外伝 バスカヴィルの魔犬【後編】

あらすじ
舞台は英国。不可思議な事件を巡る、残された者の物語――。
ベイカー・ストリート221Bに暮らす小説家、エマ=ジェームズ・ワトソンにある人物からとある純血貴族の不可解な死を解き明かしてほしい、と依頼が届く。忽然と姿を現した魔の犬。青い炎を吐き出す口、真っ黒なその犬に狂気を見出して死んだ男。これは殺人か、それとも神秘の気紛れか? ワトソンとシャルルマーニュはその地、ダートムーアへと向かう。
前編→ https://privatter.me/page/6596ce95596b9
中編→ https://privatter.me/page/6598c6d08eaa3

ついに後編です。クソ長いです。これで終わりなのでお付き合いいただければ~。頑張ってミステリっぽくしていますが、ガチでミステリ書いてる人が読んだら怒りそうだな…とちょっと思っています。概要欄に色々書いたら余計なネタバレしそうなので黙っとこうね~~。
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スペシャルサンクス:笋様、Littorio様
いつも遊んでくださってありがとうございます。
笋様より『鳥の一族』の皆さまのお名前や一部語録などをお借りしております。
Littorio様より『渡りの一族』の皆さま、アマネセール家の御家名をお借りしております。


***


ずっと封じられていたものを扱えるようになる感覚というのは、なかなか言語化し難いものがある。
蛇口を撚れば水が流れ出すように、上手く蛇口を撚る量を調整しなければ溢れて決壊する。何せ幻想種、特に原生神秘と呼ばれるような私は無尽蔵の魔力を生み出す事ができるからだ。


〈満たせ、この器を満たせ〉

私は杖を横向きに構えて、その言葉を人魚が使う言語で呟く。この場合は下手に妖精を経由させるよりも奇跡を起こす方が早い。そう判断してのことだ。

〈影は揺れ、波は消え、鏡の双子に鍵は収まる〉
〈泡は謳う。私は揺蕩う。在るべきものを窮極の門へ〉
〈導け__海戟の汝よ〉


小さな魚の群れが部屋を埋め尽くし、やがて壁へ、天井へと吸い込まれて消えた。
やがて私のペナンローヤーがくるくると方位磁針の様に回転して止まる。石突が付いた先端が指し示す方向は右斜め方向だ。私は浮遊する杖を手に取り部屋を出て、廊下を右へ進む。杖は遠慮がちに行くべき方向を指し示したままだ。
突き当たった先を左へ曲がり奥へ進んでいく。このまま真っ直ぐに進み続ければ別館へ辿り着くだろう。杖の先はずっと当主たる者の部屋、即ち今はフィニアが泊まっている部屋を指し示しているかに思われた。だが突如杖は迷ったように先端を彷徨わせ、くるくると回って今度は左を示す。一階のホールを見下ろすことのできるバルコニーが設けられているが、杖は私たちがそこに足を踏み入れると意志を失ったように私の手の中で黙した。

「ここに隠し部屋が?」瀬川は訝しげに呟いた。「俺が調べた限りでは何も出ませんでしたが」
「ん~……

シャルルマーニュは壁をぺたぺたと触っている。魔術的な秘匿が施されている場合、触ったとしても感知できる可能性は低い。
私はもう一度杖を構えたが、それはシャルルマーニュの「あ!!」という大声に制された。私が放った魚がふわふわと天井と壁の間にある装飾をつついている。この細い隙間に隠し戸があるらしい。

〈開け〉

素早く命じる。魚は泡に変わり、奇妙な文様の魔術式が浮かび上がって装飾が奥へ引っ込み、そこからごろりと何かが転がり落ちる。瀬川は素早くそれを受け止めて確認した。

「犬の銅像?」

一見すると抽象的な犬の銅像に見える。だが犬としては随分直線的なデザインで、三角形を複数組み合わせたような妙な造形をしていた。犬と思われるものの周囲には、ピラミッド型にされた緑色の石が置かれている。何を意味しているのかはよく分からないし、瀬川がそれをひょいとひっくり返すと裏側には見たこともない文字が刻まれていた。

「何だあ? こりゃあ……古代文字か? ヒエログリフ……に見えなくもないけどよ」
……ステープルトンに聞いてみるか。彼は考古学者だろう。何か分かるかも」私はペナンローヤーを虚空に消して格納する。瀬川は何か考え込んだ様子で黙りこくっていた。
「つうか何だってこんな妙な所に銅像が隠されてんだよ。RPGじゃあるまいし」シャルルマーニュは頭を引っ掻きながら言う。ひょいと瀬川の手から銅像を取り上げてしげしげと眺め、「駄目だ。何も分かんねえ」
……瀬川。お前が探している遺物というのはこういう類のものなのか?」
「いえ。全然違います。本です」
「本……? どういう本だ?」何らかの教典か、それとも記録や魔導書の類か。考えられるだけでも相当な数がある。書庫にも大量の本があったが、そこは恐らくあらかた調べ尽くされているのだろう。
「『ナコト写本』という本です。外側だけではなく、中のページも恐ろしく黒い染料で染められているんですが、中には何も書かれていないといいます。狂気に飲まれた者だけが読める、とも」
「聞いたことねえな。ギガス写本なら分かるがよ」
「あれは今ストックホルムの博物館が収蔵しているだろう」
「まあそうだけどよ。つかそんなやべえもんなの、その『ナコト写本』って」
「んん……詳細は俺も良く知らないんですよ。回収を命令されただけなので。原本はミスカトニック大学が禁書指定して厳重な封印をしているといいます」瀬川は一度言葉を切って、シャルルマーニュが持っている像を手に取った。「日本とアメリカは幻想種や神秘案件に関する情報を共有し、遺物の回収などを共に行っています。表にはされていませんがそういう条約があるんです」

瀬川は少し声のトーンを落として言った。瀬川が言っている条約というのは『神秘条約』と呼ばれるものだ。実態としては各国に存在する神秘秘匿や神秘案件を担う組織同士が結ぶ契約であるため、国による拘束力などは存在していない。

「アメリカの神秘秘匿に関する組織というと……
「ビックマン財団です」瀬川が言葉を継いだ。「まあ、その話は一旦脇に置いておいて__この像がチャールズ卿の事件に関係している可能性は考慮したほうが」
……本当にそうだろうか」私はどうにも引っ掛かって呟く。こんな如何にも、という仕掛けで現れた像が、チャールズ卿の死に関わっているとは思い難かった。「……そもそも、事件当時の夜は小雨が降っていた。そして最近夜は日中に比べると季節外れの冷え込みとなっている。その中でチャールズ卿は数十分もの間沼沢地へ出る小門の前に立っていた。何の目的もなく、気温が低い夜中に何分間も立っていたとは思い難い」
「まあそれはそうだろうが、実際妙な死に方してるからなあ」
「一つ、どうしても気になることがある。チャールズ卿が沼沢地側に逃げ出したという点だ。沼沢地側に逃げるには屋敷側から追跡者が来なければ不可能だ。東屋の方からも屋敷へ侵入することはできるが、その背後には高い生垣がある。もし生垣を超えて侵入者があったなら生垣に痕跡が残るはずだ」
「俺、昨日の朝散歩に行きましたけど、ずっと特に変わった点は何もなかったですよ」
「では犯人は屋敷の中に潜んでいるか。もしくは……
「もしくは、何」シャルルマーニュは私に先を促した。
……外部に協力者がいて、既に逃げ仰せている」