バスカヴィル卿の肖像ね。悪魔と言われる割には案外爽やかで好青年じゃないの~。お前にそっくりだけどな」
「__!!」

ステープルトンは口角を歪めた。こめかみ付近の血管が浮き上がりぴくぴくと痙攣している。私はシャルルマーニュからスマホを受け取って二枚目の画像を表示した。そこにはバスカヴィル家の家系図がある。フィニア・バスカヴィルの名もそこにあった。
当然ながら『ジョージ・ステープルトン』はそこにいない。だが。

「ずっと考えていたことがある。犬が殺害に使われたというのであれば、周辺住民が犬の遠吠えを聞いたとか、吼える声を聞いた、黒い巨大な犬を見たという証言が出てもおかしくはない。それなのに今日に至るまで犬の遠吠えが聞こえてこなかったことや犬を見ていないというのは不自然だ。
お前は初めて私とシャルルマーニュに会った際ポニーの姿だったな。しかも黒い馬体だ。サラブレッドではなくポニーならば、体高から考えて暗闇の中では犬に見間違える可能性もある。更に言えばバスカヴィル邸よりも上の丘へ上がると牧場があり、そこには馬の姿になったお前と大差ない大きさのポニーが沢山いた。お前はその牧場のポニーに紛れてバスカヴィル邸の人の出入りを監視していたんだ」
「だからどこにその根拠がある!!」

ステープルトンは狼狽を隠さずに大声で言った。

「最初お前は私を見た時、私の事を『アンシーリーコート』と呼んだ。到着翌日の私は魔力出力を封じられており、殆ど体内で循環させる事すら出来ていなかったのに。……たとえ魔眼持ちでも魔力の循環が滞ればそれが何なのか見破ることは不可能に等しい。その状態でどうやって私の正体を見破った?昨夜到着した時に私たちの事を視て、知ったとしか考えられない」
「何を言って、バカな! そんな話が」
……推測だがチャールズ卿殺害の以前、ベリル・イライザは話があると事前に卿に接触した。そして沼沢地に通じる小門に呼び出し待たせる。お前は馬に変態した状態で大型犬の歩き方を模倣し、ゆっくりと背後から卿に近づく。そしてじっとそこに突っ立っているだけでよかった。何故ならこれはあくまで卿に『バスカヴィル家の魔犬伝説』が実在すると思わせる事こそが真の目的であり、殺害までは考えられていなかったからだ」

私はふらふらと床にへたり込んだステープルトンを見下ろす。
推理の続きはシャルルマーニュに引き継がれた。

「意外と降った雨、季節外れにすんげえ寒い外気、足元の泥濘み、そして背後にいたお前に驚いて慌てて逃げようと走り出したこと。この四つが運悪く揃ったせいで心臓発作が誘発されて、チャールズ卿はそれで転んで倒れそのまま亡くなった__これがチャールズ卿殺害の真相だ」

ステープルトンは黙ったまま動かなかった。私は声をかけようかと杖を構える。だが影踏みを解除するなとシャルルマーニュは制した。
瀬川は自分で勝手に影踏みを抜けていた。どこからともなく白い縄を取り出してステープルトンを縛りあげる。呪術が織り込められているのは視ればわかった。


「何がまずかった…………


ステープルトンは床を凝視しながら呟いた。嫌な気配を感じ取って私は杖を軽く構える。
突如彼は顔を上げてこちらを見た。開き切った瞳孔と血走った眼球は昨日の朝見た好青年とは別の種族ではないかと思わせられる程恐ろしく、私は杖を持つ左手の力を込めた。

「たかだか財産、金の為に脅迫をするつもりで……殺害したんですか」ホークアイは怒りに満ちた声音でステープルトンに問いかけた。
「ああそうだ!! 俺がやった!! …………俺はバスカヴィル家の血を引く正当な後継者だぞ? 原種返りもできる。なのに……なのに!! ただの人間が! __あのジジイ!! あの女を後継者に指名しやがった!! 自分と同じ銀髪だから何だ!? 馬子ですらないただの人間だ!! 純血貴族家の当主に人間が据えられるなんておかしいだろうが!!」
「犯行を認めるんだな?」レストレードは手錠を取り出して問いかける。
「認めるもクソもあるか!! 大体あのジジイ……俺の方が血筋は上だ!! 俺はあのイーグルアイ家の牝馬が母親なんだぞ!? 父だってバスカヴィル家の証たる銀髪だった!! なのに何だ、人の姿で生まれたという、それだけの理由で放り出されて、それなら何であの女には全てが譲られる!? 不公平だろうが!!」
「お前は故チャールズ卿から見れば遠縁にあたるよな。チャールズ卿の従兄弟であるロジャー・バスカヴィル、その子がお前だ。はっきり言うが、チャールズ卿はお前を認知していなかったと思うぜ」シャルルマーニュはステープルトンを無慈悲に見下ろしながら言った。「それにイーグルアイ家の牝馬って言ったってなあ。とっくの昔にハイドノーブルが取り込んで分家にしてるし。そうなると傍系に血が繋がってたかも怪しい。血筋的には全く関係ない青毛の牝馬が、お前の親父と番ってお前を産んだ。そう言われた方がしっくりくる」

うちはきちんと生まれた子供をしっかり認知して徹底的に管理してるからな、とシャルルマーニュは言う。
確かにハイドノーブル家は英国神秘管理局のうち、外事行動を専門にする諜報機関__即ちMI6の母体となって人員を最も供給している貴族家だ。MI6の諜報員の八割がハイドノーブル家の出身者なのだから恐ろしい話である。だからこそ人員の管理に漏れがあるとは思えない。ましてやあの竜に呪われた恐ろしい牝馬が未だ健在なのだから、そのような不届きが許される筈はなかった。

……ロビン・モーティマー医師はどうした?」私は歯噛みしているステープルトンに杖を向けながら問う。「私たちがここに来た時は既に不在だったそうだが」
「ジジイが勢い余って死んでビビって、警察にチクろうとしたから蹴り殺したに決まってるだろ! 今頃底なし沼の中で蛆虫に食われてる最中じゃねえのか? ドブさらいしてみろよ」
「お前……!!」ホークアイは珍しく怒りを露わにした。「人の命を何だと思ってるんだ!!」
「黙れ!! お前らみたいな雑種がいるから、俺たち純血が尊ばれなくなったんだ!! 人間と節操なく交わりやがって気色悪い、ギネヴィアに蹄を売った売女の子孫どもが」

ステープルトンは息も絶え絶えにホークアイを罵倒した。だがホークアイはステープルトンを睨み付けたまま言葉を返す事はなかった。
同じ土俵に上がる必要はないと判断したのだろう。懸命な判断だ。私は杖を下ろして虚空へ格納する。自棄になって犯行を認めたのだろうから逃げる心配はあるが、これだけ囲まれていて、特にシャルルマーニュを相手にそうそう逃げ仰ることができるとは思えない。

「さあ好きにしろよ。お前らの望み通り犯人は捕まったぞ」
「裁くのは私ではない。この国の法律だ」

レストレードが縛られたままのステープルトンに手錠をかけた。立て、拘置所へ行くぞ、と彼が座り込むステープルトンを引っ張り上げたその時。

__突如、ステープルトンの首が吹き飛んだ。